叙爵式の前のちょっと平凡な出来事
今回の叙爵式のために、僕たちは普段より早めに王都へと向かった。
今回の叙爵式は、いつにも増して多人数での移動となった。
それは今回の叙爵式では、ブレイズ家の家臣たちの多くが新たに叙爵したり、陞爵したりするからである。
「それにしてもやはり今回は人が多いな。
フランとリネはともかく、イザベル・アーネ・カレンにフランクも加わっているから、いつもより6人も多いのか。
俺たちが使うには広すぎる館だと最初は思った王都の館も、本当に各部屋が埋まりそうだな」
「アーク、何言っているのよ。
ブレイズ家の王都の館は、元々は子爵邸だったのだから、今の伯爵であるブレイズ家にとっては、周りの貴族から見れば小さ過ぎる館なのよ」
王都の館に着いて、落ち着いてすぐのアークの言葉に、リズが元々からの上位貴族の常識で反論していたが、珍しくエリスがリズの言葉を止めに入った。
「リズ、やめて。
この館でも私は大き過ぎると思っている。
これ以上大きな所にして、貴族らしく振る舞わなければならないなんて言われたら、私は本当に困ってしまうわ」
ラーラとペーターさんは、エリスの言葉にウンウンという感じでうなずいているが、他の元々から位は低くても貴族の家の生まれのみんなは、ちょっとどういう顔をして良いか分からないという感じだ。
貴族の普通の感覚としては、伯爵ともなれば、もっと広い邸宅で多くの人を使っているのが普通なのだろう。
村に居る時は、召使もいないし、庶民とあまり変わらない生活が普通であるのだけど、王都に来るとどうしても今までの貴族としての常識との乖離を感じてしまうのだろう。
「貴族らしく振る舞うも何も、エリス様はこの国の貴族の中で、最も有名な伯爵夫人なんですけどねぇ」
「そんなことないわよ、ウィーク。
アークやリズのお母様、それにイザベルのお母様もいらっしゃるじゃない。
私なんかが一番有名なんてことあるはずがない。 あの方々こそが、伯爵夫人よ。
私なんて、単なる雑貨店の店長で有名なだけよ」
「いやいや、エリス。
俺たちの母親は、貴族ではない庶民の女性にまで『ほら、あれがブレイズ伯爵夫人よ』と注目されるほど有名じゃないから」
「それはターラントが、私が強盗をやっつけた、なんていうつまらない噂を流すからよ」
「ええっ、私が悪いのですか、エリス様。
でも噂は私が流した訳ではありませんし、そもそも強盗をエリス様が捕えたのは事実ですし」
僕は被害がターラントにまで及ぶようになってきたので、話を収めようと思って口を出した。
「どっちにしろ、僕たちはこの館から動くことは出来ないのだから、もっと大きな館というのはないから。
そうだよな、ウィーク」
「そうですね、カンプ様。
ブレイズ家がこの館から去ることになると、陛下たちが困ることになるので、それは出来ないかと。
ただ、確かに少し手狭にはなってきたので、魔道具店と雑貨店の窓口と倉庫は、王都の別の場所に移して、専任の人を雇う方が良いかもしれません」
話が思わぬ方に飛び火してしまったみたいだ。
「ウィーク殿、それは私も考えていたのですが、そこに回す人材がまだいないのですよ。
もうしばらく待ってください」
「そうですね。
私は、フランさんにこちらに来ていただいて、その辺りを任せれば良いのではと思っていたのですが、ダイドール殿と結婚されてしまったから、その案は消えてしまいましたからなぁ」
ウィークは別に何の含みもなく、ダイドールにそう答えた。
ウィークは常に王都にいるからか、僕以上にそういった機微には疎く、ちょっと前の4人の結婚は、事前にはその可能性を全く考えていなかったようだった。
フランが何となくウィークに謝った。
「すみません、お役に立てなくて」
ウィークは急に自分の言葉が、ちょっと失言だったことに気がついて、慌ててフランに謝った。
「いえ、とんでもない。 すみません、今の言葉は忘れてください。
つい自分に都合の良い想像をしていただけですから。
あらためて今更ですが、フランさん、リネさん、ダイドール殿、ターラント殿、ご結婚おめでとうございます」
僕たちはみんな、ウィークの慌てぶりに笑ってしまった。
「普段はとてもしっかりしているウィークさんも、こういうところを見ると、やっぱりアークの従兄弟だと思って、何だか安心するわね」
