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個人の収入

朝食を食べ終わり、お茶を飲んでいると、不意におばさんに言われた。

「カランプル、それでエリスとは何時正式に結婚するの?」

ごく普通の日常の会話と同じ調子だったけど、唐突だったので、僕もエリスもちょっと驚いた。

実は本当のことを言うと、結婚ということを僕はほとんど忘れていたのだ。

忙しかったのと、組合長と職員さんに身の危険があると脅されていたせいで、エリスとの結婚という話は、頭のかなり隅の方に追いやられてしまっていたのだ。

「はい、やっと仕事が何となくひと段落したので、そろそろしたいかなと思っています。」

僕はいかにも考えていたという感じの答えを、おばさんにした。

エリスは、僕が急に思い出して答えたことがわかっているだろうけど、それでも嬉しそうな顔をした。

ちょっとだけ、忘れていたというか、心の中で後回しにしていたことに、良心が痛んだ。

でも完全に忘れていた訳ではないんだ。

アークがこの家で生活することになった時には、頭の片隅でエリスと結婚して生活するにはどうしようかと、ちょっと考えたし、リズに「もうさっさときちんと結婚しちゃいなさいよ。」と言われた時には、そうだよな、とも考えていたんだ。

ただ、それ以上に具体的に考える暇というか、時間というか、余裕がなかっただけなんだ。


「エリス、ところであなたたちの収入はどうなっているの? きちんと収入は得ているの?」

おばさんは急に普段はしない具体的な金銭の話を始めた。

「うん、店としては魔石の件があるから、組合に対してすごく大きな負債を抱えているけど、私たち個人の収入としては、普通の魔技師より多くの収入を得ているわ。

 カンプは私たちの話し合いで割合分が多くなっているから、それより多いし、私も割合分は同じにもらっているから、ちゃんと一人前の収入になっているのよ。

 それに組合に対しての負債も、ここに来て負債が増える方向から少しづつ減る方向に変わったから、これからはどんどん減っていくようになると思う。 そうすれば店としても、とても儲かっている状況になるし、魔石の交換での取り分も元の契約に戻せるだろうし、私たちの収入もずっと増えるわ。」

「あら、そうだったの。 私もちゃんと普通の魔技師並みの収入があったんだ。」

「俺も普通の魔技師として生活出来ていたんだ。 何だか夢のようだな。」

エリスの言葉にリズとアークがそんな感想を漏らした。

「二人とも私の話をちゃんと聞いていた? 私は普通の魔技師より多くの収入を得ているって言ったのよ。

 だいたいあなたたち、自分の組合の預金通帳見ている? 私いつも記載して、あなたたちに返す時に、きちんと確認してね、って毎回言っているよね。 確認してないでしょ、二人共。」

「ま、俺の場合、忙しかったし。 そういうことはエリスに任せているから。」

「私もエリスがやってくれていることだから安心しているから、別に一々通帳を返してくれなくても、面倒だからそのままエリスが持っていてくれれば良いのにと思っていたから。」

「ほら、二人共、全然通帳を見てないじゃん。 今取ってきて、見てみなさい。」


なんかエリスの怒りに火がついたようで、エリスの剣幕に押されて、アークもリズも通帳を取りに行った。

アークは二階の自分の部屋に行くだけだから大したことではないが、リズは一度エリスの家まで行って戻ってこなければならない。 ま、それもエリスがタオルだけで走れる距離なのだから大したことではないけど。

実は僕も通帳なんて見たことがない。 僕の通帳も作ってあるはずなのだけど、エリスにとって僕のお金をエリスが管理するのは当然のことなので、二人と違って、通帳を確認したりを迫られることはないのだ。

ここにはもう一人、おじさんがいるのだが、こんな時は我関せずの態度を貫いて、自分にとばっちりが来ないようにしている。 僕にも視線で静かにしているようにと言っている。 もちろん僕も静かにしている。


アークがすぐに二階から降りてきて、通帳を開いてみて驚きの声をあげた。

「うわっ、俺、こんなにお金持っているの。 これ月当たりにしたら、家から生活費として援助されていた金額よりずっと多いのだけど。

 俺、ここで正式に働き出した時に、少し意地があって家からの援助を全て断って、自分が生活出来ていけるか心配だったし、カンプとエリスのおかげでこうして生活出来ていると思っていたのだけど、これってちゃんと魔技師として生活出来るっていうか、出来ているってことだよね。 ね、エリス?」

「アーク、当たり前でしょ。

 さっきも言ったでしょ、少なくとも収入の面では普通の魔技師よりたくさん得ているのよ。

 あなたは元貴族だから、まだその辺の実感はないだろうけど、普通の魔技師さんはその収入で家族の生活を賄っているのよ。 それより多くの収入になっているのだから、いくらなんでも生活費として家から渡されていたお金よりは多くなっているのは当然だと思うわ。

