外交戦は大勝利
「伯爵、ようこそおいで下された。
何かと騒がしい今日この頃で、あまり大したもてなしも出来ないが、ゆっくりと過ごしていただければありがたい」
「公爵、何をおっしゃる。
大したことは出来ないと言われるが、今ではこのようなもてなしは王都では巡り合うことはないだろう。
貴族の間の付き合い方も、王都では今と昔は大きく変わってしまいましたからな」
「そうなのです、ブレディング伯。
我々はこういった貴族の素晴らしき文化も、守り育んでいかねばならないと考えているのです。
私たちは国に逆らっているのではなく、国を守ろうとしているのです」
公爵とブレディング伯の話に、側にいた貴族が割り込んで口を挟んだ。
公爵がそれを嗜めた。
「今は、そのような話をする場ではない。
場を弁えぬと、文化とは呼べなくなってしまう」
ブレディング伯は、その割り込みに対して少しも不快な表情を見せることなく、逆にその割り込みを弁護した。
「まあ、今のようなことは、貴族としては礼を失することではあるだろうと私も思う。
しかし公爵、国の現状を憂る気持ちが、つい溢れて口に出てしまったのだと思えば、咎めるほどのことでもありますまい。
公爵の高き文化人としての嗜みからは、許すべきではなくきちんと注意を与えることが必要なのかも知れないが、まあ良いではないか」
「伯がそう言われるなら、もう忘れましょう。
それにしても、良くぞ来てくれた」
「いや私は実はこの地に来るのは初めてでしてな、今話題の地がどのような場所だか実際に見たこともないのでは、恥ずかしいと思いましてな。
しかし、これほど快適な地へと変わっているとは、思ってもいませなんだ」
「この地が快適になっているのは、残念ながら私の功績とは言えぬ。
その功績はブレイズ伯にあると言わねばならない」
「公爵は昔から公正さに対して厳しすぎる。
たとえ風上の森はブレイズ伯の功績だとしても、この快適さは目の前の大きな池によるところも大ではないか。
公爵は自分の成したことを誇ることもなさった方が良いと私は思うぞ。
元王族の公爵にこんな風に言うのは気が引けるが、長い付き合い故と許していただきたい」
「いやいや、伯にそのように評価してもらえるのは、我としても光栄なこと、気が引けるなどと言ってくれるな。
それはそうとして、伯がこの地に来るのが初めてとは知らなかった。
確か伯の令嬢は1人ブレイズ家の家臣となっていなかったか。
その縁もあって、この地を訪れていると思っていたのだが」
「我が娘がブレイズ伯の家臣となったのは、かなり後の方で、それも魔法学校の同級生と共に魔道具店に入るということで、家臣になるということではなかったのですよ。
少し変わった娘で、まあ娘故かも知れないのですが、冒険者は嫌だから魔技師になると言い出した末のことなのです。
もう娘が魔技師になる頃には、魔道具店はほぼブレイズ伯に席巻されていましたからな。
友人と共にブレイズ伯の店に在籍しようとしたことは、考えてみれば普通というか、魔技師としては当たり前のことなのかも知れません。
貴族としての生活を望める魔力量でありませんでしたから」
「まあ、魔力量は遺伝だけではないからなぁ。
遺伝的な要素が強いことは確かではあるが、それだけではないこともたしかであるからな。
その話題のブレイズ家も、その問題でずっと家が消えていて、ここで偶然復活したようなものだから」
「そうなのです。 復活するにしてもレベル3の魔力があるから復活したと言うなら話は解りますが、レベル1だと言うのに復活させるとは、陛下も何を考えていらっしゃったのか」
また口を挟んだ貴族に対して、公爵は睨んだし、伯爵も今度はさすがに嫌な顔をした。
その貴族もその反応を見て、自分が礼を失していることを自覚して、慌てて口を閉じた。
「ま、そこが私と、グロウヒル伯、ハイランド伯とは少し異なる立場であるところですな。
2人の娘と息子は、一番最初から、魔法学校時代からブレイズ伯と共に行動していたと聞きますからな、2人としてはブレイズ伯と子どもは一心同体と見做さねばなりますまい」
「いざとなれば、どうするかはまた別だろうが、やはり出来れば自分の子どもは盛り立ててやりたいと思うのは、親として当然の心情であろう。
それは私も同じこと、グロウヒル伯とハイランド伯のことを、とてもとやかくは言えはしないな」
「ま、そうではありますな」
この男、自分も話に加わってくることを諦めていないな。
ブレディング伯は、冷静にそう観察していた。
公爵の側近の子爵の1人ではあるが、この者が退席貴族たちの中心の1人であることは、すでに判明している。
きっと公爵が自分たちにとって都合の悪い話をしないように見張っているだけではなく、私の言葉から情報を得ようとも思っているのだろう。
今の時勢で、わざわざ私が王都から何故やって来たかの理由を探るのか一番、そして自分たちの完全な敵に回るのか、単に傍観しているのかを見定めようと思っているのだろうか。
逆に餌を撒くのに好都合な存在だな。
