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叙爵式の話し合いの部

 早いもので公爵と領地の交換をして、もう5回目の叙爵式を迎えてしまった。

 つまり貴族に叙されての一番最初、東の砂漠に領地を与えられて、その地の開発を始めて、公爵と領地の交換をすることになったのと、同じだけの時間が過ぎたのだ。


 なんて言うか、そこまで時間が経った気がしない。

 僕にとっては東の地での時間の方がずっと長く印象深かった。

 何故だろうと考えてみると、前の時にはやる事なす事、全て初めてと言って良いようなことばかりで、領地の開発方法も本当に手探り状態で、一つづつテストとしてやってみて、失敗したり成功を喜んだりしながら、少しづつ開発を進めたのだ。

 こっちに来てからは、開発方法は前の時の方法を踏襲するだけだし、前の時には全くなかった、最初からの村人の協力があったのだ。

 それに前の時から比べると家臣たちもずっと経験を積んでいたので、ほとんどのことを家臣に任せて置いて、それで問題なかったからである。


 もちろんこっちに移ってからも、僕としては不本意だけど、公爵との政治的な対立に巻き込まれたり、王都全体の開発に関わりを持つような形になったり、そしてまたしてもダンジョンの発見と、思い返してみれば、とてもじゃないけどたった5年の間にあったこととは思えないくらい、色々なことがあったのは確かだ。

 だけどやっぱり東の砂漠の開発をした5年の方が印象深いんだよな。



 今、僕たちは叙爵式に向かうために王都に向けての道を馬車で走っている。

 今では王都と僕たちの村を繋いでいる道は全面的に外灯も設置されている広くて整えられた道となっているので、途中で馬を替えることも簡単に出来るから、急ぐ時には楽に一日でその間を移動することが出来る。

 しかしそうなると、一日中道が整備されたからあまり揺れなくなったとはいえ、馬車の中で過ごさなければならなくなってしまう。

 そんな辛いことをする気は毛頭ない僕たちはゆっくりと二日かけて王都に向かう。

 のんびりとした旅だから、僕は半ばうとうとしながら、ぼんやりと色々頭の中で考えていたのだ。

 馬車の中には子どもたちはいない。

 子どもたちは、普段一緒に過ごす時間が、おじさんとおばさんの方が長いからだろうか、そっちの馬車に乗ってしまったからだ。


 「カンプ、何をぼんやりとしているんだ。

  眠いなら、そのまま横になってエリスに膝枕でもしてもらえ」

 対面の対角線上に座っているアークがそう言って揶揄ってきた。

 こう言うところ、アークはまだ学生時代と変わらない。 とても有名な子爵様には見えない。


 僕はアークの揶揄ってきたところは無視して言った。

 「こっちに来てもう5年なんだな。 でも東の砂漠での5年の方が何だか印象深かったな、なんて考えていたんだよ」


 アークも僕のそんな言葉に、急に昔を思い返すような顔をして言った。

 「確かにこっちに来てからも、本当に色々なことがあったのだけど、やっぱり俺も東の砂漠の5年の方が、印象深いというか、楽しい日々だったな」


 「そうね、それにこっちに来てからは、私はエリスやラーラのように目立つことをした訳じゃないけど、何だか貴族として注目されることが多い感じで、ちょっと東の村に居た時と比べると、肩が凝る感じのことが多かったわ。

  東の村で暮らしていた頃が懐かしいわ」


 「リズ、私はこっちに移ってきてから、何も目立つようなことはしてないわよ、ラーラとは違って。

  でも確かに東の村の頃が懐かしいわ。

  こっちだと、この頃は村に居ても、東の村の時からの人じゃない人も多くなってきたじゃない。

  そうすると、なんていうか貴族としてというか、伯爵夫人ていう肩書きで見られている感じがしちゃうのよね」


 「それは仕方ないんじゃない。

  何しろエリスは最も有名な伯爵夫人なんだから」


 「それを言うならリズ、あなただって、外灯の設置を積極的に進めた光の魔技師の子爵夫人って有名よ。

  最も有名な子爵夫人ていうところね」


 僕はちょっとため息をついた。

 「ああ、やっぱり東の村が恋しいな。

  陛下は他の貴族の意見を抑えられなかったと謝ってくれたけど、僕は王都から離れた東の村が自分の領地と決まって、面倒な王都の貴族の世界から離れられると喜んだんだけどな。

