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あれっ、こんなはずでは

 王宮から夜遅くなって帰ってきた僕たちは、翌日の朝はみんななかなか起きて来なかった。

 僕とエリスが居間に降りて行くと、そこにはウィークだけがいて、軽い食事を取っていた。

 どうやらコーヒーだけで用を済ませるのは体に悪いと思って、いくらか他の物を食べようとしているみたいだ。


 「おはようございます。

  昨晩は遅くまでご苦労様でした」


 「それはウィークも一緒だろ。

  ウィークは随分と早いな」

 「もしかして寝てないの?」


 エリスもウィークに声を掛けた。


 「いえ、さすがにいくらか仮眠はとりました。

  でももう、朝早くから色々と報告が入って来ちゃって」


 陛下の影の護衛を総括しているウィークの下には、王室に関わる様々な情報が集まってくる。

 昨日の今日なので、活発に情報収集がなされているのだろう。


 「それでどんな様子なんだよ?」

 あくびをしながら部屋に入って来たアークが、開口一番そう言った。

 「あ、カンプ、エリス、おはよう」


 「アーク兄さん、いくら何でも言葉の順番が逆でしょう」

 ウィークがアークをそう嗜めている間に、一緒に入って来たリズはエリスと、「おはよう」と言い合っていた。


 「ウィーク、そんなことは良いから、僕もどんな様子か知りたいよ」

 僕もウィークに早く教えてくれと催促した。


「えーとですね。

 昨日退席した者は、総勢で32人、今も公爵領に残っている上位貴族は50人にもなりませんから、公爵は向こうに残った自分の配下の2/3に離反されたことになりますね。

 その内、あれから昨日中に王都を離れた者が、その中の1/3位、今朝になって今の時間までにまた1/3くらいが王都を去り、残りももうすぐ出て行きそうですね。

 報告によると、もう王都に戻るつもりはないらしく、館の中をほとんど空にしている者が多いようですよ。

 そこから推察すると、公爵はもうかなり前から彼らに見限られていたのかも知れないですね、結構用意が出来ていた感じですから」


 「それで、公爵の様子はどうなんだ?」

 アークがさらにウィークに問うと、

 「公爵は本当に、青天の霹靂だったみたいですね。

  そんな風にすぐに王都を去る準備なんて、全くしていなかったようで、昨晩から邸中大騒ぎで、去っていった者たちを追うために、出発の準備を進めているようです。

  でもまあ、公爵の出発は明日になるでしょうね」


 「公爵は急いで追いかけて、一体どうするつもり何だろうなぁ」

 ちょっと同情する気分でそう言うと、ウィークが答えた。


 「きっと、態度を改めるように、説得するつもりなのでしょうね。

  ウチの親父の言うように、このままだと反逆者として処断されかねませんから」


 「処断と言ったって、昨日出て行った奴らだって、もし反逆者と認定されたら、どうにもならなくなるのは分かっているだろう。

  それなのに自ら反逆者と認定されるようなことをすると思うか?」


 アークのその問いにウィークは、お手上げという感じで言った。

 「それが分かっていれば、昨日の時点で退席なんてしませんよ。

  公爵だって、それが判らないほど馬鹿だとは思っていなかったから、まさかあんな風に離反して退席する者が出るなんて、全く考えてもいなかったのでしょう。

  僕だって、そう思っていましたよ。

  今までの陛下と公爵の対立は昨日の時点で、陛下の完勝で終わると思っていたのに、なんでこんな馬鹿な脇役に、まだこんなにかき回されることになったんですかね。

  誰も本当に、ここまで馬鹿がいるとは思ってなかったからだと思いますよ。

