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北の町の支店

家に戻って、その日は僕とエリスはさすがに休養日にした。

北の町はなんだか色々なことがありすぎた。

僕たちのことを心配して待っていた、リズとアークとおじさん・おばさんには、心配する様なことは何もないとだけ伝えて、僕もエリスも夜になる前に自分のベッドに久しぶりに潜り込んでしまった。

朝まで2人とも起きなかった。


次の日、心配してくれていた4人と今後の相談をすることにした。

「組合の職員さんが私のところにやって来て、どういうことになっているかの説明をして帰っていったよ。

 それをここに居るみんなには話してあるから、状況の説明はもういらない。

 今後どうするかだけを話して決めよう。」

おじさんは僕とエリスにそう言った。

僕とエリスが疲れて眠っているうちに、事の次第は全て伝わっている様だ。

「それでカランプルはどうしたいんだい。」

「僕は正直に言えば、北の町で残り2軒のパン屋さんから窯の注文を受けたのですけど、それを作ったらもう十分なんです。 それだけで、僕とリザとアークの請け負える魔力量としては目一杯ですから、本来はそれ以上何かというのは無理なんです。

 その他にも、もうここで魔石に魔力を込める事だけの仕事も始めていますし、それ関係の仕事だけでもエリスは忙しいですから、これ以上何かをしなければならないという気持ちはないのです。」

「確かにそれは言えてるわ。

 普通に魔技師と考えたら、私たちはもう目一杯担当する魔石を抱えているわ。」

「僕でもそうだよ。 土属性の魔技師ではあり得ない様な事だと思っている。

 その上、僕は魔道具の回路の線を作る仕事もしている。

 カンプの言う通り十分すぎるほど、もう恵まれている。」

リズもアークも僕に同調した。

「しかし、それではどうも北の町は困ってしまうという事らしいな。」

おじさんの言葉に僕も続ける。

「はい、どうやら今のままでは北の町はとても困る事態になってしまうみたいです。 それで北の町の組合長からも、この町の組合長からも、北の町におじさんの店と僕の店の支店を出して欲しいという要請なんです。」

「うん、職員さんの話でもそういう事だった。」

「おじさんは、この話をどう思っているのですか。」

「私はこの話を受けようと思っている。

 本音を言えば、私はこの話を受ける必要はない。

 こうやってカランプルが魔道具店を持って、それでやっていける目処がついたなら、カランプルとエリスの将来のことを経済的に心配する必要はなくなった。

 だとしたら、私とお母さんが暮らしていく分くらいは、今の店で十分だ。

 これからお前たちが作る新しい魔道具を、楽しみながら売って、その他の雑貨を今までの様に並べれば、私たちは十分用が足りる。

 でもね、お前たち、お店というのは、そういうこちらの都合だけで考えてはいけないのだよ。

 私たちの店を必要とする人が居て、私たちが頑張ればその人たちを助けられるなら、私は店をする必要があると思うのだよ。

 支店を出すことで、困っている人を助けられるなら、それはとても素敵なことではないかね。」

おじさんの言うことに、僕はなるほどと思った。

僕は自分たちが生きていく上での経済的必要ばかり考えいた。 そりゃもちろんお客になってくれた人たちのことも考えたけど、それは直接に関わりのある人だからで、直接的な面識のない人のことなんて考えていなかった。

エリス、リズ、アークもおじさんの言うことを考えている様だ。

「そうか、自分たちのためにではなくて、他人のためにという視点も入れて、考えてみないといけなかったんだ。」

「そうだな、僕らは、特に僕は、食っていける様にならなくちゃ、という気持ちばかりが強くて、他の人のことが目に入ってなかったんだ。」

「私も4人で店を始めてから、ちょっと忙し過ぎた気がしていて、休みたいとか、ゆっくりしたいという気持ちが強くなり過ぎて、周りが見えていなかった気がするわ。」

「私は急に事務が忙しくなったから、それに追われていて、何も考えていなかった。」


僕たちはおじさんの言葉に、店を持って営業するという事の意味を、もっと深く自覚しなければいけないと思った。

そうだよね、困る人がいて、それを僕たちが少しでも助けられることが出来るなら、それをしないのは間違っている。 ましてや、それを周りの人たちから期待されているなら、その期待に応える努力をしないのは間違っている。

