冒険者の魔力込めは
夜の荷馬車の運行は、僕たちの領内だけではなく、主要な街道に外灯を付けるという事態を生み、ライトの魔道具の大きな需要を生んだ。
ライトの魔道具の需要は、実はそれだけでは留まらなかった。
外灯に使う物だけでなく、それぞれの荷馬車が使う、ライトの魔道具も必要になったからだ。
夜、道を走る荷馬車は、それぞれにライトを点けて自分の存在をアピールしないと、危なくて仕方ないからである。
荷馬車の走る音は、結構大きくて、夜ならより遠くまで聞こえるから、互いの存在に気が付くだろうと思っていたのだが、実際には自分の出す音で他の音が聞こえにくくなり、他の存在に音だけではなかなか気が付くことがないのだ。
荷馬車のスピードはなかなか速いので、先行している馬車に気がついたら追いついていて、危うく追突しそうになったりという事例が多発したのだ。
カンプ魔道具店では、村の学校から魔法学校に上がって卒業した者は、ほとんど全て魔道具店の店員として雇用した。
水の魔道具の作成は、限られた数ではあるけれど、水の魔導師の組合の人に委託しているので良いのだけど、それ以外の属性のカンプ魔道具店方式の魔道具は、全て自分たちで供給しなければならないからである。
そして魔道具を供給すればするほど、より多くの魔力を貯める魔石も作成して供給しなければならないのだ。
「もう少なくとも、魔力を貯める魔石の作成以外のことは、カンプ魔道具店直属の魔技師じゃなくても良いんじゃないかな」
「俺もそう思うけど、組合は否定的なんだよな。
確かにカンプ魔道具店だけで作っているから、儲かると言えば儲かるのだろうけど、魔力を貯める魔石だけで十分だろ」
「大体において、カンプ魔道具店の魔技師以外は、ほとんどが魔石に魔力を込めることだけしかしていないというのが、おかしいと思わないか。
そっちは慣れれば、ほぼ無意識に出来るけど、魔道具の回路の書き込みはそうはいかない。
怠惰な魔技師を目指していたのに、なんで僕たちカンプ魔道具店の魔技師だけ、忙しい思いをしなくちゃいけないんだよ」
僕とアークがそう愚痴って話していたら、リズとラーラもそれに乗っかって来た。
リズは最初はまた光の魔道具の新たなブームが来たと喜んでいたけど、忙しくなり過ぎて文句を言い出すのに時間はあまり掛からなかった。
「カンプの火の魔道具は、そんなに大したことないでしょうけど、光の魔道具はもうどうにかして」
「カンプに家臣全員分に雷光の杖を作れと言われたけど、今はライトの魔道具作りだけで私も手一杯よ。
もう本当にどうにかして」
ライトの魔道具を作るのに、魔石だけは仕方がないのでカンプ魔道具店の中の魔技師で作ったが、それ以外の部分は全て外注にしていたのだが、それでも忙しすぎるのは明らかだった。
僕とアークは、もうどうしようもないからと、組合長に泣き付く感じで、魔道具側のキーの公開を許してもらうことになった。
もちろんこれは、国全体に関わることでもあるので、陛下の裁可も得ての話だ。
元々、カンプ魔道具店方式の魔道具の回路などの設計は、別に秘密になっていた訳ではなく公開技術となっていた。
秘密にされていたのは、魔力を貯める魔石を使うためのキーだけである。
完全に極秘にされているのは、魔力を貯める魔石の回路と、僕たち以外ほぼ存在を知る人のいない魔力を吸収する魔石の回路だけだ。
こうして、カンプ魔道具店方式の魔道具は、組合で登録して、その技術使用料として利益の一定割合を払えば、魔技師たちは誰でも作ることが出来るようになった。
僕は僕たちが考えつかない新たな魔道具が販売されるのを、ちょっと期待した。
そして僕らは少し忙しさから解放されたのだった。
「きっとまた、ほんの少しの間だけね。
