新たなダンジョンには
結局僕たちは王都で一泊だけでは済まず、二泊することになってしまった。
それもまる一日は、陛下が仮眠を取りに王宮に戻るのに一緒して王宮に行き、陛下の仮眠中も宰相さんや3伯爵たちと話をするという、僕たちにとってはとても疲れる内容の濃い一日だった。
僕とアークは、二泊した朝は急いで逃げるように王都を出てきた。
油断していると、まだ誰かに捕まってしまいそうだからだ。
二泊目の朝、僕たちが王都を抜け出す隙ができたのは、ウィークが流石に疲れて僕らより朝起きてくるのが遅かったからだろう。
ウィークは一日目から二日目にかけては全く寝ていなかったからね。
とにかく途中で止められるのは御免被りたいから、僕たちは西の町も、西のデパートにも寄らず、ひたすら馬車を走らせて村へと戻ったのだ。
幸いにも子供はまだ産まれてはいなくて、僕たちはほっとしたのだけど、エリスとリズも僕たちが出産前に戻ってきたことを、
「いてもいなくても何の問題もない」
と言っていたけど、やっぱり安心して喜んでくれたみたいだ。
子供は今度はエリスが先に生まれ、リズが後になったが、2人とも2度目の出産ということで、前よりも軽く済んだ感じだ。
生まれたのは、今度はどちらも女の子だった。
「エリス、もう1人頑張らないとね」
おばさんが変な激励をエリスにしていた。
僕は2人目が生まれたばかりなのに、と思ったのだが、貴族の家では男の子が生まれないと跡目問題が起こったり、第二夫人を持つようにという圧力がかかるらしい。
おばさんはそれを心配したらしい。
「まだブレイズ伯爵夫妻は若いから、今から心配することはなかろう。
ま、儂としても、アウクスティーラとエリズベートにも、もっと頑張ってたくさんの子を持って欲しいがな」
御前様がそう言って笑ったので、深刻な感じにならないで済んで、僕としては助かった。
生まれた子たちとまだ目を離すには早い子たちに囲まれて、他のことは何というか、それを理由に頭から忘れて少しの間日々を過ごしていた。
忙しく慌しいけど幸せな日々という感じなのだが、面倒臭い現実はなかなか僕たちをそのままにはしておいてくれない。
アラトさんがちょっと畏った感じで、正式に面会を申し込んで来た。
僕たちは、僕とエリスが元々は貴族ではないし、アークとリズも貴族の暮らしが嫌になって王都を離れようとしていたくらいだから、村の暮らしでは王都の邸とは違い、執事とかメイドとか召使といった人を置いていない。
家の作りも、今度の村の家は一応ダイドールが必要だからとのことで、領主としての公的な建物というのも建てられているのではあるが、実際にはほとんど使われることなく、僕たちに用がある人は、私的な僕たちとアークたち共用の居間というか、普段の生活空間になっている建物に来てもらって、話をする。
ま、なんて言うか、友人が家を訪ねて来て話をするという感じである。
まあそれは、訪ねてくるのは、家臣となっている者か、前の村の時以前からの知り合いだからという理由もある。
それ以前に領内の諸々の書類仕事その他の、領政というような仕事のほとんどはダイドールが行っているので、人はそちらに集まっているからである。
実はこっちに移動した当初は、ダイドールは自分の家と、僕たちの家に作った公式な建物があれば、仕事の場所には困らないと踏んでいたみたいだった。
ところが実際には、こちらに移動してから自分も含めて家臣の領地というモノが増え、それに伴い領政のための行政官という感じの人員がどんどん増え、ダイドールの家はそれに伴い自宅というよりはそれらの人たちがひっきりなしに訪れる職場という風になってしまった。
ダイドールは最初はそれでも構わないという感じだったし、足りなくなった場所は家にいることの少ないターラントの家を使うことにして凌いでいたのだが、どうにも効率が悪くなったのか、諦めて新たに領政のための官舎というか、オフィスを建てる羽目になったのだった。
