ダンジョンは人が増えて
ベルちゃんが制度上保有することになっていて、運営管理をほぼ僕たちが行うことになったダンジョンは、予想を超える盛況になってしまった。
当初の見込みでは、北のダンジョンにいる冒険者の多くて三分の一くらいがアラトさんの呼びかけに応じて、まだ規模もはっきりしていないここのダンジョンに来てくれるだろうか、と思っていた。
アラトさんと組合の予想ではそれでは冒険者の人数が足りず、もう半ば引退している冒険者をも呼び込む必要があるということだった。
そういう予想の元で当初計画された冒険者の町は、予想を超える冒険者の数によって、拡大を余儀なくされ、冒険者の町の開発を主に担当しているターラントは、西の町の代官代理の仕事は今ではもう名前だけになってしまう忙しさだ。
当然、土の魔技師たちもまた忙しく働いている。
「なんだか、これで良いのかとちょっと思ってしまうな。
だって本来西の町の代官はアークで、その代理でターラントが代官代理を務めていたのに、そのターラントも西の町を離れてこっちにずっといて、ターラントの下で行政官の修行を始めたこの村出身の子が、今では副代官代理という変な肩書で、実質西の町の代官職をしているんだぜ」
「別にどこからも文句が来てないから良いじゃんか。
それともカンプは俺に子供たちを置いて、西の町に行って暮らせというのか?」
「いやもちろんそんな事は言わないけど、やっぱり良いのかなとは思うじゃん」
「そもそも西の町は王家の所有なのだから、問題があれば陛下に丸投げすれば良いだけさ。
陛下もそれが嫌だから、俺たちにダンジョンもだけど、丸投げしているんじゃないか」
ま、そうかもしれないけどね。
そもそも新しいダンジョンに冒険者が増えたのは、僕とアラトさんのちょっとした雑談からだった。
アラトさんは定期的に新たなダンジョンの探索状況を、報告に来てくれて、その時に色々な雑談を交わしたりもするのだが、ある時何気なく言ったのだった。
「そういえば、前から少し気になっていたのだけど、この辺りの奴らって、よく何かしている時に片手で魔石を持っているな。
ほら、今だってお前たちは片手に魔石を持っているだろ、こうしておしゃべりをしている時に」
「ああ、そうだな、言われないと忘れていたよ。
もう俺たちはそれが普通になってしまっていて、意識しないで魔石を手にしちゃうからな。
ちょっと無礼で嫌な感じを与えてしまったかな、すまん」
アラトさんの言葉にアークが謝った。
「いや、そんな謝ってもらうほどのことではないから気にしないでくれ。
ちょっと不思議に思っただけなのさ、お前たちに限らずにそうやって魔石を何かと持っている奴って、ここでは多いからさ。
今は子供の世話をしているのか? ここにいないリズも良く持っているだろ、エリスは見たことがないけど」
「ああ、これは魔石に魔力を溜めているんだよ。
エリスは魔力がないからな、だからしないだけさ。
ここでは魔力を持つ者はほとんど誰でも魔石に魔力を込めるのが習い性になっていて、もう無意識に手に持つ魔石に魔力を溜めるんだよ」
「それで、そこいら中で魔石を片手に持っている奴がいるのか」
「ま、そういうことさ。
両手を使う仕事をしていたら無理だけど、そうでないなら、仕事やおしゃべりをしながら、片手は無意識に魔力を魔石に込めているのは、ここでは普通のことさ」
僕とアークの説明を聞いたアラトさんは、ちょっと考えていたがこんなことを言った。
「魔力を魔石に魔力を込めるということが、魔技師たちの生活を一変させたということは知っていたが、そんなに簡単なことなのか?」
「簡単という訳ではなくて、最初は俺たちもそれだけに集中しなければできなかったのだけど、まあ、なんていうか慣れだな。
魔技師っていう仕事は、魔石に回路を書き込んだり、魔力を込めたりするのが昔からの仕事だったのだけど、回路を書き込む複雑さから比べれば、魔力を込めるだけなら単純な作業だから、毎日毎日やり続ければ、そりゃ意識しなくてもできるようになるよ」
「そういうものなのか。
俺たち冒険者は、そういう事は学校でも習わないし、訓練されていないから、良く分からないんだ」
アークの言葉にアラトさんはちょっとだけ恥ずかしそうに答えた。
冒険者はレベル2で魔技師より魔力があるのに、そんな知識もないことを恥じているようだ。
「まあそうですよね、魔法学校で教わるカリキュラムが全く違いますから。
でも魔石に書き込む回路を覚えたり、それを考えたりすることは、少し別でまえ。でも新しい回路を考えたりする人は少ないのだけど、魔石に魔力を込めるだけなら、そんなに難しいことではないですよ。
