離反・公爵の誤算
公爵の話は、僕だけでなく、3伯爵も、そして陛下も、それだけではない式に参加していた誰もが、意外に思う話だったので、引き込まれて驚きつつも静かに聞いていた。
「そう、もう一度言うが、ダンジョンが発見されたことによって、私の判断は間違ってしまったのだ」
公爵は領地を僕と交換する要因となった、東の地のダンジョンを強調した。
「ブレイズ伯たちが開発した新式の魔道具が、何が優れているかというと、魔石を繰り返し使えることにある。
他にも優れたところがあるのは私も認めるが、その特徴に比べれば大きな問題ではない。
魔石を繰り返し使うという技術は、ブレイズ伯が開発する以前にも、ここに居並ぶ者たちの多く、極一部の若者を除けば、そういった技術があったこと知っているだろう。
そう王宮や、高位の貴族の家などで使われていた照明には、そういった技術が使われていた。
ただし、その魔道具を作成するにはレベル2の魔石が必要だったため、その技術が広く普及することはなかった。
誰でも知っていることだが、あえて指摘すれば、レベル2の魔石の産出量は、ごく最近産出量が増えたみたいだが、レベル1の魔石の産出量に比べれば微々たるものだったからだ」
公爵は、ベルちゃんが管理することになった新しいダンジョンで、レベル2の魔石が獲れることも把握していることを、間接的に言及してきたようだ。
「その今までレベル2の魔石でないと出来なかった技術を、レベル1の魔石で実現したことが、ブレイズ伯の開発した新方式の魔道具の革新的なところである。
何故ならば、魔石が繰り返し何度か使えるならば、それは魔石の産出量が大きく増えたことと同じことだからである」
公爵は自分の語っていることを、聞いている者たちがしっかりと理解しているかどうかを確かめるように、一旦言葉を区切り、周りを見回した。
誰もが自分の話をしっかりと聞いていて、理解していることを確認できたと思ったのか、ほんの少しだけ頷いて、公爵は話を続けた。
「先ほども述べたが、ブレイズ伯爵たちの技術が、停滞していたこの国を揺り動かす技術であることは、陛下が即座に気がついたように、私も気がついた。
こんな言い方をすると失礼に当たるが許してもらえると信じて率直に述べるが、陛下はその技術の齎す恩恵、つまりより開発を進められることにのみ目が向いて、それが一緒に急激な社会変革も齎しかねないという一面を無視とまではいかないが軽視されているように、私には感じられた。
それは陛下と私では年齢が当然ながら親子ほども離れていて、それまで自分が過ごしてきた生活に対する愛着度合いの違いだったのかも知れない。
この点において、私は3伯爵に敬意を表する。
私と変わらない年齢の3伯爵が、最初から陛下の側に立ったことは、自分のそれまでの生活への愛着を判断材料の中には入れず、その時点のみでどちらが国にとってより有意義かを判断したということだと、今では考えるからである。
3伯爵は、知ってのとおり、建国以来国王の行う政策に正面から堂々と反対することが出来る。
と言うより、間違っていると思った時には、それを静止するのが役割とされているし、その権限も持っている。
正確には、問題になっている魔道具を開発したブレイズ家も入れての4伯爵家であるのだが、あの時点ではそのブレイズ家はまだ没落した後の、今のブレイズ伯を見出したばかりであったから3伯爵家なのだが、これからはまた建国以来の4伯爵家に戻るであろう」
僕は公爵に公式に認められる発言に驚いたのだが、3伯爵も政敵と見做されていると考えていた公爵に称賛されるとは思ってもいなかったようだ。
「私が判断を間違えた理由は、新方式の魔道具の利点を、繰り返し使えることによってより多くの魔石が使えるのと同じ状況をもたらすことが出来ることのみに、目が行ってしまったことにある。
新たなダンジョンが発見され、それまでより多量の魔石が使えるかも知れないと思った時、私はそれならば急激な社会変革という大きな混乱と痛みをも、一緒にもたらすかも知れない新方式の魔道具を使わなくても良いではないか、という気持ちが芽生えてしまった。
