2度目のダンジョン騒動と
植樹隊に案内されて行った場所には、確かに火鼠がいて、ダンジョンの入り口と思われる穴が出来ていた。
「おい、カンプ、前にダンジョンを発見した時の穴より、なんだか大きいんじゃないか」
アークの言葉に僕は頷いた。
「ああ、確かに大きい気がするな。
また、大問題になるのかな」
前の時のゴタゴタを思い出して、僕はちょっと憂鬱な気持ちになってしまった。
何しろ公爵と領地の交換をすることになり、今の場所に移って来たのも、元はといえばダンジョンが発見されたからだった。
「そりゃ、また問題になるだろうな」
アークも渋い顔をして僕の言葉に同意した。
「とにかくこの件は極力秘密にして、前の時みたいに簡単に情報が広がらないようにしよう。
すぐに陛下に知らせて、どうするかが全部決まってから公になることが一番の理想だな」
前の騒ぎに懲りていた僕たちは、植樹隊にも厳重な箝口令を申し渡した。
幸いにもダンジョンが出来たのはもうかなり広い植林地の山に近い一番の外れ、その上山の小屋に向かう道からも外れた場所だったので、一般の人が入り込む場所ではない。
「まだ、火鼠もそんなに外にはいないみたいだし、とりあえずは植樹隊に定期的に見回ってもらおう。
もし、外に出ている火鼠が増えてきたら、その時は僕とアークの2人で火鼠狩りだな、久しぶりに」
「組合長にはすぐに伝えて、協力してもらわないとな。
また、アラトさんたちを頼る必要があるだろうな。
アラトさんたちは今どこにいるんだ? まさかまだ公爵領のダンジョンじゃないだろうな」
「いや、ホームグランドと言って良いのか分からないけど、北の町に戻っているはずだぞ。
この村にまで来るのは、時間が掛かるから用事もないのに来れないけど、東の町にはデパートにちょくちょく来ているということだよ、エリスがそう言ってた。
なんでも東デパートの店長さんが見掛けたらしい。
何も用事なんかなくても、ここに遊びに来てくれれば良いのにな」
「アラトさんにしてみれば、俺たちが貴族になっちゃったから、そう気安くとはいかないと、きっと考えているのだろうさ。
すぐ後に組合長に大急ぎで報告と協力を頼んだ。
組合長は、「またですか」と驚いていたが、秘密にする重要性は僕よりも十分に理解しているので、組合の職員にも秘密にして協力してくれた。
組合の伝手でアラトさんに連絡をとってもらうと、やはり北の町に居た。
アラトさんに、また秘密裏にダンジョンの調査をしてもらうことにした。
今度のダンジョンの調査に関しては、完全にアラトさんに一任して任せることにした。
というのは、エリスとリズの2人目の子供の出産の時期が近づき、1人目の子供の世話もままならないので、ダンジョンの調査に同行する余裕がない、もっと正確に言えば、調査に同行したいと言い出す勇気が僕にもアークにもなかったからである。
おじさんとおばさんが子供をみてくれているし、ラーラもいるからとは言っても、おじさんも植林隊と忙しくしているし、ラーラも慣れない領地の仕事が、決済書類に目を通すだけでも忙しい、まあペーターさんが植樹の方を優先していることもあるのだけど。
まあ、そんなこんなで家の僕たちとアークたちの共有部分には、ほぼいつでもラーラたちの子供も含めて4人の子供が遊んでいたりする。
それを普段は、おばさんも含めて4人で、やり繰りをして面倒を見ているのだが、エリスとリズの2人があまり戦力にならない今は、ちょっと無理があって、僕とアークもとても自分勝手にすることを決められない。
何しろ、おじさんまで最近は気を遣って、おばさんに翌日の行動の許可をもらっているのだから、父親である僕たち2人は言わずもがなである。
ペーターさんが割と植樹隊の仕事を優先出来ているのは、ペーターさんが自分の子供と僕たちの子供を同列に扱うことに、ためらいを覚えてしまうのが見え見えだからだ。
ラーラもそれは子供の教育に良くないと思うらしくて、僕たちの子供も含めての時は、少し優遇しているようだからだ。
「しかしまあ、運が良いというのか、悪いというのか、よくもまあこうトラブルを抱え込むなあ。
前のダンジョン発見だって百数十年ぶりのことだったのだろ。
それがまたかよ、本当にどうなっているんだ。
前の時だって、それで領地を交換する羽目になったんだろ、今度はどんなことになるんだ」
