冒険者のための魔道具
北の町で活動する冒険者のアラトさんに頼まれた魔道具、ダンジョン用のライトをリズは割と簡単に試作した。
「だって構造的には普通のライトと変わりは無いもの。 ただ、お知らせライトが何時点灯するかを変えただけよ。
問題は魔石を三つも使う訳で道具の大きさが今までの物よりも大きく、重くなってしまわないかどうかいうことだけだったのよ。
ま、そこもアークに金属でなるべく薄く軽く作ってもらったから、どうにかなったわ。」
「しかしさあ、アークの土属性の魔法ってさ、どこがダメな属性魔法なの?
僕らの店ではパン焼き窯から始まって、魔道具用の線もそうだし、アークの魔法に頼ってばっかりだよなぁ。」
「私もそう思うわ。 もしこれを売り出すとしたら、土属性の魔技師の下請けを見つけなければならなくなるわ。
こんなの手作業でチマチマ作ってたら、嫌になっちゃう。」
アークは僕とリズが話していることを聞いていたが、嬉しそうな顔をするだけで自分では何も言わなかった。
「ま、それもアラトさんに見てもらって、OKをもらえたらの話で、あまり先走るのは良く無いよな。
でも何だかリズが新しい魔道具を作るのを見ていたら、僕も新しい魔道具をやっぱり作りたくなってきたな。
リズと同じ様に、ダンジョンに持って入る用の調理器を作って見ようかな。
調理器は普通は家に据え置く物だから、大きさも結構あるし、軽すぎると安定が悪くなって危ないから、本体は石で作っているから、ダンジョンに持って入ってはいないだろうから。」
「あ、それ良いんじゃ無い。 ダンジョンの中でも暖かい料理が食べれたら冒険者も喜ぶんじゃ無いかしら。
水の魔道具は持って入るだろうから、持ち運び用の小さな鍋もセットにしたら、暖かい飲み物なんて良いわよね、ね、エリス。」
「リズ、ダンジョンの中ってモンスターがいるのでしょ。 そんな所でゆっくりとお茶なんて飲めるのかなぁ。」
「きっと常にモンスターと戦っている訳じゃないと思うわ。
戦いの合間の休憩っていう時間だってあるはずよ。」
「ま、ダンジョンの中のことは僕らは冒険者じゃないから分からないけど、新しい魔道具は面白そうだから作ってみるよ。
アーク、リズだけじゃなく、僕も手伝ってよ。」
「ああ良いとも。 土属性の魔法が役に立つなら、大いに手伝うよ。」
僕もまあ、リズと同じでどうということもなく、魔道具は作る事が出来た。
基本的な回路は普通の調理器と同じだし、お知らせライトの魔石もリズが作ったダンジョン用ライトに使う物の流用だから何も問題ない。
それよりも自慢はアークと二人で考えた本体の金属部分のギミックだ持ち運ぶ時には小さくなっていて、使う時には足と五徳が伸びて本体を安定させる工夫をした。
回路作りはあっという間に終わったが、こっちはアークと二人で一日かかりで実験しながら作った。
僕とアークとしては満足できる出来上がりで、その動きをリズとエリスに見せて自慢したのだが、二人ともあまり関心がなかった。 やはりこれは男にしか分からないのだろうか。
「カンプ、諦めよう。
所詮女には、この小ささの中で考えられるた動きをする機能の良さは分からないんだよ。」
「しかし、アーク、この動きを実現するためにどれだけお前が苦労したかを、全く理解しようとしないのは悔しくないか。」
「いや、俺は分かってくれる奴はきっといると信じている。
別にそれをここでは求めないよ。」
「そうだな、ここでは無理だ。」
僕たちのくだらない会話を女性陣二人、いや、今日はお知らせライト用の魔石を作るラーラも来ていたから三人は、しらけた顔をして聞いていた。
「そんな事より、これ使ってみましょうよ。
試してみる方がそんな話より余程重要でしょ。」
ま、確かにリズの言う通りだ。
「もう試してもみたけど、普通に使えるよ。
ただ、流石に火力調整は付いてないし、使ったあと本体が金属だから熱くなってしまうので、すぐにはしまえない。」
「でも、結構素早く冷えるから、お茶を飲んでいるうちには冷めるよ。」
アークがフォローしてくれた。
「ま、とりあえずお茶を入れましょう。
これでお湯を沸かしてみましょう。」
エリスがお茶を入れるために動いた。
「全く問題ないですね。 たぶんダンジョンでも問題なく使えるんじゃないですか、これ。」
ラーラもそう評してくれた。
「でもさ、こんな風にお茶したら、トイレに行きたくなるわよね。」
リズがそんなことを言い出した。
「おい、リズ、お前、仮にも元貴族のお嬢様が何言いだすんだよ。」
「何よ、アーク。 貴族だろうと、一般庶民だろうと、飲めばトイレに行きたくなるのは変わらないでしょ。
それにもう私たちは貴族じゃないわ。 貴族からは追い出されたわ。」
「ま、それはそうなんだけど、それじゃあ、乙女としての恥じらいを持ってだな。」
「エリスもラーラも結婚しているし、もう私たちは乙女という歳でもないわ。」
「それでも、リズはまだ結婚してないだろ。」
リズとアークは隣同士の部屋で暮らす様になり、以前よりもなお一層遠慮がなくなり、互いに言いたい放題という感じでしゃべっている。
僕たちももう何だかそんな二人の口喧嘩には慣れてきてしまった。
「でもリズ、そういえば、ダンジョンてトイレってあるの?」
「ダンジョンはモンスターが出ることを除けば、外見上は単なる自然の洞窟だから、トイレがあるはずはないよ。」
