北の町の魔技師たち
いつもよりちょっと長文です。
北の町のダンジョンから、ここの新しいダンジョンに冒険者が大勢流れて来てしまう状況は、北の町にも火の魔技師さんを派遣して、冒険者に魔石に魔力を込める方法を教えることで、一応の収まりをみせた。
それに伴い、北の町でも冒険者は、魔力を込めた魔石による収入は、パーティー全員で均等に分けるルールと、魔石への不正な魔力込めとその使用は厳罰に処されることを徹底した。
この決まりは僕たちの家臣領を含めたブレイズ伯領と北の町で徹底したことで、陛下も知るところとなり、もっと広く王国内全体の決まりとされることになった。
そうなったことで少し慌てたのが、王都近くで領地の開発に一生懸命になっていた貴族たちの一部だった。
彼らは領地の開発資金を捻出するためと、利便のために、一部魔石の取引を組合に代わって行う権利を得たのだが、少しでもその資金を得たいと、自分たち及び家臣たち自身にも魔石に魔力を込めることを奨励していた。
そのちょっとした悪い方の結果として、自分たちが使う魔道具の魔力を貯める魔石にも自分で魔力を込めて使用するということをしていたのだ。
今までは、その辺りのことは明確な決まりではなかったので、組合でも目くじらを立てるほどのことではないと、多分に貴族たちのすることだからとお目溢ししていた感じだが、問題になっていなかった。
しかし、この決まりが出来たことにより、そういった行為も明確な違反となってしまい、陛下の意向もあり、違反は貴族であっても厳しく問われることになった。
「今まで魔技師はきちんとその決まりを守っていたのだ。
今回冒険者たちもその決まりをしっかりと守らなければ厳罰に処されることが明文化されたのだ。
より上位に立つ貴族たちが、その決まりを守らなくて良い訳がない。
貴族がその決まりを守っていなかったことが露見したら、冒険者以上の厳罰に処されるものと思ってもらおう」
陛下のこの言葉が伝わると、震えた貴族の数は多かったと思う。
「私、レベル2の魔石で湖に給水する魔道具を動かしているのですけど、自分で魔力を込めればそれを使ってやれば良いのだと思っていました。
でも本来はそれではダメなんですね、知りませんでした。
今度から、ちゃんと組合を通した取引をして、湖の魔道具を動かす魔石を使います」
ベルちゃんも魔石の使い方が問題になる使い方だったので、わざわざ自分から組合に謝りに行った。
組合長さんがその時に席を外していて、対応に出たいつも魔道具店と雑貨店の会計をもうほとんど任せてしまっている担当が、相手がベルちゃんだったので、受け答えがしどろもどろになってしまい面白かったそうだ。
ま、これはベルちゃんに付き合って一緒に組合に行ったエリスの情報だけど。
冒険者に関しては一応これで問題なくなったけど、僕はちょっとだけ心配事があって、久々に北の町に行ってみようと思った。
1人で行っても良いかなと思ったのだけど、やはりアークには相談した。
「北の町か、俺もいくぜ。
魔技師たちが気にかかるのだろ、俺も気になるからな」
アークもやっぱり僕と同じで北の町の魔技師が気になるみたいだった。
「冒険者が魔石に魔力を込めるようになると、きっと自分の生活が脅かされている気分になって、動揺しているだろうからな」
「ああ、僕もそう思うんだ。
ここに居る魔技師たちは、もうみんな魔石に魔力を込めることだけで、昔みたいに生きている奴はいないじゃないか。
どちらかというと、他の仕事の方がメインみたいな感じで、魔石に関しては他の仕事をしながら無意識に魔力を込めている。 そんな感じになっているじゃん。
そういうことを、北の町の魔技師にも教えないといけないと思うんだ」
僕たちは魔道具店の紋章を付けただけの馬車で、王都を通らずに直接北の町に向かった。
貴族の立場云々というのがあると色々と面倒なので、ただ単にカンプ魔道具店の店員を装った。
というか、現実にそっちの方が本業だったのだが。
それでも急に何の知らせもなくやって来られても困るだろうから、北の町の雑貨店の店長さんには事前に連絡して、普通の店員2人分の宿の手配も頼んでおいた。
「何だか久しぶりですね、えーと、なんてお呼びすればいいんですかねぇ」
北の町の支店長さんに会うと、開口一番にそう言われてしまった。
「やだなぁ、以前と同じにカンプとアークと呼んでくれて構いませんよ。
第一、今回は魔道具店の店員として来たのですから、それで正しいですし」
支店長さんは苦笑しながら、言い直した。
「ようこそ、久しぶりですね、カンプくん、アークくん。
エリスさん、リズさん、子供たち、それに先代のお二人は元気ですか?