  それがどうしてこうなっちゃったんだろう?」


 「うん、本当になぁ。

  俺は東の村で、畑にするための塀でも作って、あとは木を守る囲いを作って、魔力が余っている時は魔石に魔力を込めて、そんな生活で十分だったんだけどなぁ」

 「私も村の子供に学校で教えて、片手で魔力を込めているっていうので十分だったわ」

 アークとリズも僕に同調してしまった。


 「あ、でも、私、これだけは、こっちに来てからの方が嬉しいわ」

 エリスは自分も片手に持っている、魔力を魔石に注入する魔道具を見せた。


 「もうエリスったら、どれだけその魔道具を嬉しがっているのよ」

 「この気持ちは、みんなには分からないわよ。

  この魔道具が出来たおかげで、やっと私もみんなと同じように魔石に魔力を込められるようになった嬉しさは」



 もう10回目ともなれば、叙爵式への参加に慣れることはなくても、戸惑うことはない。

 そう思っていたのだけど、叙爵式の会場に入った僕は戸惑ってしまった。

 今までの会場と違い、准男爵の立席がとても広く変更されていたのだ。 軽く今までの倍以上の広さになっているだろう。

 そして反面、それ以外の上位貴族の席数は、1/3以下に減っている感じだ。

 昨年も准男爵が増えたのに驚いたが、今回はその比ではない。

 そして貴族たちが式のためにそれぞれの席や位置に着くと、その時にも僕は驚いた。

 増えた准男爵の立席に次々と自分の場を、周りの者と確かめながら着いた者たち、つまり新たな准男爵たちは、その多くが年若い男女だったのだ。

 中にはまだ学校を卒業していないだろうと思われる者もいる始末だ。


 「まあ、こうやって見ると、陛下も罪なことをしてしまったな。

  お情けで1段階の降格で済ませてやった奴らが、皆新たなポジションを得ることが出来なくて、隠居させられて、子どもが降格してやっと家が存続できたという訳だ。

  最初から以前からの決まり通りに、2段階の降格であったのなら、少なくとも今子供たちがいるあの場所に、自分で立てただろうに」

 「ブレディング伯、他人事ではないぞ。

  良い悪いは別にして、貴族社会は一気に若返りが進んだのだ。

  我らとて、少しでも時勢を見誤れば、同じように何時強制的に隠居させられるかわからないぞ」

 「グロウヒル伯の言う通りだな、強制的に隠居させられたものは、今の現実というか時勢を全くまともに見ることのできなかった愚か者として、自分の家の中でも居場所もないような状態だと聞くぞ。

  はっきり言って、当然の自業自得だと思いはするが、こうやってその現実をまざまざと見せつけられると、我らとて一歩間違えばそういうことになっていたのだと、身震いする思いだ。

  ま、今回のことは、私は息子のことがなくても、時勢は明白であったから迷いはしなかったがな」


 この話の中には、僕は絶対入っていくことは出来ない。

 会話に入れない僕をちょっと揶揄うようにブレディング伯が言った。


 「我らもそろそろ引退を考えねばならないのかも知れないな。

  その時勢や価値観の変換を引き起こした元凶の大元は、ここにいるブレイズ伯とハイランド伯の息子、そしてグロウヒル伯の娘なのだからな。

  つまり子の世代だ。

  次世代に引き継ぐ時が、もう来ているのかも知れないぞ」


 いや冗談じゃない。 こんな貴族の大変な社会から、僕たちは離れて静かに暮らしたいのだから、当分頑張ってもらいたい。

 というか、そんなことに関わるポジション誰かに譲るから。

 どういう訳か僕らは、たぶん陛下とこの3伯爵の陰謀で、ズッポリと主役級で関わっているような気はするのだけど。 どうしてこうなった?