話は脱線したが、とにかく僕たちの家に建てられた、領主としての公式の建物は、極たまに王家の使者や、村を訪ねて高位貴族の誰かが来たなんて時以外は使われない建物になっていたのだが、アラトさんは僕とアークに、そっちでの面会を求めたのだった。
「ちょっと重要な話となるので、まずは2人としっかりと話したいんだ。
俺だけじゃなくて、話には組合長も加わることになるから、まずは4人である程度まで話したら、そのあとは2人の判断で人を加えて話すことになると思う。
時間を決めてくれれば、俺も出直して組合長と一緒に来るよ」
僕とアークはアラトさんにそう言われても、呑気に構えていた。
何しろ今現在は、さすがに僕たちの家の中は大騒ぎで、少しちゃんとした話をするという雰囲気にはなかったからだ。
僕とアークがアラトさんと組合長が来る時間に合わせて、お茶の準備をしていると、時間通りに2人がやって来た。
組合長は僕たちがお茶の準備をしているのを見ると、
「伯爵と子爵自らが私たちの為にお茶の準備をしてくださるなんて、すごく光栄ですね」
と笑顔で言った。
「からかわないでください。
エリスもリズも、それに加えてラーラも家にやって来たんですけど、手が離せなくて、誰もお茶を淹れてくれる人がいないんです。
それでまあ自分でやらないとどうにもならない。
最近は僕とアークだけでなく、おじさんやペーターさんもお茶を淹れるのが上手になったんですよ」
僕がそう言って組合長の言葉に応えていると、アークが苦笑しながらも全員分のカップにお茶を注いだ。
「俺が話に来るのだから、初めから分かっていたと思うが、実はダンジョンの方に大きな問題が出た。
即座に組合長に報告したが、ちょっと事の重大性が大きくて、正式に領主であるあんたたちにも知って貰わなければならなくなったんだ」
「アラトさんたちに頼んだのは、前と同じにダンジョンの初期調査と可能な限りの地図作りだったのだけど、大きな問題って何があったのかな。
発生するモンスターの数が割と多くて、今のアラトさんたちの態勢だと手に余るのかな。
前の時みたいに俺たちに協力を求められても、今は前のようにはいかないよ。
あの時は、リズとエリスがノリノリでモンスター狩りをしたのだけど、今は子供が生まれたばかりで、とてもそんなことに時間をとる余裕がないから」
アラトさんの言葉に、アークがそう先手を打った。
僕もアークの言葉に続けて言った。
「今までは情報漏洩を恐れて、アラトさんたち以外の冒険者は受け入れてませんけど、必要ならもう少し村に信頼できる冒険者に来てもらっても大丈夫だと思います。
前にも報告したけど、もう陛下たちには今回のダンジョンのことも報告してありますから、もし知られてしまうことになっても、必要があってしたことの結果でしたら、問題にはならないと思いますから。
アラトさんの知り合いの、信頼のおける冒険者はもっといますよね」
「ま、確かに冒険者の数は、これからもっと多くしないとどうにもならない。
その結論は変わらないのだけど、そこに至る理由をもう少し詳しく知って欲しいんだ。
今度のダンジョンがどんなダンジョンか、2人はどう思っている?」
どう思うも何もない、アラトさんは何を言っているのかなと僕は思った。
「いや、どう思うも何も、アラトさんからの報告しか僕たちは情報がありませんから、前に発見したダンジョンよりも大きいかもという事しか知りませんよ。
まあ、組合長が「魔石の買取が誤魔化せない量になった」と言うので、王都まで嫌だけど報告に行って来たから、発生するモンスターの量も、ダンジョンの大きさが前より大きいせいか多いのかな、とは思いましたけど」
「ええ、その認識で正しいです。
ですから発生しているモンスターの量だけでも、もっと冒険者の数が必要になるという話は、もう少しカランプル君とアーク君が落ち着いたらしようと私も考えていました。
でも、そんな風にのんびりとは構えていられない事態が発覚したんですよ」
組合長が僕たちを少し脅すような感じで言うと、すぐにアラトさんがその事態を教えてくれた。