アラトさんはやって来ると、最初の挨拶は少し隔たりがある感じだったけど、僕とアークが「以前と同じに普通に接して欲しい」と言うと、待ってましたという感じで、口調が以前と変わらなくなって、遠慮なく話すようになった。
「そんなこと言わないでくださいよ、俺たちだって、何でまた、と思っているんだから」
アークがそうアラトさんに応えた。
「それでアラトさん、前回の反省もあって、今回は前の時よりも気をつけて秘密にしようと考えているのですけど、その点は大丈夫ですか?」
僕は一番の懸念をアラトさんに訊ねる。
「ああ、俺も前回の騒ぎの責任を少しは感じているから、今回はなるべく秘密にことを運ぶように気をつけた。
俺のパーティーもそれぞれにこっちにすぐに来る、測量を担当する例のパーティーもそんなにしないで来ることになっている。
ただ、俺のパーティーの2人は男2人だから別々に移動して来るし、装備は俺のも含めて組合が運んでくれることになっているから、そんなにとりあえずは目立たないと思う。
だけど、もう片方は女性も含むパーティーだから、バラバラに移動という訳にもいかないし、機材も自分たちで運ぶから、こっちはどうしても目立ってしまうのは仕方ないのだが」
「はい、それは承知しています。
それでまあ、カモフラージュとして植林地の測量を頼むという依頼ということにします。
今までそういったことはターラントが主にしていたのですけど、そのターラントが自分の領地と、西の町の代官の仕事で、そういったことに手が回らないのは、みんな知っていますから、その代わりを頼んだということにすれば、ある程度この村の中では納得してもらえると思いますから。
アラトさんたちは、その手伝いという名目で、旧知の僕たちのところに遊びに来たということで、とりあえずは少しの間は大丈夫かと。
ただ、ダンジョンの調査の間に得た魔石の処分を組合の窓口で普通に行うと、『どこから得た魔石なのだ?』と疑問に思う人が必ず出てきてしまうと思うので、魔石の換金はここで行ってください。
連絡をすれば、組合長が来てくれることになっています」
「分かった。 了承した」
アラトさんは少し神妙な顔をして、真剣に頷いた。
「ところで、僕たちが離れた後、前に発見されたダンジョンはどうなったのですか」
「俺もそれは少し気になっていたんだ。
なんて言うか、俺もダンジョンの発見はワクワクしてたからなぁ、前は。
今回は、前回のことでこれからもまた苦労があることが分かっているから、以前のように単純にワクワクすることは出来ないのだけど」
僕の言葉にアークも乗ってきた。
「俺もあまり詳しく知らないんだ。
あんたたちが立ち去った後、俺たちはまだ完全にはダンジョン内の地図が出来上がった訳ではないし、調査も完全とは言えなかったから、最後まできちんと仕事をしようと思っていたのだけど、すぐに俺たちはお払い箱になっちゃったんだ、公爵の子飼いの冒険者で調査は行うと。
新しく出来たダンジョンの話を聞きつけた冒険者が、結構な数集まって来て、狩りをしようとしたのだけど、新たに来た組合長は公爵にばかり良い顔をしたいみたいで、公爵の息のかかっていない冒険者に対する扱いは明らかに悪くて、みんなそれに嫌気がさしてすぐに北のダンジョンに戻ったみたいだ。
ま、俺たちは調査をお払い箱になった時点で、どうにも気分が悪い感じで断られたから、すぐに戻ってきちゃったから、後から聞いた話も多いのだけどな。
あの公爵は、新しく出来たダンジョンの規模とか、どのくらい魔石が獲れるかなんていう情報を、可能な限り秘匿しようと考えたんじゃないか」
アラトさんたちは、それから数日で全員揃い、すぐに新たに出来たダンジョンの調査に取り掛かってくれた。
夜には、毎晩その報告に僕たちの家に集まる。
偽装工作としては、植林地の測量を頼んでいるという他に、エリスとリズの出産間近で昼間は子供たちの世話や珍しく家庭内雑事に追われているので、夜はストレス発散のために旧知のアラトさんたちと遊んでいるということにした。
時々、村の食堂にも繰り出して、村人も含めて飲んだりして、話の信憑性を増した。
そうして、10日ほどして調査が進むと、
「どうやら前に見つけたダンジョンより、今回の方が規模が大きそうだぞ」
と、アラトさんが真剣な、そしてちょっと心配そうな顔をして言った。
冒険者としては、規模が大きいダンジョンは、より稼げる可能性が高いということで歓迎なのだろうが、僕たちの面倒を考えてくれているようだ。
「カランプルくん、魔石の買取量も多くなってきて、もうちょっと隠しておくことは無理になってきましたね。