「おじさん、ありがとうございます。

 僕は魔技師として、というか魔道具店として、いえ、人として間違った選択をするところでした。」

僕は仲間に向き直って言った。

「北の町をどうにかする方向で考えてみたいと思うのだけど、良いかな?」

みんなも僕と同じ様に感じたみたいで、積極的に同意してくれた。


まず僕たちは何をしないといけないのかを考えた。

一番の問題は、今まで北の町で独占販売していた魔道具が壊れやすく、その修理の注文が次々と入ってくる事だ。

これをしっかりとこなさないと、北の町の人たちの生活が成り立たなくなってしまう。

でも、それはなんだか簡単に問題が解決できる気がした。

それぞれの道具を担当する魔技師さんは存在する訳だから、捕まった強欲な店主に代わって、おじさんの店の支店で、僕とアークで開発した回路用の線とソケットを売ってもらえば、それを使ってそれぞれの魔技師さんがきちんと修理してくれれば、それだけで問題は解決する。

僕はそう考えて、まだ売値の決まっていなかった、回路用の線の値段をおじさんと相談する。

同じ長さのミスリルの線と比べると使うミスリルの量は1/10で済んでいるし、銅の値段はミスリルの1/1000にもならない。

そこで僕はおじさんにミスリルだけの場合の3/10の値段で売れば良いのではないかと話した。 だいたいその内の1/3が材料費、1/3が僕たちの店の利益、そして1/3がおじさんの店の利益という具合だ。

「カランプル、もしその値段で売った場合、今までのミスリルだけでの時のどのくらいの値段で回路を直すことが出来るんだい。」

「そうですね、ソケットの部分はミスリルの使用量が多いのでそんなに安くはならないのですけど、それらを入れても半分はかからないかな、と思うのですけど。」

おじさんは難しい顔をして少し考えていたが、

「線の値段を4/10にしたら、その値は半分を超えるかね?」

「えーと、そうですね。 それなら半分は超えると思います。」

「よし、それならその値段で行こう。 私の店の利益は1/10のままでもちろん良いよ。 増えた分の利益は、カンプたちの店の利益にしなさい。」

「えーと、おじさん、良く分からないのだけど、半分を超えるとか超えないとか、何か意味があるのですか? 僕としては、そんなに利益が得られなければいけない理由もないから、安い方が良いかと思うのですけど。 今回は僕たちは無理な値段という訳でもないですし。」

「うん、確かに単純に値段と考えるとそうなのだが、今までミスリルを売っていた人からみたら、どう思うかな。

 半分以下になった、というのと、半分近くまで下がったというのでは、買う方の受け止め方は違ってくるだろう。

 ほんの少しの差なのだが、受け止める方の気持ちはかなり違う。

 そこをも考えての値段設定なのだよ。」

なるほど、そういうことも考えるのか、僕はおじさんの言葉に勉強になると思うともに、おじさんの商人としての凄さに改めて驚いた。

リズとアークも尊敬の眼差しでおじさんを見ている。

おばさんはニコニコしているだけだし、エリスはなんの関心も示さない。

おじさんはリズとアークの眼差しに気がついて、ちょっと照れくさそうに言った。

「なんだか偉そうに語ってしまったかな。

 私はどうもカランプルは自分の子供と同様に思っているから、言葉が説教臭くなってしまうのだよ。」

「いえ、そうではなくて、本当の商人というのは、価格1つでもそこまで色々なことを考えて設定しているのだと感動しながら聞いていました。」

リズがそう答えた。

「はい、本当に勉強になります。」

アークも神妙な顔つきでそう言った。

「あはははは、そんなに畏まって聴くほどのことではないよ。

 私は君たちが生まれる前から商人をしているのだから、こういうことはもう骨身に沁みていて、特別考えるまでもなく思い浮かぶのさ。

 何も特別私が優れているという訳でもないのさ。」

リズとアークはちらっと僕の方を見てきたので、僕は「そんなことはないぞ、おじさんだからこそだぞ。」という意味を込めて、小さく首を横に振った。 2人は「そうだよね。」という顔をした。

