国が沸き立っている内に
「えーと、ちょっと整理すると、まず最初に、王子殿下がお生まれになったことは、まだ公にはなっていないことなんだよね」
「はい、もうしばらくしたら、大々的に発表がなされるという話でした」
僕はダイドールに念を押しといてから言った。
「ということは、まだ迂闊に焦ってお祝いに王都に行くなんてことは出来ないな。
公になってから動かないと、人目を引いてしまって、そこから情報が漏れるかもしれない。
僕らが隠している情報が漏れるだけなら仕方ないけど、王宮で伏せていることが僕らの動きから漏れてはいけない。
そういうことで、御前様、王都にお祝いに向かうのは少し待ってください」
「確かに、そういうことなら仕方ないな。
儂等が動くことで、王宮の迷惑になってはいかん。
伯爵の言う通り、王子誕生が公に発表されるまで、残念と言うか、少しじれったいが待たねばなるまいて」
御前様はすぐにでも王都に向かう勢いだったが、僕の言葉に納得して、王都に行く時期を公表されるまで待つことにしてくれた。
御前様は時々僕のことを、伯爵呼びするのだが、ある時それが僕が御前様から見て、貴族として正しい判断を口にしている時で、僕のことを認めた時だと気がついた。
今回の僕の言葉も、御前様に貴族として正しい判断だと認めてもらえたようだ。
僕は御前様に伯爵呼びされると、ちょっとこそばゆい感じと、認められた嬉しさを感じる。
僕はついちょっとだけ頬が緩んでしまった。
それにエリスが気がついて、エリスも口の両端がほんのちょっとだけ上に動いた。
僕はそのちょっとした変化にも気が付いて、余計に嬉しく感じてしまった。
ま、僕がその小さなエリスの表情の変化に気づいたのも、御前様の言葉が嬉しかったことを、ついエリスとも分かち合いたいと、チラッとエリスの方に視線を走らせたからなんだけど。
意識をちゃんと戻して、ダイドールに質問を続ける。
「ダイドール、ダンジョンのことは、お生まれになった王子殿下についてのこれからの騒ぎが収まるまでは、僕らに任されたというのは本当なのか?」
「はい、『事を大きくしないでくれ』という注意というか制限は受けましたが、陛下の方ではダンジョンにまでは手が回らないので、しばらくの間はブレイズ家の自由裁量に任せるということだと思います」
「それを聞いて、ダイドールはどう思った?
率直な意見を聞かせてくれ」
僕がそう言うと、ダイドールは顎を右手で触り、ちょっと首を傾げて考えてから答えた。
「本当に率直に答えた方がよろしいのでしょうか?
私の意見はちょっと不敬な部分も含んでしまっているのですが」
「この場なら構わないだろう。
あくまでこれはブレイズ家内の私的な話し合いで、公式に何かを表明する訳ではないし、ここでの話を外で広めるような者はここにはいない。
あ、もちろんターラントやペーターさんなどの主要なメンバーには話しても構わない。
そうでないと困ったことになるからね」
ラーラの方をちょっと見ると、ラーラが真剣な顔で頷いたので、僕はつい「ラーラには似合わない顔だな」と思ってしまい、笑いそうになってしまったが、この場には相応しくないと思って、それを噛み潰した。
ラーラは僕のその表情を読んで、声には出さなかったが少し膨れっ面をして、「私だって真面目な話の時には、ちゃんと真剣な顔をするわよ」と伝えてきたので、余計に僕は吹き出しそうで我慢するのが大変だ。
「うん、ああ、えーと、だからダイドール、何も気にせず思ったこと、考えたことを素直に述べてくれ」
「はい、まず一番に思ってしまったのは、これは良い隠れ蓑になるぞ、ということです」
ダイドールが言う通り、王子殿下の誕生は、新しいダンジョンの問題を上手く隠してくれることになった。
僕たちは、国内が王子様の話題で沸き立っている中、ダンジョンにレベル2のモンスターが現れた対処を、大急ぎて進めていく。
ダイドールの言葉で言う、「既成事実を少しでも多く、問題が公化する前に積み上げる」ということだ。
多く積み上げておけばおくほど、ダンジョンによる権益を守れるとダイドールは考えているのだろう。
ダンジョンを王家の所有とするのは、国法からも慣例からも仕方がないことではあるけれど、だからと言って、またしても苦労して開発した土地を取り上げられるのは許せない、というのがダイドールをはじめとした家臣たちの気持ちなのだろう。
