二週間後
僕たちは北の町のパン焼き窯の設置と、おじさんの支店への商品納入を終えただけで、急いで自分たちの町に戻ってきた。
「全くなんだか慌ただしいわね。
北の町に行ったって、パン屋さんを三軒回って、エリスの家の支店に寄って、それ以外は宿に泊まっただけよ。
食事だって、宿で晩と朝にちょっとゆっくりしただけで、他は移動の途中に屋台で食べただけ。
前に南の町に行った時も日帰りの強行軍だったし、ちっとも違う土地に行った恩恵がないわ。」
「そうよね、リズ。 私も、それ本当に馬鹿馬鹿しいと思う。
せめて、どこか一所くらい観光して、美味しいお店で何か食べてくるくらいのことはあって当然だと思う。」
女性陣2人が意気投合している。
「そうは言っても、今回はやることが立て込んでいて大忙しだったし、すぐに戻ってこなければならなかったから、仕方ないよ。」
あ、アークのバカ、こんな時に口を挟んじゃダメだ。
「アーク、そんなことは私たちだって百も承知よ。
だから仕方なしにこうして何もせずに戻ってきたんでしょ。」
ほら、早速リズの攻撃がアークに入った。 アーク、今頃しまったという顔して、こっちを見ても僕は関与しないよ。
とりあえず部屋から出て避難しようと思ったのだが、ちょっと遅かったようだ。
「カンプ、私なんて2回も連続して行ったのだけど、何だか人しか見た覚えがないわ。
もしかして、これからも毎回こんな調子なのかしら。」
「いや、エリス、今回と前回はちょっと緊急事態だったからで、今度行った時は町を見たり、美味しいものでも食べようよ。
僕たちにはそういう時間も、これからは絶対必要だと思うんだ。」
「そうよね、私も本当にそう思うわ。
確か二週間後にはまた行かなくちゃならないのよね。
でも次はそういう楽しみもあると思うと、ちょっと楽しみだわ。」
みろアーク、お前の不用意な一言で、エリスにこんなプレッシャーをかけられてしまったじゃないか。
「あら、エリスは次の時はカンプとデートするの?
それじゃあ私もアークにエスコートを頼もうかしら。 よろしくね。」
「4人で一緒に行動すれば良いじゃないか。」
「アーク、何を言ってるの。 2人の邪魔をしたら悪いでしょ。
そのくらいの気は使いなさいよ。
それとも何、私と2人は嫌だという訳。」
「そうだな。 俺が考えなしだった、カンプもエリスもたまにはデートくらいしたいよな。 その時間くらいリズ、俺に付き合ってくれるかな。」
「そうよ、最初からそう言えば良いのよ。」
アーク、お前、もう少し考えて喋る癖つけような。 そうでないとトバッチリがすごい事になる。
それからの二週間もやっぱり何故か忙しい。 こんなはずではなかったのだけど、と思いつつも毎日をこなして行く。
南の町の魔石の交換はアークに頼んだのだが、2軒の交換時期が当たり前なのだが、一緒にはならず、アークは二度南の町に行く事になってしまった。
それも2軒分の交換の魔石を持って一度目に行ったのだが、まだその時は一軒だけで、仕方なく戻ってきたら、その次の日にもう一軒から連絡が入るというタイミングの悪さだ。
町をつなぐ辻馬車での移動となる訳で、みんなで移動する時のように馬車を一台借りる訳ではないので安いとはいっても交通費がバカにならない。 少し考えないと。
おじさんに言われた、身の丈に合った仕事をしないで、背伸びしてしまった弊害なのだけど、もう仕方ない。
とにかく今現在、パン焼き窯が増えたし、もうすぐ調理器や照明具も魔石もどんどん交換しなければならない。
繰り返し使っている魔石も、組合長によると、いずれはやはり壊れるという事なので、それにも備えておきたい。
交換用の魔石の数が絶対的に足りていない。
僕たちは魔石に魔力を込めるのは、リズとエリスが集めた女性魔技師さんたちに丸投げして、その事務と管理はエリスに任せ、3人で火鼠狩になるべく励む事にした。
それでももちろん毎日狩ができるはずもなく、僕は獲ってきた新しい魔石に交換用魔石の回路を書き込まねばならないし、やっと30個を超えたという数しか、この二週間では増やせなかった。
