違和感の正体から
「杖の作動を感じるということは、杖が魔力を吸収したということよね。
でも、私もリズも魔力の放出をしていない。
それに私たち以外の人の干渉というのも、ちょっと考えられないわ」
「そうね、誰かしらが私たちに向かって魔法を使ってきたのなら、それに私たちが二人とも全く気が付かない訳ない」
「それもそうだけど、それよりも他の場所から干渉してくる魔法の魔力量としたら、今、杖が吸収した感じはとても小さ過ぎるわ。
もっと吸収した感じがしてもおかしくない」
リズとラーラはエリスを置き去りにして二人で難しい顔をして考え込んでいた。
リズはエリスに言った。
「エリス、あなた、本当は少しだけ魔力があるってことないわよね?」
「判定は受けたけど、私に魔力はなかったわ。
カンプに魔力があるのだもの、子どもの頃は『悔しい』と思って、しっかりと確かめてもらったから、確かよ」
リズはそれでもちょっと納得がいかないのか、魔力があるかどうかを自分で確かめてみる為に、エリスの両手を取って言った。
「エリス、私に直接試させて、手から魔力を送り込むから、何か感じたら教えて」
「うーん、何だかそう言われると、なんとなく何か感じるような気がしないでもないけど、うん、気のせいね。
何もはっきりとは分からないもの」
ラーラが興味津々という感じでリズの言葉を目で催促した。
「うん、確かにエリスには魔力はないみたいね。
魔力持ちの人は、こちらから送り込むと、明確になんていうか違和感を感じて、それが態度に出るけど、エリスは何も反応しないもの」
「なんだか良く分からないわね。
エリスは吸収の杖が作動していることは何故か分かるのに、魔力持ちではないのよね」
ラーラはそう言いながら、自分の吸収の杖のスイッチを入れた。
「エリス、私が作動させたの分かった?
ちなみに私は自分で作動させたのだけど、作動していることが分かるかというと、分からないわよ」
「うん、私も全く何も感じないから、作動しているかどうかなんて分からないわ」
リズがちょっと不思議そうな顔をして言った。
「エリスは自分の杖しか、分からないということなの?
ラーラ、ほんの少しだけ魔力を杖に放出してみて、そうすればエリスが作動を本当に感知しているのか分かるんじゃない。
あっ、作動しているわね」
リズに言われて、ほんの少しラーラが魔力を放出したのだろう、それを感知してリズはそう言ったのだが、エリスは
「あら、そうなの。
やっぱり私には魔力がないの確定ね、私には分からないもの」
「えっ、エリスには私の杖の作動が分からないの?
エリスがわかるのは自分の杖だけってこと。
もしかして、エリスの杖って回路がどこか壊れていて、何か変なことしているんじゃない」
ラーラはちょっと焦ったように、エリスからエリスの杖をもらうと自分でスイッチを入れて確かめてみたが、何も異変は感じないようだ。
交換するような感じで、ラーラの杖を持ったエリスも、ラーラの杖のスイッチを入れてみた。
「あれっ、この杖でも自分で持って使えば、作動しているのを感じるわ」
エリスがそう言うと、見ていたリズも言った。
「私も作動を感じたわ」
「そうなの。
じゃあ、今度はリズの杖をエリスに渡して、スイッチを入れてみてよ」
やはり同様にエリスも感じられたし、リズもラーラも感じることが出来た。
「これってどういうこと?
エリスが杖を持ってスイッチを入れると、杖の作動が感じられるっていうことよね。
私もラーラも魔力を放出していないし、この良く注意してないと見逃してしまいそうな魔力量だと、外部からの干渉は考えられないから、エリスが出した魔力ってこと?
でも、エリスは魔力を持っていないよね」
リズはなんだか訳がわからない、お手上げだという感じて言った。
ラーラはちょっと思いついたように言った。
「エリス、スイッチが入っている杖の吸収の魔石に、直接手を当ててみて、それでどんな感じがするか教えて」
エリスは言われたとおりに、スイッチを入れて左手に持っていた杖の頭についている吸収の魔石に直接右手の平を当ててみた。
「あ、本当だ。
ラーラが言うように直接手を当ててみたら、いつもよりずっと鮮明に杖が作動しているのが分かるわ。
なんていうか何かを吸い取っているな、というのが分かる感じがするわ。
うん、今まではかすかにしか感じなくて、なんとなく違和感があるという感じだったんだけど、こうしてはっきりと感じると、吸収の魔石に何かが吸い込まれていく感じがするわ。
この吸い込まれているのが、魔力というモノなのね。
私、生まれて初めて魔力というモノを直接に感じ取った気分だわ」
エリスはどこか嬉しげに、実験結果を語ったが、そのエリスの言葉を聞く前から、リズとラーラは驚愕の表情だった。
「ラーラ、あなたも感じるわよね、はっきりと」
「うん、リズ、はっきり感じるわ。
吸収の魔石は確実にエリスから魔力を吸い取っているわ」
二人は真剣に考え込んでしまったのだが、エリスは軽い感じで二人に聞いた。
「私から魔力って、それって私にも魔力があるということなの?
