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風向き

 領地替え後の3度目の叙爵式は、領地替えによる混乱が収まり、以前のような平安を一見取り戻したかに最初は見えた。

 とは言っても、参加している上位貴族の数は、以前の2/3に満たない。

 つまり公爵に従って行った貴族のほとんどは今回も叙爵式には来てなくて、代理の者を最低人数だけ送ってきた訳だ。

 代理が上級貴族の席に着ける訳はないので、上級貴族の席は空いている。

 そして前回と違い今回は、騎士爵や家名を名乗ることを許される者が、多くの家から推薦されて溢れるということもなく、そちらは以前の状態に戻ったからだ。


 そんな訳で、叙爵式のその名前の通りの本来の式は、静かに進行したのだが、会場は少しピリピリとした雰囲気が漂っていた。

 それは他の自分の配下の上位貴族は代理を送ってきただけなのに、公爵本人はわざわざ今回の叙爵式の為に王都に来ていたからだった。

 自分の息のかかった上位貴族がいないせいか、公爵は自らの席で式の間は静かにしていて、周りと言葉を交わすなどということもなかった。


 式は叙爵が終わり、短い休憩時間となった。


 「さて、公爵は今日は何を言ってくるのか」

 ハイランド伯爵が近寄って来ながら、そう声を掛けてきた。

 近寄って来たのは、ハイランド伯爵だけでなく、グロウヒル伯爵とブレディング伯爵も一緒だ。


 僕はエリスがリズたちの方へと去ってしまったので、アークやウィークと時間を潰そうと思ったのだが、2人は離れた場所へと移動していて、彼らに合流する前に伯爵たちに捕まってしまった。


 『くそっ、あの2人、こうなることを見越して、素早く逃げたな』


 僕は面倒な貴族の政治的な駆け引きに巻き込まれるのが嫌で、伯爵たちとの会話は避けたかったので、内心では舌打ちをしながらも、そこは当然顔には出さず、丁寧にその言葉に返事をした。

 アーク、リズ、イザベルの親御さんなのだし、僕にその言葉を無視したり、素気無くあしらうなんて事が出来る訳がない。


 「そうですね。 きっと開発の成果を誇られるのではないでしょうか」


 僕がなるべく当たり障りがないようにと気をつけたつもりで答えると、ブレディング伯爵が少し皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。


 「いや、そんな話ではあるまい。

  公爵領の開発はなかなか大変そうだからな」


 「大変ではあるみたいだが、成果を誇りはするのではないか。

  自称公都と南の町の間の直通の道もどうやらやっと出来上がったらしいし」


 グロウヒル伯爵が僕の言葉を支持するというよりも、ブレディング伯爵よりも一層皮肉な調子で言った。


 「ま、なんであれ、公爵が何を言いに来たのかは、なかなか楽しみじゃないか」


 ハイランド伯爵がそう言うと、3人は流石に大きく音は立てなかったが、良い調子で笑いあっていた。



 「我と、我の呼びかけに応えて新たな地の開発に向かった者たちの領地は、大きな発展を見せている。

  ここに居る皆の耳にも既に届いている事と思うが、我が公都と南の町との間の直通の道は完成し、その行き来は盛んになり、公都へも南の町の海産物が今までよりずっと速く届くようになったのは、大きな喜びだ。

  公都と、参加した者たちの領地を結ぶ道も現在徐々にその整備が進んでいる。

  道の整備が進めば、より一層物流が盛んになり、発展が望めるのは誰しも知るところであろう。

  つまり我らの新しき地は順調に発展していると言えるであろう」


 公爵はここで言葉を切って、聞いている者の喝采を浴びるつもりであったようだが、自派の者たちはそれぞれの代理がいるだけで、代理の者たちは叙爵式に参加している他の貴族たちが動かないので、自分たちだけで手を叩いたり声を出したりといった行動を取ることができなかった。

