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外灯整備

 北の町の魔技師の騒ぎは、起こる前に火消しすることが出来た。

 と言うほどのことでは無いと思うのだが、陛下たちや、王都付近に領地がある貴族たちの間では、僕とアークが大きな問題となる前に迅速に動いて、その芽を潰したということになってしまっている。


 そういう評判を作ってしまったのが、北の町の代官をしている古くからの貴族クラン子爵だった。

 そう僕たちにとっては、魔技師たちとの話し合いは、ちょっとだけアークがイラついただけで、想定内の事態だった。

 アークがイラついたのが分かったから、逆に僕は冷静になったくらいのことで、そんなに大きなことはしていない。


 北の町の組合長さんが、町の役所に僕たちが来ていることを伝えてしまったため、僕たちは単なる魔道具店の店員としてではなく、伯爵と子爵として、この町の代官であるクラン子爵に儀礼の挨拶を交わさねばならないことになってしまったのだ。


 「アーク、貴族って、いちいち町の代官に挨拶しに行かなくちゃいけないのか」

 「まあ、普通はそんなもんだな」

 「でも僕は今までそんなことしたことないよ」

 「ま、俺たち、貴族になってから、代官のいる町って西の町と東の町しか行ったことないからな。

  西の町は一応俺が代官だし、東の町はなんていうか今更だから大目にみてもらえているのだと思うぞ」

 「そうなのか、面倒なんだな」

 「ああ、全くだ。 だから魔道具店の紋章しか見せずに、宿も普通の宿を支店長さんにとってもらっていたのにな。

  北の組合長から話が行っちゃったのは、失敗だった。

  最初からその可能性も考えておくべきだった。

  バレた時にはもう去った後だった、ということになるはずだったんだがなあ」


 で、2人ぼやきながら代官のクラン子爵と会見したのだけど、その場で身分を隠して行動していたことや、北の町にわざわざやって来た理由なんてのを、仕方がないので問われるままに話していたら、どこでどうなったのか、クラン子爵の頭の中では、僕たちがとても先見の明があって、王国を揺るがすような騒ぎになる事柄の芽を、人に知られないように素早く対処して潰した、ということになったらしい。

 でも、おかしいと思うんだよね、人に知られないように潰した、という風に言うならば、それをあらゆる機会を捉えて宣伝しまくるのは。


 エリスの「最強の伯爵夫人」とか、ラーラの「雷光使いの男爵夫人」という巷を賑わす二つ名は笑っていられたのだけど、まさか自分たちが「陛下の鋭利な懐刀」などと呼ばれるとは思わなかった。

 なんでもその「懐刀」さんは、事件が表に出る前に人知れず処理していて、その方たちが処理した多くの人には知られていない事件は数知れずなのだそうだ。

 うん、どこかにいる「懐刀」さん、大いに頑張って欲しい。


 この巷の噂話は、どうやらベルちゃんから陛下と王妃様に伝わったようで、陛下たちも大笑いされたらしい。

 僕とアークは、この話で陛下に揶揄われる羽目になってしまった。

 ベルちゃんが村に良く来ているのだから、今更必要はないだろうと思うのに、肌水の毎月の献上は今でも継続になっていて、子供たちが小さいからと、今度はフランとリネが妊娠したこともあって、僕とアークで王都に行く機会が増えているからである。

 そしてそれは陛下のお忍びにも都合が良い訳だけど、僕らにしてみればたまったものではない。


 一番の災難は、陛下と王都の下町の飲み屋で飲んだ時のことである。

 陛下はその飲み屋にいた客たちと、「陛下の鋭利な懐刀」の噂話で大いに盛り上がったのだった。

 翌日、僕たち2人は、あまりないことなのだけど、館の男たち、つまり陛下の影の護衛たちに、「流石に昨日は災難でしたね」と慰めの声をかけられる始末だった。


 「でもまあ、実際に大きな揉め事になるかも知れない事柄を、2人が事前にその芽を摘み取ってくれたことは確かだな」

 「いえ、陛下、そんな大きなことではないのです。

  北の町の組合長に頼まれたからとはいえ、北の町の冒険者に魔石に魔力を込めることを教えたのは僕たちの村の魔技師ですからね。

  僕らとしたら、彼らが変な逆恨みをされるのは困るからというのが、今回の件の一番の理由ですよ」

 「それに俺らも魔技師の端くれですから、北の町の魔技師がどういう気持ちになったかは、簡単に想像できましたからね。

  正しいか、正しくないかは別として不安に思う気持ちは分かるから、その不安を少しは取り除いてやりたいと思っただけですよ」


 陛下の言葉に、僕とアークはそう答えたのだが、陛下はどういう風に捉えたのか、笑っただけだった。



 僕は少し気になったので、西の町を通る時に、副代官代理をしている元村の学校の卒業生に聞いてみた。

 「この間、北の町に行ったら、北の町の代官をしている子爵に挨拶しなければならなくなってしまったのだけど、この町に来た貴族に対しても、やはり挨拶なんかは気にしてしているのかな?」


