怠惰な魔技師
「怠惰な魔技師」最終話です。
ちょっとだけ長文です。
公爵は戦いの後に自裁する決意をかなり前から固めていたようで、その死後すぐに遺書が見つかった。
その中身は、自分の家族の今後についてはもちろんなのだが、今後の政策提言だった。
家族に関しての一番大きな事柄は、王都に残していた2人の息子についてであったのは当然なのだが、その内容はちょっと驚きをもたらした。
公爵自身も、今回の件について、当初からその責任を問う声は上がっていなかったので、当然息子2人に対しても全く何のペナルティも考えられていなかったのだが、公爵は息子2人に対して、他の公爵領での開発を失敗した貴族と同様に2階級の降格をするようにと遺言してあったのだ。
公爵の息子2人は、普通ならその領地を受け継ぐ時が来れば、長子が侯爵に任じられてその広大な公爵領の大半を受け継ぎ、次子はその一部を領地とする伯爵に任じられ、補佐することになる。
その次の世代からは、王族扱いである侯爵以上の扱いが切れて、普通の貴族と同様な扱いとなっていくことになる。
つまり公爵の息子2人は、公爵が亡くなった後も、まだ王族扱いの貴族として遇されるはずであったのだが、それを断ち切って即座に一貴族としての待遇しか与えないで欲しいという遺言であったのだ。
これは公爵の息子2人にだけでなく、大きく影響を与える遺言である。
公爵が東の地に僕と領地の交換をしたのは、ダンジョンが出来たためであった。
ダンジョンは王家が管理することになっているので、そのために領地の交換という措置が取られたのだが、その原則は今も変わることなく、西の地にダンジョンが発見された時には、ベルちゃんが公爵となってそのダンジョンの管理をすることになった程だ。
公爵が亡くなり、その息子2人を2階級降格させると、王族扱いではなくなるので、この遺言に従うと、ダンジョンの管理を今までとおり行うことが出来なくなる。
ま、それ以前に侯爵から2階級降格となると子爵となってしまい、そもそも広大な公爵領をそのまま受け継ぐことはできないのではあるが。
それは当然ながら公爵も自覚していて、公爵の遺言の文面の多くを占めたのは、それに伴う公爵領、東の地域とダンジョンをどうするかの政策提言だった。
結論を言えば、公爵の提言は、東の地の開発に関して、全てを僕たちに丸投げした形だった。
その理由は、今現在の公爵領の開発の失敗と、王都周辺の開発の隆盛で、資金も人材も王都周辺に集中してしまい、僕たち以外では、その両面から考えて誰も開発を続行することが出来ないからということだった。
僕は僕たちでなくても、3伯爵家なら、資金も人材も充分足りると思ったのだが、公爵だけでなく陛下も、そして3伯爵自身もその候補に挙げるつもりもないようだった。
どうやら3伯爵がその任をを受けると、3者の力のバランスが崩れてしまうと懸念しているようだった。
僕らはその対象にはならないらしい。
公爵が僕たちにその任を振ってきたことには、もう一つの意味もあった。
今回の功績に対する報酬である。
今回の騒ぎに関して、現実には3伯爵をはじめとして多くの人が関わって、事態の収拾がなされたのだが、表面上は僕たちが単独で王国に対する反乱分子を完璧に簡単に潰したように見える。
そのことに対して、王家では僕たちに褒賞を出さねばならないのだが、その褒賞が公爵領と、僕を一代の名誉侯爵としてダンジョンの管理も任せるというモノとしたのだ。
つまり厄介事全てを僕たちに褒美として押し付けるという提言だった訳だ。
公爵の提言では、現在の領地である西の地は、ベルちゃんの公爵領とすることになって、僕たちはまた東の地に移るのだ。
しかし、さすがにそこは公爵も鬼ではないので、今後10年を掛けて段階的に公爵領へと移行していくという計画案が示されていた。
また、ベルちゃんの公爵領に移行するのは、純粋な僕の伯爵領だけで、家臣の領地はそのままとなっている。
そして僕たちが再度東の地に移る、僕たちにとっての利点も指摘されていた。
僕たちがそのまま王都との行き来が簡単な西の地に留まると、僕たちは否応なしに王国の政治や、貴族としての社交の中心人物として常に振る舞う必要がある。