私もこの町をなかなか離れる暇がなくて、ご無沙汰してしまいました」
「はい、おじさんとおばさんも元気です」
「もちろん、リズにエリス、そして子供たちも元気です。
2人も来たがったのですけど、まだちょっと下の子が小さいので、一緒に来ることになると大掛かりになっちゃって、面倒になりそうなので置いて来ました」
僕の後にアークが随分と詳しく状況説明をした。
支店長さんはそれを笑ったが、その後は今回の仕事の話となった。
「私の方で声を掛けて、明日北の町に居る魔技師に集まってくれるように言ってあります。
カンプくんとアークくんが来ての話だとは伝えてないですから、どれだけ集まってくれるかは分かりませんが、それでもかなりの人数の魔技師が集まると思いますよ」
「ありがとうございます。
その場でどれだけ理解してもらえるかは分かりませんが、僕たち2人であっちの現状や、カンプ魔道具店では魔技師たちのバックアップをしていくつもりだと、集まってくれた人には説明したいと思います」
「北の町の魔技師たちは、やっぱり冒険者が魔石に魔力を込めるようになって動揺していますか?」
「そうですね、やはり動揺しているようです。
北の町は古くからのダンジョンを中心とした町ですから、今現在の王都周辺の開発の進み具合になんか、意識が向かわないのですよ。
そちらを考えれば、今は魔石に魔力を込める者がいくら増えても、実質的には何の問題もないということは簡単に理解できるはずなんですけどね」
翌日は、どうやら北の町の魔技師たちの半数程度は集まったみたいだ。
北の町の雑貨店は、雑貨店としてだけでなく、カンプ魔道具店の支店も兼ねているから、魔技師たちとは何かと関わりがあるからかも知れない。
支店長さんが僕らを紹介するのに、カンプ魔道具店店長と、副店長と紹介して、魔技師たちにどよめきが広がった。
「カンプ魔道具店の店長と副店長って言ったら、もしかしてブレイズ伯爵とグロウランド子爵なのか」
「私は以前に実際にお会いしたことがある。 確かにそのお二人だ」
僕とアークは集まってくれた魔技師たちに自己紹介する。
「支店長さんに紹介していただいた、カンプ魔道具店の店長です。
確かに私はブレイズ伯爵という名前というか、立場も持っていますが、今は単に魔道具店の店長という立場でここにいますので、気楽にカンプさんとでも呼んでくれれば、それで構いません。
ちなみにカンプというのも略称で、ちゃんと名乗るとカランプル_ブレイズと言います」
「俺もまあ同じようなもので、アークと呼んでくれればそれで構わない。
一応俺もちゃんと名乗ると、アウクスティーラ_グロウランドとなるのだけど、まあアーク以外で呼ばれることはまずないのは、公然の秘密だ。
最近は陛下でさえ、俺のことはアークと以外呼ばなくなってしまったから、みんなもアークで構わないぞ」
「アーク、お前、そんな自己紹介の仕方だと、余計に呼びかけ辛いぞ」
「皆さん、アーク君も普通に呼びかけて大丈夫ですからね。
あ、私の場合は以前から知っているので、カンプ君もアーク君も今でも君呼びなのですよ。
だから気楽に構えて大丈夫ですよ」
支店長さんがアークの変な自己紹介にフォローに入ってくれた。
そんなことを話し始めたところだが、僕は出入り口に近いところにいた人が会場から急いで出て行ったのに気がついていた。
きっと来ていない魔技師にも声を掛けに行ったのだろうと思った。
「さて、今回僕たちがここになって来たのは、たぶん皆さんが感じているであろう不安や動揺を軽くしたいと思ったからです。
皆さんは冒険者も魔石に魔力を込める仕事を始めたことに、自分たちの優先的な仕事を奪われたような気持ちになって、今後の生活なんかに不安を感じたりして、動揺する気持ちを覚えてしまった人も多いかと思います。
もしかしたら、冒険者に魔石に魔力を込める方法を教えている者に対して、何でそんなことをするんだという憤りを覚えた人も、中にはいるかも知れません。
でも、そんな風に不安に思ったり、動揺する必要はないことを、これから皆さんにお伝えします」
僕がそう話し始めると、少し捻くれた感じの、かなり年上の魔技師らしき人がヤジを飛ばして来た。
「ああ、説明してもらいたいものだぜ。
その教えに来ていた魔技師は、店主さんの、いや、伯爵さんの領地から来ていたそうじゃないか。
俺たちの仕事を奪うようなことを、わざわざ冒険者に教える為に、あんたたちが寄越したんだ。
その理由をじっくりと聞かせてもらおうか」
「おい、魔道具店の店長として、今はここに居ると言ってはいるけど、伯爵様と子爵様だぞ。