でも、さっきもリズに確かめてもらったように、私には魔力はないわよ」
ラーラは少し怒ったように答えた。
「だから、リズと二人で悩んでいるんじゃない。
エリスに魔力がないことをリズが確認までしたはずなのに、吸収の魔石があなたから魔力を吸ったのは確実に見えるから」
ラーラが怒った感じで答えたから、逆にリズは少し冷静になったのだろうか、落ち着いた声で言った。
「吸収の魔石がエリスから魔力を吸ったのは確実だと思うから、だとしたらエリスに魔力はあって、魔力があるかないか判断した私の仕方の方に問題があるのかもしれない。
でも、私がやった判断の仕方はごく普通の判断の仕方で、何も特別なことじゃないわ、どこでも行われている魔力を持つかどうかの判定方法よ。
その方法が間違っているのかもしれない」
ラーラもリズが落ち着いた声で話し始めたので、冷静さを取り戻そうとしている。
「ねえエリス、魔力というモノを感じられたのだとしたら、もしかして吸収の魔石を触っていれば、もっと沢山魔石が魔力を吸うような感じに出来るかしら?」
言われたエリスは、杖の魔石を触ったまま、少し目を瞑って、自分の体内で感じることに集中しているようだ。
しばらく無言の時間が続いたのだが、急にエリスが言った。
「あっ、なんとなく解った」
リズとラーラの二人もしっかりと察知したようだ。
「さっきより全然多く魔石が魔力を吸っているわね」
「って、リズ、この量って、私が魔石に魔力を込めている時の量より多いくらいよ。
本当にどういうことなの?」
リズは今度こそ本当に真剣な思慮深そうな顔をして言った。
「これって、私たちだけじゃなくて、もっと多人数で確かめない。
カンプとアークも、それからもっと重要なのはペーターさんよ。
ペーターさんにも試してもらって、エリスと同じようになるかどうか確かめるのよ。
それからペーターさんが同じにならなかったら、まずはおじさんとおばさんね、エリスの両親だから、エリスと同じになる可能性が高いわ」
「えーと、どういうこと?」
「ペーターさんもエリスと同じように魔力を持たないでしょ。
だからペーターさんも同じように出来るなら、魔力を持たない人という私たちの現在の分け方に問題があることになる。
もし、ペーターさんがエリスと同じに出来なくて、魔石に魔力を吸われていることを本人だけでなく、私たち魔力持ちが誰も感知出来ないとしたら、エリスは判定の仕方が悪くて判断を誤った魔力持ちということになるわ。
その場合、遺伝的に両親のどちらかがエリスと同様に魔力を持っている可能性が高いと思うのよ。
おじさんかおばさんが、エリス同様ならば、より一層その可能性が高くなるじゃない」
人数を増やしての実験は、おじさんとおばさんも呼ぶ必要はなかった。
ペーターさんもエリスと同様に、魔石に魔力を吸わせることが出来たのだ。
「はあ、私の体にも魔力があるということですか。
なんとも不思議な感じですね。
以前襲撃された時に、吸収の杖が魔力を吸って、攻撃を防いでくれているのは感じたのですが、その時感じたと思った感じが魔力を感じるということだったのですね」
ペーターさんの言葉は何だか訳が分からないような感じになっているけど、言いたい事はその場の全員が理解した。
ペーターさんも以前から魔力を感じてはいたのだな。
「私、さっきからずっと考えていたのだけど、もしかしたら誰でも魔力は持っているのかもしれない。
確かに持っている魔力量は個人差が結構大きいと思うのだけど、みんな持ってはいるのよ。
それで考えたのだけど、もしかしたら魔力を持たないと判定される人って、自分の中に回路を描けない人なんじゃないかしら。
回路っていう言い方が合っているかは分からないのだけど、魔石には回路を書き込むから、同じような意味で回路って言っているのだけど。
私の場合だったら、ライトの魔法を使う時にはそう意識すれば良いのだけど、それは意識の中で回路と同様なことを描いているんじゃないかと思うの。
魔力を持っていても、意識の中でそれが出来ないと、魔力を使えないんじゃないかと思うのよ」
「ん、何を言っているのか、よく解らないぞ」