それを嫌うならば、王都から距離を取るしか道はない。
また今回は東の地での開発を積極的に行う必要はない、というより、人材が枯渇していることから積極的開発は不可能なので、今までのような開発に追われる忙しい毎日からは解放され、のんびりとした日々を過ごすことが可能になるかもしれない。
という魅惑的なことも書かれていたりした。
確かに元の村人たちを、また移動してもらったりはさすがに無理なので、開発しようにも人材は全くないだろう。
公爵による開発で植えられた木を維持するために、ペーターさんを頭とした植樹隊の人たちは、どうしても必要となるだろうから無理にも移ってもらうことになるだろうけど、それ以外の人を移すのはちょっと無理だろう。
そうなると、さすがに開発は無理になるので、せいぜいダンジョンの管理を頑張る程度で、今までのように仕事が膨らむことはないだろう。
公爵は自分の遺言を揉み消されることを考慮したのか、遺言の発見者になるであろう執事に、別の遺言を残していた。
それは遺言を発見したら、王家にそれを届け出るだけでなく、その内容の公表を命じる遺言で、公爵に忠実であった執事は自分宛ての遺言の中で命じられたとおりに、公爵の残した遺言を公表した。
それによって、公爵の遺言を実行しない訳にはいかなくなってしまったのだが、それには自分の息子たちの事件への関与がないことの証明とも世間的には見做され、公爵の息子2人は地位は2階級下がることになり、公爵家にいた時のような金銭はそれに合わせて得られなくなってしまったが、貴族として一番大事だと考えられる名誉は、全く損なうことがなかったので、公爵の意図するところは達せられたということだろう。
そんな訳で、僕たちは今回の騒動の褒美を、亡くなった公爵の意図のとおりに貰うこととなったのだが、一番喜んだのはアークだった。
アークは西の町の代官職を陛下から命じられて、それに合わせて西の町に隣接する子爵領を与えられていたのだが、僕が一代侯爵に陞爵するのと一緒にアークも陞爵して伯爵となった。
同様に、今回戦いに参加した家臣たちはみんな同じように陞爵した。
子どもが産まれてまだあまり間がなくて参加しなかったフランとリネも、それぞれの夫であるダイドールとターラントが陞爵したのに、夫婦揃って呼ばれることとなったので、夫と同じ待遇を受ける子爵夫人となった訳で、実質は一緒に陞爵したようなものだ。
僕は一代限りの陞爵という限定が付いたけど、他の面々の陞爵にはその限定は付かなかった。
でもその位を代々守っていくとしたら、とても難しく、実際は今回の陞爵は諸々の政治上の都合でのことであって、実際は僕と同じで一代にほぼ限られた措置だろう。
そもそも僕の寄子の貴族となっている時点で、代替わりしたら問題が出てしまう。
ま、そんなことは僕には関係ないけどね。
関係あるその時の人間が頭を悩ませれば良いことだ。
アークが喜んだのは、陞爵したことによって、西の町の代官職から解放され、その領地も伯爵領とするには狭すぎるために、東の地に名目上だけなのだけど、別に与えられることになるからである。
「陛下、僭越ながら一つ進言いたします。
西の町と、それに隣接する私の賜っていた領地は、今ではメリーベル公爵が領有するダンジョンと王都を結ぶ重要な土地で、今後西の地をメリーベル公爵が治めることになれば、もっとその重要性は増していきます。
そのような重要な地となることが確実な場所ですので、安易に誰かに任せるという訳にはいかないと思います。
そこで公爵の御子息がこれから自分の足で立つにあたり、その地に代官職共々任じてはいかがでしょうか」
アークの進言はそのまま通り、公爵の息子に西の町と隣接する子爵領が任されることとなった。
アークの子爵領は、元々アークがそこの経営に熱心ではなくて、ダイドールとターラントにその地の開発を丸投げしていたし、必要な人手もアークの実家とリズの実家から貸し出されていたような感じになっていたので、引き渡しも一番容易だった。
「ま、たぶんこんなことになるだろうと思っていたからな」
アークはそんな風に言ったけど、絶対に嘘だろう。
僕としても、ちょっとだけ公爵の手のひらの上で踊らされている気分ではあるのだが、王都から離れた東の土地に行くのは嬉しい気分ではある。
