えっ、どうしてまた
僕たち、というのはエリスに加えてアークとリズなのだが、4人は面倒な話に巻き込まれないように、叙爵式の後は素早く王都の館に戻った。
ラーラとペーターさん、それにダイドールとターラントは僕らが見た時にもう多くに囲まれていたので、そのまま残してきた。
ウィークは少し陛下に会ってから戻るということで、1人別行動を取ることになった。
ペーターさんが
「カンプ様たちの方が先に館に戻られて、私が王宮に残っているなんて」
と、ちょっと謝られたというか、苦情を言われたというかしたら、ラーラ、ダイドール、ターラントにも同調されてしまった。
どうやら彼らは僕たちが王宮を出るのに同道するのを言い訳にして、囲みから脱出するつもりだったらしい。
顔と名前が売れるのは良い事だし、相談に乗ってあげるのも相談に来る方にとっても有益なだけでなく、色々な情報も入ることになり、こちらにとっても悪い事ではない。
それはそれで良かったんじゃないかと思う。
大変だったらしいのはウィークだ。
普段は陛下とは地下通路を通っての行き来なのだが、今回は叙爵式の後なのでそちらは使う訳にいかず、戻る時に伯爵たちに捕まってしまったらしい。
まあウィークは僕らの代わりに伯爵たちのおしゃべりというか、意見交換に付き合わされてしまう目にあったらしい。
うん、ご苦労様。
でもまあ、今回の叙爵式での出来事を3伯爵がどのように思い考えたかが知れて、良かったと思う。
というか、僕らに自分たちの考えをしっかりと伝えるために、ウィークを捕まえたのだろうけど。
「いや参りましたよ。 3伯爵だけじゃなくて、うちの親父なんかも一緒に居て、
『なんだブレイズ伯爵とアウクスティーラはもう戻ってしまわれたのか。
それじゃあ、お前だけでもここで話を聞いて行きなさい』
と、有無も言わせずに足止めされちゃって」
「うん、それはなかなか大変だったな」
アークが僕より先にウィークを労った。
「ウィーク、本当にご苦労様。
それで、どんな話だったのかな?」
「そうですね、まずは陛下なんですけど、式での通り公爵の行為に驚いていましたね。
公爵領の開発があまり上手くいっていないことは、税の上がりなどから、公爵としても隠しようがないと判断したのだと思いますけど、確かに自ら苦境を語って救済策を願うとは思いもしませんでしたからね」
アークはそう言って陛下の様子を語った。
どうやら陛下に関しては何かしら新たな情報はないらしい。
「まあ、確かに公爵が自ら苦境を語ったことは、俺も驚いたな。
なんて言うか、死んでもそんなことはしそうにない感じだったじゃんか。
もし救済策を願う必要があったにしても、絶対に誰か別の者を使ってすると思ったな。
カンプだってそうだろ、お前はどう思ったよ」
「僕も、そりゃアークと同じように思っていたよ。
でもそれを自分でしてきたことは、不遜な言い方なのかも知れないけど、僕は公爵のことを見直したと言うか、今まで公爵のことを見誤っていた、対立しているからといって非難するばかりでなく、その人物を正当に評価していなかったんじゃないかと思ったよ」
「そうですね、公爵は公爵で、国の、民のことを真剣に考えているのかも知れません」
「それで、3伯爵の方はどんな話だったの、こっちはあまり聞きたくないような気もしてしまうのだけど」
「まあ、予想されるとおりだと思うのですけど、公爵が陛下に頭を下げたことに快哉を叫んでいましたよ。
公爵領が苦境に陥っていることは、知っていたみたいですが、伯爵たちも公爵自ら救済策を願い出たのは意外だったようですが。
ま、そこまでは予想のとおりですが、もう少し公爵家の苦しい内情が知れました。
どうやら新しいダンジョンなのですが、ブレイズ領だった時よりも、魔石の産出量が減ってしまったみたいですね。
公爵としては、新しいダンジョンはこれからもっと魔石の産出量が増えていくと踏んでいたらしくて、そこも大きな誤算になっているようです」
「そうなのか、俺たちが最後に狩り尽くしてきた時には、なんだかもっと増えていきそうな雰囲気だったんだけどな」
「そうだな、公爵の思惑はともかく、魔石の産出量が減ってしまったのは、ちょっと残念だな」
「そうですね、国全体で考えると、魔石の産出量が増えることがそのまま国の発展に繋がりますから、減るのは残念なことだと思います。
けどまあそれも3伯爵たちにとっては、王都側と公爵領側との力のバランスがこちらにより傾く、都合の良い事態ということなんですけど」
ま、完全に公爵と敵対している3伯爵たちにしてみれば、そうなのだろうと思う。
僕は別に公爵と敵対しようとは思っていないし、敵対視する必要も感じていないのだけど、何故かいつの間にか公爵と敵対する中心の様に公爵からも、他の貴族からも思われてしまっている。
それだけはちょっと憂鬱な気分なんだけど。
「でもまあ、伯爵たちも自分たちがそんな風に思っているということを伝えるために、僕をその場に居させた訳じゃなくて、知らせたいことは別のようでした」
「えっ、何か公爵のこととは別に何かあったの?