あなたたちはどうも忙しくなる才能だけはズバ抜けているみたいだから」
おばさんにそんな予言をされてしまった。
冒険者が魔石に魔力を貯める仕事をするようになって少し経つと、冒険者はそれ以外の者たちから羨ましがられるようになった。
理由は簡単なことで、冒険者は収入が他の者たちより多くなったからである。
冒険者はレベル2である。
レベル2ということは、冒険者が持つ魔力量は、単純に言えば、魔技師2人分以上4人分未満ということだ。
そうなると冒険者がダンジョンに入って、モンスター狩りの仕事をして出て来て来ると、冒険者の中で最低の魔力しか持たない者はその時点で魔技師の1日分の魔力量まで魔力を持たないが、魔力量の多い冒険者は下手をすれば魔技師2人分くらいの魔力量は余裕で余していたりするということになる。
レベル1の魔石に魔力を込めるには、魔技師では大体2日かかる。
これにはやはり人によって差があって、僕の魔力量だと2日分は要らなくて、1日半分という感じだが、魔力量の少ない人だと2日分でギリギリ、中には2日分だと足りないなんて人もいる。
まあ現実的なところで、魔技師たちは1ヶ月に10個から、とても多い人で15個程度の魔石に魔力を込めて生活している。
それでも今は、魔石に魔力を込めることは無意識に片手間で行って、他の仕事もしている魔技師がほとんどだから、昔と比べるとその生活は向上している。
カンプ魔道具店の魔技師などは別だが、多くの魔技師たちはそんな生活で、魔技師ではないけど魔石に魔力を込めている人は、その数にももちろん届かない。
ところが、冒険者の場合は、少なくとも魔技師と同等、人によっては魔技師の倍以上、つまり1日で1個以上の魔石に魔力を込めることが、魔力が多いので出来てしまったりするのだ。
つまり、冒険者は本業のダンジョンでモンスターを狩ることの儲け以外の、魔石に魔力を込めることでも、とても効率良く儲かるということになった訳だ。
そんな訳で、冒険者たちは羽振りが良く、周りに羨ましがられながらも、色々と村にお金を落としてくれる存在でもあった。
ところが、少し問題が出て来てしまった。
どんな問題が出て来たかというと、冒険者が魔石に魔力を込めだしてから、魔石の破損速度が極端に早い物が出てきだしたのだ。
魔力を貯める魔石の繰り返し使用回数は、平均すると10回を超える程度で、中には12回から13回くらい使える物も多い、時々とても丈夫で15回も使える物が出たりする。
その辺は組合にとっては儲けが違って来るし、公爵領に行くだろう魔石は使える回数が少ない物を選んでいる関係で、かなり詳しく記録を付けている。
もちろん魔石の品質にはばらつきがあるので、中には8回程度で壊れてしまう物もある。
「ところが最近、5回程度の使用で壊れてしまう魔石が数多く出ているのです。
今までにはなかった事態なので、現在調査をしています。
最初は、たまたま品質の悪い魔石があったのかと気にもしなかったのですけど、その数が多くなってきて、無視できないと、徹底的に原因調査をすることになったのです」
組合のカンプ魔道具店とエリス雑貨店の専用の担当になっている女性が、エリスに会計の報告に来た時に、僕たちにそんな話をした。
「いや、勘弁してくれよ。
半分程度で壊れてしまうとしたら、その補充をするために、俺たちは魔力を貯める魔石作りを、これまで以上にしなければならなくなるってことだろ」
アークが冗談じゃないという顔をして言った。
「そうですね、結果的にはどうしてもそうなってしまいますね。
魔石の需要もそれによって逼迫して、諸々の計画も狂いが出るかもしれません。
とにかく組合では、そうならないように緊急にその原因の調査をしています」