「ラーラ、俺がしっかりしていないと言っているのか」
「ラーラさん、アーク兄さんと私が似ていると言っているのですか」
ラーラの言葉に、アークとウィークの2人が即座に同時に反応したので、また笑ってしまった。
王都の館の居間には、今回はイザベル・アーネ・カレンにフランクも居るから、さすがに何となく狭く感じる。
4人はこういった雑談に慣れていないからか、話に加われずに一番壁際の椅子で聞くだけになっていた。
特にフランクは全く初めてなので、僕たちのほとんど上下関係を感じさせない雑談に驚いているみたいだ。
そこにいつもの如く陛下たちが何の前触れもなく奥の扉から入って来られた。
慣れている僕たち4人に、ウィーク、ペーターさん、ラーラは自分の座っていた席から立ち上がって出迎えただけだが、他の者たちは立ち上がってまま固まっている。
今日は、陛下に王妃様、ベルちゃんも来ているし、王妃様は生まれた子どもを抱いていた。
陛下たちは、いつものように自分たちのために空けてある椅子に向かって行って、何事もない感じで座った。
慣れていない家臣たちの様子が気になった僕は、フランクが「あ、そのためにあそこの椅子は誰も座る人がいなかったんだ」と、とても納得した顔をしたのを、チラッと見た。
「陛下、今日は一家全員でお越しくださったのですか。
特に王子殿下まで一緒して来ていただけるなんて光栄です」
「ああ、式より前に、お前たちには王子を身近に見せたいと、王妃と娘が言うものでな。
まあ、まずはみんなも座ってくれ」
陛下は僕たちに「座れ」と仰ったのだが、陛下たちが来るのに慣れているエリス、リズ、ラーラは関係なく王妃様に近づいて行った。
「まあ、可愛らしい」
「私たちより後から生まれたのに、しっかりした感じね」
「やはり男の子ですよね。 何だか凛々しい感じだわ」
と王妃様の抱いている王子様を見に行って、ワイワイ言っている。
ベルちゃんも含めた女性5人で、もう他のことは目に入らない感じになってしまったのを、自分の言葉を半ば無視された形の陛下は苦笑して言った。
「赤ん坊の魅力は、私の言葉よりも、どうやらずっと強いようだ」
その言葉で、大丈夫と思ったようで、フランとリネもその輪に加わってしまい、まだ動けずにいたイザベル・アーネ・カレンをラーラが
「ほら、あなたたちも王子様を間近に見せてもらいなさいな」
と呼んで、女性陣全体の騒ぎになったのを、ちょっと置いていかれた感じで、陛下も含めた男性陣が周りから見ている形になってしまった。
途中、王妃様が
「そういえばエリスとリズも子どもを産んだのよね。
メリーベルはもう会っているけど、私はまだ見てないわ。
あなたたちの子どもは来てないの?」
と言い出して、エリスとリズが、子どもたちと一緒に来ているおじさんとおばさんを呼びに行った。
その間に僕やアークたち男性陣も、王妃様に近づき、王子様の顔を間近に見させていただいたりした。
エリスたちが戻ると、赤ん坊だけでなく上の子2人も一緒に来たのだが、上の子2人は
「ベルお姉ちゃん!!」と、部屋に入って見つけた途端、ベルちゃんに走って向かって行ってしまった。
「メリーベルは、なかなかお前たちの子たちに慕われているようだな」
陛下がその様子を見て、僕たちに言った。
「ええ、ベルちゃんは領地の村に来ている時には、暇があれば子どもたちと遊んでくれるので、僕たちの子たちは、もう大好きなんですよ」
「今回はもう少し大きくなっているので、留守番で来ていませんが、私のところの2人の子もベルちゃん、いえ失礼しましたメリーベル王女様には本当に懐いていて、いつも一緒に相手していただいています」
珍しくペーターさんが、陛下との会話に自分から加わって来た。
「ペーター_グロウケイン、別に村にいる時のように、ここでも娘のことはベルちゃんで構わんぞ。
ま、娘が、お前たちの村に馴染んで、そっちに行った時も楽しく過ごしているのは、しっかり報告も受けているが、こうして実際にその様子を見ると、父親としては何というか、やはり安心感のようなものを感じるな」
結局それから後は、子どもの人数が増えたこともあってか、子どもたちの話ばかりをする感じになってしまった。
陛下も、さっきとは逆に僕たちの赤ん坊を見に行ったりしたから、余計にそんな感じになってしまったのかもしれない。