だとしたら逃げて来ちゃったのは不味かったかな」
「いえ、公爵の件に付随することです」
僕や陛下は、ちょっと公爵の行いに感動したのだけど、あの行為に何か考えなければならないことがあったのだろうか、僕にはちっとも分からない。
「私も父から『良く聞け』と言われて、何かと思ってちょっと真剣に聞いたのですが、なるほどと思いました。
えーと、伯爵たちが言うには、公爵がここに来て救済策を願うような事態だとすると、私たちが、あ、ここで言う私たちは伯爵たちのことですが、私たちが思っていたよりももっと公爵領の開発は上手くいっていないのかも知れない。
逆に、公爵のところに付いて行った貴族どもが、実際に公爵が動かねばならない程、救済策を願うことを陳情したということは、こちら側、つまり王都周辺の開発は成功しているということが、一般の民も含めた多くに知れ渡っているのだろう。
だとすれば、元からの領主に従って公爵領という開拓地に行った民たちが、そこでの暮らしを諦めて王都に戻って来る可能性がある。
もう元の自分たちの農地や住処はないから、難民が王都周辺に流れ込むことになる。
という話です」
「それって、大変な事態じゃないか」
アークが驚いたように言った。
僕もアークと同じに大変な事態だと思ったけど、叙爵式で公爵が話した内容から、そういった事態が起こる可能性まで推測するなんて、僕には全くカケラも考えられなかったから、やはり3伯爵たちは違うなあ、と思った。
「いや兄さん、伯爵たちは困ったことだとは考えていないみたいなんだ。
第一にそうすぐ急に難民が大量に押し寄せて来るという事態にはならないとみている。
公爵領に行った領主たちだって、領民に逃げられたのでは開発するのに困るから、なるべくそうはならないように努力はするだろう。
だから、最初のうちはポツリポツリと戻って来る者が出るということになると考えられる。
それならば逆にこっちは人手不足というか、領民が不足して開発が止まりだしただろ。
今は王都周辺はどこも子供が増えているといっても、労働人口になるまでにはまだ時間がかかる。
戻って来た民を受け入れようとする所はたくさんあるはずだから、一気に押し寄せて来なければ、問題になることはない。
という話なんだ」
「なるほどな、確かに新たに開発して耕作地を増やしたくても、入植者が居なくて増やせない、というか入植者の確保は俺たちの領地でも一番の問題になったからな。
向こうから来てくれるなら、それは歓迎という訳か」
アークが確かにそうだなという顔で言った。
「でもまあ、最初小さな石がポツポツ転がって来ていたのが、徐々に増えて、ある時崖が一気に崩れるようになる可能性もある、ということで、僕たちにもその時の準備をしておくように、というのが言いたいことだったらしい」
そんな話をウィークとした後で僕たちは、もう村とは呼べないような規模になってしまった村に戻ったのだが、僕らが居ない間にも叙爵式前後の学校の休みを利用して、ベルちゃんは村に来ていた。
そして今回は友達も連れて来ている。
その友達の両親が、僕たちが村に戻るのに同行して村にやって来た。
「娘から聞くところによると、なんでも伯爵の領地の今度のアトラクションは以前にも増して素晴らしいとか。
それにメリーベル王女様から娘が、西の山から見る景色はとても美しく感動的だと話に聞いたみたいで、そちらに行ってみることをせがまれているのですよ」
最近は王都周辺の開発が入植者が確保出来ないことが一番の理由で、少し落ち着いた。
それで少し時間に余裕の出来た貴族などが、村や山の観光に来るようになってきた。
ベイクさんの宿屋も、一時は仕事のために滞在する人がほとんどだったが、本来の観光客がだいぶ増えてきた。
山の宿も、やっと利用者が増えてきたところだ。
ベルちゃんこと王女様が村に滞在することが多いのは、そういった観光客に村の特産品として売っている、ガラスに彫刻をしたモノが良く売れているからである。
そう、その最高級品が『ベル』と作者名も彫ってある、王女様手作りの作品なのだ。
王女様が自分の作品を売っていることは、陛下と王妃様には秘密なのだそうだ。
実際は、護衛兼の女官から報告が上がっているだろうから、陛下たちはもちろん知っているのだろうが、表面上は知らないことになっているようだ。