  きっとあの現実が見えない馬鹿どもは、今からでも自分たちが大きな声を上げれば、それに従う者がたくさん出てきるとでも思っているのですよ。

  そんな者、今更、出る訳がないのに。

  僕としては、ぜひ公爵の説得が上手く行くことを望みますね」


 ウィークの言葉は、怒りと疲れからか、日頃は聞くことのない酷く辛辣な言葉で、僕とアークももう何も言えなかった。


 退席した者は、まだ王都に残っていた者も、ウィークの予想通り、その日の昼までには皆王都を離れたようだ。

 公爵は翌日すぐにでも追うかと思われたが、出発を1日延ばした。

 退席しなかった自派の者に対する指示をする時間を、追うために出発する前にどうやら1日設けたようだ。

 公爵も少しだけ冷静さを取り戻したのかも知れない。


 僕たちはそういった一連の動きを見終えてから、村へと帰った。

 ちなみにこの動きに対して、陛下の方は何の動きも見せていない。

 今ここで陛下が何かしらの動きを見せてしまうと、もうそれは退席した者たちを反逆者として処分する決断を下したと思われてしまうからである。

 きっと陛下も、公爵の説得が成功することを願っているのだろう。



 僕たちは村に戻ると、公爵が式典で表明したことに対する対処を始めた。

 つまり公爵領でも、ウチの方式の魔道具を使うことになったので、魔道具、特に植林用の水の魔道具の量産をしなければならないと考えたのだ。

 それから、開発の技術指導者の派遣も要請されたので、行ってくれる人を選ばねばならない。


 こちらに来てから養成した人材は、王都周辺の気候条件の下での開発しか知らない。

 それも条件の悪い王都から一番離れた位置はこの村や新しいダンジョン周辺となるのだが、そういった条件の悪い場所の開発は、僕の家臣たちが直接に行っている。

 ましてや、東の砂漠地帯となると、やはりそこの開発を手がけていた、僕の家臣たちか村出身の人でないと、あの地の開発指導は無理だと思う。

 そうなると自ずと人材は限られてしまうので、その中から選んで行ってもらうのはなかなか大変なのだ。


 まあこういった準備は陛下からも直接頼まれているので、しない訳にもいかない。

 他の誰かに頼めるという話でもないので仕方ないのだけど、また何だかどんどん怠惰な魔技師という理想の生活からズレていってしまっている気がするんだよなぁ。


 と、僕たちは準備に忙しい毎日を村に戻ってから送っていたのだが、予想していた公爵家からの大量注文がいつまで経っても入って来ない。

 水の魔道具の注文が入って来ないのだから、技術指導者の派遣要請が来る訳もない。

 僕たちは、何だかとんでもない肩透かしを食らった感じになっている。


 「とりあえず、在庫をあまり抱えても仕方ない。

  植林用の水の魔道具の生産は、通常のペースに戻そう」


 アークの提案に僕ももちろん賛成した。


 「おかしいですね。

  公爵の退席者たちへの説得がなかなか進まないのだとしても、魔道具の交換時期が遅くなればなるほど、公爵たちは財政事情が悪くなります。

  それを理解していない公爵ではないでしょう。

  私も、カンプ様とアーク様と同様に、すぐにでも公爵家から大量の注文が入ると思っていました」


 ダイドールがそう意見を述べたが、全くその通りなのだ。

 公爵が僕らの新方式の魔道具の使用を認めるというか、推進する意向を公式に表明したのだから、それに反対する退席者の貴族の家はともかくとして、当の公爵家や、退席しなかった公爵派の貴族たちからは、当然大量の注文が入ると思っていたのだ。

 今現在のブレイズ家は、伯爵家としても、カンプ魔道具店としても、エリス雑貨店としても、この予想した大量注文が入らないからといって、財政的に問題になることはないから、ある程度落ち着いていられるのだけど、昔だったら壊滅的な打撃を受けるところだった。