 不自然な間が空いてしまい、ちょっと機嫌を損ねた感じで、公爵が言葉を続けた。


 「しかし私があちらに移って3年の時が過ぎ、当初の計画よりも順調な部分もあると共に、予定通りに進まない部分もあった。

  もちろんあの地の開発がなかなか困難であることは、皆も知る周知のことであったから、上手く行かない部分、誤算と言えるような事柄が起こるであろうことは想定していたから、何も驚くには値しない。

  私が良い結果のみではなく、悪い結果もここで口にするのは、あの地の開発はこの国にとってとても重要で、我が身だけの事柄ではなく、国全体に関わることであるから、ここに今集う皆にも正確な事実を伝えておかねばならないと考えるからである。」


 どうやら公爵が少し不機嫌な調子で話を続けたのは、喝采が浴びれなかったからだけではなく、上手くいっていない事を話す必要があったからのようだ。

 公爵の話を不機嫌そうに聞いていた3伯爵たちは、急に公爵の言葉を興味深げに聞き耳を立てているようだ。


 「私が最も残念に思っているのは、新たに発見されたダンジョンが期待していた程の大きさではなく、その為産出される魔石の量が少なく、開発中の私たちの地で必要とする魔石の量をほとんど賄えないことである。

  その為、残念なことではあるが使われる魔石のほとんどは、北の町と東の町で産出する物であることだ。

  幸い、魔石の供給は先の話し合いの時に、北と東の町のダンジョンで獲れる魔石の半分を供給してもらえることが決まっているので、その必要は今現在満たされているのだが、今後耕作地が増えることなどにより需要が増えていくと考えられることもあり、難しい問題となってしまうであろうことは率直に認めなければならない」


 「公爵、魔石の供給に関しては、今現在公爵と公爵に伴われて開発に当たっている者たちを優遇し、そなたたちの人口が全人口の1/3であるのに、魔石を半分供給している。

  王都周辺の再開発も進めていることもあり、これ以上の優遇は認められないぞ」


 公爵の言葉を聞いていた陛下は、公爵の言葉を遮るようにして言った。


 「陛下、私も魔石をこれ以上優遇してもらう為に、この話をした訳ではありません。

  現状として今後問題が出てくるであろうという認識を、ここにいる者たちにも包み隠さず話して、持ってもらおうと思っただけです」


 「確かに、かの地の開発は国家全体にとっての問題であるからな。

  公爵がそのような心算で話していたのだとしたら、話の腰を折るようなことをしてしまい、すまなかった」


 「いえ、お気になさらず。

  開発に魔石が必要なのはどこも同じですから、陛下が王都周辺の再開発のことを考えて、これ以上私の関わっている方を優遇できないと釘を刺す気持ちは十分に理解できますから」


