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平穏な叙爵式?

 「どう評したら良いのか分からないのだけど、人は逞しいなぁ」

 アークがそんなことを呟いた。


 最近の僕たちはもっぱら男同士の会話を楽しんでいる。

 というのは、エリスもリズも自分の仕事を抱えている上に、子どもの世話にちょうど追われる時期となっているからだ。

 下の子どもがちょこまかと動き出し、上の子どもはもう母親と少しは離れても大丈夫な歳になっているのだけど、下の子だけが構われていると嫌らしくて、下の子の世話をする母親の側をなかなか離れようとしないからだ。

 父親である僕たち2人に、上の子を押し付けられる時もあるのだが、上の子たちは僕たちとは少し遊ぶと、すぐに母親と下の子のところへと戻ってしまうのだ。


 僕はアークの言わんとしていることが、なんとなく分かっていてそれに返事をした。

 「まあ、そうなんだけど、そのお陰でダイドールがいつまでも忙しいことになっているな。

  ターラントがまだダンジョンの冒険者の町にかかりきりになっているから、仕方ないと思うけど」

 僕はこの場にいるダイドールをちょっと労うように言った。


 「いえ、ターラントももう冒険者の町にかかりきりになっている訳ではないのですよ。

  ターラントは西の町の代官としても今までは忙しかったので、私としては少し休ませてやりたいな、と思っているだけなんですけど。

  今は箱作りの陣頭指揮を取ってますよ」


 ターラントが僕たちのところに来て、のんびりとくつろいでいるのは珍しいのだけど、どうやらフランに追い出されたらしい。

 フランも今はお腹が大きくて、ターラントはそのフランのことを心配して、何かと世話を焼こうとするらしいのだが、どうやらそれがフランには少し鬱陶しいらしい。

 そんな事情も筒抜けに知っている僕たちは、ちょっとニヤッと軽く笑ったのだが、それを誤魔化すようにアークが言った。


 「それでターラントはここで油を売っていて良いのか、今日も各地の元研修生が相談に押しかけているのではないのか」


 ターラントはその誤魔化しに気が付いたのか、ちょっとバツが悪そうに頬を掻きながら

アークに答えた。

 「最近はそういった相談事は全部フランクに丸投げしているのですよ。

  元研修生の相談事は、半分はそれぞれの領地で儲かることが何かないかということですし、もう半分は輸送の方法についてですから。

  そっちは雑貨店の方に行ってもらってますし」


 フランの従兄弟であるフランクは、ラーラの領地の経営だけでなく、家臣領も含めた伯爵領全体の経営を考える立場に今では立っている。

 フランがターラントの妻になっている縁もあってか、どうやらターラントとも親しくなったみたいで、ターラントが安心して仕事を任せているようだ。


 もう一つの元研修生の相談は、それぞれの領地で頑張って作った特産品の輸送に関してのことだ。

 南の町を領有している侯爵家は、魚を運ぶために特別な輸送用の箱を僕たちに注文して、干したモノではない海産物を広く販売し始めたのだが、これは特殊な例だ。

 普通の領地では、自分の所で輸送まで手を染めることはない。

 南の町の輸送物が魚が主体で、それを運ぶ箱が一般に使われる物とは違っているからだけにすぎない。

 一般的には自分のところで輸送をしようとすれば、馬車の維持や運行に人手はかかるし、今では多く使われることになった輸送用の箱も購入して、それに使う魔石も必要となり手間と金がかかることとなる。

 金銭的なことは、輸送して売ることができれば、より儲けは増える訳で十分に回収出来るのだろうが、人手などに関しては手間が増すばかりなのである。

 それで、各地の研修生は、研修の時に目の当たりに見ていた、また日々の生活の上で世話にもなっていた、エリス雑貨店の流通網に自分のところで売りたいものを乗せて貰おうと交渉に来るのだ。