調べが始まってすぐに、組合がよく把握している所では、魔石が今までより早く壊れる事態が多発しているのは、僕の領地と北の町だけだった。
実は調査が進み、魔石の買取などを領主に委託している場所でも、その貴族家自体が魔石に魔力を込めたりを家臣に奨励している所ほどその傾向が強くて、その貴族の悩みになっていることもわかってきた。
そこから推定されることは、冒険者や貴族などの魔力を多く持っている者が多い場所ほど、魔石が壊れるのが早くなっているということだ。
組合では実験的に、冒険者が魔力を込める魔石と、魔技師が魔力を込める魔石と、魔技師でもない村人が魔力を込める魔石とを混在させず、それぞれに魔力を込めて使ってみる実験をした。
とはいっても実験を始めたからといって、すぐに結果が出る訳ではない。
魔力を貯めた魔石を交換するのは、魔道具の種類によって異なるけど、1ヶ月に1回交換すれば多い方だからだ。
結果が出るまでに半年程度の時間が掛かってしまった。
出た結果は明白だった。
半年で、冒険者が魔力を込めていた魔石は次々と壊れていったのだが、魔技師や村人たちが魔力を込めていた魔石は一つも壊れなかったのだ。
「アラトさん、ちょっと魔石に魔力を込めてもらえませんか。
僕たち魔技師が込めるのと、どこかに違いがあるのかも知れませんから」
「いや、違いなんてないと思うぞ。
そもそも魔力の込め方はお前らに教わったんだから」
僕には、アラトさんが言う通り、何の違いも感じられなかった。
僕たちがその現象が何故起こるかの原因を特定できないでいる時に、ベルちゃんが村に来ていた。
「魔力が魔技師さんよりたくさんある冒険者さんが、魔石に魔力を込めると魔石がすぐにダメになってしまうのですか。
だとすると私が魔力を込めた魔石は、もっとすぐにダメになってしまうのかな。
私は湖の水の魔道具のための魔石しか魔力を込めてないけど、あの魔石もすぐにダメになっちゃうのかな」
ベルちゃんがそう言った時に、少し冗談でラーラが言った。
「ベルちゃんはレベル2の魔石に魔力を込めているから、早く壊れちゃうとお金がたくさん掛かっちゃうね」
僕は何気なく言った。
「そうか、ベルちゃんはレベル2の魔石に魔力を込めているんだったね。
僕らはレベル2の魔石に魔力を込めることはまずないのだけど、レベル1の魔石に込めるのとは違いがあるのかな?」
「えーと、カンプさん、私はレベル1の魔石に魔力を込めるのって、逆にしたことがあったかな、覚えていなくて、違いなんて分からないよ」
あれっ、そうかなと思って、
「じゃあ、試しにやってみる?」
と僕はベルちゃんにレベル1の魔力を貯める魔石を渡した。
ベルちゃんも何気なく渡された魔石に魔力を込めだしたようだが、ふと顔を曇らせると言った。
「あれっ、いつもより魔力を込めにくい。
なんていうか抵抗されているような感じ」
「ああ、魔石に込められる容量が違うから、レベル2の魔石に込める調子で魔力を込めると、魔石が一度に受け入れきれない感じになっちゃうのかも知れないな。
僕たち魔技師だと、そこまでの魔力はないから、そういった抵抗感は感じないのかも知れない」
「そうだな、俺たちが魔力を込めるのでは、レベル1の魔石でもレベル2の魔石でも同じだからな。
違うのは、容量が大きいからレベル2の魔石だとその容量を満たすにはずっと時間がかかるということだけだな」
僕とアークの会話を聞いていたベルちゃんは、魔石に込める魔力の量を少なくしたようだ。
「本当だ。
今までの調子で魔力を込めると、入れられないことはないけど、抵抗を感じて何だか嫌な感じなんだけど、込める魔力の量を少なくすると、素直に魔力が貯まっていって、嫌な感じがしない」
「あっ、きっとそれだ」
ラーラが急に大きな声をあげた。
「なんなのラーラ、急に大きな声を出さないで。