「おかしいなぁ、魔技師ってどちらかというとグータラ暇をしているものですよね。」
「そうですね、一般的にはそういうイメージですね。
実際は、魔技師の魔力量の問題と、いつでも呼ばれた時に対応しなければいけない待機の状態であって、グータラしてサボっている訳ではないのだけどね。」
今回の北の町行きには、組合の職員さんが一緒している。
馬車の代金を1人なのに半分持ってくれるというので、僕らとしては大歓迎だ。
それに道中色々な話を聞くことができるのも、僕たち若僧にとっては嬉しいことだと思う。
「ま、俺はカンプのところで働き始めるまでは、正真正銘のグータラだったから、こうして忙しいのは夢のようだよ。」
「そうですね、アーク君は土属性ですから、魔技師としては普通ならあまり需要がないですからねぇ。
それが今は、魔石の交換に魔道具作り用の線の製造にと大忙しですからねぇ。
私のような組合職員から見ても、ちょっとびっくりですよ。」
職員さんは、アークにニコニコ笑いながらそういった。
「本当に自分でも驚いているんです。 カンプのおかげです。」
アークは照れ臭そうにそう言った。
「そんなことないぞ、お前がいなかったらパン焼き窯は作れなかったから、今の忙しさはお前のおかげだよ。」
「忙しすぎるけどね。」
僕の言葉にリズが茶々を入れた。
「ま、君たちが今忙し過ぎるのは、私や組合長もちょっと問題だと思っているんです。
そこで少し組合から君たちに提案があるのですが、ま、それは今回の北の町での用事が終わって、戻ってからにしましょう。」
僕はなんだろうと思ったのだが、素直に「はい、わかりました。」と答えておいた。
「ところで、1つ尋ねて良いですか?」
職員さんは声には出さず首を傾げることで僕に続きを促した。
「僕は最初からちょっと疑問に思っていたのですけど、あの捕まった北の町の魔技師は、一体全体何をしたかったのですか?
僕には今ひとつ何をしたかったのかが、良くわかりませんでした。
交換の魔石の回路図も秘密扱いになっていますから、同じ物が作れるはずはないのに、なんでわざわざ僕らの店の紋章まで偽造して偽物を作ったのか。
そんな手間暇をかける意味が何かあったのでしょうか。」
「カランプル君たちは、普通だったら新たな魔道具の魔石の回路図が秘密扱いになっていたら、何かしらの特殊なことがされていると考えて、魔石の偽造を簡単には考えないだろう、という風に思うんですね。」
「はい、何も問題がない回路図なら秘密扱いになるはずがないのだから、少なくとも今までにはなかった技術のはずです。 それと同じ物が簡単に即座に作れるなら、もう以前に作っているはずだと思うのです。」
「アーク君、それが確かに普通に考えるとそうですよね。」
職員さんはそういった。
「でもね、彼にとっては偽物は本当のことを言えば、どんなに劣悪でダメな物でも構わなかったんですよ。
その魔石が一見カンプ魔道具店の物であると思わせられれば、それで良かったんです。
魔石の中に組み込んだ回路はどんな回路か普通は判らないでしょ。
今、私が普通はと言ったことに気がついたかな。
これはとても重要な秘匿技術なのですが、実は組合は魔石の中にどの様な回路が組み込まれているかを調べる技術はあるのです。
ま、これは考えてみれば当然だと思いませんか。
組合に提出された回路の設計図が、魔石の中の回路と本当に同じか調べられなくては、回路の設計図を提出してもらっても意味がないでしょ。
でもそのことは知られていないから、悪事を働くものは外側の紋章だとかは一生懸命に完全に真似るんですね。
実はカランプル君たちに魔石に紋章を入れさせたのは、それさえ綺麗に模倣すれば良いと思わせるための罠でもあるんですよ。」
僕とアークとリザは、職員さんの話にじっと耳を傾けている。
こんなことは学校では教えてくれない。