冒険者の町を作る基本的な土木作業や、建築作業はターラントの指揮の下、急速に進んでいった。
町割が決められると、道が作られ、次々と規格通りの建物が作られていく。
この辺は僕たちのところの土の魔技師たちは、もう3度目となり、道作りや町作りはエキスパートたちである。
道の街路樹や、その村を風や砂から守るための風上側の植林も、ペーターさんを中心とした植林隊によって、次々と進められていく。
町の道や建物が作られて目立って村が立派になっていくのと違い、植えられた木はまだ苗木なので、そんなに目立たないのだけど、成長の速い木が植えられているので、2年もすれば、この新しい冒険者の村も緑が豊かな町になっていくと思う。
今回の冒険者の村は、一つだけ僕たちの今までの村とは異なっている点がある。
それは何かというと、今までの僕たちの村の家には必ず各戸にルルドの木が植えられたのだが、この冒険者の村ではルルドの木は植えられていない。
理由は、まず第一に冒険者はルルドの実を収穫して売るなどということはしないからなのだが、もっと大きいのはルルドの木の栽培方法の秘密保持の為である。
という訳で、この冒険者の村の下水処理は、僕たちの村の処理方法ではなく、東の町の処理方法に準拠した形となっている。
つまり各戸より汚水を集めて、1箇所で処理する方法だ。
これはこれで、意味のある処理方法ではある。
今までの僕たちの村の汚水の処理は、その液体部分は植えられたルルドの成長に回され、固形部分は別にされて肥料に回される。
それがルルドの木の栽培の重要な部分ではあるし、考えられた素晴らしいシステムでもあるのだが、一つだけ前の時に問題が出た。
それはダンジョンがあると、ダンジョンからは魔石が産出されるのだが、その副産物として、モンスターの死骸も出るのだが、その死骸の処理に困るのだ。
東の町や北の町がモンスターの死骸をどうしているかというと、それも大きな資源であって、町の下水処理と一緒に処理されて、とても良質な肥料が作られるのだ。
肥料を作ると言っても、難しいことをしている訳ではない。
汚水と死骸を一緒にしてある程度決められた区域に溜めれば、それを砂漠ミミズがどんどん処理してくれるのだ。
溜める区域を何箇所か作っておけば、ある程度溜めたら次の場所に移動するだけである。
砂漠ミミズによる処理が終われば、その場には豊富に栄養を含んだ良質の肥料が残されていて、乾かして売られて畑に撒かれることとなるのだ。
砂漠ミミズといえども、全く水分が無くては、発生することが出来ない。
モンスターの死骸という餌があっても、それだけでは砂漠ミミズを活用することは出来ない訳で、前の村にダンジョンが出来た時には、モンスターの死骸の処理のために、それ専用の処理施設を作ることを検討していた、
ま、結局作る前に領地替えが決まったので、作りはしなかったけど。
今回は東と北の町と同様に、村の下水処理と一緒に処理できるので、特別な散水設備などは必要ない。
処理した後で良質な肥料が手に入ることを考えれば、一石三鳥の施設を村に作ることになるのだ。
という風に、今度の村は今までの村と少し違うところもあるのだけど、村を作る土の魔技師たちや植林隊たちは、その違いも楽しいと感じているみたいで、工事はどんどん進んでいった。
一つには、土の魔技師には植林隊の一員を夫にしている人がかなりいて、その奥さんたちが旦那と近くで働くことは珍しく、休憩や食事の時間は一緒になるので、それがちょっと嬉しいような、気恥ずかしいような気分を味わっているからかもしれない。
なんとなく現場が和気あいあいという感じなんだよな。
「カンプ、俺もやはり土の魔技師として、ターラントたちを手伝うから。
なるべく早く工事を終えて、冒険者を受け入れて、既成事実を作りたいからな」
アークが僕にそう言って、工事に加わってしまった。
家で仕事をしていると、子供たちの世話などに女性3人に良い様に使われてしまうので、それから逃げ出したのは間違いない。
火の魔技師は、村作りの工事には役に立たないからなぁ。
村作りの工事がある程度進むと、アラトさんが声を掛けた冒険者たちが少しづつ集まって来た。