 こんな予測の外れ方は、商人としては致命的な状況だ。


 「サラさんも、ちょっと頭を抱えているわ。

  公爵領へ荷物を運ぶ手筈なども、もう整えていたから、そのために集めた人員とかをどうしようって。

  もう仕方ないから、たまには特別手当的に、何もしなくても集まっただけで手当を出しても良いじゃない、と言っておいたわ。

  今回は誰のミスでもないし、仕方がない事態だから」


 エリスがそう言うと、ペーターさんが

 「それに比べると私の方は被害という程のことではありません。

  技術指導者として向かわせる予定だった者を、今まで通りの通常業務に戻すだけですから」


 ペーターさんはそう言ってくれたが、業務計画を作り直さねばならない事態なので、こちらも大変だろう。


「みんな、すまない。 迷惑をかける。

 それぞれ関係部署の者たちにも、僕が謝っていたと伝えてくれ」


 今ここにいるのは昔からの主な人たちのみだけど、一度もう少し広く主要な家臣、店員たちを集めて、同様に謝らないといけないな、と僕は思った。

 今回のことでは、あまりに広く迷惑を掛けている。


 「カンプ様、そこまでする必要はないのではないですか。

  それこそ今回の事態はカンプ様のせいでもないのですから」


 「いや、ターラント、僕のせいではなくても、僕の命令で行ったことの結果なのだから、僕自身がみんなに謝るのが、やっぱり当然だよ。

  それにこういう可能性を全く考えなかったという、判断ミスだとも言える」


 「それを言ったら、俺たち全員だけどな。

  ま、俺も一緒に謝るさ。 俺はこれでもブレイズ家筆頭家臣だし、カンプ魔道具店副店長だからな」


 「それなら私は、雑貨店店長として謝らないと」


 「えーと私は」


 「リズは光の魔道具以外は、学校とかの教育関係の担当なんだから、今回は一緒に謝る必要はないでしょ」


 リズがラーラにそう突っ込まれて、みんな笑ったのだが、ペーターさんはエリスに続こうとしたところをリズに先に入られたので、言い出し損なった感じになって、ちょっと困っていた。

 うん、ペーターさんは指導者派遣を担当していたから、自分も謝る側に入らないといけないと考えたのだな。



 そんなことがあって、少しした時、ウィークから王都に来て欲しいという連絡が入った。

 今まで、陛下や王妃様に僕らが呼び出されるのは、時々あったのだけど、ウィークが僕たちを呼び出すことはなかった。

 最初今回も、陛下か王妃様の呼び出しかと思ったのだが、そうではなくウィークの独断による呼び出しだということで、僕たちはただならぬモノを感じて、急いで王都に向かった。

 それに呼び出されたのが、というか指名されたのは、僕にアーク、ダイドールにターラント、そしてペーターさんという男ばかりだったのが、ちょっと気になった。

 子どもが産まれたばかりの、ダイドールとターラントにも来て欲しいということなのも、何かしら事態の深刻さを物語っているような気がしたのだ。


 「何だか俺たちも偉くなったなぁ。

  王都からの呼び出しを受けて、これは国家の一大事なのかも知れないと思っているんだぜ、俺は。

  おかしいな、俺は怠惰な魔技師のはずだったのに」


 僕の心の中をそのままにアークが口にした。


 「それはそうですよ。

  アーク様もカンプ様も、今では国家の最重要人物の1人だと思いますよ」


 ターラントがそう応じたけど、僕はそんな者になるつもりも、なったつもりもないのだけどな、と心の中で思っていた。


 王都に向かう馬車は、久しぶりにペーターさんが手綱を握っている。

 馬車も、ブレイズ家の紋章なんて掲げず、ただ魔道具店の紋章を掲げているだけだ。

 公式ではない急ぎの旅なので、その方がずっと面倒がないからだ。

 今回は大急ぎなので、途中で立ち寄ることなく、王都を目指すのだが、順番に御者をすれば大したことはないだろう。


 馬車自体は魔道具店の馬車だけど、最新の馬車だ。

 何が最新かというと、この馬車にはフランが以前から研究していた、風の魔石を使った馬車の揺れの軽減装置が取り付けられているのだ。

 馬車は整備された道を走っているのだが、それでもどうしても小さな凸凹はあって、そのための揺れが長く乗っていると、微妙に体のダメージになるというか、尻が痛くなったり、疲れたりの原因になる。