「で、あの魔技師が何を考えていたかというと、魔石を真似ておけば、魔道具が動かなければ、欠陥があると強弁できると思っていたのですよ。
カランプル君たちは交換して繰り返し何度も使える魔石で、自分たちだけでなく、組合にも利益をもたらしてくれているのだけど、そのことは組合の中のほんの一部で以外は知られていない。
だから、あの魔技師は自分がカンプ君たちの魔道具にケチを付ければ、組合は自分を嫌っていても、それでも自分の側について、カンプ魔道具店を排斥する方向で動くと思っていたのですね、少なくとも自分たちは魔石を組合から買って、利益を組合に供与しているのだから、と。」
「なんだか、とっても生臭いというか、利益が得られるのだから、自分の方につくはずだって、とても自分本位の考え方ですね。」
リズがそう言った。
「リズ君やアーク君は出が貴族だから、余計にそう感じてしまうのかもしれないですね。
でもね、これは社会では普通のことなんだよ。
貴族の社会でだって、建前は違っていても、実際はその論理で動いていることは多々あると思いますよ。
君たちの年齢なら、そういう社会の汚い部分もだんだん理解しないといけないですね。」
僕たちは、やはりまだまだ青二才で、物事が見えていないのだと思う。
おじさんが後ろから色々とサポートしてくれているから、どうにかなっているけど、きっと職員さんから見ると、危なっかしくて仕方ないのだろう。
「でも、僕らみたいな若造の小さな魔道具店に、なんでそこまで手間暇かけて、嫌がらせをしようとしたのでしょうか?」
そう、アークも僕と同じ疑問を持っていたようだ。
「君たちはどうも自分たちのことが見えていないようですね。
この短期間に秘匿技術扱いされる魔道具を複数開発し、秘匿技術にはならなかったが、画期的な魔道具作りのための線を開発したカンプ魔道具店は、組合や魔技師の間では知らない者はいないでしょう。
そしてその秘匿技術は、どう考えてもこれから社会変革を起こしてしまいそうな技術です。
今まで既得権益を持っている者にとっては、できれば即座に潰しておきたい存在なんですよ、あなたたちは。」
「私たちがですか?」
職員さんが視線でエリスも含まれているのだと示したので、エリスがびっくりしたように疑問を口にした。
「そうです、あなたたち4人全員です。
私や組合長が考えていたよりも、ずっと早くあなたたちが有名になってしまい、私たちも少し焦っているのですよ。
ま、今回もそのために私は北の組合との打ち合わせなのですけどね。」
そう言って、職員さんは軽くため息をついた。
「なんだか良く分からないのですけど、ご迷惑をおかけしているみたいで、すみません。」
僕はそう言って、職員さんに謝った。
「いえいえ、これはカランプル君たちが悪いのではなくて、変なことを企もうとする奴らがいることが悪いのですから、君たちが謝ることではありません。
ただ、今は君たちはとても注目を集めている存在で、油断をしてはいけないということをしっかり自覚してください。
1人で行動したり、知らないところに行ったりしてはダメですよ。
必ずまとまって行動して、今はふらふらと街中を歩こうなんて考えてはダメですからね。
ま、君たちはまだ酒を飲まないみたいですから、そこで変なことになることはないと思うのでその点は大丈夫ですね。
それにエリス君とリズ君がいますから、カランプル君とアーク君がハニー・トラップに引っ掛かることもないでしょう。
それから、今回は帰りも私が一緒しますから、勝手に帰ったりしてはダメですよ。 馬車も私が用意しますから。
宿も前の時と同じところをもう抑えてあるはずですから、そこに泊まってくださいね。」
何故だか分からないが、僕らが何も言えないうちに、どんどん色々決められてしまって、とてもではないが観光だとか、美味しい食べ物だとか、ちょっと今回はと思っていたことが全くできそうにない雰囲気になってきた。
「あの、すみません。
そんな風に細かく配慮していただくというのは、私たちに危険が及ぶ可能性があるから、ってことですか?」