 エリス雑貨店の販売網に自分のところの商品が乗れば、それは公爵領を除く王国全土に自分のところの商品を売ることが出来るのと同義だからである。

 それにそこまでいかなくても、東と西の百貨店に商品として納入できれば、それだけで大量の数が出る可能性が高いのだ。



 百貨店で売る商品として何を仕入れるかは、それぞれの店長の判断にエリスは任せている。

 それは百貨店に限らず北の町の支店や、王都にある店、前は小さい店だったのに、魚の輸送箱の件があってから急速に店が大きくなった南の町の店でも同じである。

 やはりそれぞれの場所に特有の需要というものはあると思われるからだ。

 とは言っても、やはり全体としてこれは仕入れようと決まる物も、今では色々な特産品が次から次へと出てくる中である程度の数がある。

 その決定は本来はエリスがするべきことなのだろうが、今ではサラさんと、サラさんと結婚することとなった、元西の町の百貨店の店長さんが行っている。

 サラさんが冒険者の町の店の立ち上げを行なったこともあり、現在は2人とも村で暮らしているので、元研修生たちは、自分たちの領地の特産品を2人に認めて貰おうと、村にやって来るという訳だ。


 「それに何よりも、今では村出身の家臣が増えてきて、彼らに仕事を任すことが出来るようになってきましたからね、以前から比べれば私が直接しなければならない仕事は減ってきているのですよ」


 なんだかダイドールが自慢げに言うのだが、その村出身の家臣というのは、みんなフランの教え子であるということもあるのだろう。

 村の学校を出て、魔力を持たなくても上の学校に行ける成績の者は、積極的にブレイズ家で学費や宿泊する場所を提供して、東の町の学校に進学させていた。

 そして東の町の学校を卒業して戻ってきたら、ブレイズ家の家臣として召し抱えているのだ。


 「話を戻すけど、あの荷物運び用の箱のお陰で、いやせいで、この王国内は流通の革命が起こった感じになっちまった訳で、俺としてはそれがこんなに速く自分たち以外の所にも影響するとは思っていなかったんだよ。

  そもそもが冒険者の町に生鮮食品を運ぶためのことだったからな。 ブレイズ伯領内で使えばそれで良いと思っていたんだよ」


 アークがそう話題を元に戻すとダイドールも続いた。


 「私も物を運ぶだけのために、結構な価格になってしまう箱を使ってまでなんて、この領内だけのことかと思っていましたけど、意外に素早く広がりましたね」


 「そんなこと言ったって、ほとんどはエリス雑貨店の荷車用だから、そこは違ってはいないだろ。

  それに王国内全てに箱のことが広がったのは、侯爵がそれによって干物以外の海産物も大々的に売り出したからだろう、僕らのせいじゃない」


 「確かにそれもあっただろうけど、俺が言っているのはそれよりも、まあ、今来ているような元研修生たちにもよると思うのだけど、みんな機を見る目が抜け目ないということさ。

  物を運ぶための箱が、流通に革命をもたらすことにすぐに気が付いて、自分たちはそれをどう生かそうかと考えただろ。

  俺は、温度を下げて運ぶ箱ができたら、温度を下げなくても運べる物の流通までが、今までよりもずっと盛んになるなんて考えもしなかったよ」


 「そうだな、そして生鮮物以外の特産品作りも盛んになって、どんどん流通するようになってきた。

  誰もそんなこと考えてなかったんじゃないか」


 「いえ、サラ殿は考えていたのかもしれませんよ。

  侯爵に箱を売る契約をしていた時に、海産物を売って南の町に戻る時には、荷車に別の物を乗せて運ぶべきで、その帰りの時の荷運びをエリス雑貨店に優先的に使わせてもらいたいと交渉していましたから」


 僕はその情報は聞いていなかった。

 もしかしたら商人として、サラさんはとても優れた感性を持っているのかもしれない。

 僕やアークにはない感覚だな。


 「それにしても、いろんな所でいろんなことをやっているけど、元の人手だけで足りているのかな。

  足りなくて、どこからか足しているのなら、俺の所にも欲しいよ。

  今は慢性的な人手不足と魔石不足だからな、どこでもそうだろうけど」


 話の最後もアークで、それはいつものボヤキだった。




 領地交換後の4度目の叙爵式は、僕たちに関しては何も特別なことはなかった。

 これだけ何度も叙爵式に参加すれば、もういい加減慣れても良いだろうにと自分でも思うのだが、一向に慣れることはない。 やはり緊張するし、そんな公式の場には出たくないという気持ちになってしまう。

