ラーラの杖
「はあ、全くやんなっちゃうわ、結局ここに戻って来ちゃった」
「ラーラ様、仕方ないですよ。
あれだけの騒ぎになれば、司法局から『日をあらためて、事実関係の齟齬がないかを聞かせてもらいたい』と言われるのは、当然のことですから」
ラーラがプリプリとちょっと怒った顔で言う言葉に、フランクがそう言って慰めている。
賢明にもペーターさんは、やれやれという顔をしているが、黙っている。
リズがちょっとラーラの気を逸らすように言った。
「それで、ラーラの親御さんには、戻れなくなったことの連絡はしといた?
してないと、心配するよ」
「うん、大丈夫。
西の町の代官の代理の代理の子、気が利くね、私と旦那が依頼する前に、連絡をしておきますと言ってきたよ。
もう完全に西の町の代官で良いんじゃない。
どうせアークはやる気ないし、ターラントさんもまだダンジョンの方で忙しくて西の町にいられないんだから」
王都の館にいた使用人、警備の者たちは一応ウィークの部下ということになっているけど、実は王家から派遣された王家の影の護衛部隊なのだが、その彼らが今回は焦って動く事態だったのだが、その騒ぎの当人は割と普段通りの感じだ。
その雰囲気に安心したのだろう、心配してその後の事態の報告が来ても落ち着かない様子を見せていたエリスとリズも、なんだか気の抜けた調子だが、普段と同じ感じでラーラに声をかけている。
最初の使者が駆け込んで来た時は、聞いた瞬間僕も焦って駆け出す寸前だった。
当然のことながら、ラーラとペーターさんは僕たちと同じように、杖を常に二本携帯している。
秘密にしている魔力吸収の杖と、攻撃用の火の杖だ。
現実的な話、もし誰かが一対一で襲ってきたのなら、僕はほとんど心配しない。
魔力の保有量が絶対的な力の差だとほとんどの者が思い込んでいるこの世界で、貴族を襲う者はほぼ確実に襲う者も魔力を持っていて、その魔力を使って何らかの形で襲ってくる可能性が高い。
そうであればシャイニング伯でさえ撃退できた杖の性能があるから、同じ杖を持つラーラとペーターさんが被害を受けることは考えにくい。
だけどそれはあくまで一対一の場合だ。
一対一ならば、相手がシャイニング伯以上の魔力を持つことは考えにくいから、ほぼ安全が確保出来ると思うが、複数の人数だとすれば話は別となる。
吸収の杖は、魔力を貯める魔石をレベル2の魔石を3個使用しているが、複数の人数でもし攻撃されたとしたら、その吸収できる量を超えてしまう可能性があるからだ。
そうすると攻撃を受けてしまうことになる。
逆にこちら側の攻撃用の火の杖は、完全に一対一の戦い用だし、遠距離の攻撃が出来ない。
その杖を元に、肌水の瓶の彫刻や、ベルちゃんの絵皿作りに使われる彫刻用の火の魔道具を作ったのだが、要するに護身用の火の杖はその彫刻用の火の魔道具の出力を少し強力にした物の訳で、ほとんど脅し用の武器だ。
それだから離れた所から攻撃されたとしたら、そんな訳だからこちらからは攻撃できず、敵が魔力切れを起こすまで吸収の杖で耐えるしかない。
そんな可能性が、複数の人数で攻撃されたのであれば、十分にあり得たのだ。
なんとなく女性陣の話が一段落したところで、襲われた状況を詳しく聞くことにした。
というか、僕やアークやウィークは最初から早く詳しい状況を当人たちから聞きたかったのだが、なかなか話を切り出せなかったのだ。
フランクが詳しい状況を話してくれた。
————————————————————————————-
王都を出発し、少しして西の町のちょっと手前で、私たちの馬車は数人の者に行く手を遮られました。
身なりからして貴族でしたし、まさかそのまま馬車を走らせて、跳ね飛ばす訳にもいかず、私は馬車を停車しました。
「こちらの馬車に乗っているのはグロウケイン男爵夫妻である。
前方を遮る者たちよ、それを知っての狼藉か?」
私がそう問いかけると、1人が応えてきました。
「当然知っているさ。
紋章を確認したから、こうやって行く手を遮り、私たちは出て来たんだからな。
しかし、馬車の行く手を遮って止めただけで、狼藉者扱いは暴言ではないか」
「今も自分の名を名乗らず、こうして無理矢理馬車を止めたのだから、狼藉者であることは確かだと思うが、そういった認識はないのか?」
「確かに痛いところを突かれたな、だがお前たち名乗るつもりはない。
御者よ、そこから降りて膝まづけ。