 公爵は陛下の言葉に対してそう言ったが、その言葉は陛下を思っての言葉か、それとも皮肉っているのか、どちらとも取れるような感じだ。

 それに甥である陛下のことを、上から見て、労っているのだという雰囲気を醸し出している。


 『こういう、両面性のある言葉を即座に使えるということが、きっと本当の貴族らしい貴族なんだろうなぁ』


 僕は実際の話の中身の問題ではなく、公爵の巧妙な言い回し、態度に感心した。

 とても庶民だった僕には真似出来ることではない。


 「さて、ちょうど王都周辺での再開発の話も出たので、今回私が直々に叙爵式に来た目的を話そうと思う。

  王都周辺の再開発では、新たに領地を得た者は、今までそれらの領地を所有していた者よりも位も低いこともあり、再開発のための資金不足に悩む者が多いと聞く」


 公爵はそう言って、新たに領地を与えられた者が多くいるであろう男爵・准男爵のいる席の方をゆっくりと視線を飛ばした。

 公爵の視線を感じた方は、認めざる得ない事柄のため、ちょっと詰まった感じだが、文句のつけようもないという感じだ。

 ウィークやラーラたちは、どうとも思わないという感じだが、他の者たちは事実であるからこそ、公爵に反感を覚えたみたいだ。


 「土地の開発には資金が必要なのは当然のことで、いくらあっても足りないのは誰しも同じことで、何ら恥じることではない」


 会場の雰囲気を感じ取ったのか、公爵は高飛車な断定口調で言った。


 「ま、なんて言うか、ああいうところは流石だな。

  誰もちょっと悔しいが、ああ言われては、公爵にまともに反発することも出来ない。

  王族の出である所以かな」


 グロウヒル伯爵が小さな声で、そう評した。


 「そこで開発を続けていく資金を新たな領主が得る手段として、また民の利便のことも考えて、王都周辺では魔石の販売を組合が領主に委託するという策を採ったと聞く。

  また、その取引で得られる10分の2税の国に納める分も特例としてその領地に与えることになっていると。

  これらの新たな決まりは、領地開発に使われる場合と使途が限定されてもいる。

  これは我から見ても、実に陛下の英断であったと思う」


 珍しいことに公爵は陛下の行った政策を手放しに褒めている。

 何だか陛下と3伯爵たちは、公爵のその言葉に逆に警戒心を持ったような少し厳しい顔に変わった。


 ここで公爵は少し間を取り、陛下の方を見上げて言った。


 「ただ、この措置はその範囲が残念なことに王都周辺の開発地の領主に限られています。

  その為、我が公爵領の周りの新たな地を開発している領主たちには、その恩恵の範囲は及んでいません。

  確かに、王都周辺に残された地の再開発を命じられた者に比べれば、新たな地の開発に向かった者は、元はその王都の地を領有していた位の高い者たちである為、再開発を命じられた者と同じように考える必要は我もないと考えます。

  それでも領地を開発するのに資金を必要とすることは同じでありますし、新たな地の開発は、王都周辺の再開発と比べれば困難も大きいことを考慮していただき、新たな地の領主たちも、王都周辺の領主たちと同じ恩恵を与えていただけないだろうかという陳情が、私のところに集まっております。

  私が今回の叙爵式に自ら参加した理由は、その陳情を陛下に伝え、新たな地を開発している者にも温情を与えていただきたいとお願いする為であった。

  陛下、どうか王都周辺の領主と同じに、新たな地の領主たちにも恩恵を与えていただきたい」


 公爵は陛下に対する言葉のため、その語調をそれまでとは変えて、陛下に願いを口にした。


 「なるほど、今回公爵が、代理を送っても良いことに制度が変わっているのにも関わらず、自分で遠路をやって来たのは、そういうことか。

  しかし公爵、公爵自身も述べていたが、王都周辺に新たに領地を持った者たちと、公爵に賛同し新たな地の開発に向かった者たちを、同一に扱うことは出来ないぞ。

  そなたに賛同して行った者たちは、その多くが元は王都周辺に領地を持っていて、そこを捨てて新たな地に移って行ったのだ。

  彼らは元々領地を持っていたのだからその資金は、王都周辺に新たに土地をもらった者とは全く違う。

  王都周辺で新たに土地をもらい領主になった者は、公爵も知っての通り、その多くが男爵、准男爵といった位の者で、何かの家の寄子の貴族たちがほとんどだ。

  彼らには元々の資金がほとんど当然だが無い。

  新たな地に移って行った者たちと、元より同列に並べられるはずがない」


 陛下の言葉に公爵は苦い顔をして答えた。


 「はい、先ほど私自身も触れたように、その点は重々承知しております。

  私もそのような陳述をしてくる者たちに、その点を指摘して、『何を甘ったれたことを言っているのだ』と叱責しておりました。

  しかし、率直な現状として、先にブレイズ伯爵がかの地の開発に成功している為、その方法を踏襲すれば簡単に開発が進むと勘違いし、かの地の開発が困難なことを忘れて、自らの手に余る開発を行おうとして、結果資金不足に陥る者が残念なことに多数に上ってしまいました。