それに僕たちが、大きな湖を作って、それに水を満たしたベルちゃんの魔力量に、本当に驚いた話をすると、陛下の失礼だが親バカなベルちゃんの自慢話で大盛り上がりしてしまった。
陛下もそんな風に、単なる父親として娘自慢をする機会なんてほぼないのだろう、いつまでも自慢話が終わらないような調子だった。
ペーターさんが、ベルちゃんの作った湖の周りを美しく飾るように、季節で色の変わるような木をたくさん植樹しようと計画している話をすると、陛下はとても詳しくその計画をペーターさんに聞いたりしていた。
陛下も楽しそうに話していたのだが、僕もアークも単なる父親として、一緒に盛り上がった気分で楽しい一時となった。
ちょっと可哀想だったのが、僕たち父親の輪には加われず、当然女性陣と子どもたちの輪にも加われないウィーク、ダイドール、ターラント、フランクだった。
4人は盛り上がっている周りの話を、固まって聞いているだけになっていた。
「ウィーク、お前たちも気にせずに話に加わって構わないのだぞ」
陛下が、僕がそっちに気を取られたのに気付いて、そう言って4人に話に加わることを促した。
「いえ陛下。 さすがに父親としての話に盛り上がっていらっしゃる中に、僕たちのような子なしは入っていけませんよ。
まあ、こっちの2人はもうすぐにでも、そちらの会話に加わることと思いますけど」
「そうであったな、お前たちは結婚したのであったな。
早くお前たちもこっちの話に加われるようになると良いな。
そう言えば、もう1人は初めて見る顔だな。 何というのだ?」
「はい、フランク_ブレディと申します」
「ブレディというと、フランの兄か?」
「いえ、従兄弟でございます」
どうやらフランとリネは、陛下にも名前をきちんと覚えられていたようだ。
王妃様とは肌水の件から直接に面識があるから、名前と顔を覚えられているとは思っていたけど、陛下にも覚えてもらえていたのだと、僕はそんなことに気がついた。
ウィークがちょっと助け舟を出した。
「陛下、このフランクはフランの従兄弟なのですが、ブレディング伯の推薦でブレイズ家にやって来た男なのです。
ダイドールも認める有能な男なので、私の領地なども含めたブレイズ家全体の開発の一翼を担ってもらうために、今回の叙爵式で騎士爵を任命していただくようにしている者です」
「なるほど、ブレイズ家全体の開発の一翼を担わせるというなら、余程優秀な男であるのだろう。
フランク_ブレディ、頑張ってその責を果たせよ」
「はい、全身全霊をかけてその責を果たします」
フランクが陛下に直接激励されて、感激の面持ちで応えた。
「ところでウィーク、一つ謎が解けたぞ。
ブレディング伯が、わざわざ直々に私に娘のイザベルの爵位を一段飛ばして准男爵にして欲しいと言ってきたのは、そのせいか」
「はい、たぶんそのせいでしょう。
ブレイズ家では爵位に大きな意味はないですから、そこに差をつける必要もないのですけど、ブレディング伯はやはり気になるのでしょう。
自分が推薦して入れた者と、娘が同じ爵位では困ると思ったのでしょう。
フランクもこれからは対外的にも名が出るでしょうから」
陛下は笑っていたが、少し聞き耳を立てていたらしいイザベルは渋い顔をしていた。
「さて、王子の披露目はともかくとして、叙爵式とその後の話し合いについて、打ち合わせをしようと思って、ここに来たのだが、どうやら今日はそれをする前に遅くなってしまったようだな」
今日の一番の話題の中心となった王子様は、多くの人に最初は驚いたみたいだが、すぐにはしゃいでいたのだが、疲れてしまい、もう王妃様に抱かれたまま眠ってしまったようだ。
その様子にさっきまでの姦しさはなりを潜め、女性陣は静かになったのだが、それに気付いた陛下はそう言った。
「カランプル、アウクスティーラ、明日の昼間、ここから内宮の方に来い。
その方が打ち合わせになるだろう。
エリスとエリズベートも子どもを連れて来て、王妃と時間を過ごすと良いぞ。
子どもたちを内宮の庭で遊ばせれば良いだろう。
しかし、メリーベル、お前は私たちと共に、打ち合わせの方だからな」
ベルちゃんは陛下の言葉に、ちょっと意外で、一瞬不満の気持ちが表情に出たが、すぐに仕方ないかと考え直したようだ。