ここ10年で、単なる庶民から王族に準ずるような身分に変化したのだけど、正直貴族という柄ではないと自分で思うので、王都の貴族社会から離れられることはとても大きな魅力だったからだ。
「エリス、また東の地に行くことになって、今度はそこを開発するということでもないのだけど、構わないかな。
雑貨店の方は問題ないかな、魔道具店の方は大丈夫だよね」
「雑貨店の方は、もう私は全部サラさんに任せてしまおうかと思う。
サラさんと、旦那さんになった西のデパートの店長さん、それに北の町の店長さんと東のデパートの店長さんは昔からの人だから、ここら辺は私やお父さんが何か言わなくても全然大丈夫だし、南の町には魔道具店との関係で、村の子が入っているから、それも大丈夫でしょ。
つまり、私たちが居なくても、雑貨店は問題ないわ。
魔道具店の方は、もう魔道具のキーは公開されたから、前ほど忙しくはならないと思うから大丈夫なんじゃない」
そうカンプ魔道具店方式の魔道具作成に必要な、魔力を貯めた魔石の魔力を使うためのキーは今では公開されていて、誰でも使えることになった。
ただし、組合の利益確保の意味もあって、魔力を貯める魔石を作るのだけは、今でもカンプ魔道具店の独占事業となっていて、その回路とキーは秘されている。
現実的にはこれだけ巷に溢れていて、使用する側のキーは公開されているのだから、魔力を貯める魔石の回路は難しい訳でもないので、作ろうと思えば多くの人が作れると思う。
しかし、そこは組合では厳しく監視していて、違反して作ると厳罰が待っている。
王国としてもその姿勢を強く支持しているので、違反はあまりに実利に比べて罰が大きいので、結局そこは誰も手を出さない。
本当の意味で、技術が完全に秘されているのは、魔力を吸収する回路だ。
ただ、こちらもエリスが使い始めた、魔力吸収の杖を改造した、魔力がないと思われていた人が魔石に魔力を込める道具を使う人数が徐々にどうしても増えていってしまったので、きっと秘密にしておくことが難しくなっていくだろう。
僕たちは僕たちの事情に多くの人を巻き込めないと思って、今回の移住は最低限の人だけというのを基本とすることにした、別に今度は開発に行く訳でもないし。
僕たちが開発してきた西の地は、ベルちゃんが将来的には治めることになるのだから、村人たちのことを心配する必要もない。
村人たちは、ほとんど強制的に東の地から西の地に移住させられて、5年がかりで今の生活に慣れたのだから、それを守って欲しいと思う。
「俺たちと、おじさん、おばさんは向こうに行くことになるのは決定だろうけど、問題はラーラとペーターさんだな。
ラーラはともかく、ペーターさんには向こうに来てもらって、植樹隊の指揮をしてもらわないと、きっとどうにもならなくなるぞ」
アークが僕にそう言った時に、部屋にラーラが入って来た。 そしてアークを睨んで言った。
「私はともかくって、どういうことよ。
旦那が行かなくちゃならないのに、私が残る訳ないでしょ。
それに私だけこっちに残る訳ないじゃない、ほぼ最初から一緒にやって来たのに」
「いや、それは分かっているって。
だけど俺の所と違って、お前の所は領地の問題があるじゃん。
ほっぽり出して向こうに行ってしまう訳にもいかないだろ」
「大丈夫よ。
グロウケイン領はイザベルに任せちゃうから。
元々、私とペーターはお飾りなだけだから、何も問題ないわ」
僕はラーラのところは、まあそんな感じになるのではと思っていて、あまり心配していなかった。
僕たちもラーラたちと同じで、領地経営に関してはお飾りみたいなモノだから、実際にきちんとそこに携わっている人に任せれば済むこととしか思えていないからだ。
アークとリズは元々貴族だから、そういった風に割り切って考えられないのかもしれない。
「それよりも問題は、ダンジョンをどうするかだよ。
アラトさんたちは、今もここのダンジョン探索の主力だから、頼れないだろうし。
それに、向こうのダンジョンはこっち程は魔石が産出されないらしいから、そこに呼ぶのもなぁ」
「そうは言っても、冒険者で本当に親しい人というと限られるからな。