この村では元々魔力があるかどうかの判定もされていなくて、魔法の教育を全く受けたことがなかった村人も、魔力を持っていることが分かったら、少し教わって魔石に魔力を込める仕事はみんなしていますからね。
何しろ、魔石に魔力を込めれば、仕事になるし、慣れてくれば他の仕事をしながらでも出来たりする仕事ですから、収入が増えますからね。
ま、逆に魔技師だった人は、以前は魔石に回路を書き込んだり魔力を込めたりだけしか仕事をしていませんでしたが、今では別の仕事もしていたりしますね。
当然、その方が合わせた収入は大きくなりますから」
アラトさんは、今度は前と違い真剣な顔をして何か考え込んでいた。
なんだかあまりに真剣な顔で考え込んでいるので、その場にいた僕とアークと組合長さんは、次にアラトさんが何と言うかを黙って待っていた。
「ちょっと訊ねるのだけど、魔石に魔力を込めるというのは、そんなに難しいことではないのだよな。
だとしたら、俺、というか俺たち冒険者も教われば出来るのかな?」
アラトさんは何を言っているのだろう、魔技師の僕たちよりも魔力を豊富に持つ冒険者なら、当然出来るに決まっている。
「もちろん出来ますよ、当然じゃないですか、僕たちよりアラトさんの方がずっと多くの魔力を持っているのですから」
「だとしたら、俺たちにも魔石に魔力を込めるやり方を教えてくれないか。
今まだ新しいダンジョンは、その規模の探索も進めている最中で、ほぼ探索が終わっている北のダンジョンと比べると、ずっと安全係数を大きくとった行動を命じられている。
ま、それは当然のことなのだけど、そうすると結局それぞれの冒険者が得られる魔石の数が、北のダンジョンより少なくなってしまうんだ。
つまり得られる金が少なくなってしまって、生活が苦しいんだな。
それが、ダンジョンから出てきて、余っている魔力を魔石に込めることで、そこでも収入を得ることができるなら、このダンジョンに潜っている冒険者の生活はずっと安定すると思うんだ」
「なるほど、それは良い。 それは良いアイデアですね。
カランプル君、アーク君、今のアラトさんの提案はぜひ進めましょう。
いや組合でもちょっと問題になっていたのですよ。
『生活が苦しいから、もう少し潜らせてくれ』と言う冒険者たちを抑えるのが難しいと。
長く潜ることを認めてしまって、大怪我をしたり、最悪死亡事故を起こしたりとなると、冒険者の場合はそのリスクも自己責任で問題にはなりませんが、組合としてもそういう事態は避けたいですからね。
ダンジョンに長く潜っての事故のリスクなく、冒険者の生活が安定することは、ダンジョンの経営にとってはとても大きいことです」
組合長さんがアラトさんの提案を即座に賛成した。
確かに冒険者の生活が安定することは重要だと、僕とアークも思った。
今のままだと、生活するのに北の町のダンジョンに潜る方が楽だと、せっかく来てくれた冒険者が逃げてしまうかもしれないとも思った。
「それにあれだな。
魔石に魔力を込める人材は常に不足しているからな。
確かに冒険者に余った魔力を魔石に込めてもらうのはありだな、というか、凄く助かるんじゃないか」
このアラトさんの提案は、すぐに実行に移されることになった。
冒険者たちに、魔石に魔力を込める技を伝授するのは、教えなれた火の魔技師さんに頼んだ。
ここではもちろん、教わりたい冒険者が火の魔技師さんに授業料を払って教わる形にした。
冒険者たちは最初、「なんで金を魔技師に払って、教えを受けなければいけないんだ」という感じだったのだが、まず率先してアラトさんのグループや、地図作りのグループが授業を受け、ダンジョンから戻った後で魔石に魔力を込め出すと、すぐにそれによる経済的有利さに気がついた。
それから後は、先を争って火の魔技師さんの授業の予約を取り合う事態となった。
最初のうちは、冒険者の町の雰囲気はちょっと異様だった。
ダンジョンから戻った冒険者がみんなそれぞれの宿に篭って、魔石に魔力を込めているのだ。
みんな真剣に取り組まないと、まだ魔石に魔力を込められないからの事態なのだが、何だか町が静かで変な感じだった。
しかし、そこは攻撃魔法などを使い慣れている冒険者たちである。
魔法を全く習ったことのなかった村人たちとは違い、すぐに魔石に魔力を込めるコツを覚えたというか、急速に慣れていき、すぐに他のこともしながら魔石に魔力を込める技を覚えていった。
「こういうことだったんだな。