 でもまあ、自分たちのことで何もないなら、ただ出席して基本的には静かに座っているだけだ。

 そう思えば少しは気楽ではある。


 それにしても叙爵式に出席する家臣が増えたものだと思う。

 最初は僕たち4人だけだったのに、今では上位貴族の席だけでも全部で10人になっている。

 准男爵以上の上位貴族は基本参加は義務で、参加出来ない時は代理の者を派遣するなり、正当な理由を申告しなければならないのだが、騎士爵以下は貴族でもなんらかの理由、つまり騎士爵に任命されたり、家名を名乗ることを許されたりという儀式に出る必要がない者は式に参加しない。

 今年ブレイズ家では、迷いはしたのだけど、騎士爵への任命や、家名の赦しを願い出なかったので、そっちの方には今回は家臣はいない。


 一番迷ったのが、西の町の代官の代理の代理をしている村出身の家臣で、その立場を考えると騎士爵になっていた方が動き易いかとも考えたのだが、そうすると同じ時に家臣になった別の村出身の者と立場に差が出るとも考えてやめた。

 ブレイズ家では爵位なんて関係ないから、対外的なモノだけだから構わないのではとも思ったけど、今現在それが問題にはなっていないから、そのままでも良いかと考えた。

 それにそもそも、西の町は王家に所属していて、アークが代官に任じられただけのことなので、西の町の必要によって、ブレイズ家から騎士爵への叙爵を願い出るのは、なんだかおかしいような気もしたこともある。

 ベルちゃんだけでなく、陛下も西の町に立ち寄った時には、挨拶を受けて見知った間柄になっているのだから、必要があると考えれば陛下の方で何か言うだろうとも思うのだ。


 前の年とは違い、今回の叙爵式は何も特別なことはなかったから、僕はそんなことを頭の中でぼんやりと考えながら、姿勢と顔つきだけは崩さないように気をつけてはいたけど、ぼんやりと叙爵式の時間を過ごした。

 式が終わると、昼食と休憩にそれぞれ別れる前の雑談タイムに、イザベルが僕の方に近づいて来た。

 僕は他の3伯爵に捕まっていてというか、さすがに一番年少の僕が先にさっさとその場を去ることは出来ないので、伯爵たちの話に主に聞く側で参加していたのだが、伯爵たちの話はどうにも色々と答え辛いことがあるので、いつも四苦八苦している。

 そんな場にイザベルが近づいて来たので、ちょっと助かったと思った。


 イザベルも准男爵という立場で、今回は叙爵式に初めから上位貴族の決まった場所で参加していた。

 どうやら父親であるブレディング伯に、近くに来るように言われていたみたいだ。


 やって来たイザベルを見てブレディング伯が言った。

 「ブレイズ伯、この娘と、フランク_ブレディはちゃんと役に立っているだろうか?

  笑われるかもしれないが、父親としては心配してしまうのだ」


 「心配なされるお気持ちは、僕にも子がいますからなんとなく理解できるのですが、あえて言わせてください、何も心配する必要は無い、と。

  2人とも我が家では、不可欠の存在として十分な働きをしてくれています」


 僕がそう答えると、ブレディング伯は少し満足そうな笑みを浮かべたが、ブレディング伯がイザベルをこの場に呼んだ本当の理由は、そんなことではないのだろうと思う。

 イザベルは叙爵式に最初から上位貴族として参加するのは初めてだし、他の僕の家臣ほど名前と顔を知られていない。

 ハイランド伯とグロウヒル伯たちも、ブレディング伯の娘としてイザベルに会ったことは今までもあっただろうけど、1人の貴族としてしっかりと認識していたかどうかは怪しいと思う。