不敬を理由に捕らえられても、おかしくは無いんだぞ、少しは口を慎め」
「うるせい。 伯爵様と子爵様なのは知ってらあ。
不敬というんで捕らえるなら捕らえてみやがれ。 そんなことは覚悟してらあ」
その男は、止めに入った別の人に向かって悪態を吐き始めたのだが、その時に部屋の中に急に人が入って来た。
その男は、自分を捕まえにもう誰かが来たのかと思ったようで、急に出入り口を振り返って、体を硬直させた。
しかし、入って来た者は、そんな場の空気を全く感じさせない、ちょっと間延びした感じで、入って来たとたん、僕たちに声を掛けて来た。
「カンプ君、アーク君、この町に来たのなら、私に声を掛けてくれないのは酷いじゃないか。
それにしても良く周りに騒がれずに、この町に入れたね、君たちほどの有名人が。
乗って来た馬車の紋章を見ただけで、騒ぎにまではならなくても、色々なところに連絡が行くのが普通だと思うのだけど。
あ、そうそう、この町の代官にも君たちが来ていることを伝えたから、後でやって来ると思うよ」
入って来て即座に声を掛けて来たのは、北の組合長なのだが、何もわざわざ代官にまで連絡しなくても良いのに。
「いえ、今回は伯爵とか子爵とかではなく、単なる魔道具店の店員として来たので、乗って来た馬車にも魔道具店の紋章しか出してなかったんですよ。
それでまあ、内緒でというか、コソッと話をして、すぐに戻ろうと思っていたんで、組合長さんだけでなくて、どこにも連絡は入れてないんですよ」
僕はそう北の組合長に言い訳をした。
まだ北の組合長は言いたそうだったのだけど、その気勢を先んじてアークが無理やり元の話に戻った。
「北の組合長さんとの話は後だ。 今はさっきの言葉に答えよう。
まずは俺たちがこの町に、冒険者に魔石に魔力を込める方法を教える為に、何でわざわざ人を送ったかだ。
それは、この町から立ち去って、俺たちの今の領地にあるダンジョンに向かおうとしている冒険者を思い留まらせることが第一の目的だった。
まあそれは、今やって来たこの町の組合長から依頼されたからでもあるのだけど。
まず考えてみて欲しい。
この町からダンジョンに潜ろうという冒険者の多くがいなくなったら、いったいこの町はどうなってしまうだろうかと。
もしそうなったら、魔技師もこの町ではやっていけないのではないか、この町はダンジョンと、それに潜ろうとする冒険者が主体の町なのだから。
それだから、この町の組合長が、冒険者が減ってしまいそうな事態を憂慮して、すぐに対策をとる為に、一方の当事者になってしまった俺たちのところに来て現状を把握し、協力を求めてきたのは、俺は当然だと思うし、とても組合長として正しい姿勢だと思う。
みんなは、そうは思わないか」
「そうなんですか、組合長」
聞いていた者から、北の組合長に言葉が飛んだ。
「確かに、アーク君の言うとおりです。
魔技師の方々は、冒険者の動向なんて普段気にしないでしょうから気付かなかったかも知れませんが、明らかに冒険者の数が減り始めて、その向かう先は新しいダンジョンだったのです。
そして新しいダンジョンに向かう理由が、向こうでは冒険者も魔石に魔力を込めることが仕事になっていたからです。
それでここも同じようにしてもらうことを私の一存で依頼しました」
「でも、だとしたら、新しいダンジョンの方では、なんで冒険者に魔石に魔力を込めさせるなんてことを始めたんだ。
そもそも魔道具店の店長も副店長も、元々は魔技師じゃないか。
どうして魔技師が、同じ魔技師が不利になるようなことを進めるんだ。
自分たちは貴族になったから、という理由じゃないよな」
うーん、ちょっとまたしてもトゲのある言葉だな、さっきとは別人だけど。
どうも年上の魔技師は、昔のイメージで魔技師には魔技師の特権みたいなモノがあるように思っているようだ。
もしかしたら北の町は、ダンジョンがある為にほぼそれだけでまとまっている場所だから、閉鎖的なところがあるからかも知れない。
それだけじゃなく、僕らが魔道具店を始めた当初に、組合と一緒に追放した大きな問題のあった魔道具店の悪い影響を濃く受けた人たちなのかも知れない。
僕は割と冷静に、そんなことを頭の中で思ったりしていたのだけど、アークはもっとストレートに今の言葉にカチンと来たようだ。
「はじめに言っておくが、冒険者に魔石に魔力を込める方法を教えても、魔技師は全く不利益を被ったりしない。
