祝いの席
僕とエリスの結婚は何もすることもなく、ひっそりと慎まやかに簡単に終わるはずだった。
ただ、教会に行き、神父さんに結婚の届け出をして、簡単に祝福してもらえれば、僕もエリスも満足だった。
だいたいにおいて、結婚すると言っても、夜エリスが自分の部屋に戻らずに、僕の部屋に一緒に残るというだけで、大した違いは、ま、あることはあるけど、少なくとも外面的にはほとんど違いはない。
リズとアークは、ま、当たり前の気遣いなのかもしれないが、新たに部屋を借りて出て行こうとした。
しかし最初にリズがおばさんに反対された、またリズが一人暮らしに戻っては危ないし、寂しくなると。
流石にアークは僕の家に暮らすことはできない、それほど野暮ではないと言う。
僕にもその気持ちは理解できるから、アークは仕方ないなあと思っていたら、おじさんから提案があった。
結局、元々のエリスの部屋をリズが使うことになり、リズが使っていた部屋は元は僕が使うように片付けた部屋だから、そこにアークが入ることになった。
おじさんはアークがおじさんの家で暮らすことになって妙に機嫌がいい。
「カランプルもアーク君も、ま、これは解らない方が良いのだが、家に男が一人というのは妙に居心地の悪いことがあるのだよ。
これでカランプルとエリスに息子が生まれてくれたら、それこそ最高なので、カランプル、頑張るのだぞ。」
うーん、なんだかおじさんは浮かれている。
そんな準備というほどのことでもないけど、荷物を入れ替えたり整理したしていると、あっという間におじさんが神父さんと約束した日が来てしまった。
やれやれ、さっさと教会に行って署名だけ二人でしてくるか、と簡単に思って朝起きようとしていたら、リズが部屋のドアを叩いて、僕たちを起こした。
ちなみにエリスはもう僕の部屋で寝ている。
ドアを開けたエリスはリズにのんびりした声で話しかけている。
「リズ、おはよう。 何、随分早いわね。 何か突発事態でも起こったの?」
「全くもう、何寝ぼけ眼で出てくるのよ。 今日が何の日か忘れた訳じゃないでしょ。」
「忘れる訳ないじゃない。 後でカンプと教会に行って署名してくるわ。」
「もう、何でこの二人はそうあっさりしているのかな。
アーク、カンプは任せるから、お願い。
エリスはとにかく向こうの家に行くわよ。 あ、ガウンくらい羽織ってね。」
「リズ、ちょっと待って、私もカンプもまだ朝何も食べてもないわ。」
「そんな暇はないわ。 とにかく早く来なさい。」
エリスはリズにガウンを着せられると、手を引かれて否応無しに連れて行かれてしまった。
その後で、アークが部屋の外から声をかけてきた。
「カンプ、中に入っていいか?」
僕も仕方ないので、ベッドから出て身支度を始めていた。
「ああ、別に構わない、入ってくれ。
何だ、リズはどうしたんだ、あんなに慌てて。」
アークは、「はあっ。」とため息をつくと僕に言った。
「ちょっとこっちに来て、窓から下を見てみろよ。」
言われた通りに、アークの横を通って窓から下を見ると、見たことのある女性たちがって、魔石に魔力を込めてくれている女性魔技師たちではないか、その彼女たちが庭でテーブルを出したりして忙しく働いている。
「おいおい、一体何が始まるんだ。」
「そんなの決まっているだろ。 お前とエリスがきちんと結婚することになったと分かったら、そのお祝いの席をするのだと盛り上がったのさ。」
「ええ、そんな話聞いてないよ。」
「ま、お前たちが簡単に済まそうと考えていることは分かりきっていたからな。 言ったら反対するだろ。」
「だってお前、俺とエリスだよ。 何も今更だろう。 お前らも良く知っている通り、正式にするというだけで、ほとんど今までと何も変わらないし。
それに、こんなパーティをやるって、そんな金どこから出ているんだよ。 エリスも知らなかったみたいだから、金の出所が分からないよ。」
「心配するな。 それは組合長が持ってくれている。 正確にはここだけじゃなくて、北と南でも出してくれいるらしいけど。」
「ええっ、そんな大袈裟なことになっているのか。」
「何だか組合長がノリノリになっちゃって、そこいら中に声かけたみたいだぞ。」
「おーい、やめてくれよ。」
「もう遅い。 とにかくこれに着替えろ。」
アークは手に持っていた服を僕に突きつけた。
絶対に僕に似合いそうもない、派手派手しい衣装だ。
「嘘だろ。 こんなの着なくちゃいけないのか。」
「もう諦めろ。 今頃エリスもリズに着替えさせられている。」
しばらくして外に出たら、何だか豪華な馬車が停まっていた。
まさかこれに乗って教会まで行くのかとげんなりしていたら、エリスも元の家の方から出てきた。
「カンプも何だかすごい格好ね。」
「うん、アークに無理矢理着せられた。 エリスもだけど、エリスは綺麗で似合っているから、まあ良いね。 僕は馬子にも衣装にもならないよ。」
「そんなことないよ。 それなりにカッコいいよ。」
エリスも言いようがないから、「それなりに」と言ったのだろう。
馬車には僕とエリスだけ乗り、もう一台の普通の馬車におじさんとおばさん、それにきちっと正装したリズとアークが乗った。
悔しいけど、そこは元貴族である。 リズもアークも正装がきちっと決まっていて、格好がいい。
