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エリスの違和感

 領地交換後の5年目は、もしかしたら僕が貴族になってから、一番平穏な時になっているかも知れない。


 そう今までがちょっとおかしかったのだ。

 僕たちは何故かトラブルに巻き込まれて、その結果として貴族になってしまったのだけど、貴族なんて慣れない世界からなるべく離れるのに都合が良いと思った、最も辺境な土地を領地として与えられて、ちょっと安心して開発をしていたら、今度はダンジョンが発見されるという、考えてもいない事態が襲った。

 それにより、またトラブルになってしまい、領地を交換するということになってしまったのだ。

 貴族としては爵位も上がったし、陛下とそのご一家とは親しくなって、それは光栄だし、ちょっと嬉しくも思うけど、僕たちが求めているところはそこではない。


 「結局俺たちは、東の地と、この西の地と、2回新たな土地の開発をさせられたようなモノだからなぁ。

  新たに叙爵された新米上位貴族が、領地開発とその地の経営をさせられるのは、決まりのようなモノだけど、まさか2回連続でさせられるとは思わなかったぜ」


 アークもそんな風に言っているのには訳がある。

 新たに叙爵されたモノはいただいた領地に最初の5年は基本的に滞在しなければならない決まりがあるのだが、そのせいで何となく5年という時間が一つの区切りのように感じられるのだ。

 僕たちは、最初の東の地で5年を過ごしたから、今までの多くの貴族たちであったら、余程の物好きか偏屈者でもなければ、自分の領地には代官を置いて、自分は王都に居住するところだ。

 だから、実際のことを言えば、西の地に領地が交換になった時から、僕たちは王都に居住するのでも、元々住んでいた東の町に住むことも出来ない訳ではなかった。

 でもそれは、僕たちの目指す生活ではないから、なるべく新たな領地のなるべく王都から離れた場所で、また同じように開発を始めたのだ。

 元の村から移住した村人たちも、王都の近くに引っ越すよりも、元の土地に近い生活が出来て、ストレスが少ないだろうからね。


 でもまあそういった訳で、僕たちは2度目の領地の開発をして、2度目の5年目を迎えたのだ。

 途中で開発しなければならない領地が増えたのは誤算だったし、またしてもダンジョンの騒ぎがあるとは全く予想していなかったけど。


 「しかしまあなんていうか、いただいた領地の開発に成功した貴族は、こんな風に満足した気分で、開発した地を眺めてのんびり出来るモノなんだな。

  もう俺は、極力王都にはいかないぞ。

  ここでこうやって、のんびりと過ごすんだ」


 アークは、学校を卒業して以来、初めてという感じのこののんびりとした感じの日々を、もう絶対に手放さないという意思表示をしている。


 「アーク、お前の本当の領地はここではないだろ。

  子爵領の方は良いのか?」

 「あっちは代官に任せてあるから、大丈夫だ。

  あっちは西の町に至近だろ、王都に近過ぎるんだよ、暮らすには。

  それにあっちにいたんじゃ、近いから西の町の代官としても働かない訳にはいかない。

  冗談じゃない、そんなに働いてたまるか」


 西の町の代官は正式にはアークなのだけど、アークは代官の仕事をしたことがないのではないだろうか。

 ターラントが代官代理をしていたのだけど、ダンジョンが出来て、冒険者の村作りのためにこちらに来て以来、西の町に戻らずにこっちに居着いてしまった。 まあそれはリネのお腹が大きいからでもあるのだけど。

 そのために、元村の学校の卒業生が今では副代官代理という、何だか訳のわからない肩書きで、西の町の代官の仕事を代行している。

 西の町の代官の任命者である陛下が、そのことを当然だけど良く知っているのに問題視しないから、まあ、そのままで問題ではないのだろう。


 陛下が問題視しているのは、僕とアークがあまり王都に行かないことだ。

 僕とアークは、前に陛下のお忍びの供として王都の飲み屋に行った時に、当人とは知られてはいなかったけど、聞いていて恥ずかしくて穴に入りたいような噂話に遭遇し、それを陛下が面白がって大盛り上がりしたのに懲りてしまい、なるべく王都に行かないようにしている。

