結婚とベルちゃんの実力
王子殿下誕生の公式なお祝い行事は、すぐに行われることにはならず、次の叙爵式の時に同時開催されることとなった。
行事の準備に時間が必要なこともあるが、お祝い行事をして、またすぐに叙爵式となると、王都に集まる貴族の負担が大きいだろうという配慮である。
さすがに今回のお祝い行事には、公爵一派も全て王都に来ない訳にはいかず、一度に二つの行事を行うという知らせに、反対はなかった。
というよりは、公爵派の貴族たちは安堵していたことであろう。
2度となると、片方は代理にするにしても、経費は嵩んでしまうから。
王都に居る陛下たちにしてみれば、準備に時間の余裕があることは悪いことではないし、僕らにしてみれば、より長く人の目を王子殿下誕生に引きつけていられる訳で、とても都合が良い。
その間に目立たずにより多くのことが出来る。
そのちょっとだけ、自分たちで考えた以上に、影に隠れていられる時間が出来た時、ダイドールが訪ねて来た。
仕事上の報告などにダイドールが僕たちの家の共同の居間に訪ねてくるのは、これといって珍しいことではないのだが、今回はターラント、フラン、リネの3人も一緒にやって来たので、僕たちは何事かと思った。
西の町に居ることが多くて、あまり顔を出せないターラントを除けば、ダイドール、フラン、リネはよく顔を見せるので、子どもたちも警戒感を見せるどころか、上の2人とラーラの子どもはフランとリネに近寄って、遊んでもらおうとしている。
フランたちに近寄って行こうとしている子どもたちに、「お話が終わってからね」と、それを制しながらラーラが言った。
「4人一緒にここに来るなんて珍しいわね、何の話?
何か揃って話さなければならない事柄でも起きたのかしら。
重大な話で必要があるのなら、うちの旦那とおじさんを呼びに、誰か走らせるけど」
ラーラは、この場にペーターさんとおじさんが居ないのが問題になるかも知れないと考えたようだ。
確かに4人が揃ってやって来て、話をしなければならないような事柄なら、ペーターさんとおじさんにも居てもらった方が良い。
ことによっては、御前様にも知らせて来てもらわなければならないかも知れない。
「いえ、ペーターさんと父上様には、後で話していただければ十分ですから、そこまでする必要はありません」
ターラントが少し慌ててラーラの言葉に答えた。
僕たちはその返答に、ちょっとだけ安心してというか落ち着いて、アークが言った。
「それならまあ、ゆっくりとお茶でも飲みながら話そうよ。
ラーラ、お茶を淹れてくれよ、たまには自分やカンプが淹れたお茶じゃないのが飲みたいよ」
その言葉にラーラがちょっと苦笑してお茶を淹れに行こうとすると、フランとリネが、「あ、手伝います」とラーラと一緒にお勝手に行った。
「ターラント、冒険者の村の様子はどう?」
僕はとりあえず、新しく作っている冒険者の村の現状を、村作りの責任者の立場にあるターラントに聞いた。
「そうですね、冒険者に暮らしてもらう家などの建設は着々と進んでいて、もう計画の半分くらいは出来上がりました。
村の中の道や、ダンジョンへの道、そしてここへ繋がる道などの整備は終わっていて、その街路樹なんかもペーターさんたちが既に整備してくれました。
冒険者ももう50名以上は新たにやって来ていて、そっちの管理はカレンに任せています」
僕が声を出す前に、アークが聞いてくれた。
「ええと、カレンて誰だっけ?」
「イザベルと一緒にやって来た、フランとリネの後輩の魔技師の1人じゃない。
土の魔技師だったわね」
リズが呆れたという感じで、アークに言った。
良かった先にアークが声を出してくれて、僕もとっさに思い浮かばなかった。
ちなみにもう1人は水の魔技師でアーネだったかな。
「いや、だって、俺とカンプは、イザベルはともかく、あとの2人にはあまり顔を合わす機会がなかっただろ。
とっさにパッと思い浮かばなかっただけだよ」
アークが僕に同意を求めて来たが、ここはそれに同意しても否定してもいけないと思って、それに気付かないふりをして、ターラントに続きの言葉を目で求めた。
「ええ、イザベルと同期で来た1人です。
リズ様の言うとおり土の魔技師ですからね、今回の冒険者の村作りでは、私の下で仕事を覚えてもらっています。
その流れで、村の運営を任せようかと。
でもまあ現実的には、冒険者の町は組合とサラさんが一番顔が広くて、冒険者一人一人を把握していると思いますけど。
カレンは、サラさんと組合職員さんに手伝ってもらいながら、冒険者を把握しているという感じですね。
今現在は、冒険者の村で一番忙しくしているのは、サラさんでしょうか」
ターラントは僕の視線に気がついて、話を上手く引き取ってくれた。
そのターラントの言葉を聞いて、エリスが言った。
「今、サラさんは確かに大忙しだわ。
冒険者の村に作った店で売るものを揃えるのに、てんやわんやしているわ。