ブレディング伯爵は、そんなことを表情は全く変えずに考えながら、公爵との社交的な礼儀に満ちた会話を繰り広げていた。
公爵も私がやって来た意味を明確には理解出来ず、迷っているようだが、まあ私の会話の方向を邪魔してくることもないだろう。
「そういえば、公爵の御子息2人は王都におられ、こちらには来ていませんな」
「ははは、息子2人までこちらに来ていては、あらぬ疑いを掛けられてしまいますからな。
世間では、私たちが陛下に対して反乱を企てているとの噂があるとか。
王家に連なる私に対する侮辱と感じはするが、逆に考えると、私が元王家の者であるからこそ、政策上対立する者の旗印になっているのであろう。
庶民には政策の対立がそのまま反乱と見えてしまうのであろう、私の王家に対する忠誠は全く揺るぎのない堅固なものなのだが、それは庶民には分からないのであろう。
故に見えやすい形、庶民から見れば言い方は悪いが、息子たちが王都に居るのは、反乱を起こす気ならば、大事な息子2人を人質となってしまう王都にそのままにはしないだろうと、解りやすく納得させるためですな」
「なるほど、なかなかの深謀遠慮と思いますが、それでも寂しいのではないですか、奥方も王都におられるとお聞きする故」
「我が妻は王都を離れたことのない女でしてな。
ブレイズ伯と領地を交換する前に、あちらを領有していた時も領地の方に来ないで、王都の邸で暮らしていて動こうとはしませんでした。
そちらは諦めております」
「女性のわがままを許すのも男としての度量ですからな。
それにしても、庶民からあらぬ疑いをかけられるのは、これはもう仕方のないことでありますな。
私の家も、初代の時代より王家の政策に異議を唱える必要があると思った時には、それを率直に表明することを義務付けられた家柄故、歴代の中にはその時々の陛下と対立した者もおります。
その時には庶民には反乱を起こそうとする逆賊のように扱われておりました。
決してそんな意図はないことは、対立した時の王家でも理解していたことだと思いますが、庶民はそういう目で見て、ま、楽しんでいたのでしょう。
今は公爵がその対象になっているようですな。
ご苦労なことです」
「いやいや、王家に連なる者や、そなたたち3伯爵家、いやブレイズ家が復活したから4伯爵家と言うべきであろうな、この者たちはその様な事態は甘受すべき事柄である。
それこそがこの国の伝統の根源を成すことだと私は思っている」
「ま、今回の事態は、その1家であるブレイズ家が引き起こしたことでもあるので、公爵が対立軸になってしまいましたからな。
私はともかく、グロウヒル、ハイランドの両伯爵は立場上、表立って動きを見せることは難しいですからな。
とはいえ、もうそうも言ってはいられない事態になってきている、という認識で2人とは一致している。
そんな訳で、2人もこちらにやって来て、公爵と個人的に旧交を深めたいとの言付けを託されているのじゃが、いかがであろうか」
「それはこちらからも願ってもないこと。
私はそなたら3人よりは少し歳が若いが、ほぼ同じ時代を生きてきた者同士。
立場の違いはあれど、昔を思い返しながら今の話なども大いにしたいものだ。
喜んでお待ちしていると伝えていただけるとありがたい」
「お言葉、確かに承った」
ブレディング伯は、ちょっと神妙な顔をして、公爵の言葉に返答していたが、腹の中ではニヤリと笑っていた。
どうやら公爵はこちらの時間の余裕を得たいという意図に気づいたようだ。
きっとこれからグロウヒル伯もハイランド伯も、ここでのゆるりとした滞在を公爵から勧められるだろう。
そしてそれは、退席者たちには、我々を味方に引き込む工作をする時間を作るという形を取ることだろう。
ぜひ大いに我々に対して工作していただきたい、それが大いになされればなされるほど時間を使うことになる。
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時間との戦いだ。
僕たちの戦いの一番の問題はそこにあると最初から自覚していた。
作る魔道具の材料となるレベル2の魔石は、陛下が用意してくれてその数は間に合うことになった。
とはいえ、魔道具を作る時間、そして雷光の杖に使う魔石には魔力を溜めて置かなければならない。
レベル1の魔石に魔力を溜めるのとは訳が違う、必要とする魔力量がレベル1の魔石の4倍以上となるのだ。
そんな魔石を、雷光の杖14本、1本に付き3個分、計42個も魔力を貯めなければならない。
これはもう本当に僕ら魔技師の魔力ではどうにもならないと思って、どうしようかと苦慮していたのだが、このレベル2の魔石に魔力を込めるという作業は、なんと陛下とベルちゃんが買って出てくれた。
僕たち魔技師が込めたのでは、それだけに専念しても5日はかかるレベル2の魔石に魔力を込める作業も、ベルちゃんは以前にも知っていたが、その父である陛下もレベル4の魔力量なので、魔石を壊さないように力を抑えて、1日で込めてしまう。
42個の魔石を、それから1ヶ月とかからないで、2人で用意してくれた。