  それぞれの適正規模の開発に改めさせるなどの措置は取りましたが、その失敗による資金繰りの悪化は、我が公爵家で貸し付けるなどの救済策を取りましたが、流石に我が公爵家だけでは支えることが困難になっています。

  己の失敗であるのだから、自己責任でその始末を考えろというのが当然のことであると私も考えるのですが、彼らだけでなく領民の存在もありますので、私も仕方なくこうしてお願いに来ている次第です」


 公爵にしてみれば屈辱的な行為なのだろうが、そう言うと公爵は顔を真っ赤にしながらも陛下に頭を下げた。


 僕は正直、公爵のことを見直した。

 陛下と対立し、自分こそが国の礎なのだと自認していた公爵が、このように陛下に頭を下げなければならない交渉の場に、代理を立てるのでは無く自らその場に赴いて来た。

 また、その話を外部には知られないように勧めるのでは無く、堂々と皆の前で行ったことにも意味がある。

 公爵の矜持を見た思いだ。


 「公爵、いや叔父上、新たな開発地の苦境は十分に理解した。

  本来ならこの件は多くの者に諮り、決定しなければならないことだと思う。

  けれども、叔父上からすればこの場でこの件を私に願うのは、とても苦渋なことであったと思う。

  それを避けずに、自ら前面に出て行ったことは、私としては改めて叔父上に敬意を表したい。

  そこで私は独断をもって、この件は叔父上の願いの通りに受け入れることにする。

  叔父上の方から、新たな開発地の領主たちに、この件を伝え、これ以上の失態がないように奮闘努力せよと伝えてほしい」


 「陛下、御厚情ありがたくお受けする。

  叔父として述べさせていただくなら、やはり我が亡き兄上は良い息子を持ったと思う。

  この件は戻ったら、私から伝え、陛下の御厚情に応えてしっかりと励むように、と強く申し伝えよう」



 こうして領地を取り替えてから3度目の叙爵式は終わった。

 今回はなんていうか、公爵の今までには見たことのない一面を見た叙爵式だった。


 叙爵式が終われば、それからは会場は一種の社交の場になる訳だが、僕はエリスと一緒に素早くアーク、リズ、ウィークたちの下に向かった。

 伯爵たちの難しい会話の相手は疲れるからね。


 少し離れた准男爵たちが多く居る場所では、ペーターさん、ダイドール、ターラントの3人が、他の多くの新たに領地を得た男爵・准男爵たちに囲まれていた。

 公式の場は終わっているので、この場にはそれぞれの側近の寄子の騎士爵なども加わって、どうやら3人に領地開発の色々な質問をここぞとばかりにしているようだ。

 昨年の叙爵式以来、ペーター_グロウケイン准男爵は植林のエキスパートとしての地位を確立してしまって、何かと相談を持ちかけられることが多くなってしまった。

 それが植林に関することだけでなく、領地経営のその他のノウハウに関しての質問にまで及ぶこととなり、ペーターさんがダイドールとターラントもきちんとした受け答えをする為に巻き込んだ様だ。


 この場ではラーラは一歩引いて、そこに集まってきた男爵や准男爵の夫人とおしゃべりをしている。

 以前は、自分のような庶民が貴族の人と言葉を交わすなんて、と周りの夫人と話をするなんてあり得ないと言っていたのに、自分が光の魔技師として有名になるだけでなく、ペーターさんが名前を知らない貴族はいないという感じに有名になると、話しかけられることも多くなり、いつの間にか普通に会話するようになったみたいだ。


 ラーラやペーターさんはもちろんだが、ダイドールもその紋章だけでブレイズ家の家宰だと判るほど知られ、ターラントも西の町の代官として顔と名前が知られるようになった。

 何だか嬉しく感じてしまう。


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