 それをフランの作った装置は、整備された道を行くならほとんど無くしてくれるので、とても楽で快適な旅となるのだ。



 「カンプ様、アーク兄さん、そして皆さんも、呼びつけてしまってすみません」


 王都に着いた僕たちを、ウィークはまず謝ってきたが、そのウィークは明らかにこの前別れた時よりも痩せていて、顔色も悪く、疲労感を滲ませていた。

 僕たちは皆、やはりこれはただ事ではないのだな、という思いを強くした。


 「ウィーク、お前、体の調子は大丈夫なのか?」


 アークがウィークの顔色の悪さをまずは心配する言葉を掛けた。


 「あ、大丈夫です。 ただちょっと疲れが溜まっているだけですから。

  それに今の状況では、疲れたなんて弱音を吐いている余裕はありませんから」


 おいおい、どれだけ切迫した状況なんだよ。


 「とりあえずこうしていてもしょうがない。

  ウィーク、現在の状況を説明してくれ。

  そして、どうしてお前が独断で僕たちを呼んだかの理由も説明してくれ」


 僕たち全員が王都の邸の居間に、それぞれの座を占めると、王都の邸のメイドたちが即座に飲み物を用意してくれた。

 僕はこんな時なのだけど、こういう時はメイドがいてくれるのも悪くないな、なんて考えてしまった。

 ちょっと現実逃避したかったのかも知れない。


 その気分を無理やり押しやり、みんなが飲み物を少し飲んだりして、一旦落ち着いたのを確認して僕は言った。


 「さあ、ウィーク、説明してくれ」


 「はい」

 ウィークはぐったりと椅子に力なく座っていたが、僕の言葉を聞くと背筋を伸ばして、しっかりとした調子で話し始めた。


 「まず第一に、公爵による説得は、全く上手く行きませんでした。

  公爵の説得に耳を貸した者は5家に手が届かなかったようで、他は全く耳を貸さないどころか、逆に公爵を脅しにかかったようです」


 やれやれとまず最初に僕は思ったのだが、次に公爵に対する同情心が今まで以上に湧いてきてしまった。

 自分が優遇していた者たちに逆に脅されるというのは、公爵にしてみれば考えたこともなかっただろうな。


 「どうやら公爵は、その者たちに

  『我らは、これより我らの信じる正義のために、たとえ果たせず屍を晒そうとも、反撃の狼煙を上げることにする』

  と脅されたようです。

  つまり、自分たちは武力で王都に攻め込むと宣言したようなものですね」


 「勝てると思っているのかよ。

  王都と王都周辺にいる貴族の数だけ考えても、あの者たちの何倍いると思っているんだ。

  まともに戦いになったら、勝ち目などないだろうに」


 アークがそう応じるとウィークも、

 「まあ、そうなんですけど、それでも本当に武力蜂起したら、それを鎮圧するまでにどれだけの犠牲が出てしまうのか。

  それでも、あの者らに勝ち目はないのですけど、きっと時代錯誤のあの者たちは、自分たちが立ち上がれば、王都とその周辺の貴族の中にも同調する者がたくさん出ると思っているのですよ」


 「同調する可能性があるのは、当主の座から無理やり降ろされて隠居させられた老貴族だけでしょうね。

  でもその家の他の者がそれに同調するとは思いませんね。

  つまり精々家の中で騒ぐ程度でしょう」

 ダイドールがそう意見を述べた。


 「僕もそう思います。

  ただそれでも蜂起されてしまうと、あの当人たちはどうでもいいですけど、巻き込まれて犠牲になる者がどうしても多数出てしまう可能性が高い。

  公爵も、それを考えて、とりあえずはその者たちの意に添うように振る舞うしかないと決心したようです。

  あの者たちも、自分たちの旗頭に誰かを推戴しなければならないのですが、自分たちがなったのでは、それぞれの力関係に問題が出るので、飾りの頭は必要という事情があるみたいで、名目上の今回の旗頭は公爵となっています」


 あーあ、なるほどそういう事か。

 それでは公爵領からの大量発注は来ないな。


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