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公爵の死

 僕が想像していたよりもずっと簡単に、何だかあっけなく、反乱元貴族の鎮圧は済んでしまった。

 30人の反乱元貴族たちは、正式に貴族の地位を剥奪されているので、次々と司法局の職員によって首枷が嵌められて王都へと連行されて行った。

 僕たちは、もうそれをただ眺めるだけだったので、もうその場にいなくても良いだろうと思った。


 「アーク、もうこれ帰っても良いよね。

  まだ今からなら、王都の館まで戻れるんじゃないか。

  ウィーク、もう構わないだろ」


 「そうだな、やる事もないだろうし、帰るか」

 アークはいつもの調子で、そう軽く応えたけどウィークは違っていて、何だか呆然としていた。


 「おーい、ウィーク、構わないだろ」

 僕が繰り返すと、ウィークは驚いたようにビクッとして応えた。


 「はい、もうここに留まる必要もないので、構わないと私も思います。

  それにしても、私自身も大丈夫だと思ってはいたのですが、ここまで圧倒的に相手に何もさせないとは。

  やはり私は分かっていませんでした」


 いやいや、相手も魔法でバンバン攻撃してきていたからね、何もしていないなんて事はないからね。

 ただ、その攻撃魔法を盾に取り付けてあった吸収の魔石でその魔力を吸い取り、魔力を貯める魔石に蓄えただけだから。

 ウィークは僕がシャイニング伯と戦った時も、自分の目では見ていなかったということだから、この光景の不自然さに驚きが大きかったのだろう。


 ま、とにかく今いる場所は北の町のすぐ近くだから、まだ今すぐに帰途につけば王都の館に戻れる。

 僕らは大急ぎで撤収を始めた。


 「あの、ブレイズ伯様、申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」

 

 さあ、もう戻るぞと馬車に乗り込もうとしたときに僕は、そう声を掛けられた。

 誰が声を掛けてきたのかと思ったら、敵対した元貴族たちに付いてやって来ていた、彼らの家臣や従者の代表だという。


 「私どもは、こうなったからはもう仕方ないので、主と共に司法局に向かうのだと思っていたのですが、司法局の方は、

  『我々は反乱を起こした元貴族の拘束しか命じられていない。

   お前たちを司法局に連れて行くつもりはないので、好きにせよ』

  とのことで、私たちは身の振り方に困りました。

  そこで主だった者で話し合ったのですが、

  『主が正式な戦いで負けたのだから、私たちは勝者の言に従わねばならないのではないか』

  ということになり、こうしてどうしたら良いかを、お伺いに参りました」


 なるほど、この者の言う事は理解できたけど、そんなのどうしたら良いかなんて僕には分からない。

 さて、どうしたものか、と思っていたらウィークが助けてくれた。


 「お前たちの主人は、すでに爵位を剥奪されているから、その領地も取り上げられることとなる。

  とはいえ、慈悲深い陛下はその配下の全てを罪に問われる事はないのではないかと思う。

  今、お前たちはとりあえず領地に戻り、今後の沙汰にすぐに応じられるように準備を進めるのが良いだろう。

  今後の身の振り方を考えるために、早めに戻った方が良いだろう」


 「それでは私たちは、戻っても良いのでしょうか?」


 僕も言った。

 「ああ、構わない。 ただしまだ敵対するというのなら話は別だが」


 「いえ、私たちにはそのつもりはありません。

  元々、私たちは無理な話だと思っていましたが、これだけ圧倒的な力の差を見せられて、まだ敵対するなんて自殺行為以外の何物でもないですから。

  そもそも、私たちは陛下に敵対する気持ちは、これっぽっちも初めから持っていません」


 うーん、何だか色々ダダ漏れしそうな雰囲気の焦った言い方だな、ま、いいけど。



 司法局に連行された反乱元貴族たちの処罰は、とても速やかに下されたが、僕からするととても軽い処罰だったのだが、アークに言わせると、そんな事はなく、とても重い処罰だったらしい。