 王都に僕たち2人が行けば、必ず陛下のお忍びに同行することになるだろうし、陛下が僕たちが王都にあまり行かないのを問題視している理由のほとんどは、そこだろうけどね。

 今のところは、ウィークが影の護衛の報告を聞いて、僕らに同情してくれているので、陛下を抑えてくれている。

 それにまだ皇太子殿下か小さいから、陛下の気が紛れているのもあるのかも知れないけど、そろそろちょっと強制的なお呼びがかかりそうな気はしている。


 僕たちがのんびり出来ている理由は、もう一つ大きな理由がある。

 ここに来て、やっと人材が充実してきたのだ。

 領地を交換した辺りから、村の学校を卒業し、東の町の魔法学校や、高等学校に通わせていた卒業生が戻って来るようになった。

 戻ってきた卒業生たちを、もちろん強制ではないが、特別理由がなければみんな、魔道具店、雑貨店、そして家臣として雇用することにしたのだ。

 その人数が5年目ともなるとある程度の数になり、きちんと戦力になってきたのだ。

 村の子供たちは、リズをはじめとする教師の教え方が良かったのか、それとも村の環境のおかげなのか、村の学校は当然のこととして、東の町の学校に行ってもきちんと努力して、みんなとても優秀なのである。


 この村の領民の子供を教育して、人材として育成するという政策は、僕らは別に政策として行った訳ではないのだけど、とにも有効な政策だと王都周辺の貴族には認識された。

 ブレイズ家の家臣の領地では、当然ここと同じように学校が作られたのだが、他の領地でも研修生が来た領地から始まって、どこの領地でも学校が作られるようになった。

 そしてどういう訳か、ほんの思い付きで始めた学校に通う子どもにアトラクションを見せる催しは、僕らの領地の学校だけでなく、王都周辺全体に広がってしまった。

 そのうち数が多くなり過ぎて、アトラクションを見せる人の割合があまりに学校の子供たちが多くなり過ぎてしまったのと、毎年アトラクションでは飽きてしまうので、ベルちゃんの作った湖の観光と、交互に行うようになった。

 各学校、一年に一度の楽しみなのだが、順番に回して行くと結構な数となるのだった。

 それから、どういう訳かわからないが、東の町にある魔法学校と高等学校は、卒業年次の生徒に、褒美という訳でもないのだろうが、西の山の登山をさせるようになった。

 それだから、元雑貨店の御者さんだった山小屋の主人は今では大忙しだ。

 展望台における彼の眺めの解説は、名解説だという評判をとり、今では多くの人に知られるようになった。

 それに伴って、記念樹の森はその範囲をどんどん広げている。




 そんなのんびりとした日常を僕とアークは満喫していたのだけど、1人エリスは少しだけ考え込んでいた。


 下の子も少し大きくなり、エリス自身が面倒を見ないでも大丈夫な時間が増えてきて、徐々に仕事にも復帰しだした。

 仕事に復帰すると、やはりそれなりに外を出歩く機会が増えてくる。

 とはいっても村の中のことではあるし、どうこうあるというものでもないのだが、以前とは違って、村の中には常に村人以外の人もたくさん滞在している。

 村の中でエリスは誰にも顔を知られているし、それだけではなく最強伝説も広く知られているからか、当然のことながら危険を感じるようなこともないから、伯爵夫人としては異例なのだろうが、1人で自由に行動している。

 それでもラーラとペーターさんが村内ではないが襲われた前例があるので、外に出ている時には常に防御用の吸収の杖は作動している。

 本当に一番防ぐことが出来ないのは、直接的な暴力の不意打ちなのだが、魔力が絶対だと思っている者が多いので、現実的に襲われるとしたら、魔法の不意打ちの可能性が一番高いからだ。

 それでラーラとペーターさんの一件以来、主要な家臣は全員外に出る時にはエリスに限らず全員、吸収の杖を作動させることを徹底しているのだ。


 「リズ、ラーラ、ちょっと相談に乗ってよ」

 「何よ、あらたまって」

 「うん、最近外に出ると常に何か違和感を感じるのよ」

 「えっ、深刻な話なの? 監視されているとか、そういう違和感?