とりあえずはアラトさんを頼って、向こうに行ってくれる人を見つけるしかないんじゃないか。
ま、どうにもならなかったら、俺たちが定期的にダンジョンでモンスターを狩れば良いさ。
リズもエリスも、前にノリノリで狩っていたからなぁ、なんとかなるだろ」
こっちに関しては僕よりアークの方が楽観的だ。
実際に東の地が改めて僕の領地となり、現在の西の地が将来的にはメリーベル公爵領となることが決まると、僕が何かしようとする前に、勝手に物事が動いていった。
一番最初に行動に移ったのはペーターさんだった。
ペーターさんは、正式な決定が為されると、その次の日にはもう植樹隊の主要なメンバーを引き連れて、東の地へと向かって行ってしまった。
ラーラもその素早さにはついて行けず、置いてきぼりだ。
ペーターさんは東の地から戻って来ると、僕に状況の報告をしてくれた。
「公爵が直接開発していた場所は、全く問題がありません。
以前に私たちが植えた森は、そのままに健全な姿を保っていますし、東の町とを結ぶ道も、街路樹は無事ですが、途中の宿は直さないといけないです。
それから公爵が新たに作った南の町との直通路も、きちんと整備されていました。
ただ、どちらも以前の基準で作られた道ですから、今、ここと西の町を結んでいるような道にはなっていませんから、将来的には改修が必要になります。
問題は、公爵以外の者が開発していた場所で、こちらはもう壊滅的なところが多く見られます。
というか、せっかく植樹したのに枯れてしまっているところも多々見られました。
とにかく、私は植樹隊を率いて、大急ぎで木の保護に当たります。
今後の計画がどうなるかはさておき、今はそれよりも急いで植えてある木を保護することが先決ですので。
それから、これは私の管轄ではないと思うのですが、公爵が作られた大きな池の水も早急に確保しないと、周りに植えられた珍しい草木もダメになってしまうので、そちらの対応を急いでください」
ペーターさんは僕にそう報告すると、その翌日には植樹隊のほとんどを引き連れて、ありったけの植樹用の水の魔道具を持って、また東の地へと向かって行ってしまった。
それを呆然と見送っていると、今度はサラさん夫婦が率いる雑貨店の荷駄部隊が東の地に向かって出発した。
その次がターラントだ。
「カンプ様、それでは私はブレイズ家土の魔技師部隊と共に、東の地に行って、故公爵の家臣と引き継ぎの交渉と、今後の町作り構想のための基礎調査をして参ります。
えーと、リズ様、土の魔技師部隊の要望をお伝えしておきます。
土の魔技師部隊は、その多くが夫が植樹隊ですので、出来れば早急に東の地で生活を始めることを希望しています。
一番の問題が、子どものことで、学校の関係で今はまだ子どもを一緒に向こうに連れて行けないと、土の魔技師部隊の半数はこちらに残っています。
そこで、向こうに以前の学校を早急に再開していただきたいと、リズ様に要望しています」
「あ、リズ、それ私も要望するわ。
うちの旦那、もう向こうに行きっぱなしのつもりみたいだから、私もなるべく早く向こうに行きたいと思うから。
ただまあ、イザベルとフランクの決着がつかないと、私は動けないのだけど」
エリスがラーラの言葉を聞いて、説明を求めた。
「イザベルとフランクの決着って?」
「うん、どっちがウチの領地の代官を務めるかで揉めているの。
イザベルもフランクも東の地に行く気だったようで」
僕とアークたちが後手後手に回ってしまって、焦っていると、組合長がやって来た。
「カンプくん、ちょっと良いですか?」
「はい、組合長、なんですか?」
「それにしてもさすがにもう、カンプくんと呼ぶのは気が引けますね」
「やめてください。 そんな風に言われると困ります。
それで、どういった要件ですか?」
「えーと、まずは私も東の地に行くことになったことを、まずはお知らせに。
これからもよろしくお願いしますね」
「そうなんですか、僕としては嬉しいですけど、今はここの組合が最も活況がある組合だと聞いているのに、東の地に移るなんて、良いのですか?」
「構いませんよ。
私も最近は忙し過ぎましたからね。 少しは楽な所に行きたいですから」
「そうなら良いのですけど」