 きっとブレディング伯は、イザベルをもっとしっかりと認識して貰おうと考えたのだと思う。


 「ところでイザベル、最初から上位貴族として参加してみて、どうだった?」

 「どうだったと言われても、去年叙爵していただいた時が初めての参加ですが、准男爵は立席ですから、場所は違ってもそんなに違いは感じませんでした。

  もちろん、年によってこんなにも内容というか、式にかかる時間その他も違いがあるのだとは思いましたが。

  あ、一つだけ驚いたことがありました。

  私より席次が下の准男爵がこんなに何人もいるとは思っていませんでした。

  席次に驚きました」


 確かに僕もそれは感じた。

 イザベルがどこに居るかを探してみた時に、イザベルより下になる准男爵の数が多いことに少し驚いたのだった。


 その言葉を聞いたハイランド伯は、僕の顔も見て、少し愉快そうに言った。

 「おや、ブレディング伯の娘さんだけでなく、ブレイズ伯も少しそれに驚いたという顔をしているな。

  昔からの貴族の顔を知っている者なら、驚くだけでなく、色々と感じることもあっただろうがな」


 僕もイザベルも話が見えずに考える顔をしたのだろう、グロウヒル伯が教えてくれた。

 「君より下に居た席次の者の中には何人もの降格者が居たのだよ。

  つまりどういうことかというと、公爵に付き従って元のブレイズ伯の領地の開発を行っていた者が、開発に失敗して、降格覚悟で戻って来たという訳さ。

  少し前から、公爵領から領民が王都周辺に戻って来て、王都周辺各地の入植者になっていたから、私たちはそういった者が出るのも時間の問題だろうと思っていたのだよ」


 ブレディング伯も追加の情報を教えてくれた。

 「自分の領地経営を失敗して破綻させてしまうと、本来ならその地の領主は2段階の降格となり、配下の者は1段階の降格となる。

  当然ながら領主の方が、その失態に対する罪が重くなる訳で、自分の家臣だった者と家格が同じになるという目にもあってしまうという訳だ。 貴族としては屈辱だな。

  しかし、今回は陛下の温情で、まあ王太子殿下が生まれてすぐのことでもあったからな、領主だった者も一律に1段階の降格なった。

  まあ、今回降格覚悟で王都に戻って来たのは元は男爵家という領地の者がほとんどだったから、騎士爵が増えたという訳だ。

  中には、この場で他の貴族の目に晒されるのを嫌がって、自ら本来の2段階の降格を願って受理された者もいるようだがな。 騎士爵なら、この場に来なくても良くなるからな」


 なるほど、僕は各地で行われている特産品の開発のための人手不足が問題になっていない理由を知った。

 公爵領に流れた領民が王都周辺に戻っていたのか。


 「それは知りませんでした。

  それなら私のところでも入植者は受け入れますのに、何故私の所は家臣領も含めて来なかったのでしょうか」


 「それはブレイズ伯は、冒険者の対処でそれどころではなかったのではないか。

  王都に戻って来た者たちは、とにかく自らのこれからの生活立て直しを急いでいるのだから、我先に入植させてくれる話があれば飛びつくだろうよ」


 うーん、元研修生たちからも、こんな話は聞いていない。

 きっと自分たち領の利益のために、この話は僕たちには伏せていたんだな。


 「あ、そうだ。 庶民たちはともかくとして、王都に戻って来た貴族たちは、今、何をしているのですか?

  結局領地を放棄して来たのでしょうから、何をしているのでしょう」


 「寄子の貴族は、降格された上で、その家は離れることとなり、それぞれに家臣を募集している所に引き取られて行ったな。

  王都周辺では開発がどんどん進んでいて、家臣が不足しているところが多いから、こちらも引くて数多であったようだ。

  寄親だった貴族は、さすがにそうは行かず、それぞれに縁故を頼って、身を寄せるということになった。

  まあ、そちらは苦難の道だろう」


 「そうですか、入植者になってくれる庶民も欲しかったですが、僕のところも他と一緒で家臣も不足していますから、そちらも欲しかったですね」


 「いやいやブレイズ伯のところは無理だろう。

  そもそもブレイズ伯のところは、色々と秘密にしていることも多いだろうから、家臣とする者は信用がおける者でないとダメであろう。

  調べを待つ余裕は、戻って来た者にはないよ」

 「それに公爵の下にいた者が、その一番の敵対者であるブレイズ伯の所には行けないだろう。

  確実に冷遇を覚悟しなければならないと考えるだろうからな」

 「私等の所でさえ、公爵と敵対していたのだからと来ないのだ。

  ブレイズ伯の所に行く訳が無かろう」


 そんなにたくさん秘密のことがある訳ではないし、その秘密だって、組合や陛下から秘密にされていることがほとんどなんだけどなぁ。

 それに僕らは公爵に敵対しようとしている訳ではない。

 ただ単にどういう訳か敵視されているだけなんだけど。


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