思い悩んだけど
グロウヒル伯の言葉に僕だけでなく、アークたちも答えようがなくて、沈黙していることしか出来なかった。
その僕たちの様子に、グロウヒル伯だけでなく、ブレディング伯も少し怒りの表情を見せている。
ハイランド伯が少しだけ違う感じなのは、ウィークの父の子爵の方がさっき3人の伯爵とは違う視点のことを言ったので、ちょっと僕たちの方にも事情があるのかと勘ぐっているのかもしれない。
何も言えないでいると、場の圧力が高まってくるようで、何とかしたいと思うのだけど、昨晩さんざ検討したように、この状況をどうにか出来る案が僕たちにはないのだ。
グロウヒル伯が僕らに求めた意見は、巻き込まれしまう人たちの犠牲を減らす何らかの手段を提案しろということだから、無責任な言葉を吐くことは出来ないから、僕たちは沈黙するしかない。
場の圧力を感じ取って、陛下が口を挟んだ。
「グロウヒル伯、少し待て。
今の問い方だと、ブレイズ家の面々は一言も口に言葉を乗せられなくなってしまう。
私はそれが分かっている」
3人の伯爵は、「どういうことか?」という顔で陛下を見て、続く言葉を待った。
「グロウヒル伯は、ブレイズ伯たちが先にここに居たから、私と事前にこの件について話をしただろうと思ったのであろう。
その上で、そこで何らかの結論が出ているのだと先読みしたのであろう。
それをブレイズ伯に暗に説明せよと言ったのに、ブレイズ伯だけでなくブレイズ家の者が誰も何も言わないので、ちょっと腹が立ったのだと、私は其方らの気持ちを推し量るのだが、違っているか?」
「はい、まあ、そのような感じです」
グロウヒル伯が、少し苦々しいという顔をして答えた。
「まあ、そなたたちの推察は間違っていない、正しいと言っておこう。
ただし、だからこそ、ブレイズ家の者たちはカランプル以下全員が、そなたの問いに対して沈黙するしかないことになっているのだ」
「陛下、もう少し詳しく説明して頂けませんでしょうか。
私にはどういうことか、全く理解できません」
ブレディング伯が、陛下にそう言った。
「ああ、分かっている、そう焦るなと言える状況ではないのだが、順を追って説明しよう。
そなたたちは、今回の件について、ブレイズ家が対処するのが最も良いと考えているな」
「はい、我々3家が出て行きますと、それはもう完全に力によって押し潰すことになりますから、敵もそのつもりで玉砕を覚悟した上での戦いを挑んで来るでしょう。
正直、私の家のみで配下とともに対処しても、あの数では負けるとは思いませんから、それで対処することも可能です。
ただし、大きな犠牲が生じてしまうのは避けられません。
それに対して、ブレイズ家が対処するとなれば、ちょっと挑発してやれば、彼らは己たちだけで、ブレイズ家の面々に対処しようとするでしょう。
結果、犠牲はとても少なくて済みます。
それを考えると今回の事態は、押し付けるようで気が咎めはするのですが、ブレイズ家に対処させるのが、私は最も良いと考えます。
事前に陛下がブレイズ家を呼ばれたということは、陛下も私たちと同じ結論に達していたからだと拝察しました。
故に、ブレイズ伯から返答がないことに、グロウヒル伯とブレディング伯も苛立ちを見せたのでしょう」
ハイランド伯の言葉に、グロウヒル伯とブレディング伯は、そのとおりと頷いた。
「まあ、そのとおりだな。
私もそのように考えて、そなたたちより先にブレイズ家に話を通した。
直接に会ってということではないがな」
陛下は、お前たちの言わんとするところは解っているぞ、という感じで、3伯爵それぞれの方を向いて頷いて見せた。
そして一呼吸置いてから言った。
「しかし、その考えには一つ大きな前提があることに、お前たちは気付いているか?」
「前提ですか、さて、何か前提がありますかな?」
グロウヒル伯が、ちょっと意外な言葉を聞いたという感じで言った。
「私も指摘されるまで、全く考えもしなかったというか、頭の片隅にも思い浮かばなかったが、重大な前提がこの提案をブレイズ伯にするにはあったのだよ。
それは何かというと、ブレイズ伯をはじめとするブレイズ家の者のみで、その反乱分子を制圧出来てしまうということが必要な前提条件なのだ」
陛下の言葉にブレディング伯があっさり答えた。