協会では組合長と職員さん、それに北の組合長さんと担当さん、そして僕はよく知らないが南の組合長さんともう一人が僕らのことを待っていた。
僕とエリスは一応おごそかな雰囲気の中で、署名を済ませた。
その場でちょっとした歓談になったのだが、何故組合長がいたのか分からない。
「あの組合長、どうしてここに来ていらっしゃったんですか。」
「そりゃお前、立会人として来たに決まっているだろ。」
「えーと、それじゃあまあ、組合長は一応理解できるのですけど、北と南の組合長さんまでいらっしゃるのはどういうことなのですか。
今朝起きたら問答無用でこんなことになっているのですけど。
僕とエリスはただ教会で署名すれば、それで終わりだと思っていたのですけど。」
「いやまあ、俺が北にも金を出させようと思って声をかけたら、自分も参加すると言い出して、それを聞いた南も金を出すから参加させろ、となった訳だ。
北と南の組合長も立会人になったということだ、めでたいことじゃないか。」
「となった訳だって、めでたいことだって、そんな話全く聞いてないんですけど。」
「おいカランプル、めでたい話なんだから良いじゃないか。
それにこうやって北も南も立会人になったということは、組合はウチだけでなく、北も南もお前のバックになったと宣言しているということだ。
それを堂々と世間に公表しているという訳だ。
これでもうお前らに変なちょっかいを出してくる奴はまずいなくなると思うぞ。 流石に三つの組合に喧嘩売ってくる命知らずはいないだろうからな。」
「はあ、なるほど、そういうパフォーマンスの意味があるから、僕はこんな格好をさせられているのですか。」
それから家にみんなで戻ると、庭と僕の家、それにエリスの家を会場としたパーティーに多くの人がお祝いに来てくれていた。
この町の魔道具屋さんはもちろんだが、火の魔石の魔道具屋は南からも祝いに来てくれていた。
そして庭に出したテーブルの上には、今まで僕が見たことのない大きなケーキが乗っていた。
そのケーキはベークさんともう一軒のパン屋さんとが特別に焼いてくれたものだった。
「カランプル君、このケーキは君たちが作ってくれたパン焼き窯の大きさがあってこそ作れた物なのですよ。
ささやかなお礼を兼ねたお祝いの品です。 ぜひ食べてみてくださいね。
実はこのケーキを焼くのに、材料の調達費などは北と南のパン屋さんたちが出しているのですよ。 自分たちは店があるのでここに来ることができないから、ぜひよろしく伝えて欲しいとのことです。 特に北のパン屋さんからはくれぐれもと連絡が来ましたよ。」
そして驚いたことに、リズとアークの実家からも祝いの品が届いていた。
「ああ、それは気にしないでくれ。
きっと僕たちの店が少し有名になったから、もしかすると利用価値があるかもしれないと考えて、いくらか繋がりを持っておこうとしているだけだから。」
「ま、私のところもそんなものね。
魔技師になるしかない魔力しか持たないとわかった時には、冷たく放り出したくせに、こういうところだけは目ざとく繋がりを持とうとするのよ。
今になって客観的に見てみると、本当に貴族って嫌な奴らね。」
ま、アークとリズの言う通りのことなのだろうけど、どうしたものだろうと思っていたら、組合長が助けてくれた。
「ま、貴族が考えていることは、そんなことなのだろうけど、一応ちゃんと礼状は届けておけよ。」
「礼状だけで良いのですか。」
「それが一番良いんだ。
庶民の私には何をお返しすれば良いのかも分かりませんので、何かご用がお有りの時にはいつでも声をかけてください、と書いておけ。
そうすれば、貴族の方はお前に恩を売っていることになるから満足する。」
「そういうものなのですか。」
「まあ、そんなもんだ。
そうすれば、お前らは二人の実家の貴族の家の下になったということで、他の貴族がちょっかい出しにくくもなるから、少し何か言ってくるかもしれないが、それは必要経費だと思って諦めろ。」
「やっぱり、何かしらはあるんですね。」
「ま、世の中そんなもんだ。」
と、まあ、少しげんなりすることもあったのだが、パーティーには魔石に魔力を込めるだけが仕事になってしまった多くの火の魔技師さんも来てくれた。
僕は彼らが、仕事を取られたような気持ちになっていないかが不安だったのだが、「仕事が楽になって助かっている。」と多くの魔技師に声を掛けられた。
ちょっと嬉しかったし、このパーティーのおかげで多くの人と顔見知りになれたことは良かったかなと思った。
それより何より、今日は一日中エリスの機嫌がとても良かった。
「朝、馬車に乗る前に、お前がエリスの姿を褒めただろ。 それだからエリスは今日はとても機嫌が良かったんだよ。」
「え、そうなのか。
俺、別に褒めようと思った訳じゃなくて、思ったままを口にしただけなんだけど。」
「ああ、お前に女心をくすぐるような芸ができる訳はないから、そうだとわかっている。
エリスだってお前がお世辞を言ったりしない、褒めた言葉がお前の本音だと分かっているから余計に喜んで機嫌が良かったのさ。」
「だって、本当に似合っていて綺麗だったろ。」
「ああ、俺もそう思うぞ。」
ま、こういう所もアークの方が貴族だったから社交に慣れていて、僕よりずっと洗練された立ち居振る舞いができる。
でもアークが女性にモテる話は聞かないのだけどね。 僕もエリスだけだけど。