見るところお前も騎士に任命されているようだが、お前もブレイズ家に連なる者なら偽物であろう。
我らは偽物ではなく、レベル3の本物の貴族だ。
偽物に名乗ってやるほど我らの気位は低くない。
ともかくお前では話にならない、馬車の中の者よ、我らの前に姿を現すが良い」
正直、私はなんとか普通に彼らと話してはいましたが、背中を冷や汗が流れていました。
私自身はレベル2ですから、行く手を遮った者が自称通りレベル3でしたら、私では1人でも無理なのに、相手は結局5人でしたから、それらが話していた者と同様ならば、もう手も足も出ません。
私は何とかしてその場を長引かせることが出来ないかと考えていました。
私がそんな話を交わしているだけで、すでに私たちの周りは人だかりが出来ていましたから、誰かしらがこの騒ぎを西の町か王都に伝えに走ってくれないかと期待したのです。
そうすれば事態がもう少し好転するのではと考えたのです。
王都と西の町を結ぶ道は人通りもそれなりに多いですから、こんなことをしていれば人目を引きます。
それは私たちにとって有利だと思ったのですが、相手は人目が増えることを問題にしていないようでした。
私は仕方ないので、ゆっくりと御者席から降りようとしたのですが、私が御者席から降りる前に、馬車内からラーラ様が出てこられてしまったのです。
「馬車を止めたということは、何か私たちに用があるのかしら?」
「出てきたな、ラーラ_グロウケイン」
続いて降りてきたペーター様にも
「そしてお前が、ペーター_グロウケインだな」
私が話していた者とは別の者も、初めて声を出してきました。
「あなたたちは私たちのことを知っているみたいだけど、私はあなたたちのことを知らないわ。
さて、私たち夫婦は王都では割と交友が広くて、寄親のブレイズ伯爵夫妻よりも多くの貴族の顔を知っているくらいだし、叙爵式でもあなたたちの顔を見かけたことはないのだけど、先ほど聞いていたところによると、あなたたちは貴族だというけど、どういった立場の貴族様たちなのかしら?」
ラーラ様が相手たちを煽るようなことを仰るので、私は心の中では「やめてくれ〜っ」て叫んでいました。
馬車を止めた相手たちは当然ながら怒りまして、もう代表して話していた感じの私と話していた者に構わず、口々に男爵夫妻の悪口を大声で捲し立てていました。
「庶民からの成り上がりが何を言う」
「お前なぞ、陛下の振る杖を作っただけだろう」
「お前なんて本当に名ばかりであって、魔力を全く持たず、ただ木を植えているだけじゃないか」
そう言われたことに対してペーター様が答えました。
「いや、全くその通り。
あなたたちの言う通りです。
私自身も、なぜ私が男爵になんて列せられているのか、訳が分からないのですよ。
正直、私には男爵なんて位は重荷でしかありません。
良かったら、ぜひ陛下に願って、私の男爵位は剥奪してください。
そうすれば私は庶民に戻って楽に暮らせます。
我がブレイズ伯爵家では、爵位だとか貴族かどうかなんて、何の意味も持ちません。
私は貴族でなくても一向に問題ありませんから、ぜひ陛下に私の男爵位の剥奪を奏上してください」
相手たちはそのペーター様の言葉に一瞬唖然としていたのですが、
「今の言葉は聞き捨てならん。
陛下の沙汰に異を唱えると言うことか!」
「いえ、そんなことは言ってませんよ。
私は陛下にいただいた私の男爵という立場が、私にとっては重すぎる立場だと感じていると言ったのです。
ですから、あなた方が私のその立場を不愉快に思っておられるのは当然だと思いますし、あなたたちがそれを陛下に奏上していただいて、私が男爵という立場から解任されるなら肩の荷が下ろせる気持ちになることを伝えたかったのです。
それに加えて、私は男爵であろうと、ただの庶民であろうと、陛下やブレイズ伯たちにお仕えする気持ちに変わりはありませんから、何も問題ではないのです」
「私も主人と同じで、男爵夫人という肩書は肩が凝るだけだから、別にどうでも良いわ。
ところで、それでも私はあなたたちのいう通り、陛下の杖を作ったりした功績で貴族に列せられたし、夫のペーターは植樹の知見を陛下や多くの貴族の前で披露して、その知見の意味を讃えられて貴族に列せられたわ。
逆に聞くのだけど、あなたたちはどのような功績があって、貴族に列せられたのかしら。