「ブレイズ伯家であれば、それは問題にはならないでしょう。
何しろ当主と筆頭家臣の2人は陛下の懐刀と噂される凄腕貴族。
婦人たちには『最強の伯爵夫人』『雷光使いの男爵夫人』が控えている。
他の面々も、きっと同様なのでしょう。
その戦力を考えてみると、我ら3家を抜いて、最強の伯爵家では無かろうか。
何の問題があろうか」
うーん、どうもブレディング伯は、巷を賑わす僕らについた二つ名がお気に入りのようだ。
「ま、そうだな。 私もそのように簡単に考えていた。
だからこそ頭の片隅にも思い浮かばなかった。
ブレイズ家の家名が、この国の中で再び聞かれるようになったきっかけである、カランプルがシャイニング伯を打ち倒したように、カランプル自身も豪語しているぞ。
『ブレイズ家の主要な家臣は、一対一の戦いならば、戦えば誰にも引けは取らないだろう』と。
そうだな、カランプル」
「はい、陛下。
ブレイズ家の主要な家臣は、全員少なくとも私と同等の戦いをすることができます」
「あの気に食わなかったが、能力だけは高かったシャイニングを誰もが打ち倒せるなら、それこそやはり最強の家と呼べるではないか。
何が問題なのでしょう」
ブレディング伯はなおそう言ったが、グロウヒル伯とハイランド伯は少し思いつくことがあるような感じだ。
「ブレディング伯、言葉をもう少し注意して聞け。
前提があっただろう、2つも。 『一対一なら』という前提と、『主要な家臣なら』という前提が」
「なるほど事情がだいぶ飲み込めてきました。
我が娘も子爵夫人などという位をいただいておりますが、その魔力量はレベル1の魔技師であって、昔の価値観であれば貴族にはなれない者でした。
考えてみれば、ブレイズ伯からして、魔技師であって、魔道具店の店長が本職と言っているとか。
つまりブレイズ家の面々の強さは、その用いる魔道具の力による訳で、そこには制約があるということでしょうか」
グロウヒル伯が、あっさりと正解に辿り着いた。
ハイランド伯も意味が解ったようだ。
ブレディング伯がまだ理解出来ていない顔をしているのは、イザベルはレベル2と言っているが、本当はレベル3ではないかと思う魔力を持っているので、ブレイズ家のほとんどの者が魔力をあまり持っていないことが、なかなか頭では理解出来ていないのだろう。
グロウヒル伯とハイランド伯は、リズとアークという、他の面では優秀なのに魔力量が少なかった子どもを持ったので、親としては苦悩もあったのだろう。
「つまり、ブレイズ家単独では、あの者たちに対応できない。
戦いとなると敗れる可能性が大きく、私が期待したような、犠牲のほとんどない制圧は出来ないと告げられたという訳だ。
そういう訳で、ブレイズ家の面々はグロウヒル伯の言葉に答えようが無くて、沈黙せざるえなかったという訳だな」
ハイランド子爵がようやく全て理解出来た、という顔をした。
ウィークに事前に何か言われていたみたいだが、ハイランド子爵はその意味が良く分かっていなかったのだろう。
事態を参加者が皆、理解出来たからといって、それで好転する訳でもないし、名案が出るという訳でもない。
ただ、沈黙が広がっただけのことだ。
誰もがこのままだと多くの犠牲が出る結果に向かうだけだと理解しているからこそ、沈黙したまま考え込んでいるのだろう。
「陛下、つかぬことをお聞きしますが、レベル2の魔石は今、在庫はどの位あるのですか?」
僕は嫌だけど、このままではどうしようもないので、陛下に尋ねてみた。
「レベル2の魔石か、しっかりと把握している訳ではないが、かなりの数があるのではないかな。
光の魔道具にレベル2の魔石を使わなくなったし、公爵もそれどころではないのか、レベル2の魔石を欲しがりはしなかったからな。
もちろん、新たなダンジョンから出る分もあるから以前よりは量も獲れているはずだ」
「そうなのですか。
僕は普段はあまりレベル2の魔石は使わないので、レベル2の魔石の動向に注目していなかったので、皆目見当がつかなくて」
「何だカランプル、お前は魔石を扱うのが仕事の魔道具店の店長ではないのか、そのお前が魔石の情報を把握していないとは、職務怠慢だな」
陛下は暗い沈黙を招いてしまったので、気分を変えたかったのだろう、僕にそう軽口を叩いた。
「それでレベル2の魔石をどうしたいというのだ?