エリスさんたちが、もうじき出産になるという時期ですけど、事が事ですから大急ぎで2人で陛下に報告に行った方が良いのではないでしょうか」
組合長がそう言うと、話に加わっていたダイドールもそれに賛成して言った。
「私もそれが良いと思います。
下手に誰かを間に挟むよりも、陛下に直接に報告する方が問題が少ないのではないでしょうか」
秘密にするのも限界があるし、どうであれ陛下に早めに伝えなければならない事態ではあるし、それには僕たち2人が直接伝える方が面倒が少ないのは簡単に理解できるのだけど、僕もアークもエリスとリズのことを考えると、今、村を離れて良いものかと煮えきらない態度をとっていた。
「さっさと王都に行って来なさいよ。
もし、2人が王都に行っている間に、私とエリスが出産ということになったって、どうせ2人ともここに居たって、部屋の扉の前でウロウロしているのが関の山なんだから、実質何の問題もないわ。
ねぇ、エリス」
「そうね。 もしそうなったら、生まれたばかりの子をすぐに見てもらえないのは、ちょっと残念だけど、どうせすぐに戻って来るのだから、大したことではないわ。
それでも私は生まれたての子をすぐに見てもらいたいから、カンプ、大急ぎで行って来て」
そういうことで、今回は僕とアークの2人で、大急ぎで王都に行って陛下に会って来ることになった。
組合長さんも本当は一緒に行った方が良いのかと思ったのだけど、組合長さんの方で気を使ってくれて、
「私が買い取りをしないとアラトさんたちは困るでしょうし、3人より2人の方が馬車も速度が出るし、馬も楽でしょうから、私は残ります」
と言ってくれた。
二泊三日、出来れば一泊二日で戻って来るつもりだったので、アラトさんたちの買取は困らないだろうが、組合長さんは僕たちが急いでいることを解っているから少しでも楽なようにと配慮してくれたのだ。
僕たち2人はブレイズ伯爵家の紋章を掲げた大袈裟な馬車ではなく、カンプ魔道具店の紋章をつけた簡単な馬車で王都への道を急いだ。
伯爵家の紋章を付けた馬車で動いては、自分たちだけでという訳にはいかず、御者やらなんやら随行する人がいないと、貴族としての体裁に問題があると言われるからだ。
僕たちは急ぎの旅なので、西のデパートに食事と休憩に寄り、ターラントに直接今回のことを伝えるために西の町に寄りはしたが、早朝に出たこともありその日のうちに王都に着いた。
その日のうちに王都に着いたのは、もちろん早出をしたことが一番なのだが、それ以上に村と王都を結ぶ道がしっかりと整備されている為でもある。
村を作る一番最初にターラントが重点的にその道を整備したことに始まり、西の町を通り王都と村を結ぶ道は、今ではとても交通量が多くなり、重要な道となったので、より一層整備が進んでいることも大きい。
「カンプ様、アーク兄さん、陛下に話は通してある。
『一服して着替えたら、即座に地下道を通って、王宮の方に来てくれ』
と陛下には言われている」
王都の邸には、一応西の町に着いた時にターラントが前触れを遣わしていたのだが、ウィークが待ち構えていて、到着早々に挨拶もなくそう言われた。
僕とアークは、メイドがすぐに用意してくれたお茶を飲もうとすると、驚いたことにそのお茶は冷やされた物だった。
どうやら、熱いお茶を冷まして飲んでいる余裕もないということで、冷たい物が用意されていたようだ。
僕とアークは、「そこまで急がされるのかよ」と、驚きよりもやれやれという気持ちが強くなった。
とはいえ急がない訳にはいかないので、大急ぎで村からの移動で汚れた体を少し清めて、王宮に上がるために少し貴族らしい服に着替えて、地下道を通って王宮へと行った。
「カランプル、アウクスティーラ、待っていたぞ」
王宮に着くと、陛下は既に部屋で待っていた。
私的空間の方の部屋だからということもあるかも知れないが、どうやら人払いがされているようで、部屋には陛下の他にはウィークしかいなくて、メイドの代わりにウィークが割と慣れた感じでお茶の準備をしていて、僕たちの分だけてなく陛下の分も淹れていた。
ウィークがお茶を配り終わると、待ち兼ねたように陛下が言った。
「またダンジョンが見つかったというが、それは本当なのか?
一体全体、どうなっているんだ。
前のダンジョンが見つかったのだって、百数十年ぶりのことだぞ。
それがもう一つまた見つかるなんて、どういうことなんだ」




