一人増えた
すみません、今回は時間に遅れてしまいました。
僕とエリスの結婚式の後、やっと少し自由に外に出たりする許可が出た。
ま、無理矢理に命令されて外出ができなかった訳ではないから、許可が出たという言い方もおかしいのだけど、僕たちの気分としてはそんな感じなんだよなぁ。
しかしもうあまり外を出歩かない生活が染み付いてしまったし、遊びに誘われたりなどという事は完全に切れてしまっているので、生活のリズムが変わらず、禁止されている時には持っていた気持ちも、いざ許可が出てみると、あっさり消えてしまった。
それでも僕は毎日朝晩の二回エリスと外を散歩することにした。
朝は純粋な散歩なのだが、夕方はいわゆる荷物持ちなのだけどね。
エリスはこの散歩を楽しみにしているみたいだし、特に夕方は買い物中に「奥さん」と呼び掛けられるのを喜んでいる。 僕は「旦那さん」と呼ばれるのは気恥ずかしくて嫌なのだが、その辺が男と女の差なのだろうか。
仕事は順調というか、普通の調子って、どんな感じなのかを考えている状態だ。
今まで、家に籠って3人で魔石を組合から買ってきては次々と回路を書き込んでいくということを延々とほとんど休みなく続けてきたのだが、そんな生活が普通の訳がない。
でも僕たちは仕事を店を始めて、ほんの少し、やっとなんとか生活ができるかなと思い出した時から、急にそんな生活になってしまったので、なんだか店をしている普通の生活というものがどんなものかも分からないのだ。
とりあえず最低しなければならないのは、毎月出てくる壊れた魔石を補充しなければならないことだ。
壊れる魔石は、ポツポツと出始めたと思ったら、それから1ヶ月後にはもうある程度の量が出て来る様になり、当たり前だが毎月一定の数以上出てくる。 そして売れた新しい調理器の数が徐々にどんどん増えたのだから、毎月の壊れる魔石の数も徐々に増えていくのだ。
結局とりあえず、壊れた魔石の補充は月に今のところ80個くらい必要とのことだ。
使っている魔力を貯める魔石の1割程度が月に壊れることになるのだろうから、800個以上が使われている事は確実だろう。
もう僕には今現在一月にどれほどの数の魔力を貯める魔石が使われているのか分からなかった。
確実なのは、北の町、自分たちの町、そして南の町それぞれに僕の作った火の魔石を使った調理器が200個以上売れたことだ。
考えたこともなかったのだが、調理器なんて基本的な道具は、それだけの数が必要とされるのだ。
僕らの町で人口は2000人を超える程度なのだが、10人で一つの調理器を使うにしても単純計算で200個必要になる。 調理器を使わない様な生活をしている人もいるし、逆にもっと少人数で一つを使っている人もずっと多い。
だからまだ古いタイプの調理器を使っている人も多いだろし、以前ほどの勢いではないけど、まだ新しい調理器は毎日売れている。
北の町も、南の町も人口は僕らの町よりも多い。 まだ調理器は売れていくのかも知れない。
ま、そんな訳で、もっと楽な普通の感じに仕事をしようと思っているのだが、それでも月の半分は以前と同じ様な感じで仕事をしている。
アークには魔力を貯める魔石を100個と回路作り用の線を作ってもらっている。
僕は火の魔石を50個ほど作り、魔力を貯める魔石を80個ほど作っている。
リズは光の魔石を50個とお知らせライト用の魔石を100個だ。
僕たち3人はこれだけで、月の半分が潰れてしまう。
僕たちが残りの半月をやっとのんびりとしていられるかというと、まだそんな事はなかった。
業務用のパン焼き窯は、僕たちの最初の売り物となった魔道具なのだが、そう世の中には一般用と業務用の別がある。
そして調理器も、前にもちょっとだけ話題が出たが、業務用の調理器というものがあるのだ。
パン屋さんで話題になり、その後一般用の僕たちの調理器が急速に普及していった中、食堂やレストランといった、業務用の調理器を使っている人から、僕たちの店に新しいパン焼き窯の様な、新しい調理器が欲しいという注文がずっと入っていた。
今までは家にほぼ軟禁状態だったので、その注文を受け付けることができなかったのだが、僕とエリスの結婚を機に、その制限がやっと解かれたので、その注文をこなすことになったのだ。
僕たち四人は一緒に出かけて行き、調理器の改造で済む時は改造し、それではダメだと思われる時は新たな調理器を作った。 この業務用の調理器にはパン焼き窯に取り付けた様に、漏れた魔力を回収する魔石も取り付けてある。 業務用の調理器には火の魔石も1箇所に3個ついたり、 もっと多くを並べて広く鉄板を熱くするものなどがあるので、回収の魔石も密閉されている窯ほどではないが有効なのだ。
今までは問題になった、それまでこの業務用の調理器を担当していた魔技師さんとの関係も、一般の調理器でどういうことになるか知れ渡っているので、問題になる事はなかった。
かえって急に呼ばれたり、交換の魔石を常に用意しなければならない面倒さから離れられて喜ばれる感じに今ではなっている。
僕は心の中で、「そうだよなぁ。 それこそが怠惰な魔技師の普通の考え方だよな。 楽をするために考えたはずなのに、まだ忙しい僕らはやっぱりおかしい。」なんて考えていた。