 「カンプ様、それは当然ですよ。

  それは僕なんて、アーク様の代理のターラントさんのそのまた代理ですから、この町に寄られて上位貴族の方には、まあ、それぞれの人にもよるのですけど、少なくとも軽い挨拶は必ずすることを心がけています」


 「うん、すまないな、ターラントまで忙しくて、任せっきりになっているからな」

 アークがさすがにすまなそうな感じで労った。


 「だとしたら、代理の代理なんて、なんて風に不機嫌になって嫌味を言ってくる貴族もいたりするんじゃないか」


 「あ、それは大丈夫です。

  公爵様になったベルちゃんも、単なる王女様だった時から、普通に問題なく接してくれていましたし、陛下も僕が挨拶するのを当然の如く受け入れてくれていますから、他の貴族の方が、何か言ってくる訳がないですから」


 なるほど確かにそれはそうだろうと、ちょっとだけ安心したような、してはいけないような。

 まあ、貴族が町を訪れたら、そこの代官に挨拶するのは、どうやら普通のことというか、ある程度慣習になっているようだ。

 次回からは気をつけよう。


 出来れば挨拶をする方向ではなくて、隠れて訪れる方向でいきたいけど。




 新しいダンジョンに予想したよりも多くの冒険者が集まってしまったことは、その対策の一つとして、冒険者にも魔石に魔力を込めてもらうことにしたことで、余計に増えたり、問題を生んだりと様々な影響が出ている。

 北の町の方の問題だけではなくて、まだ解決出来ない大きな問題がある。


 その最たることが、食料事情だ。

 エリス雑貨店のネットワークを使って、食料の調達をしているから、食べられる量が足りないという訳ではない。

 問題は生鮮食品の絶対量が足りていないのだ。

 僕たちの村で生産している生鮮食品の量は、村人たちの必要とする量は十分以上に生産されているが、その人数に加えて、たくさん集まった冒険者にも十分に足りる量には、とてもではないけど足りないのだ。


 乾燥した基本砂漠地帯のこの辺りでは、元々は移動自体が砂地が多いので大変だった。

 しかし、そこは長年の土の魔技師の努力と、近年は王都だけでなく僕たちが奨励した街道沿いの植樹によって、道の整備が進み、地面の問題は少なくなった。

 それによって移動にかかる時間が少し短くなり、物の流通が以前よりも楽に行えるようになった。

 しかし、それでも根本的な、昼間の気温の高さと、日光の強さという問題は全く変わるはずはなく、それによって生鮮品の流通は極端に制限されているのが現状なのだ。


 だからだろうか、気候に即した加工食品はかなり豊富だけど、それらは当然のことながら乾燥させた物、塩漬けにした物が多い。

 以前より水の確保が楽になっているので、それらを使った調理法なども以前より広がってはいるのだけど、新鮮な農産物は近くで採られた物に限られるし、海産物は干した物以外は南の町に行かないと、ほぼ食べることは出来ない。


 そこで今問題となっているのが、冒険者の食料なのだ。

 この食料問題は、即座に目敏く気がついたフランクによって、食肉の部分に関してはラーラに任せている領地で大々的に牧畜が行われるようになって、賄うことが出来ている。

 家畜は、効率が悪いとフランクがぼやいているけど、最終的には生かしたまま移動すれば良いからだ。


 海産物に関しては、これはもうほとんど無理だ。

 陛下に献上するために、海水ごと運ぶなんてことが為されることがあるが、そんなのはあまりに特殊な例で、一般化できる訳が無い。


 ということで当面の問題は農産物だ。



 「カンプ様、エリス様、私たちも色々工夫はしているのですが、なかなか追いつかないというか、私たちの今現在の工夫では目処が立たないことも多くて」

 こういったことを任されている一番の責任者はサラさんなのだが、申し訳なさそうな感じで報告してくれるのが、逆にこちらとしては申し訳ない感じだ。


 サラさんたち、エリス雑貨店の流通を担っている人たちも様々な工夫をして、農産物を集めようとしてくれている。

 最初にしたことが、荷馬車全てに幌をつけることだった。

 それだけでも運べる野菜の鮮度が違った。

 次にしたのは、箱に入れて運ぶことだった。

 これは最初は、コストがかかるだけで失敗かと思われた。

 涼しいうちに箱に詰めて運べば、鮮度が保てるかと思ったのだが、実際は運んでいる最中に逆に蒸れてしまって鮮度を落とす結果になった。


 しかし、箱に入れて運ぶという方法は、ちょっとした工夫でかなり有効だと分かった。

 箱に草を編んだムシロを覆い、そのムシロに水をかけて濡らしておくと、僕たちが東の砂漠を領地にもらって初めて訪れようとした時に、訳も分からず無理やりのように買わされた素焼きの壺にとても助かったように、そうすると箱は周りよりもかなり低い温度に保たれるのだ。