 僕の心底嫌そうな顔を見て、3伯爵は大笑いをした。



 叙爵式は今まで例がない程、あっさりと簡単に終わってしまった。

 上級貴族の爵位の移動は、それも今までに例がない程、たくさんあったのだが、そのほとんどは降格を伴う襲爵だったりするので、さすがにそれを叙爵式で大々的に公表することはない為だ。


 僕は今年は、ダンジョンが発見される以前の叙爵式の時のように、叙爵式後の会議はないのかと思っていた。

 というのは、事前に打ち合わせが何も持たれることがなかったからだ。


 東の砂漠の村を開発していてダンジョンが発見されたのが、叙爵式後の会議が再開されるきっかけとなったので、その時僕たちは叙爵式前に会議の内容についての事前の打ち合わせに参加したのだが、それ以降も事前の打ち合わせに、どういう訳か参加し続けることとなっていた。

 今回に関しては、そういった打ち合わせがなされなかったので、僕たちは叙爵式後の会議は今年はないのかと思っていた。


 午後からと決められている会議の前に、僕たちは前年よりも長い昼の休憩時間を過ごすことになった。

 僕たちは何が午後にあるのかを、ウィークに尋ねることが出来た。

 ウィークが邸に戻っていて、僕たちと話をする時間があるということだけでも、午後の話し合いに大きな問題があるという訳ではないことが分かる。

 ウィークは陛下の陰の側近なので、何か問題があるのだとしたら、陛下の側にいることになり、こちらに戻っている暇はないはずだからである。


 「何でも、公爵が話したいことがある、ということで開催が決まったようです。

  陛下も今回は午後の会議を持つつもりはなかったのですが、公爵の希望で開催することにしたようです」


 ウィークの言葉にアークが言った。

 「公爵の上奏で決まった会議だというのに、お前は暇なんだな」


 「ええ、僕もそれを聞いて最初は、何なんだと警戒する気持ちが湧いたのですけど、

それは陛下も同じようでした。

  それを察した公爵が、陛下に言ったそうです。

  『今回の目的は、陛下の御心を煩わせるようなことではありません。

   なんの御心配も必要ないので、軽く承諾願います』と。

  それでまあ、陛下も信じて開催を決めたということですね。

  そんな感じだから、何ともしようがないのですよ。

  それにまあ何て言うか、いつもの公爵とは雰囲気も違うので」


 「そうだな、陛下に対しての言葉も、確かに何となく今までとは違っている感じがするな」


 アークもそんなことを言ったが、僕も同感だ。

 公爵は臣下の立場になっているとは言っても、陛下の叔父にあたるので、陛下に対する物言いや態度が、無礼とかマナーに反するという訳ではギリギリないのだけど、どことなく上から目線の感じがしていた。

 しかし、今回のウィークから聞く感じは、そういった臭いがしない気がするのだ。



 「今回、叙爵式の式典の部の後の話し合いの部は開催される予定ではなかった。

  そこを私の願いを陛下に受け入れてもらって、話し合いの部もこうして開催されることになった。

  まず最初にそのことを私は陛下に感謝したい」


 典礼官が、去年から午前の典礼の部と午後からの話し合いの部に分けられた、話し合いの部の開始を宣言すると、即座に公爵は立ち上がり集まった者に語りかけ始めた。

 僕たちは公爵が何の為に話し合いの部の開催を望んだかが全く分かっていないので、注意深く公爵の言葉に耳を澄ましていたが、僕たちに対立している公爵派の、今では座っている公爵派の貴族の数は少なくなってしまったが、その貴族たちにも話が伝わっていないようで、同じようにただ単に公爵が何を話すかに注目しているようだ。