主食の穀類は、保存性が良いから運び込むだけで用が済むのだけど、生鮮品は常に新しい物が届くように、流通自体を整えるところからしないとダメだし。
それに加えて、冒険者が普段の生活に必要な雑貨も今はみんな求めているから、そっちにも対処しなければならなくて、大変みたい」
「そういえば、頼まれていたことがありました」
エリスの言っていることを聞いていたターラントがアークの方を向いて言った。
「冒険者の村に、北の町から、パン屋さんが来てくれるのですけど、そのパン屋さんに大型のパン焼き窯の設置をお願いされていました。
サラさんのところに要望が入っていて、アーク様に伝えて欲しいと頼まれました。
何でもそのパン屋さんは、昔、北の町でアーク様やカンプ様に世話になったことがあるとのことです」
北の町のパン屋か、懐かしいな、と僕は思った。
もう遠い昔のような感じがするけど、僕たちがトラブルに巻き込まれ出した、一番最初が北の町のパン屋でのことだった。
そうか、あのパン屋さんが来てくれるのかと僕は思った。
「そうだったな、冒険者がダンジョンに入る時に持っていくパンを焼くパン屋は、冒険者の村には絶対に必要な店だった。
本来なら店と共に先に設置しておくべきだったな。
それにしても北の町のパン屋か、懐かしいな」
アークも僕と同様に感じていたようだ。
ターラントから新しく作っている冒険者の村の話を聞いているうちに、お茶も配り終わり、ラーラ、フラン、リネたちも話に耳を傾けるだけではなく、自分たちもそれぞれの席に着いた。
それを待っていたかのように、ターラントが今回ここに来た目的を話し出した。
「今回、王子殿下誕生のお祝いを、叙爵式と一緒に行うことが決まったことにより、予定外の時間を得ることが出来たのは、我がブレイズ家にとっても有利なことだったと思います」
アークがちょっとため息をつきながら言った。
「確かに冒険者の村を作ったり、冒険者を呼び集めたりしていることが、その騒ぎに紛れて注目を集めていないからな。
しかし俺はそのせいで、爺さんの『なぜ、すぐにでも王都にお祝いに駆けつけないのだ』という小言に毎日悩まされることになっているのだけどな」
みんなちょっと同情の眼差しをアークに向けた。
リズもこの事はアークに本当に同情しているようで、普段はアークに厳しい口調で何かしら言うのだが、何も言わなかった。
アークは本当に、御前様の小言に困っているのだろう。
「まあ、アーク様にはちょっと災難になってしまったみたいですが、ブレイズ伯領全体で考えれば、有利に働いたのは確かだと私は思っているのです。
それで、ま、何と言いますか、私も個人的には予定外に少し時間的余裕が出来まして、この予期せぬ時間を自分としては有効活用して、積年の問題の解決を図りたいと考えたのです。
いえ、積年の問題といっても、領政の問題とか、ブレイズ家の問題とか、私の家宰としての問題とか、そういった話ではなくて、私のごく本当に個人的な問題でして、カンプ様たちを煩わせるようなことではないのですが」
えーと、わざわざ僕たちを訪ねて来ての話だから、何か重要な話だとは思うのだけど、ダイドールのいつもの明晰さは全くなく、しどろもどろな口調はだんだん小さくなって、それとは逆に顔は赤くなっていった。
僕たちは訳がわからず、黙って聞いていたのだけど、具体的な話が全く出てこないうちに、ダイドールの言葉が止まってしまった。
「全く何をしているんだ、ダイドール、仕方ない、私から話をさせていただきます」
ターラントが、ダイドールの様子を見かねて、自分が話をすると言った。
「カンプ様、エリス様、アーク様、リズ様、そしてラーラさん、私ターラントはこの機会にリネと結婚することにしました。
そして、ダイドールとフランも結婚することになりました」
何だそんなことかという感じで、エリスが即座に言った。
「あら、おめでとう。
やっとそういうことになったのね」
「全くいつまで待たせるのかと思っていたわよ」
とラーラも続いた。
「はい、ありがとうございます」
リネは普通にそう答えたのだが、フランは照れ臭いのか、言い訳をした。
「私たちも、もういい加減良い歳になっちゃって、貴族としてはもう嫁き遅れという感じになって来ちゃって、でもまあ私たちの周りにはこの2人しかいなかったので、仕方ないかな、と」
「何言っているのよ。
ここに新たな家を建てる時に、私は何であなたたち2人はまた一緒に住む家を建てているのかと思ったわよ。
まあ、さすがに大きな家は建てないみたいだったから、少しは後のことも考えているのだなと思っていたのだけど」
リズの言葉にリネとフランは照れ臭そうに沈黙した。
どうやら女性陣はこうなることを以前から感じていたようだ。
アークが少し偉そうな口調で言った。
「その辺は、ダイドールとターラントが良くないな。
いくら仕事が忙しかったとはいっても、もっと早くにこういう事はきちんとしておくべきだったんだ。