「今度のダンジョンではレベル2の雷ウサギが発生した」
僕はその言葉を聞いて、その事態に対応する為に、翌日会議を開いた。
メンバーは前日の4人に加えて、おじさん、ダイドール、ターラント、ペーターさんだ。
ターラントは急遽西の町から呼び出した。
ターラントは緊急の招集を受けて、夜道を駆けて夜中に到着したようだ。
以前なら砂漠の道を夜中に駆けるなんて自殺行為だったのだろうが、今では西の町と僕たちの村の間は両側にしっかりと大きくなってきた街路樹の並ぶ、路面もしっかりと整備された道だから、夜間に走ることも出来るのだ。
「新たに発見されたダンジョンに、レベル2の雷ウサギの発生が確認されたことは、今回緊急にみんなを招集する為にその理由として伝えた通りだ。
雷ウサギの発生が確認されたことは、とても大きな問題を含んでいると思っている。
みんなの意見を聞かせてくれ、それからこれからどうしていかねばならないかもどんどん出していってくれ」
今まで僕たちの国では、レベル2の雷ウサギが発生するのは、北のダンジョンだけだった。 東のダンジョンでも、最初に僕たちが発見した今の公爵領にあるダンジョンでも発生は確認されていない。
まずはその雷ウサギの発生が確認されたということが大きな事件だ。
問題はそれだけじゃない。
今まで何故、北のダンジョンだけで発生していたかについては、北のダンジョンが他と比べて大きなダンジョンだからと言われている。
ダンジョンの大きさは少しづつ変わることが、最近になって僕たちのライトの魔道具のおかげで、ダンジョンがきっちりと隅々まで調査されて正確な地図が作られるようになって判明した。
それで北のダンジョンが最近成長している、というか新たな場所が増えて、少し大きくなり、冒険者はそれにより今まで通りのレベル2の雷ウサギだけでなく、レベル3の土モグラが発生しているのではないかと期待した。
ダンジョンが広がったのは、土モグラが新たに掘って洞窟を作ったのではないかと、仮定したからだった。
しかし残念ながらレベル3の土モグラは発見されなかった。
それでも、ダンジョンの大きさによって、発生するモンスターのレベルは決まってくるというのが、冒険者の間でも、組合でも信じられているのだ。
つまり、今回発見されたダンジョンは、雷ウサギの発生が確認されたことにより、公爵領のダンジョンより大きい規模のダンジョンではなく、北のダンジョンに少なくとも近いような規模のダンジョンである可能性がとても高いのだ。
とすれば、レベル2の魔石が採れるというだけでなく、日々採れる魔石の総量が北のダンジョンに近い量になる可能性が高いのだ。
使用できる魔石の数や、使える魔力が富の源泉になるこの世界では、このことはとても大きな意味を持つのだ。
「とにかく、雷ウサギの発生が確認された今となっては、俺たちだけでダンジョンの調査を続けることはできない。
今までの火ネズミしかいないと思っていたつもりで中で行動していて、もし雷ウサギに囲まれでもしたら全滅しちゃうからな。
そんな危険なことはできない」
「私からも慎重にダンジョンの探索を進めるようにお願いします。
探索が進んで雷ウサギのいるポイントというか、発生場所が決まっていたりしたら、まあ安全に冒険者が狩りを出来ると思いますが、それがはっきりするまでは安全第一の作戦でいくしかないですね」
アラトさんの言葉に組合長も言葉を継いだ。
「つまり、具体的にはダンジョンに冒険者をたくさん投入して、冒険者一人一人のリスクを小さくするしかない、ということですか」
「そういうことです。
雷ウサギの持っている魔力は火ネズミの倍どころではないですから、それだけ冒険者も余裕を持った進退をしなければなりません。
火ネズミだけしかいないと思っていた今までなら、まだ先に行ってもっとモンスターを狩れるという状態でも、もしかしたらその先に雷ウサギがいるかもしれないと思えば、戻るしかなくなります。