俺も今ではダンジョンから出てきた後は、片手に魔石を持っているのが普通になったぜ」
アラトさんは、なんだかとても良い笑顔でそう言った。
これにより冒険者の生活は安定したし、ダンジョンで無理をすることがなくなり、怪我を負ったりする者が激減した。
どの冒険者もダンジョンで無理をして稼ぐ必要がなくなったからだ。
そして得られる魔力を貯めた魔石の数も、元々魔力の多い冒険者だから、ダンジョンで半分以上の魔力を消費してきた余りの魔力を使っているとはいえ、かなりの量になり、常に不足している魔力を貯めた魔石の需要を緩和してくれることにもなった。
ただしやはり問題点も出た。
まずダンジョンに入るとそこは地下となるので、光属性の冒険者は常にライトの魔法を使い続けることになる。
冒険者がダンジョンに潜れる時間というのは、この光属性の冒険者がどれだけ長くライトの魔法を維持出来るかに、カンプ魔道具店で冒険者ようのライトの魔道具を売り出すまではかかっていたと言って良いだろう。
そう今ではライトの魔道具があるから、光属性の冒険者の魔力量だけが問題になる訳ではないのだが、魔道具を使うとその魔力を貯めた魔石の魔力を消費することになる、つまり経費がかかる。
なるべく経費をかけたくはないから、ライトの魔道具は現在でもやはり予備的な物となっているのだ。
ダンジョンに潜って出てくるまでに使われる魔力の量は、遭遇したモンスターの量などによっても変わってきて、短時間に多くのモンスターに遭遇した時は、主に攻撃を担う光以外の冒険者の魔力が少なくなって出てくることもあるけど、相対的に多いのは当然ながら光属性の冒険者の魔力が少なくなってのことが多い。
とすると、ダンジョンから出てきた時に余っている魔力の量は、光属性の冒険者が最も少ないことが多いのだ。
この状態で、魔石に魔力を込めると、結局魔力を込められる魔石の数が、光属性の冒険者だけ大きく違って少なくなることになり、パーティー内においてとても不公平になってしまうのだ。
この問題はすぐに組合でも把握することとなり、冒険者が魔力を貯める魔石に魔力を込める仕事をした時のルールが決められた。
冒険者の場合は、パーティー毎に買い取った魔石の金額を、そのパーティーの構成者全員で均等に分配することとなった。
それにより光属性の冒険者だけが損をする状況は無くなったのだが、パティーメンバーの登録・管理が厳格になり、最初のうちパーティーの結成や、その構成メンバーの入れ替え時に混乱が見られたが、それもすぐに鎮まった。
もう一つの問題が、冒険者による魔力を貯める魔石への、違法な魔力込めと使用だ。
魔技師たちは、自分が使っている魔道具のための魔石であっても、それが切れた場合は組合から購入することは当然のことである。
魔石に魔力を込める仕事と、普段使うことに関しては、明確な区切りがある。
ここは魔力を貯める魔石の実用化をした時点で最大の問題点となった部分でもあり、組合でもとても厳しく管理されている部分だ。
魔技師たちは、もし不正が発覚して組合に取引を停止されたら収入の道が途絶えてしまうので、そんなリスクをわざわざ踏む者は居ない。
今まで唯一問題になったのは、公爵領に売られた魔石に関してだけである。
ところが冒険者は、その認識が甘かったようで、その不正を行う者が出てしまったのだ。
不正を行ってしまったのは、光属性の冒険者が構成メンバーにいないパーティーだった。
ライトの魔道具に使う魔石を自分らで魔力を込めて使ってしまったのだ。
発覚までにそんなに時間は掛からなかった。
当然である、魔石を管理しているのも、ダンジョンへの入退場を管理しているのも組合である、すぐに足がついたのだった。
このことは冒険者たちが、その禁止事項であったことを良く認識していなかったからということで、最初の一回はキツイ説教で終わらせることとなった。
しかし、それ以降はもしこの不正をした場合、組合が出入りを管理しているダンジョンの出入りが禁止され、魔石の取引も停止されることになった。
つまり入れるダンジョンは、東の小さなダンジョンか公爵領のダンジョンに限られることとなる訳だ。
流石にこの不正はピタッと無くなった。
こうして冒険者も魔石に魔力を貯めることが、ここのダンジョンの冒険者の町では普通のこととなると、冒険者が無理をしないで安全に、尚且つここでなら経済的に今までより豊かに暮らせるようになった。
そうなると、想定した以上に冒険者が集まってきて、今の事態となっているのだ。
「アラトさん、冒険者の数が多くなりすぎて、ダンジョンで問題になっていませんか?」