 彼らは単純に、貴族位からの永久追放と、魔法の使用の全面的な禁止が言い渡された。 

もちろん貴族として与えられていた領地などの財産は全て没収である。

 それだけであって、処刑されたり、強制労働させられたりという事は何もない。

 僕にしてみれば、まあ財産の没収は大変だろうけど、他には何もないのでとても重い罰には思えなかった。

 その上、今後一切魔法を使わないことを名誉にかけて誓うと、首枷を外してもらえた上で釈放される。

 うん、庶民の僕からしたら何も問題ないな。


 と、思うのは庶民の感覚で、貴族の感覚としたら、全く違うものらしい。


 「いや、カンプ、それは違うぞ。

  あの処罰は、貴族としてのプライドを完全に折っていて、その上、常にそれを意識させられるというとても重い罰だ。

  あれならば、前のシャイニング伯のように、首枷をされたまま強制労働を強いられる施設に収容される方が余程マシだ」


 「そうなのか。

  だって魔法を使わないと言ったって、普段の生活はそもそも魔法なんて必要としないだろう。

  それにレベル3の者が使う魔法なんて、攻撃魔法に偏っていて、そもそもその魔法を使うことなんて、今までの生活の中でもなかったんじゃないか。

  攻撃魔法なんて、まあ、この前は戦いだから使ったけど、貴族は普通ダンジョンに魔物狩り入ることもないから、使うこともないだろ」


 「使わないのと、使うことが禁じられて、使えないのとは全く違うさ。

  古い考えの貴族というのは、レベル3で強力な魔法が使えるから貴族という意識なんだ。

  だから貴族位からの永久追放によって、社会的な意味としては完全に貴族ではなくなって、魔法を禁じられたことによって、貴族としての己の矜持も完全に打ち砕かれていることになる。

  その上、どこかに隔離されることにはならなかったから、まさか首枷を外さない訳にもいかず、その首枷を外すために名誉にかけて魔法を使わないと誓わされている。

  魔法を使えないということは、自分の貴族としての矜持を内面から失わせるモノであるのに、名誉にかけて誓わされたからには、その矜持から、その誓いを破る訳にはいかない。

  なんとも矛盾した状況に置かれている訳さ。

  そして、確かに貴族たちは自分の魔法を使う機会はなかっただろうけど、今まではあの者たちは、周りに傅く者がいて自分が自由に振る舞えたのに、今度は生きて行くために嫌でも自分が直接働かねばならなくなる。

  そうしたら、嫌でも常に周りの目を気にすることになるのさ。

  まあ、彼らにしたら、これからの人生は常に精神的な拷問を受けているようなモノだな」


 反乱元貴族たちの家族に関しては、その家族の爵位も取り上げられたが、貴族位はそのままにされた。

 とは言っても、実質的には無位の名ばかり貴族に落とされた訳だけど、今は王都周辺は人手不足だから、縁故を頼れば働くところには困らないだろう。

 だけど甘やかされていた者は、現実の厳しさを知ることとなるだろう。

 それは悪いことではない。


 配下の者たちは、大体においては、主を失うという大問題を抱えた訳ではあるけれど、何らかの罪に問われるということもないし、低いけど爵位を持っていた者たち、貴族位を持っていた者たちなどは、その地位はそのままとされた。