 公爵は、ここまでは落ち着いた雰囲気で一気に話したのだが、そこで間を置いたら、なかなか続く言葉が出なかった。

 立って発言の姿勢をとったまま、しばらく公爵は沈黙し、自分だけの世界に浸っているように見えた。

 その沈黙が長すぎて、会場がざわつき出し、どうかしたのかと典礼官が口を出そうかとしようとした時に、気が付いたかのように公爵は言葉を発した。


 「いや、失礼した、話を続けたい」


 公爵はそう言うと、痰が絡んだというよりは、自分の勇気を奮い立たせる僅かな時間を作る為に、空咳をした後に話を続けた。


 「私が今回この時間を作ってもらったのは、私の間違いを公式に認め、表明する為である」


 会場は一瞬驚きに包まれ、誰もがその気持ちを抑えられなかったのだろうかざわめいたが、次の瞬間には公爵がこれから語るであろうことを漏らさず聞こうと静まりかえった。


 「私がブレイズ伯の開発した新式の魔道具を問題視していたことは、皆も良く知る通りだ。

  私は新式の魔道具は魔技師の地位、その誇りを傷つけるだけでなく、その影響は貴族の地位は構わないが、誇りを傷つける存在になるのではないかと考えたのだ。

  実際、新式魔道具が普及し出した初期には、魔技師は単純に魔石へ魔力を補充するだけの存在となり、魔技師としての誇りがないがしらにされていると、私の目には見えたし、私と同じように感じた者も多かったと思う」


 公爵派の貴族たちはもちろん大いにその言葉に頷いていたが、それ以外の者も身に覚えがあるという感じの者がたくさんいた。

 正直、僕自身もそういう風にとられても仕方がないと思ってもいた。


 「だがしかし、その新方式の魔道具の利点が大きいことにも、私自身もちろん気がついていた。

  だが私は、その利点の大きさよりも、魔技師たちの誇りが失われるのではないかという懸念の方が大きい問題だと判断したのだった」


 その公爵の立場はみんな知っている。


 「さて、この国の問題として、ここ何代かにわたり、国の発展が停滞しているということがあった。

  このことはあまり公で話題になることはなかったが、王家の中や、3伯爵との間では常に問題となっていることであった。

  陛下は、ブレイズ伯の作った新式の魔道具は、その停滞を打ち破る手段となるのではないかと判断したようだが、私には問題点も大きいので、そこまでの判断は出来ないと思っていた」


 僕はそんなに前から、開発が滞っていたんだとあらためて思ったのだが、多くの貴族たちも考えていなかったかのような顔をしている。


 「私はそこの判断が中途半端であったので、そもそもは新式の魔道具を推進するか、禁止するかの判断に迷っていた。

  私であっても、新式の魔道具に魔技師の、そしてもっと大きく貴族の誇りを傷つけるかも知れないという問題があっても、この停滞を打ち破る功績の方が大きいと判断すれば、その推進を図るという道を取るつもりであった。

  そこが最初からの推進派である陛下と3伯爵と、慎重であった私との違いである」


 ここまでは公爵は躊躇いなく一気に語った。

 しかしここで急に口調が変わった。


 「私の判断に狂いが生じ、意図せずに多くを巻き込んでしまったのは、ブレイズ伯爵が東の砂漠の地の開発に成功し、ダンジョンを発見したことによる。

  私は、ブレイズ伯爵が開発に成功したことは素晴らしいことだと思ったのだが、それはその開発手法による物だと考えた。

  それは確かに間違いではない。

  そして、その開発手法を研究すれば、新たなダンジョンが発見されて、得られる魔石の数が今までより多くなれば、今までの魔道具でも東の砂漠の地の開発は可能だと判断してしまった。

  そう、私は当然のことながら、国の発展の停滞は、使える魔石の数が決まっていて、使える魔石の数に対して、その上限が来たからだったのだと考えたのだ。

  その考え方自体は間違っていないと思うが、正しいとも言い切れないのは、公爵領の開発に向かった者の少なくない数がその開発に失敗し、逆に王都周辺では開発が進行していることによっても分かると思う」


 公爵の口ぶりは、とても苦味を感じさせるものへと変わってしまった。


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