アークがリズの言葉に対して、そう言った。
「だから、私はちょっと思ったのだけど、私たちが魔石に魔力を込める時も、その為の、つまり魔石に自分の魔力を込めるという回路を意識の中に描いているんじゃないかと思うの。
そういうことを魔力を持つと判断されている人は、意識をあまりせずに行っているのかもしれない。
そういった全ての魔法の中で、最も基本的というか、本能的なのは対抗魔法だわ。
火鼠に遭遇した時でも、対抗魔法が出来なかったら、生死に関わるし、だからこそ魔力に余裕を持って対処しなければならない。
でも、対抗魔法なんて誰も教わらないでしょ。
自分に対して魔法で攻撃されたら、魔力を持っていたら意識していれば対抗して攻撃を受けないようにする。
それにも魔力を使うから、魔力量が絶対という物差しが今まではあった訳だけど、魔力があるかどうかの判定は、相手に魔力を流し込む訳でしょ。
それはつまり極軽いけど、魔力で攻撃していることになるんじゃないかしら。
魔力を持っていると判断される人は、それに対して無意識に一番基本の対抗魔法の回路を意識の中に描くのよ。
それで判定を受けている本人も魔力に気が付くし、判定している方も対抗されたことを感じて、魔力を持っていると判断できるんじゃないかしら」
リズの言っていることが、なんとなく理解できた。
「それじゃあ、リズが言いたいのは、意識の中に回路を描けないだけで、誰でも魔力は持っているということか。
そして、描けないのなら、吸収の魔石のように、回路を外部に用意すれば、誰でも持っている魔力を使えるということなのかな」
僕がそう言うと、リズは首を傾げながら言った。
「なかなかそう上手くは行かないんじゃないかしら。
私たちだって、最初から上手に魔法が使えた訳ではないし、それぞれに特性がある。
きっと誰しも特性もあるのだろうし、もしかしたら魔力がないと判断されている人は今までには知られていない特性だからなのかもしれない。
魔力を魔石に吸わせたり、込めたりということは属性に依存してないから、誰でも問題なく出来るけど、それ以外はもっと研究してみないとなんとも言えないんじゃないかしら」
ここでラーラが軽く思い付いたような感じで言った。
「でもさ、魔力を吸わせて、魔石に魔力を貯められるなら、今現在のほとんどの魔技師がしていることと全く同じことが出来るってことだよね」
続いてアークが言った。
「おい、それって、現在の魔技師不足を一気に解決出来るってことじゃないのか」
この発見は、とても深く考えてみなければいけない事柄だった。
社会的な基盤の根本的な改革になることは明らかだからだ。
さすがに僕たちだけで、どうこうして良い事柄ではないと考えて、組合長に相談し、組合長も他には口外しないで、組合長の進めで僕とアークと3人で陛下に秘密裏に相談に行った。
そして、この発見もしばらくの間、もう少し時勢が変わるまで、完全に秘匿されることになってしまった。
とは言っても、秘匿技術になってしまったが、新しい魔道具も開発した。
なんのことはない、極単純な魔道具だ。
吸収の杖を簡略化して、魔石に魔力を込めるためだけの魔道具だ。
この魔道具はエリスの強いリクエストで作ったのだが、エリスは毎日嬉々として、その道具を手離さず、魔石に魔力を溜めている。
やってみて分かったのだが、どうやら魔力量自体はエリスの方が僕より勝っているようだ。
「今まで、みんなが手に魔石を持って、何気なく魔力込めをしながら生活しているのが、私だけ出来なくて、何だか悔しかったのよね。
これで私も本当にみんなと同じだわ」
エリスが喜ぶ姿を見て、ペーターさんも同様に始めてしまったのだが、それだけでは済まなかった。
「カンプ、私たちにも作って頂戴。
話によると私たちにも出来るってことよね」
「カンプ、私にも出来るなら、やらないで遊んでいることはないだろ。
魔力を込めた魔石が一つでも多くあれば、それだけ木も植えられるはずだしね」
結局おじさんとおばさんも常に手に持つようになり、家の中の魔力がないと言われていた人は全員、新たな魔道具を手に持って生活するようになってしまった。