魔技師はそうなっても、今までと同じ量の、いや魔技師それぞれが可能な限り最も多くの魔力を込めた魔石を組合に持って行っても、その全量を組合は即座に買ってくれるぞ。
さあ、魔技師は何の不利益があるんだ。
不利になることなんて何もないじゃないか」
「確かに、アーク君の言うとおり、組合では即座に全て今までとおりの正当な金額で買うことをはっきりと明言しますよ」
アークの言葉を組合長も保証したので、アークをイラつかせた男は何も言えなくなった。
「そもそもにおいて、今、王都周辺では開発がすごい勢いで進んでいて、どこでも魔力を込めた魔石の確保が問題になっている。
その為、もうとっくの昔に魔技師だけが魔石に魔力を込めるなんて時代は終わっている。
今ではそこら中の領地で、魔力を持っていながらそれを知らなかった領民を探し出し、1人でも多く魔力を込められる者を確保しようとしている。
魔技師なら、魔力を込めることを覚えるだけなら、そんなに難しいことではないことはわかっているだろ。 魔力を持っている者を発見できれば、その者がすぐに魔力を込められるようになることは理解できるだろ。
それだけじゃない、今までは貴族は魔力を込めるなんて仕事は、まるで下賤の者が行う仕事だと思っていたかのように、貴族は手を付けなかった。
しかし今では貴族たちの多くが、いやそもそも新しいダンジョンの所有者になった、つい最近公爵になったメリーベル王女だって、魔石に魔力を込めている。
そういう現状を、魔技師はしっかりと認識しなければならないんだ」
集まった魔技師たちは、現状認識が出来たのか、急に静まりかえってしまった。
さっきまでの、まがりなりも意気軒昂な感じは完全になりを潜め、逆に全体が意気消沈してしまった。
僕はちょっとアークがやり過ぎたんじゃないかと思い、少し力付けるようなことを言わなければいけないかな、と思った。
「とは言っても、当然のことですけど、魔石に回路を書き込めるのは魔技師だけですから、その点は今までと全く変わることはありません。
それは魔技師だけが、学校で教わって、習得している技能ですから」
「そう言われても、回路を書き込むなんて、今では使うことのほとんどない技量だからな」
ぼやきの声が聞こえたが、うん確かに僕たちカンプ魔道具店の魔技師と、ごく少ない人数を除けば、確かにそんなモノだな。
アークも自分でもちょっとやり過ぎたと思ったのか、違うことを言った。
「ここには伝統的に火の魔技師と光の魔技師が多いのかな、水の魔技師はいないはずだな。
もし俺と同じ土の魔技師がいたら、昔は土の魔技師は風の魔技師と共に、一番不遇な
魔技師だったのだけど、今は開発の為にそこら中で土の魔技師を探しているぞ。
だから土の魔技師は、今は魔石に魔力を込めるよりも、開発している現場の仕事の方が儲かるかも知れない。
また、俺の実体験もあるから言うけど、土の魔技師でも新たな魔道具を開発できるかも知れない。 それは風の魔技師も同じだ、カンプ魔道具店にはとても有用な風の魔道具を開発した者もいる。
カンプ魔道具店方式の魔力を貯める部分は別にする魔道具ならば、アイデアによっては今までにはない有用な魔道具も作れるかも知れない。
そういった道具の回路を考えてみるのも良いと思うぞ」
「それにこれは僕たちの領地の魔技師たちなどみんなですが、魔石に魔力を込めることは慣れればほぼ無意識に行うことができますね。
それだから、僕たちの領地ではみんな別の仕事をしながら、魔石に魔力を込めています。
僕たちの領地では、どちらかというと今では魔石に魔力を込める方が副業的な扱いなのですよ。
皆さんも工夫努力して、魔技師であっても、魔石に魔力を込める以外の仕事も持ってください。
昔は色々な制約があって、魔技師は魔石を扱う以外の仕事が出来ませんでした。
でも今ではそうではありません。
魔石に魔力を込めながらでも、様々な職種に就くことが出来るのです。
カンプ魔道具店でも、エリス雑貨店でも、皆さんが様々な仕事に就くのを可能な限りバックアップしていきますので、どうか頑張って今まで以上の収入を得るようになってください。
他の仕事をこなしつつ、魔石に魔力を込めることに関しては、魔技師は他の人たちよりもアドバンテージがあります。
少なくとも、ダンジョンに潜ることが本業の冒険者よりはずっと有利な立場なのです。
どうか皆さん頑張ってください。
でも、僕自身は、実は怠惰な魔技師を目指しているんですよ。
どこでどう間違ってしまったのか、学校を出て、カンプ魔道具店を始めて以来、何だかずっと忙しくて、ちっとも目指すところに行けないのですけど」