 ムシロに水で濡らしておけば良いのかと、野菜に直接ムシロを被して濡らしておくのでも良いのではないかと思ったのだが、それではまた濡らしている場所から傷むから、箱に詰めるのは有効だった。


 少しして、箱にも工夫がされるようになった。

 箱自体が、木の少ないこの辺りではちょっと貴重なのだが、植林担当の人が工夫を加えたのだ。

 木の中に、その外側の部分というか樹皮が厚くなり、ごく表面の部分と芯の部分を取り除くと、多孔質で水分をよく含む木があったのだ。

 その部分を少し薄い板に切り出すというかスライスした物を、運搬用の木に貼り付けると、ムシロで覆ってそのムシロを濡らすよりも、箱自体を濡らすとずっと保冷効果が高かったのだ。

 この新式の箱によって、もっと鮮度が保ちにくい野菜も運べることになったのだけど、さすがにこの箱は、その特別な木が少なくて、数を作ることが出来なくて、量は確保出来なかった。


 そもそもにおいて、新鮮な野菜は移動が困難だから、穀物などと違って、どこでも自分たちが使う分しかほとんど作っていない。

 言えば冒険者の町みたいに消費するだけで、自分たちで作っていない場所の方が珍しく、そんなのは今まで王都と北の町くらいであったのだ。

 王都と北の町の周辺は、その需要を見込んだ生産が行われている。

 以前は西の町周辺も、西の町が歓楽街だったので、その需要を見込んだ生産が行われていたが、その生産者は公爵と共に場を移してしまったので、廃れてしまった。

 

 何が問題かというと、冒険者の需要を満たす作物を得るには、かなり広範囲から集めてくる必要があるということなのだ。

 範囲が広くなれば、移動に時間がかかり、結局新鮮な物を得にくくなる。

 村周辺の生産を増やせれば、それが手っ取り早い解決策なのだが、そのためにはもう入植してくれる人がいなければどうにもならないのだ。

 そして入植者は、今はどこでも引く手数多で、今となってはどこかから無理やり引っ張ってくることは出来ない。

 開発当初先行した、家臣領も含めた僕たちの領地は、入植者の数も、技術研修にやって来た他家の家臣の件もあって、他より多いのだから。



 雑貨店の流通担当、というよりもっと直接的な言い方をすれば荷馬車を運行している御者たちの中から、画期的な方法が提案された。

 結局、荷馬車が昼間の日光に当たることと、温度が高くなることによって、運んでいる野菜が傷みやすくなってしまうのだから、温度が低く、日も当たらない夜に運べは良いでないか、と。


 「昔と違って、今は少なくとも伯爵領とその周辺は、道には街路樹が植っていて、迷ったり間違った方向に行って、立ち往生なんて危険はありません。

  夜にだって十分に荷馬車を動かすことは出来ますよ」


 うん、簡単だけど確かにその発想はなかった。


 実際に夜に荷馬車を動かすことを始めてみると、問題なく運行できると思ったのだが、日によって運行状況に大きな差が出ることが分かった。

 原因は簡単なことで明らかだった。

 月が大きくて、夜が割と明るい時はスムーズに運行できるのだが、月がなくて暗くなると、やはり荷馬車の速度が下がり、月も星も見えないような夜に雲がかかったような日は極端に運行が遅くなってしまうのだ。


 やはり本当に暗いと、道や街路樹が見えにくくなり、目標を定めにくくなるので、荷馬車のスピードが落ちてしまうのが問題なのだ。


 「ならば私たちの出番ね、ラーラ」

 「そうね、リズ。 ある程度の間隔で目印になるライトを付けましょう」


 この2人の発案で、僕の領内の主要な街道には、すぐに次が分かる間隔で外灯が付けられることとなった。

 そしてその外灯の付けたり消したりは、荷馬車の御者の役目となった。

 暗くなって来たら、後続のために外灯を点灯し、明るくなって来て必要がなくなって来たら、外灯を消す。

 これは最初はエリス雑貨店の荷馬車を操る御者だけに課せられた仕事だったのだけど、すぐに誰でも気がついた者が行う事柄になっていった。


 そしてまた、主要な街道沿いには、御者の休憩場所などを充実させた。


 この夜間に運ぶというアイデアは成功したのだけど、それによって僕らの村は新しい渾名がついた。

 「眠らない町」と言われるようになってしまったのだ。

 それは仕方ないよね、夜中過ぎから次々と荷馬車が到着するようになったのだ。

 そのままにもしておけないから、夜ライトの明かりの下で作業する者が、かなりの人数になってしまうのはしょうがない。


 そしてこの新しい労働需要に応じているのは、実はかなりの人数が冒険者だったりもする。

 冒険者は、ダンジョンに入ったり、魔力を込めたり、かと思うと夜に働いたりと結構忙しそうだ。

 そして得た金銭をかなり、飲食にパッと使って楽しんだりしている。

 ちょっと羨ましいような気持ちにもなる。


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