  まさかエリスに喧嘩をふっかけようとする者はいないでしょうし」


 お茶を飲みながら気楽に聞き流していたラーラも、カップを手元からテーブルに戻して、真剣に話を聞く格好になった。


 「初めは、そんな風なことなのかと思ったのだけど、注意しているとちょっと違って、そういう視線は感じないのよね。

  でも外に出ていると、何か違和感がある」

 「それって、まさかどこからか魔法で攻撃されているかも知れないってこと。

  杖で吸収しているから何ともないけど、実は攻撃されているの?」

 ラーラがそうとても真剣な顔で言うと、リズも「あっ」と言って顔色が変わった。


 「その可能性も低いと思うのよ。

  魔法で攻撃されるなら、私が人混みから離れた場所で狙うはずでしょ。 そうでないと周りの人を巻き込んでしまって大事になるから。

  だけど違和感を感じるのは、そんなことには関係ないのよね。

  でも一応、吸収の杖に魔力が溜まっているかどうか、ラーラ、確かめてみてくれない?」


 ラーラは植林用の水の魔道具の、魔力を溜めた魔石にどの位残量があるかを確かめる魔道具を持って来て、エリスの使っている吸収の杖に取り付けてある魔力を溜める魔石を検査した。

 ラーラは眉を顰めて言った。

 「やっぱり魔力が溜まっているわ」


 「それって、やっぱり魔法の攻撃を受けているということじゃない」

 リズが少し声を大きくしてしまい、エリスが慌てて注意した。


 「だとしたら、私、いつ攻撃を受けているのだろう?」

 「そうね、それはちょっと不思議ね。 エリスは外ではいつでも違和感を感じるのでしょ」

 「うん、私は魔法は分からないのだけど、大勢の人がいる中で、常に私をピンポイントで狙える攻撃魔法ってあるの? それも周りの人に気づかせないでだけど」

 「うーん、私は魔技師だから攻撃用の魔法については詳しくないのだけど、そういった魔法は知らないわね。 ラーラは知ってる?