「あの、おじさん、僕たちもカランプルと同じ様に、気がついたことがあったらどんどん指摘してください。

 まだまだ全然ダメなのが、今回も良く分かりましたから。」


とにかくなるべく大急ぎで支店を出して欲しいという北の町の組合からの矢の催促で、僕たち4人と、おじさんと支店を任せるおじさんの店の人は、一週間後には北の町に向かった。

この一週間、僕たちは北の町の店に置く魔道具を作り、かなり多量の魔道具作り用の線とソケットを作り、新しい窯用の魔石を用意しと、忙しく働いていた。

結局僕たち3人は魔石に魔力を込める暇はなく、魔石に魔力を込めるのは全てそれだけをお願いしている女性魔技師に僕らの分は頼んでしまうことになった。

そして5人になっていた女性魔技師は、それだけでは足りず、総勢10人程になっているらしい。

人数が増えたのは、昼間お茶を飲みに僕の家に来ている女性が増えたから、なんとなく気がついていたのだが、もうその辺はリズとエリスに丸投げしている。

急いで北の町に向かったのは、北の町の組合からの催促もあるけど、もう1つの理由として、この機会を逃すともうパン焼き窯の魔石の交換の時期になってしまい、僕たちが家を離れる訳にはいかなくなるからだった。


おじさんは北の町の組合が用意していた物件に、支店を開店した。

とは言っても、僕らの町にあるおじさんの店と比べたら小さな、支店長1人で切り盛りするだけの店である。

その店には、色々な雑貨とともに、僕らの作った魔道具や、魔道具作り用の線なども売り物として展示されている。

一応、調理器具だけは在庫があった方が良いだろうと思って、10個作ってきたが、あとはリズの作ったランプが見本として形違いが3つだけで、僕らの商品の主力は線とソケットだ。

僕たちは着いたその日と、次の日の午前中に頼まれていたパン焼き窯を作った。 もう慣れた作業だ。

「この町はパン屋が2軒ではなかったの?」

リズの質問に僕は答えた。

「今日作ったところは冒険者に売るのを専門にしている、ちょっと特殊なパン屋さんらしいんだ。

 どうやら普通のパン屋さんは2軒ということだったらしい。」

そして昼すぎに、北の組合に顔を出し、おじさんの支店で魔道具作り用の資材を売りだしたから、魔道具の修理には困らないと思うと告げて、あとのパン焼き窯に使っている新しい魔石の利益についてなどは、二週間後にまた来ますとだけ伝えた。

その時に、強欲魔技師逮捕の舞台となったパン屋さんはすぐに釈放され、もう普通に営業しているという話を聞いたので、僕たちは訪ねてみた。

パン屋さんは普通に営業していて、僕は安心したのだが繁盛しているみたいだった。

パン屋さんは僕たちが訪ねて行くととても歓迎してくれて、自分の罪ではないのに、この前のことを謝ってくれた。

それから、以前からあった4台の普通のパン焼き窯の撤去を頼まれた。

その窯を見るだけで、あの魔技師を思い出し不快になるから、とのことだ。

窯の撤去はアークの土魔法で簡単にできる。 窯の回路に使っていたミスリルをパン屋さんに渡そうとしたら、パン屋さんは「撤去費用とこの前の迷惑料にしてほしい。」と言って受け取らなかった。

もらいすぎだと思ったのだが、パン屋さんの意思は固く、そのままいただいて来てしまった。


ちなみに今回も北の町に一泊したのだが、今回は自分たちで宿代を払わねばならない訳で、前の様な高級な部屋に泊まるはずもなく、普通の2人部屋に僕とアークで一部屋、エリスとリズで一部屋、おじさんは少しだけ良い部屋で1人だった。

宿の人は僕とエリスのことを覚えていて、僕たちが今度は普通の部屋に泊まるのを、僕はなんとなく恥ずかしい感じがしていたのだが、逆に好意的な目で見てくれた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 新しいものを生み出したり工夫するのは面白くて好きなのですが、店を出さないだけで人として間違っているような扱いなのはどうなんでしょう…。 仕事なら自らの許容量の把握に他所と関わるならばその分の…
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