つまり1つのパーティーがダンジョンの中を進める距離は、今までよりもずっと短くなり、狩れるモンスターの数も少なくなってしまいます。
その分をダンジョンに挑む冒険者の数と、効率よくローテーションして、常時何かあった時にそれに対処できるだけの余力となる冒険者が、ダンジョン内に存在している必要があるということです。
組合としてもダンジョンのある程度の全容が知れるまでは、組合主導で、ダンジョン内にいる冒険者の配置などもしていく必要があると考えています。
基本冒険者は自由に自分の考えでダンジョンに臨み、そのリスクも自分で甘受しなければならないのですが、このように全く様子が知れていない時には、それではリスクが高すぎますし、ダンジョンの地理を始めとする情報が即座に伝わらず、より被害を大きくする可能性がある為です」
ダイドールの簡単な言葉に、組合長さんが詳しく答えてくれた。
「そうなると、どのくらいの人数の冒険者がこのダンジョンに挑むことになるのですか?」
僕が問うと、アラトさんが
「今、大体300人程の冒険者が、北の町で活動していると思う。
とりあえずその1/3の100人くらいは、ここに挑んでもらわないと、ダンジョンの探索は進まないのではないかと思う。
当座はそんなところで、ダンジョンの大きさが知れてきて、北のダンジョンともし同程度ということになれば、200人規模になるかも知れないな。
そうなると、北のダンジョンに200人の冒険者、同様にここにも200人の冒険者となる」
「それじゃあ冒険者の数が、合わせると400人になってしまって、最初の300人とは違っているぞ。
ああそうか、東のダンジョンにも冒険者はいるか」
アークが数の疑問を口にしたが、それにもアラトさんが答えてくれた。
「確かに東のダンジョンにも冒険者はいるけど、その数は50を超える程度だろう。
でも東のダンジョンに入っている冒険者は初心者が多いから、ここのような未知のダンジョンを探るとなると、ちょっと数には入れられないな。
数が合わない100は、元々は冒険者だけど、今は冒険者としての活動よりも他のことを主にしている人の復帰を見込んでいるんだ。
北のダンジョンは、以前より少し大きくなり、出現するモンスターの数も増えたとはいっても、冒険者全員に十分なほどのモンスターを生み出す訳じゃない。
その辺の塩梅で、北のダンジョンに潜る冒険者の数は300となるのさ。
まあそれで、あぶれた分を今は公爵領となった新しいダンジョンが引き受けてくれるかと期待が高まったのだけど、そっちはどうも公爵の息が掛かった者以外は歓迎されなかったのさ。
そこでまあ、今は冒険者に拘らなくても、ここの魔道具屋のおかげで、魔石に魔力を込めれば十分な収入が得られるから、そっちで暮らすことを選んでいる者も結構な数になっているという訳さ。
しかし、そういう連中だって、新しいダンジョンの探索なんてことになれば、元々の冒険者としての本能が疼いて、きっと参加してくるだろうと踏んでいるのさ」
アラトさんのその言葉を聞いたターラントが言った。
「ということは、最低でも100人規模の冒険者、もしかしたら200人規模の冒険者が新たにこの地で暮らすことになる訳ですか。
この村は元々は200人規模程度の村で、移る前に増えたとはいえ300人規模程度の村だったのですよ、最近は色々と持って増えはしましたが。
それでもその最初の規模に近い移住者が、近々この地に来るので、その準備をしなければならないということですね」
「いえ、ターラントさん、冒険者はここの村人たちとは違って、彼らだけでは生活が成り立ちません。
その冒険者を支える人も移住して来ることになるので、もっと規模は大きくなりますよ。
何しろ北の町はそれで一つの町が作られているのですから。
まあ、この発展した村がありますから、全てが一から必要ということにはならないでしょうから、とりあえずは200人規模、もしかしたら300人規模の新たな村が必要になるかも知れませんね」
組合長さんがサラッと怖いことを言った。