その前に当然ながら、組合の人は先に村に来ている。
組合の人は、魔石の買い取りをするだけでなく、ダンジョンへ入る冒険者を管理することになっているので、最初に村に来て働いてもらわなければならないからだ。
最初、食料品をはじめとする生活に必要なモノを得るには、僕らの村まで来てもらう必要があったのだけど、それでは不便なので、エリス雑貨店の支店がすぐに作られた。
店長はサラさんだ。
サラさんは西のデパートを店長さんと2人で回していたのだが、こちらに移ってもらった。
というのは、この村の店には、どうしても実力のある人がいてくれないとダメだったからだ。
冒険者の村は、村人が冒険者だから、自ら食材を生産する訳ではないし、村に耕作地がある訳でもない。
つまり、全ての食材を他所から運んで来て、用意しなければならないのだが、僕たちの村には冒険者の村まで賄えるほどの食料の生産は出来なかったのだ。
僕たちの村は基本は300人規模の村人だったし、当初の計画でも500人規模くらいの村を想定していた。
現実的な話として、元々の村人、つまり300人以下が食料生産を担っているのだが、村人は前からの施策で、それ以外にも仕事をほとんどみんな持っていることもあり、現在の500人規模の食料生産で目一杯なのだ。
ということで、諸々の食材などを僕たちの村以外からも集めなければならないのだが、元々が砂漠のこの地方では穀類の様な乾燥させて輸送される物は別だけど、生鮮食料品の輸送なんて、近場以外では難しい。
結局、近隣の、つまり家臣の領地から持ってくることになるのだが、上手く必要な物を発注するだけでなく、それぞれの領地に必要な物の増産を計画してもらったりの折衝なども必要となってしまった。
ということで、能力もある、顔も利くということでサラさんに頼むしかなかったのだ。
それぞれの領地は、自分の所で必要とする以上の需要が出来て、好景気になったのだが、これを好機に一番上手く利用したのは、ラーラのところのフランの従兄だった。
フランの従兄のフランクは、冒険者の町に食材を売るという話から、ラーラの領地で食肉の生産を大々的に始めたのだ。
「冒険者は体力を重視しますからね、肉や魚の消費量が多いと思ったのですよ。
それに食肉用の家畜の生産は、要するに草原を作れば良いだけですから、畑を作るよりも簡単なくらいですからね」
そう簡単そうにフランクは言っていたが、実際にはフランに頼んで、リネに新たに家畜の飲み水を自動に給水する新たな魔道具なども作ってもらっている。
家畜を放す方法な放牧地の作り方なども、色々な方法を試して最善の方法を模索したみたいだ。
「ダイドール、確かにフランの従兄は、とても優秀みたいだね。
次の叙爵式の時には申請して、騎士爵にしてもらって、ラーラのところだけじゃなくて、全体の領政に関わってもらおう。
そうすればダイドールも少しは楽になるんじゃないかな」
「彼が加わって楽になるかどうかはわかりませんが、何か他のことを始めて忙しくするんじゃないかという気もするんで。
でも、彼の才能はラーラさんのところだけじゃなくて、全体に生かした方が良いと私も思います」
と、まあ、家臣の領地も含めた僕の領地は、新たに冒険者の村を作ったことにより、新しい事業が起ったり、景気が良くなったりしたのだが、それだけで食料の不足、一番は生鮮品の不足を完全には補えなかった。
根本的解決は、生産者を増やすしかない訳で、僕の領内ではどこも新たな入植者を増やした。
僕は入植者が順調に増えたことが不思議だった。
家臣に領地が与えられて、そこの開発をしていた時は、何が苦労したと言えば、入植者の確保が一番の問題だったのだ。
ブレイズ家式の領地の開発の研修に来た、多くの人の協力なんかでなんとか凌いだ感じだったから、今回はどこから人が来たのかと思った。
「どうやら意外に今回は苦労していないみたいだぞ。
公爵領に移住した庶民が、随分とことっちに戻って来ているみたいなんだ。
彼らに元の土地や住まいがある訳じゃないから、喜んで入植しているらしい。
ま、うちに限らず、人手の確保が出来なくて、開発が止まっていた領地では、戻って来た人によって、また開発が始まったみたいだぞ」
アークが解説してくれた。