 でも私は貴族の生活がどんなものか分からないから、本当のこと言うと、よく分からないのだけどね。

 それにね、アークの収入は・・・。」

ここまでエリスがアークに話していた時に、戻ってきたリズがエリスに焦ったように声を掛けた。

「エリス、この通帳、間違っているわ。 金額が多すぎるわよ。」

「リズ、間違ってなんてないわよ。」

「だとしたら、エリス、私の収入から、ここでの食費とか、必要な時に出してもらっているお金とか、全然引いてないでしょ。

 それだからこんな金額になっているのね。」

「そうか。 それだから通帳にこんなにお金があるのか、謎が解けたぞ。」

アークもそんなことを言い始めた。

エリスはため息をついて、また話し始めた。

「通帳の金額は間違っていません。 多過ぎもしません。

 食費だとか、必要だと言われて渡したお金とか、ちゃんと全部引いてあります。」

「それで何でこんなにお金があるの?」

「だから最初に言ったじゃない。 普通の魔技師さんより収入が多いって。

 それに食費だとかはここでみんなで食べているから、それぞれが一人で食べるより割安になっているだろうし、カンプと私の家に居るのだから住居費はかからないし、それ以上にほとんどここに缶詰で働いていたから、お金を使うことがなかったでしょ。

 危険だからって、護衛なしで外に出れなかったから、私まで仕事ばっかりしていて、全然お金を使う暇もなかったわ。 あなたたち二人はもっとその差が大きいんじゃないの。」

「あ、そう言われてみればそうかも。

 私も今までの貴族としての付き合いで、蔑まれるから嫌だったけどパーティーなんかにも参加しなければならない時があって、仕方ないからドレスとかも作っていたけど、それを断る良い口実ができたから行かなくなって、確かに使ってもいないわ。」

「あ、リズもそういうのあったんだ。

 俺も、昔の悪友が、お前は貴族から落ちこぼれたけど、邪険にはしないで誘ってやるぜって感じで誘われることがよくあったんだ。

 あれ、本当に嫌だよな。 断ると、落ちこぼれたから、誘いに乗ることもできないんだって思われたり言われたりするのが分かってるから、それも悔しいから誘いに乗らない訳にもいかなくて。 誘いを断れる公式な理由ができたのは嬉しかったなぁ。」

二人とも元貴族ということで、僕には分からない苦労もしているんだと思った。


「ま、とにかく、その通帳の数字は間違っていないから。

 何だったら、細かい数字を記載したリズとアークの個人帳簿もあるから、それ持ってきて確認する?」

リズとアークは慌てて手を振った。

「エリス、私はそこまでしてもらわなくてもいいわ。

 エリスがそういうなら、私はそれを全面的に信じるわ。」

「俺も、エリスに任せているのだから、それでいい。」

僕はちょっと笑いが込み上げてきて、顔がニヤついてしまった。

それを見たおじさんが咳払いをして、ちょっと威厳を見せて言った。

「二人とも、元貴族だから他人に任せることに慣れているということもあると思うけど、通帳の確認をする程度のことは普段からするようにしないといけないね。

 自分のことは自分で管理できるようにならないと、一般人としては暮らしていけないよ。」

そうだよな、貴族と違って、我々庶民は誰かが財産だとか収入だとか支出だとか、そういった日々のことを管理してくれる人がいる訳ではない。

おじさんが二人に注意するのは当然のことだ。


僕がそんなことを思っていると、アークが矛先を僕に向けてきた。

「カンプ、お前、したり顔をしているけど、お前も通帳を持ってきて見てみなくて良いのか?

 お前は俺やリズよりもっと驚くはずだろ。」

「え、僕。 僕、通帳なんて渡されてないもの。 持ってくるも何もないよ。」

「エリス、どういうこと?」

リズがエリスにちょっと詰め寄る感じで聞いた。

「カンプの収入はどうせ私が管理するのだから、通帳を渡したりはしてないの。

 どうせ渡そうとしたって面倒がって、『エリス、任せるよ』って、中なんて見ないでそのまま返されるのが分かっているから。

 それに、カンプはそういうの全然分かってないから。

 例えばこの家や土地の権利書だとかも、カンプは全然把握していないから、仕方ないから私がちゃんと仕舞っていたりするの。」

「ま、カンプはそれで仕方ない。」

おじさんもそう言った。

「何よ、一番ダメダメなのはカンプじゃない。」

リズがそういうとおじさんが

「すまない。 私の教育がなってなかった。 今更、これは治らない。」

おじさんに変に謝られて、リズはどうして良いか分からないという顔をして沈黙した。


「ま、そういうことなら、エリス、つまり今現在カランプルは十分に一人前と言える収入があるということよね。」

「うん、お母さん、十分以上にあるよ。」

「それならもう二人で食べていけるようになったということね。

 カランプルの結婚する条件は二人で食べていけるようになることだったから、その条件は十分にクリアできたわね。

 それならもう、早速正式に結婚しなさい。

 お父さん、明日にでも教会の神父さんに相談して来て。」


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