もう一つの隣町に
新たな魔技師の目処が立ったらすぐに、またパン焼き窯の注文が入った。
僕たちの住んでいる町は隣町と呼べる町が二つあり、そしてもう一つが王都だ。
こう言うと分かりにくいが、簡単に言えば王都の東西南北にそれぞれ町があり、その東側の町が僕たちの町だというだけのことだ。
その王都の周りの町のもう一つは王都を間に挟んでしまうので、隣町という風にならないだけのことなのだ。
王都とそれを囲む4つの町以外は、小さな村があるくらいで、他の町となると今度は遠く離れてしまう。
この間2軒揃って窯を作った町は南側の町で、町には港があり、4つの町の中では一番賑わっている。
今度注文の入った町は北の町で、こちらはその北側の山中に大きな迷宮があり、そのため冒険者が集まり、魔石の取引で賑わいを見せている。
僕らの東の町と、西の町は、その間を繋ぐ町という具合だろうか。
僕ら東の町の近くには小さいけど迷宮があり、冒険者がいるが、西には迷宮はなく、その代わりというのも変だが、歓楽街ができている。
つまり僕の暮らす町は最も長閑というか、発展から取り残された町という感じなのだ。 でもまあそのために治安も良いので、魔法を学ぶ学校があったりするのだ。
なぜ王都に魔法を学ぶ学校が作られずに、この町にあるかというと、そこは貴族にもアークやリザのように魔力の低い者が出ることが大きいらしい。
彼らは劣等生となり、貴族の社会から弾き出されていく。 それがあまり露骨にならないように、魔法学校という離れた場で何年か過ごす時間を作り、貴族の子弟を貴族社会から切り離すと共に、貴族と庶民の接点を青年期に与え、庶民として生きていくためのワンクッションとしている。
また強い魔力を持つ子弟には、庶民から出た高い魔力を持つものを貴族社会へと誘わせる役目も与えるという訳だ。
ま、僕には関係のない話だけど。
「なあカンプ、確か今度の町もパン屋は2軒だよな。」
「うん、そうらしい。」
「なら片方だけのパン屋で良いのかな?」
「そんなのは、そのパン屋次第じゃないの。 私たちが関与することではないわ。」
僕たちは新しい窯の設置に向かう途中で、そんな事を話している。
「でも、ベークさんもそこはちょっと違和感を感じると言っていたわ。」
エリスまで、何か不審なところがあるという感じで話に加わってくる。
「ま、何であれ、きちんと契約して、お金を払ってくれるのなら、こちらは店としての誠意で答えるだけだよ。」
僕はそう正論を述べたのだが、本当はやっぱりちょっとおかしいと思い、設置に向かう前に、組合に支払いに行くエリスに同道して、組合長に一声かけておいた。
「ああ、そろそろちょっかいを出してくる奴が現れるんじゃないかと思っていたんだ。
お前のところは組合にとっても良い収入源になってきたからな。 まあ、何かあっても悪いようにはしないから安心していろ。」
組合長は何故かとても楽しそうな顔をして答えてくれた。
僕たちは今回、急ぐという事なので、前回とは違い下見をせずに、台車に資材を載せて、引き馬を借りて新しい窯を設置に来た。
窯を設置する場所に来て、ちょっと驚いた。
ここのパン屋さんは、既に普通の形の窯が4台も設置されていたのだ。
「すごいですね。 既に4台も窯が設置されているのですか。」
「はい、そうなんですけど、ここは冒険者の町で、冒険者が朝一度にたくさんの人数が集まりパンを買って行くのですよ。 ですから一度に大量に焼けるという新しい窯に目をつけた訳です。」
「なるほど、理解できました。
それで新しい窯を設置するのは、この場所で良いのですね。」
窯の設置も、もう5台目ともなると慣れてきて、サクサクと作業は進み、エリスによる契約の説明が、設置作業が終わるまでに終わらない有様だった。
契約も無事に終わり、代金ももらい、試しのパン焼きも上手くいき、何の問題もなく、新たな窯を売ることが出来た。
窯の数が増えて必要な魔力を貯める魔石の数が増えたが、リズのおかげで魔力を貯める魔技師は数が足りていたので問題はなかった。 ちなみに魔力を貯めるだけの女性魔技師に払う金額は、普通魔技師が受け取る利益の4/5に設定した。 1/5は取り替えに実際に行った者の利益にすることにした。