その2人のお陰で、僕たちは魔道具の製作に集中することが出来て、こちらも1ヶ月掛からずに製作することが出来たのだ。
14という数字が出てきた訳は、主な反乱元貴族の数が多くて総数28名と判明したからだ。
武力となる魔道具は作る数もなるべく減らしたいし、秘密にしておきたい事柄ではあるし、もしもの可能性のあることに関わらせる家臣の数をなるべく少なくしたい気持ちもあって、僕は自分たち1人で2人を受け持つ勘定で数を決めたのだ。
現実的にはその14という数字でも、連れて行く家臣が足りなかった。
当然のことではあるけれど僕たち夫婦、アークたち夫婦、そしてラーラとペーターさんの夫婦は全員参加だ。 これは貴族の義務だ。
同様にダイドール、ターラントもで、フランとリネも当然参加するつもりのようだったが、それは止めた。
まだ子どもが産まれたばかりで小さ過ぎるからだ。
それからウィークも当然の参加だ。
ここまでがブレイズ家の上級爵位持ちの全てで参加者9人だ。
人数が足りないので、爵位持ちに基準を緩めて、上級爵位持ちに含めるべきか迷う准男爵のイザベル、それに騎士爵持ちのフランク、アーネ、カレンを加える。
それでも13人で1人足りない。
ブレイズ家には他にも爵位持ちはいるけれど、それは家臣も領地をもらった時に、その領地の運営に困って呼び寄せた家臣の実家だったり、実家関係の貴族だったりする。
その者たちは、ブレイズ家の家臣ではあるけれど、秘密事項の武器などを任せるほどの信頼があるかというと、はっきり言って無理だ。
もう1人を誰にしようかと迷って候補として上がったのは、西の街の代官代理の代理をしている村出身の子だ。
しかし、それにはリズから強硬な反対意見が出された。
村の子どもを巻き込みたくない、と。
いやもう子どもではなくて、高等学校を卒業して戻って来て、そうして家臣になり、実績も積んだのだから、と思わないではなかったのだけど、リズの気持ちも解る。
それは僕だけでなくエリスも、アークも、他のみんなも一緒だった。
候補者の名前が上がらず、1人足りないけど13人で対処することにしようかとも考えたが、エリスが候補を1人出した。
「サラさんに頼んでみようかと思う。
一番最初から村のこと、店のことなど、全て一緒にやって来た人だから。
家臣になっている訳じゃなけど、エリス雑貨店を任せている人だし、信頼の面でこれ以上の人はいないから」
確かにサラさんだったらば、秘密も何もあったものではない。
しかし村長が許してくれるかも含めて、僕は問題があるのではないかと思ったのだが、エリスがそれとなく聞いてみることにしたら、1も2もなく手伝ってくれることになってしまった。
「私も皆さんと共に色々努力してきたつもりだったのですけど、やはり貴族にならないと最終的なところでは頼りにしてもらえないのかと思っていました。
皆さんが、ここに来て大きな問題を抱えて忙しくされていたのは、分かっていましたから、話してもらえなくて、ちょっと私としては寂しく思っていたのです。
それに魔力持ちではない私が皆さんと一緒に、その様な大事の場に立てるなんて、考えられない光栄な話ですから」
僕たちの戦力はこれで決まった訳だが、時間に焦っていたのに、決まるまでにかなりの時間を要してしまった。
でもそれが問題になることはなかった。
僕たちは最初、あの会議が行われた後、早ければ2週間、遅くとも1月後くらいには、反乱者、つまり退席貴族たちの軍が北の町に迫るのではないかと考えていた。
そうなるとそれは、反乱者の家臣とその配下を含む大掛かりな騒動となってしまい、それを鎮圧することは、難しくはないが、多大な犠牲が生じると考えた。
そこで、僕らにお鉢が回ってきたのだけど、いくらなんでも2週間で対応できる訳がない。
そのことを考慮して、僕は3伯爵になんとか外交交渉というか、口先の交渉での時間稼ぎをお願いした。
まずはその交渉を出来る限り引き伸ばして、動きを止めておき、それが限界になったらば、僕とアークで王宮に行って、
「ブレイズ家のみで対処してみせる、鎮圧などという大袈裟な方法は取る必要はない。
反乱貴族を捕らえるだけのことでしょう」
と、大見えを切ったという噂を流すのだ。
これだけでも10日やそこいらの時間稼ぎが出来るだろう、なんて考えていた。
それで全て合わせて、1ヶ月半の時間が稼げれば、必要な魔道具の準備もなんとか整うだろうと考えていた。
それ以前に大勢で動かれた場合は、僕たちではなく3伯爵が鎮圧に回る約束だ。
ところが、蓋を開けてみたら、3伯爵は自分たちの口だけで、簡単に1ヶ月半の時間を作ってしまったのだ。
その後、予定通りに噂も流したら、結局2ヶ月という時間を作ることが出来て、僕たちはぶっつけ本番で事態の収拾に当たらなければならないかと思っていたのに、きちんと予行演習までしてみる余裕が持てたのだった。
そして彼らはウィークの想定通りの反応を示して、反乱者たちは僅かな供回りを連れただけで、僕らと対決するために北の町に向かってやって来たのだった。
その中に公爵は含まれてはいなかった。