 ただし、調べた中で問題があった者はその限りではない。


 また、あの時の戦いに参加しなかったが、反乱元貴族として積極的に動いていた人物が2人いた。

 その2人も逃げ得にはならず、他の反乱元貴族と同じように処罰された。


 このように、基本的には、反乱元貴族たちも含めて犠牲というか、血を流さずに今回の事態は終息したのだが、例外が1人だけ出てしまった。

 公爵が今回の事態を招いた、根本的な責任は自分にあると、自害したのだ。


 公爵は、今回の戦いの結末の報告を執事から受けると、

 「そうか、予想通りではあるが、犠牲が出なかった事は喜ばしい。

  池のほとりに酒を用意してくれ、祝杯、うん、祝杯だな、私1人でゆっくり祝杯を傾けることにしよう」

と、自らの象徴のような、前と同じにこの地では珍しい草木を周りに植えた池のほとりに酒を用意させると、用意した執事も遠ざけて、1人池を眺めて酒を飲んだ。


 公爵は、反乱を良しとは思っていなくて、それを阻止しようとしたが叶わず、逆に名目上だけだが、その首魁とされてしまっていた。

 公爵の王家に対する忠誠は些かも揺るがなかったので、その首魁となっても反乱の鎮圧に手を貸そうともしていた。

 だが、やはり反乱した者たちは元々は公爵の下にいた者たちである。

 鎮圧されたことを良かったと思うとともに、複雑な思いがあることは当然だと思い、執事はしばらく公爵を1人にする心遣いを見せたのだった。

 ある程度時間が経ち、執事が公爵に声を掛けると、公爵は酒と共に毒を呷ったらしく、既に事切れていたのだ。


 公爵は当然ながら、司法局が罪を追求する対象には含まれていなかったし、王宮でこの事態への対処が話し合われた時も、3伯爵の誰からも公爵の責任を問う声が出なかった。

 3伯爵と公爵は対立していたが、それはあくまで政策路線の違いであって、3伯爵も公爵の王室に対する忠誠は微塵も疑っていなかったからである。

 当然だが陛下にとっても公爵は、ちょっと煙たく感じてはいても、叔父として甘える部分もある親しい存在以外の何者でもない。

 だから公爵の死が伝わると、衝撃をもって受け取られた。


 「しまった。

  公爵なら、今回の事態は自分が招いたと責任を感じてもおかしくなかった」


 陛下が、自分の配慮が足りなかったという後悔の色を見せて言うと、時間工作のために最初に公爵のもとに行ったブレディング伯が言った。


 「たとえ名ばかりのことであっても、反乱者たちの首魁とされたので、あの誇り高き男は、自分を許せなかったのでしょう」


 グロウヒル伯とハイランド伯は、目を瞑っている。

 公爵の在りし日のことを思っているか、その魂の平安を祈っているのだろう。


 僕たちだけになった時にアークが言った。

 「俺たちは公爵とは対立することばかりで、対抗馬のように言われていたけど、公爵は嫌な奴ではなかったな。

  というか、俺たちがもっと大人で、色々なことを公爵に相談して進められたら、こういうことにはなってなかったのかもしれない。

  公爵が問題視したり不安視した事は、正しい部分が多かった。

  今から思うと、俺たちが若さ故に後先考えずに突っ走るのを、周りの年長者は東の組合長たちをはじめ、色々と抑えたり、保護したりとフォローしてくれていたのだけど、それでも急すぎる変革があったと思う。

  最初から公爵に相談できたら、もっと上手くやれたのかもな」


 「でも、その頃の僕たち、いや、東の組合長たちだって、公爵に持ち込めるような伝手は無かったし、自画自賛なのかもしれないけど、僕たちがあまり考えないでどんどん進めたからこそ、陛下の目に止まって、今の王都周辺の開発に繋がったんだと思う。

  確かにもっと上手く出来なかったかな、とは思うけど、僕にはこれ以上の事は、もう一回時間を戻してやってみろと言われても出来ないよ。

  そもそも単なる庶民の僕は、あの頃はそんな王国全体のことなんて全く考えたこともなかったよ」


 「まあ、そうだよな。 俺だって、そうさ。

  あの頃は、やっとこれで自分も生きる道があった、と思っただけだったな」


 僕とアークもそんなことを話すほど、公爵は大きい存在だったのだと思う。

 反乱元貴族たちとの戦いに、なんの問題もなく勝った事は、公爵の死によって、何だか完全に色褪せてしまった気がした。


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[一言] 公爵も公爵なりの働きをしていたので嫌いではなかったです。
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