そしてその芽生えた気持ちは、陛下との政策論争に完全な亀裂をもたらしてしまい、私は新方式の魔道具を使わないで新たな地の開発に成功すれば、私の言葉の正しさを陛下に理解してもらえると考えてしまったのだ。
結果は、私にとっては残念というよりも残酷なことだが、私を慕って共に東の地の開発に勤しんでくれた者を巻き込んでの、大失敗であった。
私は自分を慕って、私の下に集ってくれた者の多くが、開発に失敗して降格を受け入れての領地放棄に至ったことについて、慚愧に堪えない。
ブレイズ伯たちの考案した新方式の魔道具は、私が見落としたもう一つの大きな利点があったことが、東の砂漠の地の開発をブレイズ伯家では成功し、我らは失敗した大きな理由なのが、私にも今なら理解出来る。
そのもう一つの利点、それは繰り返し使えるということから、きちんと目を開けている者には最初から明らかであったのに、私は曇っていて見えなかった、経済性が優れている、つまり同じことをしても従来方法の魔道具よりも安価にその魔道具を使えるということだ」
公爵の声はかなり小さくなり、その力も弱々しく感じるほどになった。
「このことは、最初に売り出された火の魔道具からして、あまりにも明白な事実だったのだと、今にしては私にも理解することができる。
新方式の火の魔道具があっという間に、国中の庶民に行き渡ったのだから、経済性が悪い訳がないのだ。
私は生まれが王家ということもあり、経済性だとかということは、具体的にはピンと来ない。
私にとっての経済は、数字として上がってくる物を見て理解するもので、肌身に感じることではないからだ。
陛下がこの事にも最初から私と違って気がついていたのは明白だが、それは陛下が、私が悪癖だと直すように何度も進言していた、お忍びで庶民に混ざることが好きであったという志向によるところが大きいのだろう。
私は警護の者たちに負担を強いる様な行いは慎み、その時間があれば身近の者との語らいを増やすべきだと考えていたし、幼い頃よりそのように教育されてきたが、それは間違いだったのかもしれない」
確かに言われてみれば、公爵の生い立ちだと、魔石一個で使える長さが2割やそこら違っていても、そんな違いは全く目に入ることはないだろう。
庶民にとってその違いは、とてつもなく大きくて、それがカンプ魔道具店の商品を使う最初の大きな理由の一つになったのだが、公爵の目にそれが映ることは、実際問題としてなかっただろうと思う。
そのことを即座に理解した陛下の方が、もしかしたら王族としては奇特なのかもしれない。
「とにかく、この5年の行いによって、陛下と私の政策論議は完全に決着がついた。
明らかに、陛下の政策が正しく、私の政策が間違いであった。
私は自ら提案した政策が間違っていたことを認め、公爵領と通称されている私と私に従って東の砂漠の開発に携わってくれている者の領でも、王都周辺と全く同じように扱っていただけるようにお願いしたい。
つまり、公爵領でも、新方式の魔道具の使用を、王都周辺と同じように認めてもらえるようにお願いしたい。
また、その魔道具を使った領地開発の専門家の派遣もお願いしたい」
公爵は大きな仕事を終えて疲労困憊という感じで、話を終えると倒れ込むように席に座った。
会場は静まりかえっていた。
陛下が立ち上がって、公爵の言葉に対して返答しようとし席から立った。
立ち上がる時に椅子が床との間で少し音を出したのだが、その音が会場に妙に響いた。
それほどに会場は静まりかえっていたのだ。
「今の公爵の申せしこと、」
「ちょっとお待ちくだされ。
私は公爵に問い聞きたいことがあります。
陛下がお言葉を発するのは、それらが終わってからにしていただきたいのです」
アークより上席を占める子爵は、今回はもう数が少なくなってしまっている。