考えていることを述べてみよ」
「はい、昨日からずっと考えていたのですけど、どう考えても僕たちが対処するのが一番良いのは明白だと思います。
他の伯爵家が出ますと、絶対に多くの犠牲者が出てしまうのは、皆さんが考えているとおりだと僕も考えますから。
ですから、対処はブレイズ家が行います」
僕がそう言い切ると、家臣たちからは、そんなことになる気がしてたというような、諦めの雰囲気が流れ出るし、他からは、対処が無理だと言ったのにどうするつもりだという、疑問と困惑の雰囲気が流れてきた。
「今のままでは、彼らに僕らだけでは対処できないのは明白です。
ですから、僕らが対処するために、レベル2の魔石を100個とは言いませんが、最低でも70、出来れば80個ほどをブレイズ家に下賜して頂きたいのです。
それを使って、何とか彼らの進行を食い止めて、犠牲を出さないような魔道具を大急ぎで作りたいと思います。
それと、作成期間を得るために、外交努力というか、偽の交渉をできる限り長くダラダラと彼らとの間でして欲しいのです。
それは陛下だけではなく、3伯爵にもお願いしたいのです。
腹立ちを抑えて、彼らとの交渉を長引かせるように、お願いしたいのです。
そして、すみませんが、僕たちも魔道具の作成を懸命に頑張りますが、それが出来る前に、事が動いてしまった場合は、もう仕方ないので対処をお願いしたい。
僕には自殺願望はありませんから」
「ふっふっふっ、間に合わない場合は、あっさりと我らに対処を任せるというのか。
変な意地を張らないところが実にブレイズ伯らしいわ。
逆に言えば、間に合った場合は、最初に我々が望んだような結果をもたらせると考えているということだな。
それならば、我らは交渉の場で屈辱に震えるような姿を彼らの前で演じて見せよう。
きっと裏で我らが笑っているのも分からずに、気持ちよく図に乗った姿を見せてくれるじゃろう。
ちょっと楽しみになってきたな」
ブレディング伯は、そんな風にこの話に乗ってきたが、グロウヒル伯とハイランド伯は心配してきた。
「ブレイズ伯、魔道具を作成する時間があれば、本当に対処できるのだな」
ハイランド伯の念押しに、僕は大丈夫だと請け負った。
「それなら我らもブレディング伯と同様に振舞おう」
陛下の下に、レベル2の魔石の在庫を確認に行ったらしい側近が戻って来た。
「カランプル、すぐにでも60個は用意できる。
作成期間中には必要個数が揃うだろう。
他にも必要なことがあれば、私も手伝うぞ」
うん、どうにかなりそうだね。
おっと、これだけは言っておかなければ、
「そうでした、一つ最初に断っておきます。
今回作成する魔道具は、今回限りのこととして、今回の事態が終わった時には全て破棄します。
また、用意していただいたレベル2の魔石も、破損しなかった物は陛下にお返しします。
ブレイズ家は開発に力を入れる家になりたいのであって、武力を誇るような家にはなりたくないですから。
このことはお忘れなきようお願いいたします」
僕の言葉に陛下は笑ったが、3伯爵は露骨さを嫌ったか眉を顰める程度だった。
3伯爵とともにやって来ていた、それぞれの下の息子や有力貴族たちは、僕の言ったことの意味を悟って、隠すことなく警戒心を見せた。
うん、そうなるだろうね、と思ったから、こちらから気づきやすいように言い出してあげたんだよ。
3伯爵は分かっていたのかな。
眉を顰めた時に向いていた視線は、自分の配下の者たちの方だった気がする。