私たちを罵倒しているのだから、さぞかし立派な功績があってのことだと思うのだけど、言われた通り私たちは庶民の出だから、寡聞にしてあなたたちの功績を今まで全く知らなかったし、顔を見た覚えもないの。
ぜひ教えて欲しいわ」
「お前は我々を愚弄するのか。
我々は代々続く貴族の家柄、もちろんみなレベル3の貴族にふさわしい魔力を持つのだ」
「ああ、理解したわ。
代々の貴族の家をそのうち継ぐ予定の、貴族の子弟の方々なのですね。
道理で私が顔を全く見たことがない訳だわ。
もしかすると、あなた方の父母のみなさんとは、私は一緒したことがあるかも知れませんね。
貴族の子弟で、レベル3の魔力をお持ちでも、なんらかの功績がなければ家督を継ぐ前に、それ以外の爵位は持てませんからね」
ラーラ様がそう仰ると、周りに増えた野次馬から声が上がったのです。
「なんだ、爵位を持っている訳でもない、なんの功績もない貴族の子弟じゃないか。
何を偉そうに、グロウケイン男爵夫妻にケチをつけているんだ」
「単なる貴族の子弟が、正式に爵位を持つ者に、あんな無礼な態度をとって良いのか」
その野次馬の言葉に、相手方が激昂しそうになったのですが、最初に私と話した者が手を振ってそれを抑えて言いました。
「我は、男爵夫妻に自分の身の丈を考えて、『良い気になるなよ』と忠告するためにここに来たのだが、どうやら言葉では解ってもらえなかったようだ。
言葉で解ってもらえないなら、実力で解ってもらうのみ」
「それってつまり魔法を行使するということかしら」
「当然だ。
貴族とは魔力レベル3の者のことだ」
「私たちに対して魔法を行使すれば、それは暴行罪に当たるし、私たちは正当防衛として反撃するわよ」
「いや、暴行などしない、単に本当の貴族の実力を解らせるために、デモンストレーションをするだけだ。
まあ、その余波がお前たちのところに向かっても、それは仕方のない事故だ」
「あ、そういう考え方をするの」
「安心しろ。 殺しはしない。
少し痛い目を見るだけだ」
その言葉が終わるや否や、話していた者の後ろにいた1人がペーター様に向かって魔法を放とうとしました。
「ウインドカッター!」
何も起こりませんでした。
ペーター様は杖を構えた姿で、私に言いました。
「フランク、僕とラーラの後ろに来て!」
私はその言葉に従いました。
魔法を放ったはずの男は、自分の魔法が不発したことに、キョトンとしていました。
「何をしている。 私がやる」
主に話していた男が、今度はラーラ様に向かって魔法を放とうとしました。
「ライトニング」
やはり何も起こらず、ラーラ様が言いました。
「ブレイズ家の者に向かって、そんな魔法が効果あると思っているの?」
ラーラ様は余裕綽綽の調子でそう言われましたが、ペーター様は最初に構えた杖を左手に持ち、右手には別の杖を持って、敵対する者たちに用心深く視線を送っているようでした。
ラーラ様はチラッとそのペーター様の様子を見ると言葉を続けられました。
「それにあなたたちはなんで私たちが魔法を使えないと思い込んでいるのかしら。
あなたはさっきライトニングの魔法を使ったから、光系なのね。
知っているかも知れないけど、私も光系なのよ。
私も使って見せるから、見ていてね」
ラーラ様は構えていた杖とは別の杖を、ペーター様のように持っていた杖を左手に持ち替えて、新しい杖を持つと、魔法での戦いになると気付いた野次馬が、それまでよりずっと離れた位置に下がって、空いた場所にその杖を向けて、野次馬たちにも聞こえるようにだと思うのですが、少し大きな声で言いました。
「雷光!!」
辺りは一瞬白い強い光に包まれ、すぐに私が視力を取り戻すと、襲ってきた男たちが5人とも腰を抜かして、這って逃げようとしていました。
———————————————————————————————————-
「雷光って、ラーラ、いつそんな杖作ったのよ?」
「私、ちゃんとリズに相談したじゃない。
レベル2の魔石を扱うようになった時に、『同じ光の魔法だから作ってみない?』って。
そしたら、『シャイニングが使った魔法の杖なんて、作りたくないわ』って一言で終わりにされちゃったのよ」
「そうだったかしら、覚えてないわ」
ペーターさんが苦笑しながら言った。
「領地をもらって最初の頃、色々と書類仕事が多くて大変だった頃、そのストレスの反動なのか、書類仕事がいやになると、ブツブツ不吉なことを呟きながら作っていたんですよ」
「ま、そのおかげで今回、ぶっ放せて、なんだかスッキリしたわ」