なんだかどんどんエリスの仕事量が増えている気がするが、今のところは嬉しそうに仕事をしているから良いこととする。
そうこうしているうちに、また問題と仕事が舞い込んできた。
ベークさんをはじめとした、窯を設置したパン屋さんが、窯だけではなく普段使いの調理器なども僕の店のお知らせライト付きに替えたいと、相談を持ちかけられたのだ。
「カランプル君、パン焼き窯でお知らせライトの便利さを知ってしまったら、調理器の魔力が切れてしまって取り替えてもらうまでの時間が、どうにも耐えられなくなってしまったのですよ。 ぜひ新しいものを売ってください。」
「でも、今までの調理器の魔石を取り替えている魔技師もいますし、僕らの作っている魔道具は特殊なので、ただ取り替えるとその人たちの収入を奪ってしまうことになるのですよ。それはやっぱり出来ないかな、と思って。」
「そこは何とかなりませんか。 上手く工夫する余地はあると思うのです。」
「少し考えさせてください。」
僕たちは少し考えて、まずはベークさんの所と、もう一軒のこの町のパン屋さんの所に魔石を入れている魔技師に会いに行った。
僕たちの店の魔道具に改良して良いかどうか、改良した場合、僕たちの所で扱う魔石しか使えなくなる事を説明し、そうなった時、利益は僕の店から受け取る形になる事。
つまり、魔石の交換の時には、魔石を僕の店から持って行って交換し、交換した魔石に魔力を込めて店に持ってきたら、魔石で得られる利益が支払われる形にしたのだ。 そして魔石に魔力を込めずに店に返却した場合は手間賃として普通の1/5が払われることにもした。
この提案に、二つの店に入っている、火の魔技師と光の魔技師は何のためらいもなく乗ってくれた。 先に魔石を用意する手間がかからないので、とても楽だと喜んでもらえたのだ。
エリスがきちんとした契約書を作り、その魔技師たちと契約を交わした。
僕はベークさんともう1人のパン屋さんに事の顛末を話し、交換の代金はエリスに支払ってくれれば、今までの魔技師が交換に来ることで、お知らせ付きに改良できることになった事を話した。
改良代金は、前に僕とリザが担当していた魔道具は貰わなかった手前、必要になる光の魔石と回路用のミスリルの実費だけもらうことにした。
ベークさんはそれで良いのかと心配してくれたが、今回はそれで押し通した。
もう一つそこで問題が発覚し、水の魔道具にもお知らせライトが欲しいと言われたのだが、現時点では水の魔技師がいないので、保留してもらった。
もう一つの問題は隣町の2軒のパン屋さんだ。
こちらも同様にして欲しいとの要望だが、まさか隣町までエリスに集金に行かせる訳にもいかないし、隣町の魔技師にこっちまで魔石を取りに来てもらうのもどうかと考えた。
それで隣町の分は無理だと断ろうと思ったのだが、隣町の魔技師の方から、こちらの魔技師の条件で構わないと申し込まれてしまった。
そこまで言われては仕方がないので、隣町のパン屋さんの分は窯の魔石を取り替えに行った時にその他の分も一緒に払ってもらう事で決着しようと考えた。
ところが話はそこで終わらずに、隣町の魔技師さんは自分で受け持つ他の人の魔道具も僕たちの型に改良してくれるようにと言ってきた。
そうなると集金がとても無理なので、とりあえずもう少し体制が整うまで、それは待ってもらうことになった。
もうそうなると連鎖反応というか、今度は僕らの町の方で、その話を聞いたパン屋さんに入っていた魔技師さんが、それぞれに抱えているお客さんの魔道具の改良を申し込んで来た。
そして集金に関しても、自分の所に連絡が来たら、連絡して来た人と一緒に僕の家に来て、その時に払ってもらう形を提案して来た。
そこまで考えて準備された提案を受け入れない訳にもいかず、僕たちは毎日魔道具の改造と魔石を得る為の火鼠狩に明け暮れていた。
そしてやっぱり魔石の数が足りなくなって、魔石を買う羽目になり、一つ改造する度に魔石一つ分が持ち出しの形になってしまい、やっと少しだけ溜まった会社の取り分のお金がみんな無くなり、もう少しで足りなくなる所で、やっと一息ついた。