そんなこれまでよりは幾らかマシだけど、やっぱり忙しい毎日を過ごしていると、リズから一つのお願いをされた。
「カンプも、魔力を貯める魔石とは別に、火の魔石を作るだけじゃなく、吸収の魔石を作ったりもしているのだけど、私が作っているお知らせライトを作る事だけ別の人に任せることできないかしら。
つまり、もう一人店として人を雇って、その人に頼むことにしたいのよ。」
「えーと、なんで? 一応、仕事としては3人でなんとか回っていると思うのだけど。」
僕がそう答える。 アークもエリスも、僕と同じ様に思った様だ。
「それはそうなんだけど、全く時間に余裕がないじゃない。
私だって新しい魔道具を作りたいし、考えていることがあるって、前に言ったでしょ。
今はその新しい魔道具を作るというか、考えてテストする時間もないじゃない。
それで、お知らせライトの魔石だけど、あれに組み込む回路は別に極秘事項はないから、誰かに頼むのに問題はないわ。
そうして仕事してもらって慣れたら、もっと助けてもらえる様になればと思うけど。」
うーん、なるほど、そういうことか。 そう言われてみると、僕も新しい魔道具なんてこのところ考えてもいなかった。
「そういうことなら、構わないよ、僕は。」
「俺も、そういうことなら反対しない。」
「リズ、お給料はどうするの?」
「それなんだけど、最初は単純に魔石に書き込みをしてもらうということで、出来高制で良いのではないかと思うの。
私の場合お知らせライトは一日に12個作れるから、少し優遇して、10個で魔石に魔力を込めた時の代金の半額、つまり20個で全額分の払いでどうかしら。 2個分得だから割高なお給料よ。」
「えーと、人の当てはあるのかな。 そしてその人の魔力量はリズと同じくらいあるの?
もし、リズより少なくて、一日に9個しか作れなかったら、割安になっちゃうよ。」
「その点は大丈夫、ラーラよ。 彼女ならカンプもアークも知っているし、魔力量も私と同じくらいだから問題ないでしょ。」
「あ、ラーラか、それなら俺は構わないよ。」
アークがあっさり賛成した。 僕もまあ同級生だから知ってはいるし、ここにも来ていたから、それ以上に親しみもある。 でもアークが積極的に受け入れたのが、ちょっと意外と言うか、驚きだった。
「あら、アークは積極的になったわね。」
エリスが、ちょっとからかい気味の口調で、アークに言った。
「ま、俺がダメダメだった学校時代から、普通に接してくれた数少ない友人だからな。」
ふうん、そうなんだ。 ま、そんな女性なら、信頼もできるかも知れないな、と思った。
でも、僕はリズは魔道具作りに興味を持つ者同士だから、学校時代から親しく接していたのだけど、それ以外に親しく接した女性の同級生はいなかったのだが、アークは少ないとはいえそんな風に接してた異性がいたのだと驚いた。
「アークは、女性の同級生もちゃんと接していたんだな。 やっぱり僕とは違って貴族の嗜みで女性には気を使っていたんだな。」
「カンプ、お前、それは違うぞ。
お前にはエリスがいたから、他の女性に目が行ってなかっただけだ。
普通、男なら、同級生にどんな女性がいるかは気になって見るだろ。」
「あ、そうだった、僕の場合、学校時代は魔道具作りに関して調べたり、勉強したりするのが忙しくて、女性を気にもしていなかった。
でも、そのおかげでリズとは親しくなったけどな。」
「それがエリスがいた余裕なんだよ、お前は。」
「でも、私はカンプがリズを遊びに連れてきた時はびっくりしたわよ。
まさか、カンプが女性を家に連れてくるとは思っていなかったし、その女の子を汚い魔道具の実験部屋の様な、自分の部屋に連れて入った時は、またまた驚いたわ。」
「へえ、そんなことがあったのか。」
エリスの昔話にアークが興味を示した。
「うん、でもその時にリズが『魔道具の実験は面白そうですけど、女性をこんな汚い部屋に招き入れるなんて、恥ずかしくないのですか?』って、凄い勢いで怒り出しちゃって、何事かと思って見に行って、それがきっかけで私はリズと親しくなったのよ。」
「あー、そんなこともあったわね。
あの時はまだ私も貴族の娘の意識が抜けてない時期で、汚い部屋なんて見たことなかったから。
今になって思えば、あの時のカンプの部屋は散らかってはいたけど大した事はなかったわね。
その後、アークの部屋に仕方なしに訪ねて行ったことがあるのだけど、それはそんなモノではなかったわ。 あれは腐海よ。 人が居られる場所ではなかったわ。」
「なんでそこで俺の部屋を持ち出すんだ。
俺もその頃はまだ部屋を自分で片付けなくてはいけないんだということを、知らなかった時期なんだ。
今ではちゃんとしてる。」
「あれで、ちゃんとしてるというの。」
「今はちょっと忙しかったからだけだ。」
うん、アークの部屋を見に行くのはやめよう。
きっとそのうちおばさんのきついお灸が据えられることだろう。
「ま、とにかく、そういうことなら了解だよ。
ラーラが慣れて、もっと色々手伝ってくれる様になったら、給料ももう少しどうするか考えよう。 それに、こっちの都合だけでは決められないだろ。 ラーラの都合も聞かなくちゃ。」
僕は一応店長らしく話をまとめた。