「それでですね、こっちがお知らせしたい本題です。
私の元上司の東の組合長なんですけど、この度、組合長を卒業して、名誉職の方に上がったのですよ」
「そうなんですか、想像できないのですけど、おめでとうございます、なのかな」
僕だけでなくて、同席しているアークも想像できないという感じで変な顔をしている。
「そうですね、単純に祝う気持ちには私もなれないですね。
立場が変わって、東の組合に居る必要がなくなったので、あの人、私と一緒に東の地に来ると言うのですよ。
『アイツらの居るところは、色々なことが起こって退屈しないからな』
だそうです」
「げっ、東の組合長が来るのか。
俺、怒られるイメージしかないんだよな」
アークがそう言って渋い顔をしたが、僕も全く同感だ。
組合長は僕たちの顔を見て笑っていたが、「ま、そういうことですので、また向こうでもよろしくお願いします」と、笑いながら帰って行った。
サラさんが東の地から戻ってきて、エリスに報告と相談をしている。
「西のデパートと同じように、今度も公爵の館をデパートに改造できないかと思ったのですが、今度はちょっと無理なようです。
ターラントさんが、今度の公爵邸はどうしたら良いだろうかって、すごく悩んでいました」
「えーと、サラさん。
今度は東の地にデパートは要らないんじゃないかな。
開発する訳じゃないから、そんなに人が多くはならないだろうし、そもそも開発してあの地に住んでくれる人が今はいないから」
「カンプ様、何を言っているんですか。
人なんてすぐにたくさん集まるに決まっているじゃないですか。
それは確実ですから、今は素早く先行投資です。
私はターラントさんに、デパートを作る場所を最初から考慮しておいて欲しいと要望しておきましたが、エリス様からもターラントさんに言っておいてください」
「サラさん、それは分かったけど、それじゃあそのデパートは誰に担当させたら良いかしら。 雑貨店の副店長として、誰が良いか指名してください。
私、こんなこと言うの問題だと思うのだけど、最近貴族の付き合いばかりが多くて、店の現状に疎くなっちゃっているのよね。
これって大問題だよね」
「それは仕方ないですよ。
でも東の地のデパートのことは問題ありません。 もちろん私が直接当たりますから」
「えっ、こっちのことはどうするの?」
「北の町の店長さんに、ここに来てもらって全てを仕切ってもらって、私の旦那が店長をしている西のデパートは東のデパートから移ってもらって、北と東はもう若い子も経験を積んでいるので大丈夫です。
問題があったら手を貸す程度でもう十分行けます。
それで私、昔の家を見てきたら、半地下の家だからでしょうか、そのまま残っていたんですよ。
だからすぐにでも向こうに戻れます。
あ、あと、ウチの父も、やはり向こうが良いらしくて、戻る気でいます」
うーん、何だか考えていたよりも、多人数が東の地に向かうようだ。
ちょっとだけ昔の思い出にも浸りながら、ひっそりと暮らすという訳には、やっぱりなかなかいかないな。
なんて最初のほんの僅かな時間、僕は夢のように思っていた。
でも現実は・・・・
「リズ様、今日も博物館と植物園の見学の学校関係者が挨拶にみえます。
それから王国の教育関係のお偉いさんとの、この地に魔法学校、高等学校、それらの卒業生を対象としたより上位の学校設立の話し合いが予定されています」
「フラン、見学の学校関係者の挨拶は、あなたに任せるわ。
リネ、話し合いにはあなたも参加して」
「エリス様、やっぱりこっちに流通拠点を作ってしまった方が、物事がスムーズに進むのではないでしょうか。
西にある拠点だけでは、こちらの需要が大きくなってきている今、距離が遠くなり過ぎます。
ここだと南の町に、直通の道がありますから、その点でも有利なので」
「サラさん、分かったわ。
ここにも流通拠点を作りましょう。
ターラント、適当な場所の確保と、施設を作るために土の魔技師の手配を」
「はい、エリス様、それはもう織り込み済みで大丈夫なんですが。
カンプ様、北の町のクラン子爵から、ここと北の町の間の直通の道を作ってもらえないかと、もう5度目の陳情です。
さすがにそろそろ対応しないと」