僕は多くなり過ぎたのではないかと心配した。
「まあ、その傾向はあるけど、今のところはどうにかなっている。
みんな無理をしないで今までより早くダンジョンから出てしまうのと、まだ日に日に探索が進んでダンジョンが広がっているからだな。
今のところまだ終わりは見えていないからな。
モンスターの数も、結構湧いているから、まだ何とか大丈夫だ」
僕はその言葉に安心したのだが、実は僕の知らないところで大きな問題が起こっていたようだった。
ある時、組合長が北の組合長と一緒に僕たちを訪ねてきたのだった。
「北の組合長さん、ご無沙汰しています。
なんだかあれこれ忙しくて、顔を出すことが出来ずにすみません」
僕はなんとなくちょっと申し訳ないような気持ちでそう言った。
エリス雑貨店の支店はもちろん今でも大々的に商売をしていて、僕らが直接関わっていた時よりもずっと大きな商いをしているのは、もちろん僕たちも知っている。
だけど何かと忙しくしていた僕たちは、北の町にはずっと足を踏み入れていなかったのだ。
「いえいえ、伯爵にもなり、色々と忙しかったのは私も重々知っていますから、そんな気遣いは不必要ですよ」
北の組合長は、以前親しげに接してくれた時と同じ調子で、僕たちに接してくれた。
僕たちが貴族になったからという隔たった感じがないのは、組合長が事前にその必要もなければ、僕たちがそういった隔たりを嫌うからと注意しておいてくれたからのようだ。
組合長が、ちょっと話を切り出しにくそうにしている北の組合長に助け舟を出した。
「実はね、北の組合長は今かなり困っていて、その相談に来たんだよ。
というのは、冒険者が北の町を離れて、ここの冒険者の町に来ようとしている人が多くなってしまったらしいんだ。
状況はちょっとかなり深刻なようなのですよ」
組合長の言葉に促されて、北の組合長も僕たちのことを訪ねてきた目的を自分からも話し始めた。
「最初私たちは、何故冒険者たちが北の町を離れ、こっちのダンジョンに来るのか、その理由が分からなかったのです。
でもすぐに、こちらの方が『安全に安定した暮らしをすることが出来るからだ』という冒険者の話を聞きました。
それで、冒険者にも魔石に魔力を込めさせるという仕事を、こちらではしていることを知ったのですが、冒険者が魔技師の真似事をすることが、ちょっと信じられませんでした。
多くの冒険者は、自分がレベル1の魔技師ではなく、レベル2の冒険者であることに誇りを持っていますから、自ら魔石に魔力を込めるという本来なら魔技師の仕事をするとは思えなかったのです。
しかし、こちらにやって来て、実際にその仕事をも行う冒険者を見てみると、確かにダンジョンでの狩り以外の収入の道を持つことで、ダンジョンで無理をする必要もなく、安定して北の町より裕福な生活が出来るのだと知りました。
確かに、これだったら、冒険者として同じようにダンジョンで潜るとしたら、ここと北の町のダンジョンでは、どちらもレベル2までのモンスターが発生していて同じですから、それならこちらを選ぶなと私も納得しました。
それにこちらに来てみて、冒険者に話を聞くと、『冒険者の誇りも何も、ここでは領主である伯爵様自らが魔石に魔力を込めていますし、このダンジョンを公爵になったメリーベル様が所有していることを誰でもが理解できるように、象徴的なあの大きな湖に常に水を補充している水の魔道具に使われている魔石は、メリーベル様自らが魔力を込めているモノです。 魔石に魔力を込めるということは、冒険者の誇りを傷つけることだなんて、そんな感情は全く起こりませんよ』と言われました。
言われてみれば、全くそのとおりで、私自身の目に旧来の変な鱗がくっついていたのだと自覚しました。
ただ、北の町のダンジョンの現状はというと、最近はまた少しダンジョンが成長しているというか、どうやら中が広がっていて、モンスターも以前より多くなったみたいなのです。
ですから、北の町の組合長としては、北の町の冒険者がこれ以上こちらに移動するのは、とても困るのです。
そこでカランプル君、いやここではブレイズ伯爵と呼んだ方が良いのか、それともカンプ魔道具店店長と呼んだ方が適切なのかも知れませんが、一つお願いがあるのです。
どうか北の町にも、冒険者に魔石に魔力を込める方法を伝授してくれる人材を派遣していただけませんか?
北の町でもここと同じ様に、冒険者にも魔石に魔力を込めてもらうことにして、生活の安定と向上を図ろうと思うのです。
そうしないとこちらへの冒険者の移動は止まらないでしょう」