リズがおずおずと尋ねた。
「もちろん、その通りです。
私は全く楽観視していません。
君たちも一時たりとも気を抜かないようにしてくださいね。
そうそう、それから、今回の宿ですが、今回は続きの部屋の中仕切りを取ってもらって4人部屋にしてもらっています。
少々不便かもしれませんが、女性2人の部屋を作ってしまっては危険ですから、今回はそうしました。
リズ君とアーク君が同室でも構わないなら、二部屋にしても構いませんが。」
「いえ、4人部屋でお願いします。」
即座にアークがそう答えたら、リズがちょっと怒り顔になった。
エリスが僕の脇腹を軽く突いて小声で言った。
「カンプ、美味しい物を食べに行くのは、延期だね。」
「ああ、どうも無理っぽいな。」
僕たちは北の町に着いたら、まず第一におじさんの店の支店に行くことにした。
職員さんはそこまで一緒に付いてくると、僕たちが店に入ったら自分は北の組合にすぐに向かうという。
「いいですか。 別の者をここに寄越しますから、あなたたちだけで勝手に町をうろついてはダメですからね。」
支店では予想外のことになっていた。
ほとんど店の飾りくらいのつもりで展示していた調理器と照明器具だが、全て売れてしまっていて、予約注文が溜まっている事態になっていた。
「カランプル君、エリスさん、待っていました。
この状態をどうにかしてください。
何故魔道具がこれしかないんだと、私はずっとお客さんに責められているのです。」
「今使っている魔道具を修理するための、線とかソケットは十分な量を二週間前に置いていったと思うのですが、何かそれに問題があったのですか。」
アークも気になったみたいで、線やソケットに問題がないかどうか点検している。
「いえ、そうではなくて、お客さんが『出来たら修理ではなく、新しくしたい。』と皆仰り、担当の魔技師さんもそれを後押ししているのですよ。」
「え、だってそれでは担当の魔技師さんたちは、魔石の収入が入らないじゃないですか。
なんで後押しするんですか。」
「もうなんでも、お客さんも担当の魔技師さんも、とにかく前の魔道具屋の作った魔道具を替えたいみたいなんですよね。」
僕はアークと目を見合わせた。
そういえば、パン屋さんでも前のパン焼き窯を、「見るのも嫌だから撤去してくれ」と頼まれたっけ。
どれだけ嫌われていたんだ、あの魔技師は。
その日は支店の予約注文の確認と、支店で売った魔道具の、買った人の名簿とそれに関わる魔技師の名簿の確認など、エリスの仕事が大忙しで、僕らもそのリスト作りを手伝った。
とにかく関わった魔技師さんに早急に魔力込めの仕事を回さないと、魔道具を買ってもらったおかげに干上がらさせてしまうことになってしまう。
それがわかっていても即座に何か出来る訳でもない。
今回は前回作った窯の点検をするのを主目的に来たので、新たに支店に卸す調理器や照明器具を作ってきた訳でもないし、予備の魔石を持ってきた訳でもないのだ。
来週、もう一度来て、その時までにどちらも出来る限りの対処をするということで、仕方なくお茶を濁すしかなかった。
職員さんの代わりに僕たちに付き合うために来てくれたのは、事件の時の北の町の担当職員さんだった。
「なかなか大ごとにだんだんなっていますからね。 驚いたでしょう。
とにかくゴタゴタが収まるまでは仕方ありません。 大人しくしていてくださいね。」
なんとなく釘を刺された気分だ。
次の日、僕らはパン屋さんを回り、窯の点検をしたが問題はなかった。
ただし、案の定という感じで、まだ撤去していなかった以前の窯の撤去を頼まれた。
とにかくどうにも窮屈なので、今回は他に何もせず、帰ることにした。
職員さんは大丈夫なのかと思ったのだが、北の町の組合長さんとの話し合いは終わったので、大丈夫だった。
ほうほうの体で僕らは北の町から逃げ出したのだが、馬車の中で職員さんから言われてしまった。
「自分たちの町だからって、今は安心しないでくださいね。
まあ、しばらくは仕方ないですね。」