古くからの子爵の多くは公爵に従って、東の砂漠の地の開発に赴き、失敗して戻る者が多かったのだが、その戻った者は降格しているので、アークより上席の者が一気に減ってしまったからである。
降格した者は、最初から二段降格した者も数人いたが、多くは強制的な代替わりの時にまた一段下がったので、子爵から准男爵に下がっている家が多い。
下がった家は、一番下座の席から始まるので、ラーラ、ダイドール、ターラントの男爵位の者もかなり上席となっているし、准男爵のイザベルは自分より下座の者があっという間に増えてしまっている。
今回ブレイズ家からは、フランク、アーネ、カレンをはじめとする騎士爵位の者は、会場に来ていないのだが、もし来ていれば、彼らも席次がかなり上になっているだろう。
陛下の言葉を遮ったのは、そんな数少ないアークより席次の高い子爵の1人だった。
もちろん生粋のという感じの公爵派の子爵だ。
陛下は、自分が発言を早まったかな、という感じで、その子爵の発言を許して、自分は席に座り直した。
「陛下の御発言を遮るような形になってしまったことを、まずは心から謝罪させていただきます。
さて、私は公爵に問いたいことが幾つかあるのですが、まず最初にお聞きしたいのは、公爵はこの王都周辺に残った貴族たちの現状をお知りなのかどうかです。
いかがなのでしょうか?」
自派の貴族から質問を受けるとは毛頭も考えていなかった公爵は、ちょっと不審そうな顔で、再び立ち上がった。
「もちろん私は、公爵領と呼び慣らされている東の砂漠の地の貴族たちのことと同様に、この王都周辺の貴族たちのことも、注意深くその現状の把握に努めている」
「それでしたら公爵は、この王都周辺の貴族が皆、貴族にあるまじき振る舞いをしていることも、当然知っていらしゃることでしょう。
そのことに関して、公爵は如何お考えか?」
会場は一転して大きくざわめいた。
公爵はそのざわめきに負けない様に声を大きくして言った。
「はて、私は王都周辺の貴族たちが、貴族にあるまじき振る舞いをしているという報告は聞いたことがない。
一体どのようなことなのであろうか?」
「おや、私よりも公爵の方がずっと王都とその周辺のことに関して詳しいと思っていたのだが、まさかこの件が公爵の耳に入っていないとは思わなかった。
聞いていないのでしたら、お教えしましょう。
王都周辺の貴族たちの間では今、ブレイズ伯たちが開発した魔力を溜める魔石というものに、自ら魔力を込めるのが流行っているそうなのです」
「その話は私も聞いている。
しかし、それは流行りと呼ぶものではないように私には思えるが。
それは良いが、早く話を進めて欲しい、私は正直疲れているのだ。
早く本題の、王都周辺の貴族たちがしているという、貴族にあるまじき振る舞いというのを教えて欲しい」
「これは公爵とは思えないお言葉。
私はそのままズバリを今話したではないですか」
「卿は何を言っているのだ?」
「公爵、本当に分からないのですか?
王都周辺の貴族たちは、自分で魔石に魔力をこめているのですよ」
「それは理解しているが、それの何処が貴族にあるまじき振る舞いだというのだ」
「公爵、何を仰る。
魔石に魔力を込めるのは、レベル1の魔技師の仕事であって、決してレベル3の貴族のするべきことではない。
昨今ではレベル2の冒険者も魔技師の真似をしてというか、これもあるまじきことであるが、魔技師から魔石に魔力を込める技を教わって、魔石に魔力を込めることも仕事にしている者が多いとも聞く。
これは社会秩序の破壊以外の何物でもないと私は考える。
私は魔石に魔力を込める技などは知らない。
王都周辺の貴族の方々は一体何処で何時その技をお知りになったのであろうか。
その様な技を貴族が知ること自体が、社会秩序の破壊を助長する行為であるとは考えなかったのであろうか。
ましてや、貴族が魔石に自分で魔力を込めるなどという行為は、貴族としてあるまじき行為だと考えてもみなかったのだろうか」
この子爵は何を言い出すのだ?