エリスの疑問に、リズが何か言う前にアークが答えた。
「それじゃあ、トイレに行きたくなったら、どうするのかしら。」
「男の冒険者だと、暗闇の中だから、少し離れて都合の良い適当な場所で済ましてしまうという話を聞いた事があるな。」
僕がそう言うと、ラーラが
「私は女性冒険者が、ダンジョンに入る前の晩から水分を極力控えるという話を聞いた事があるわ。」
「確かに、女性は男性の様に、ちょっと離れて適当な場所でというのは、幾ら何でも抵抗があるものね。」
リズがそう言った。
「でもそれだとしたら、ダンジョンて、何だか不潔そうな場所ね。」
エリスの言葉にとどめを刺された様な感じだ。
「うーん、リズのライトは売れそうな気がするけど、調理器は売れる気がしなくなってきたな。 トイレの問題があるとは思わなかったよ。」
「そうだね、リズの言うとおり、飲んだり食べたりすれば、どうしてもトイレに行きたくなるのは当然だから、調理器の需要はないかもしれないな。 ちょっと残念だな、ギミックかっこいいんだけどなぁ。
ま、僕ら土属性の魔法使いは、そこはたぶん問題じゃないと思うけどね。 魔法で穴を作ってそこで済ませれば良いのだから。」
「それよ、アーク。
あなた、ダンジョンで使うトイレを作る魔道具を作りなさいよ。 きっと売れるわ。
穴を掘って終わった後で埋めもどすだけじゃなくて、周りに壁も作るのよ。 そうすれば女性冒険者もトイレの問題がなくなるわ。」
リズが急に思いつきを言った。
アークは、ぽけっとした顔をしている。
「アーク、今言った様な魔道具は作れないの?」
リズは重ねてアークに言った。
「僕が魔道具を作るの? ま、確かに土の魔石を作って作れば作れないことはないと思うけど。
でも、周りに壁まで作ったら必要とする魔力が大きくて、魔力を貯める魔石一個分の魔力でそんなに何回も使えないよ。」
「別にそんなのは構わないわ。
たくさん何回も使いたいなら、たくさんの魔力の魔石を持って行けば良いのだし。 そうじゃなくても、少なくとも女性冒険者はきっと安心の為だけでも、そんな魔道具があったら買うと思うわ。」
リズがそう言うとエリスが
「確かに女性としたら、安心と用心のために、その魔道具は買うんじゃないかしら。
でもなんとなく、ダンジョンの不潔さは解消できてない気がするわ。」
「それなんですけど、それなら使用後に穴を埋めもどす前に、その穴を炎で焼いちゃえば良いんじゃないですか。
ここには火の魔技師もいるのですから、その魔道具にそういう機能も付けちゃえば良いと思うのです。 それにトイレの需要は小だけじゃなく、大の場合もありますし、その場合なおさら焼いちゃった方が良いし、女性の場合は紙の問題もあるからその機能があったほうが良いです。」
ラーラの提案はリズ以上にあけすけで、僕も顔に困った。
「あらっ、私、ちょっとぶっちゃけ過ぎでした? 赤ん坊がいると、シモの話はどうも全く気にならなくなっちゃうんです。」
そうだった、ラーラは学校を出てすぐに、というより子供が生まれた時から考えれば、学校に居た時にもう妊娠していたはずだ。
とにかくラーラは家には赤ん坊がいるお母さんだった。
「ま、そういう感じで一度作ってみなさいよ。 アークが主だけど、カンプも協力してあげなさいよ。 いつもと逆ね。」
リズがそうまとめた。
アークは自分が主な、土属性の魔法を使った魔道具を作るということで、とても張り切って、徹夜で魔道具作りをしていた。
問題は穴を掘るという単純な魔法ではなく、壁を作るというかなり大掛かりな魔法の為、回路が複雑なモノになり、一個の魔石に書き切れるかどうかだった。
僕らの魔道具は魔力を貯めるのは別だから、書き込む事ができる回路の量には余裕がある。 それでも今回のアークが作る魔石は、書き込む回路が容量ギリギリだった。
良かった、書ききれないと2個使うとか、レベル2の魔石を使うという話になってしまい、ちょっと売り物にならないところだった。
ま、とりあえずはアークの頑張りで、ダンジョン用トイレの魔道具は完成した。
僕らは夜になって庭で試してみたのだが、問題なく作動はした。
しかし、試してみたエリスが問題に気が付いた。
「ダンジョンの中は完全な暗闇よね。 完全な暗闇の中でこれ使ったら、全く何も見えない中で用を足すことになる。 とても難しいことになるわ。」
結局、光の魔石も組み込むことになってしまい、魔力を貯めた魔石も含めると一つの携帯用の小さな魔道具なのに4つもの魔石を組み込むことになってしまった。
つまり小さな魔道具なのに、売値はとても高いモノになってしまった。
「魔道具としては完成したけど、幾ら何でもこれじゃあ高価過ぎて売れないわよね。」
何だか一番がっかりしたのはアークではなくリズだった。
「ま、とにかく魔道具が出来て俺は満足だよ。
明日、北の町で冒険者のアラトさんに見てもらったら、明後日には組合で登録してもらおうと思うんだ。
土属性の魔道具なんて、今まで登録されたことないんじゃないかな。
別にあったとしても良いんだ。 俺が主な開発者の魔道具が登録されたとしたら、何だか俺も本当の魔道具を作る魔技師になれた気がするんだ。」
アークは満足気だった。
僕たちのまた何故か忙しい一週間が過ぎた。
でも僕はこういう忙しさなら歓迎だ。