もうそれぞれに領地持ちの貴族家の当主なんだから、きちんと妻を持って、家の安泰を図るのも貴族の務めだからな」
おいおいアーク、お前も僕と一緒で、この事はちっとも気づいてなかったよね。
僕だけ知らなかったということじゃないと思いたい。
「アーク、何偉そうなこと言っているのよ。
あんたもカンプと一緒で、何も気付いていなかったでしょ」
ラーラがアークにツッコミを入れて、僕は安心したような、賢明にも何も反応を示さなかったのだから、僕もアークと一緒にはして欲しくなかったような、複雑な気分を味わった。
顔にそれが出たのか、エリスがクスッと笑った。
「それはともかく、そういう事なら、お祝いの宴をしなくちゃな」
僕がそう言うとリズが言った。
「私たちの時のように、村の人たちにも参加してもらって、結婚式をしましょう。
村を挙げての式にすれば、村人たちもみんな喜んでくれるわ」
みんながそれに賛成して、4人が照れ臭がる中、どんな催しにするかを話し始めたのだが、アークが一言呟いた。
「良かった、これで爺さんの気が削がれるぞ。
村人たちと共に祝うとなれば、爺さんもそっちにも気が取られるだろう」
アークはどうも御前様の小言から離れられないようだ。
4人の結婚式で、村がこっちに移動して以来の大きな催しになり、大騒ぎをした後、急に知らせが来て、ベルちゃんが村にやって来た。
時期的にも、もうすぐ叙爵式という時期ではあるし、今回は弟の王子の誕生を祝う公式の祝典も開かれるのだから、とても村に来ている暇はないだろうにと僕は思った。
「ベルちゃん、弟殿下は可愛いでしょう。
この村になんて来ていて良いのですか」
エリスがやって来たベルちゃんにそう尋ねると、
「私も赤ちゃんと離れるのは、もし離れている間に私のことを忘れられちゃったら困ると思って、ちょっと嫌だったのだけど、お父様が式の前に一度ここに行って来なさいって。
『お前は、新しいダンジョンの責任者になるのだから、その任命が公にされる前に、一度は実際にその場を見ておかねばならない』って」
と、ベルちゃんは少し神妙な感じで答えた。
そうだった、新しく発見されたダンジョンは、今回は公式的にはベルちゃんの管理下に入るというか、ベルちゃんがダンジョンの責任者に任命されることが決まっていたのだった。
そのことも今回一緒に発表されることになるから、そのための半分公式な視察ということらしい。
「それから、弟が生まれたこともあるし、ダンジョンの管理を任されることもあって、今度の叙爵式では形式的なことだけど、私も女公爵として爵位をもらうことになるの。
それと、私が管理している場所であることを示すというか、それを象徴する施設を作ることをカンプさんたちと相談してくるように言われているの」
なるほど、具体的な相談もあって、ベルちゃんは村に来たようだ。
それでベルちゃんが提案した、ベルちゃんを象徴する施設は、池というより湖だった。
僕たちは何となくベルちゃんは、ガラスの器に火の魔道具で絵や模様を彫り付けている芸術家のようなイメージがあって、忘れてしまっているが、ベルちゃんは王家の姫で、当然のことながら、超強力な水の魔術師、もっと具体的にはレベル4の水の魔術師だったのだ。
だから、王家の者であることを象徴する施設ということになれば、水に関係する施設なのだ。
僕は今更ながら旧公爵邸、今は西のデパートになっているところにある池にもそんな意味があったのだと気がついた。
きっと僕が思い浮かばなかっただけで、他の貴族たちには明白な事柄であったのだろうと思う。
そして、ベルちゃんの提案した池は、ベルちゃんの魔力の大きさを表すために、公爵が作った池の規模を遥かに凌ぐ、湖と呼べるような広さの池だった。
僕たちはみんな、計画された湖の広さに、こんなに広い場所に水を溜められるのかと、とても驚いた。
湖は、ターラント、カレンをはじめとする村にいる魔技師たちにより、ダンジョン近くに作られた。
底を土の魔法によって、水漏れしないように固めることが主目的の工事だが、工事にあたる魔技師たちもみんな、その広さに最初は何を作ろうとしているのか分からなかったようだった。
しかしベルちゃんは3日掛けて、その広さに水を溜めて見せた。
僕たちはベルちゃんの持つ魔力量に本当に驚いたのだが、ベルちゃんはこれから、ここで取れるレベル2の魔石を魔力を貯める魔石にして、それを使って、常に水を湖に補充することにする計画らしい。
そのための水の魔道具をリネに相談してもいた。
僕はベルちゃんに魔石に魔力を込めるコツを教えたりもした。
僕たちのように、半ば無意識に他のことをしながら魔石に魔力を込めることが出来るようになるのも、そんなに時間が掛かることではないだろう。
そしてダンジョンから最初の頃に得られるレベル2の魔石は、僕の手によって、それ用の魔力を貯める魔石にすることが決まったのだった。