「あ、ダイドール、学校が出来ると、一気に学生の数が増えることになるけど、その人数分の住居というか宿舎などの手配はもう町作りの計画に組み込まれている?」
「はい、リズ様、大丈夫です」
「ペーターくん、やはり今は畑の周りの木を植えるのが最優先だね」
「はい、お父上様、前よりは他所から運べるとは言っても、やっぱり新鮮な野菜などは近場で作る必要があるので、今は大急ぎで農地も増やす必要がありますから、仕方ないかと」
故公爵邸には、反乱貴族たちが公爵の援助を受ける時に持ち込んだ、美術品や骨董品が溢れていた。
それらをどうしようかと思ったのだが、王都に移送するだけでも手間が大変なので、面倒なので故公爵邸自体を美術館と博物館にすることにした。
それなら内部の整理だけで用が足りるので、移送するよりはまだマシだ。
故公爵の池は、その維持にかかる魔石を、僕の開拓した領地を引き継ぐことになったベルちゃんが、またこっちで苦労しなければならなくなった僕たちのために、自分で魔力を込めて援助してくれることになり、きちんと公爵存命中と同じように満々と水を湛えている。
一時危険だった水辺の珍しい草木も、すぐに前の調子を取り戻しただけでなく、徐々に環境が整ってきたのか、より繁茂するようになった。
それらを見学に、学校の子どもたちが次々と旅行に来るようになったのは、リズがいるのも大きな理由だと思う。
サラさんの言うとおり、すぐにデパートが必要なくらいの人口になってしまい、今もどんどん増えている。
ダイドールとターラントは都市計画の拡張を常にしている状態だ。
ちなみに彼らは自分の領地は、完全に代官として最初は呼んだ実家の家に渡してしまい、ベルちゃんの公爵家に所属することにしてしまった。
とてもそちらの面倒まで見ている余裕がないからだ。
問題になっているのが、ラーラとペーターさんのグロウケイン領で、イザベルもフランクもこちらに来てしまっていて、ブレディング家からまたしてもイザベルが呼んだ代官が治めている。
ラーラとペーターさんは、我関せずというか、なるべくそこには触れないようにしていることが見え見えだ。
公爵はこの地を「王都に対して公都と呼ばれるようにする」と言ったそうだが、今ではこの地は王都に次ぐ規模の町になってしまい、さすがに侯都ではないけど、東都と呼ばれる町になってしまった。
それまでが、今までの開発とは違い、本当にあっという間だった。
ダンジョンは反乱者が出た頃は、魔石の産出量が一時より落ちていたらしいのだが、僕たちがこちらに来てからは、何故かどんどんダンジョンが育っている状態で、つい最近この東のダンジョンでもレベル2の魔石が産出されるようになった。
「俺は最近、どうもダンジョンの成長は、ダンジョン周りの環境によるのではないかと思い始めているんだ」
と教えてくれたのはアラトさんだ。
アラトさんも、西のダンジョンからこっちに移って来てくれたのだ。
そんな訳で、僕とアークもとても忙しい。
「おかしいな、どうして忙しくなってしまうのだろう。
やっと王都から逃げて、貴族なんて身分から逃げてきたはずだったのに」
僕はエリスにボヤいた。
「でもカンプは今、魔技師としてやっているのは、魔石に魔力を込めることだけでしょ、今では私もいつもやっているけど」
「そりゃそうだよ、魔力を込めるのは無意識に出来るからね。
一番慣れている、魔力を貯める魔石の回路を書き込むのでも、無意識にという訳にはいかないから、結局忙しいと無意識に出来る魔力込めだけしかできない」
「それって、つまり、魔技師としては一番怠惰な仕事しかしてないんじゃない。
ちゃんと『怠惰な魔技師』をやっているのよ。
忙しいのは他のことよ」
------------------完---------------------
'19年2月より、2年以上かかりましたが、これで完結です。
長きにわたって、読んでくださってありがとうございました。
誤字・脱字などのご指摘や、感想などありがとうございました。
返信できない時も多々あって、申し訳なく思っていましたが、あらためてお礼を。
「怠惰な魔技師」はこれで完結ですが、「気がつけばラミアに」「ラミアの独り言」「築城士という職業はなかった」の3本はまだまだ続きます。