あまりに現在の状況からかけ離れたことを言うので、会場はさっきのざわめきが収まってしまい、何だか白けた静寂が支配した。
公爵は、何だかさっきよりもまたどっと疲れたような調子で言った。
「現在貴族が求められている事柄を考えれば、私は王都周辺の者たちが自らも魔石に魔力を込めるということを、決して貴族にあるまじき行いだとは考えない。
残念だが、そこは卿とは意見を全く異にすると言わざる得ないだろう」
「なんと、公爵は貴族が魔石に魔力を込めることを容認されると言うのか。
それでは話が違うのではないか。
公爵は今までのこの国の価値観を守るために、公爵領へと我らを誘い頑張ってきたのではないのか」
「誤解を与えていたとしたら、私は謝らなければならないが、私が避けたいと願っていたのは急激な変化であって、変化しないことではない。
変化が無ければ、国は停滞し、国は滅ぶ。
私は公爵とはいえ元王族、そこはしっかりと弁えている。
国が滅ぶようなことを私が出来るはずがないであろう」
「公爵、私、いや、我らは公爵が、昔からの我らの信奉する価値観を守ってくれようとしているのだと思って、懸命に支えようとしてきたつもりだ。
しかしそれは、我らの考え違いであったのだと、今はっきりと悟った。
それでは残念ではあるが、我らは公爵には従えない。
我らは我らで自分たちの道を、好きに突き進ませていただくことにしようと思う」
その子爵はそこまでを公爵に向かって言うと、視線を陛下の方に変えて言った。
「公爵に従えない以上、誠に失礼なことではありますが、陛下には我らは尚のこと従うことができません。
陛下に従えない者がこの場にいても仕方ないですし、また邪魔でしかないと思うので、我らはこれ以上とここに留まることはしないで、即座に退席させていただきます。
度重なる失礼をお許しください」
その子爵が退席して出口を目指して歩いて行くと、子爵席・男爵席の上座に座る者が多い公爵派の貴族の2/3ほどが、その子爵に同調し、退席して会場を去って行った。
でもその数はもうそんなに多くはない。
公爵派と数えられている者で、子爵・男爵の中でも、逆にいえば1/3は残ったのだし、代替わりして降格した者は1人として同調する者は出なかったし、それ以前に王都周辺に降格覚悟で戻った者からは同調者が出なかった。
しかしそれでもその行為は、公爵にとってはとてもショックな出来事であったのだろう。
公爵は席に沈み込むような感じで座って、ちょっと呆然としている。
陛下が、少し困ったような調子で御自身の発言の続きを行い始めた。
「何人かの退席者を出してしまったが、先程の公爵の言葉に対して朕は答えなければならない。
元より意見に違いがあったとはいえ、公爵がこの国のことを考えて意見を言い、行動をしていることを朕は疑ったことはない。
その公爵が、自分の意見が間違っていたことを認め、新方式の魔道具を使いたい言い、なおそれを使っての開発の専門家を求めているのだ。
朕はその公爵の要望に、出来る限り応えることとする」
公爵は重い体をなんとか席から引き剥がすという感じで立ち上がると、陛下に向かって言った。
「はい、よろしくお願い申し上げます。
また私は、私に従ってきてくれた者に対しても、今回の発言に関して先に相談の一つもしなかったことを、今、大失敗だったと考えています。
退席した者たちに対しても、私はもっと詳しく理を説いて、自分の決断を支持してもらえるように努力するつもりです。
ですので、しばしの猶予をいただきたいと思います。
勝手なお願いを重ねることになるのですが、出て行った者たちに対して杓子定規に罪と刑を短時間で与えないでいただけると嬉しいです。
きちんと説得し、あるべき姿に私が責任を持って戻しますので、陛下御自身では手を下さないようにお願い申し上げます」