この間、僕とリザは改造ばかりしていて、今まで自分が担当していた分の魔力込めは全部、魔力込めだけの女性魔技師に任せる羽目になってしまった。
そしたら雇っている魔力込めのための女性魔技師の数がいつの間にか3人から5人に増えていた。
どうやら3人では間に合わずに、3人の友人も呼ばれて増えたらしい。
とりあえずその辺は、リザとエリスに丸投げだ。
そんな忙しい中、僕はアークと実験もしていた。
もう改造ばかりしているから、ミスリルの使用量もバカにならない量になっている。
その使用量を減らせないかという実験だ。
ミスリルで回路を作っているのだが、その回路に使うミスリルの使用量を減らすのにはどうしたら良いかを考えて、ミスリルの回路の太さを単純に細くする事を考えた。
まずは細くして魔力がきちんと流れるかどうかが不安だったので、とても単純な回路を作って魔力を流してみた。
その回路の線の太さを徐々に細くしてみて、それでもきちんと流れるかどうかを検証してみた。
僕とアークの予想は、細くすると水があまり流れなくなるのと同じ様に、魔力の通りが悪くなっていくというものだった。
だから、どの程度の太さまでなら、細くしても魔道具に問題がないかを見極めるつもりだった。
ちなみにアークに手伝ってもらっているのは、線を細くしたりはアークの土魔法なら簡単に出来るからだ。 僕の火魔法だとミスリルを熱して引き延ばさなくてはならないのだが、アークの土魔法ではそんな面倒な作業はいらないのだ。
土魔法すごく使えるじゃん、と思うのは僕だけだろうか。
話が脱線してしまった。
ミスリルの線をどのくらいまでなら細くして良いかを見極める実験は、全く予想していなかった結果が出た。
なんとミスリルの線が細い方が魔力の通りはずっと良いのだ。
逆にすごく太くしてみたら、魔力の通りが悪くて、回路として動かなかった。
これは良いぞと喜んだのだが、そうは甘くなく、細くするととても簡単にミスリルの線は断線してしまうことが分かった。 すぐに折れて断線してしまうのだ。
どの位の太さなら断線しないで回路を作れるかと試してみたら、残念なことに今作っている回路の太さと大差なかった。
うん、きっと先人も試して回路の線の太さとかを決めたんだろうなぁ、と僕は感心したし、自分が間抜けな気がした。
それでほとんどこの努力を諦めかけていたのだけど、ふと、回路を設計する時に紙に書くための鉛筆が目に入った。
「アーク、鉛筆みたいに、芯をミスリルにして、周りを他の金属で包んだら折れなくないかな。
土魔法だったら、そういうのも作れるんじゃないか。」
「そんなことやったことないから、出来るかわからないけど、やってみるしかないよな。
周りの金属は何にしようか、折れにくいものでないとダメだよな。」
折れにくい、つまり曲がりやすさと値段を考えて、僕らは銅を使うことにした。
もう一つの理由としては、銅は割と高温に強いということがある。
僕の作る魔道具は火属性だからね。
アークは最初割と大きな塊で、真ん中にミスリルで周りに銅の棒を作った。
それを元にして、今度は細く引き伸ばしていき線にした。
その線の太さを今までのミスリルの線と同じにまでしたが、大丈夫だろうか。
実験は上手くいき、ちゃんと魔力は通ったし、軽く何回か折り曲げる程度なら断線することも無かった。
ただ問題も見つかって、ミスリルの部分が細いので、線を他と繋ぐのに苦労した。 そこで繋ぐためのソケットの様なモノをアークと考えて開発した。
僕たちは、これも組合に登録したが、これらは普通に工夫として登録された。
組合長は言った。
「これはミスリルの金属商には恨まれ、銅の金属商には喜ばれそうな工夫だな。
魔道具を作る魔技師はこぞって買いに来そうだがな。」
僕とアークはこの線を作って、おじさんの店で売ってもらうことにした。
やっとおじさんの店がいくらか儲かる商品を開発することができた気がする。
この線を見たリザは、目をキラキラさせて、
「私の夢がこれを使えば実現できるかもしれない。」
なんて言っている。
はてさて、何を考えているのだか。
 