  ラーラも私も光の属性だから他は良く知らないというのもあるからなぁ」


 リズがラーラに話を振ったのだが、ラーラは考え込んだ顔をしていて、別のことをエリスに言った。

 「エリスは、外に出ている時、いつも違和感を感じているのよね。

  今、違和感は感じている?」

 「今、感じている訳ないじゃん。

  ここでも違和感を感じていたら、こんなに落ち着いて話していられないわ」

 「それはそうよね」

 リズがエリスの言葉に同意した。


 ラーラはそのリズの言葉は無視して、考えている顔のまま、エリスから検査のために預かった杖に魔石を戻して、エリスに杖を返した。

 杖を返されたエリスは、ちょっと変な顔をした。

 それを見て、すかさずラーラは言った。

 「エリス、違和感を今感じた?」

 「うん、家の中なのに、感じちゃったよ。

  これって、真剣に問題だよね。 どうしよう?」

 エリスは急に少し怯えたような声を出した。


 「あ、私、エリスの違和感の正体が分かったわ。 別に怯えることないわ」

 「ラーラ、どういうこと、説明して」

 「リズ、そんなに慌てなくても、説明するわよ。

  その前にエリスに聞くのだけど、エリスは私たちが魔法を使っている時って分かるよね?」

 「そりゃ分かるよ。 魔法を使っている時って、何というか独特な雰囲気みたいなものがあるじゃない。

  私はカンプが魔法を使うのを子供の時から見ているから、その独特な雰囲気は良く知っているもの。

  カンプがお風呂沸かしたりする時は、それを一緒に見てたし、途中で温くなったらお湯の温度を上げたりするでしょ」

 「そうよね、エリスは昔からカンプと一緒にお風呂に入っていたのだものね」

 「リズ、それは今は関係ないでしょ」


 話が横にずれそうになるのを、ラーラは机を軽く指で叩いて、元に戻して言った。

 「エリス、普通の人は注意して見ていれば別でしょうけど、エリスほど誰かが魔法を使っているのに気づかないみたいよ。

  私たちのように魔力を持つものは、魔法の気配というのを感じちゃうのだけど、エリスも同じように感じているみたいね」

 「ラーラ、それじゃあエリスにも魔力があるっていうことなの?」

 「うーん、それはどうなんだろう。 あると言えばある?」

 「えー、私、魔力はないよ。 あったら、カンプやみんなと一緒に魔法学校行ってたはずじゃん」

 「うん、まあ、そうなんだけどね」


 ラーラはそう言いながら、エリスが手に持っていた杖をちょっと奪い取って、それから言った。

 「エリス、もう違和感がないでしょ」

 「うん、不思議、どうして?」

 「うん、杖のスイッチ切ったから」

 「え、ラーラ、どういうこと」

 「つまりね、エリスの違和感の正体は、吸収の杖が作動しているのをエリスは感じているということなのよ。

  私たち魔力のある者は、魔道具が作動していると、注意を向けるとそれが作動しているかどうかを感じるじゃない。

  それと同じように、エリスは杖の作動を感じちゃうのね。

  それがエリスの違和感の正体よ」


 リズが感心したように言った。

 「ラーラ、良く気がついたわね、そんなこと」

 「うん、エリスは外ではずっと違和感を感じていたと言っていたじゃない。

  もし、何らかの魔法の攻撃を受けていたのだとしたら、どんなに簡単な攻撃魔法だとしても、それだったらかなりの魔力が溜まるはずだと思うのだけど、実際に溜まっている魔力はそこまで多くないのよね。

  それで攻撃を受けている可能性はあまりないと思ったの。

  一応もう少し確かめるために、何となくもしかしたらと思った、私たちが魔力を使うのを感じるかを訊ねたのよ。

  魔法で攻撃を受けている可能性を考えていたとしたら、エリスは落ち着いているからね、慌てていない根拠に何があるのだろうと思った時に、エリスは魔法を使っている者に自分では気付くから、周りにそういう者がいないことを確認しているんじゃないかと思ったのよ。

  何となくエリスは私たちが魔法を使っている時は気付いている感じがあったし、コンロなんかの消し忘れとかエリスは全くないじゃん」

 「あら、そうだったかしら」

 「今の一言でリズがどれだけ料理では役に立ってないかが分かるわね」

 「そんなことないわよ。

  私の場合はコンロなんかのスイッチが入っていれば、魔力を感じるから即座にわかるから、スイッチの消し忘れなんてないから、そんなこと気にしないだけよ」


 今度はエリスが話の方向を修正した。

 「それはいいから、ラーラ、話を続けて」

 「うん、それで攻撃魔法でないのだとしたら、エリスは何を感じているのだろうと考えて、外ではいつも感じるけど、ここでは感じないとしたらと考えて、吸収の杖が作動している時だからと思って、もしやと思って実験してみたのよ。

  そしたら、ドンピシャだったって訳」


 今度はリズが考えている顔をして言った。

 「ラーラ、ちょっと待って、少しおかしくない?

  エリスが魔法を使っているのが分かるというのは、何となく分かる気もするのよ。

  本当はそっちも魔力を持たないエリスがどうしてと思うのだけど、魔力を持つ私たちにはその感覚は分からないから、何とも言えない。

  でもさ、どうして吸収の杖が作動していることがエリスは分かるの?

  私だって、吸収の杖が作動しているかどうかなんて、魔力を少し放出させてみないと分からないのよ。

  魔力を少し放出すると、その魔力が吸収されるのを感じるから、吸収の杖が作動しているのを感じるのよ。

  エリスはどうやって感じているっていうの、やっぱり魔力を持つ者には分からない感覚だということなのかしら?」


 ラーラが難しい顔をして、リズに答えた。

 「そこが私も解らないのよね。 それに量が少ないとはいえ、魔石に魔力が溜まっていたのも確かだわ。 どういうことなのかしら。

  でも、エリスが違和感を感じるというのは、吸収の杖の作動を感じているのは確かだと思うのよね。

  エリス、もう一度作動させてみて、それを感じるか確かめて、違和感の正体が杖の作動を感じることだと理解したら、確実にそれと分かるんじゃない」


 エリスは自分で杖のスイッチを入れた。

 「あ、本当だ。 これって杖が作動している時の感じだったんだ」


 ラーラが急に驚いたように言った。

 「あれっ、注意して、というか神経を集中させてエリスを観察していたら、私も杖の作動を感じたわ。

  私は自分では杖の作動を確かめるために、魔力の放出なんて行っていないのに。

  リズ、魔力の放出をした?」

 「私もそんなことしてないわよ。

  でも、私も杖が作動しているのを感じたわ。 なんで?」


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