子供が起きちゃったじゃない」
エリスがラーラが急に大声を出したことを非難した。
「ごめんごめん、でも私閃いちゃったのよ。
きっとそれが冒険者が魔力を込めた魔石が速く壊れる理由よ」
「ラーラ、もっと詳しく説明してくれ」
「ほら、私、雷光の杖を作ったじゃない。
それでまあ上手くいくかを何度か実験をした訳よ。
結構その実験大変なのよ。 何が大変て、雷光を使うためには必要な魔力の量がたくさんなので、それをレベル2の魔石に貯めるのが私の魔力量だとなかなか大変だから、なかなか実験が出来ないことだったのよ」
まあそうだろうな、シャイニング伯が雷光の魔法を使った時に、なんて燃費の悪い馬鹿げた魔法なんだと驚いたことがあるからな。
「まあ、雷光という魔法は、溜め込んだたくさんの魔力を一気に放出するような魔法だから、仕方がないのだけど、その実験をすると雷光の魔法を書き込んだ魔石の方が、ほんの数発雷光を打つだけで壊れちゃうのね。
魔法自体の威力も凄いのだから、そんな物かと思っていたのだけど、さっきのベルちゃんの話を聞いていて、急に納得しちゃったのよ。
雷光の魔道具の魔石は、一気に無理やり魔力を詰め込んで、それをまた一気に放出させるような物じゃない。
魔力を込める時に抵抗があるのならば、それを極端に強くしているようなことだと思ったのよ。
それを何度か繰り返せば、魔石は壊れるはずだと」
なるほど確かになんとなく納得できる説明だ。
「それで思ったのだけど、もしかしたら冒険者がレベル1の魔石に魔力を込めている時って、そういう風に魔石に負荷が掛かっている状態じゃないのかしら。
私たち魔技師はそこまでの魔力量がないから、レベル1の魔石にもそんな負荷は掛からないけど、ほら冒険者は1日の余った魔力を全てその日のうちに魔石に注ぎ込もうとするんじゃないかな。 そうして数多くの魔石に魔力を込めた方がお金になるのだから。
そうすると魔石に負荷が掛かって、雷光の杖の魔石と同じように、何度かで早く壊れてしまうのではないかしら」
このラーラの説は、原因が突き止められないでいた組合に即座に採用されることになった。
この説が本当かどうかは、すぐには判るはずがなかったのだけど、組合にしてみれば、それは僕たちにとってもなのだが、とても大きな問題であったので、正しいかどうかの検証をしてからという余裕はなかったからだ。
組合では冒険者たちに、魔石1個を2日かけて魔力を込める程度の調子で魔力込めするようにという通達を出した。
つまり魔技師たちと同程度にしか、冒険者も魔石に魔力を込めることで利益を上げられないことになる。
正直に言って、魔技師たちは冒険者に対するこの通達に喜んでいたが、冒険者たちにはこの通達は不評そのものだった。
当然のことである、彼らは収入がかなり減ってしまうのだから。
組合はその不平を無理やり抑え込んだ。
冒険者が魔力を込めた魔石は、とても細かく記録されて、出来る限り1人の人が同じ魔石に魔力を込めるように組合では取り扱った。
冒険者も収入減で大変だったかも知れないが、その面倒な魔石の取り扱いは組合員も本当に大変だったことだろう。
しかし、その効果は3ヶ月もすると現れた。
酷く早く壊れる魔石が激減したのだ。
そして、そうはならず今まで通り早く壊れた魔石の魔力を込めていた冒険者は、組合から厳しくその魔石に魔力を込める方法を怒られて、以降も同じことがあると、魔石が早くに壊れたら、それによって減った回数の分の損害賠償が課せられると宣告されることとなった。
「多く魔石を組合に持っていけば、最初からバレている訳だから、あいつらは何を考えていたんだ?」
アークがそう呆れていた。
魔石が早く壊れる事態はこれで収束し、王国内の公爵領以外の所では常識となった。