庶民たちも少し余裕が持てるようになってきたようで、自動給水器を増やそうとするのはもちろんだが、その他に光の魔道具や、草刈り用の風の魔道具などを買う者も増えてきている。
庶民たちにとっては、それらを買いにデパートに行くこと自体が娯楽で、特に西のデパートは水場もあるから、大きな楽しみにもなっているようだ。
そして最近では足を伸ばして、庶民でも村のアトラクションを見に来る者も出始めた。
これは学校行事としてアトラクションを見た子供たちが、親にその経験を話したり、また見たいとねだるからという理由もあるみたいだ。
村に仕事ではなく、観光目的で来る人が増えてきたら、記念に植樹をする人が増えた。
最初に陛下にお願いした記念の植樹だが、たとえ庶民であっても同じ記念樹の森に植樹できるということもあるのか、大いに流行り、記念樹の森がおじさんが考えていた以上に広がる結果をもたらした。
流石に仕事として村に来ていた人は、植樹する人が最初は少なかったのだが、今ではほとんど誰もが、村に滞在すると植樹して行くような勢いだ。
植樹が流行ったのは、もちろん最初は陛下が一番にしてくれたからだが、その後もベルちゃんが何度も、村に来る度に行ったことも大きい。
それからアトラクションにやって学校の子供達も、記念に植樹をして行った。
そういうことで、なんだかこの村に外からやって来ると、誰もみな植樹をするという雰囲気というか流れが出来てしまい、最近ではこの村の観光は村と山の宿の手配、アトラクションの入場予約などといったことを西のデパートだけでなく、東のデパートでも請け負うようになったのだが、そこでも手配の中に必ず植樹も含まれるようになってしまった。
「なんていうか、両方の町から村まで往復している馬車も含めて、なんだか簡単にこの村と山に来ることができるようになったなぁ。
デパートでは、それらのサービスを請け負うことで、かなりの利益が出ているみたいだけど、誰がこんなこと考えたの?」
僕がエリスに訊ねると、
「サラさんと、西と東の店長さんとで集まって考えたみたいですよ。
サラさんも最初はこんなに大掛かりな事業になるとは思っていなかったみたいですけど、この仕事のために随分と村の若い子たちを雇ったみたい」
「へぇーっ、そうなんだ」
デパートのこともなんだか色々と事業規模が多岐にわたるようになり、最近はエリスも全容が良くわからなくなっているみたいだ。
エリス商会のことについては、もうもしかしたらエリスよりもサラさんの方が、全体を詳しく把握しているかも知れない。
村のエリス商店は以前と同じようにあって、今でもエリスは顔を出しているのだが、規模は流石に大きくなっていて、その店の二階にはエリス商会の全体の事務を扱う部署があって、そこにも何人もが働いている。
規模の拡大を受けて、村出身の学校の卒業生をここでも何人も受け入れていて、そこの責任者をサラさんにしてもらっているので、サラさんが一番詳しくなっていると思われるのだ。
そう問題は、記念樹の森など、村周辺が一気に緑化された事ではない。
植樹されると、植えられた木の周りには最初雑草が盛大に生える。
その雑草を刈って放置すると、放置された雑草を砂漠ミミズが処理して、植樹された木の周りの土が栄養豊かな土になり、木の成長を促す。
そして木が成長して枝が広がって、葉が直射日光を遮るようになると、木の周りは最初のような背が高くなるような雑草は生えなくなり、雑草刈りの手間は必要なくなっていく。
つまり植樹して最初のうちは、植樹した木の周りに水分を得て雑草が盛大に生えるのだが、それを刈ることが植樹隊の仕事の一つの柱なのだ。
以前は雑草を刈るのを苦労したのだが、今では雑草を刈るためのフラン特製の草刈り機があるから、ずっと楽にその作業がこなせるようになっている。
こちらに移って、3度目の叙爵式が終わって、まだそんなに経たないある日、植樹隊が緊急で僕らの家にやって来た。
「カンプ様、アーク様、大変です。
大急ぎで、私たちと一緒に来てください」
その慌てように驚いて、僕はちょっと大声で訊いた
「一体どうした? 何があった」
「どうやらまたダンジョンが見つかったみたいです。
確認をお願いします」
広がった植林地帯の外れ、山に近い方で、またしても火鼠と、火鼠が出て来る穴が発見されたのだった。




