人がいない
隣町のパン焼き窯の設置が終わり、店として僕たちの間の利益配分の方法も決まった。 これで一段落と思ったのだけど、まだ交換用の魔石の用意が出来ていなかった。
さて、窯が4台になったから、交換用の魔石も16個必要になる。 とりあえず3人で数を割り振り、魔力を込めることにした。
生活の安定を考えて、半分の8個はアークが受け持ち、残りを僕とリズで4個づつ受け持つことにした。 リズは自分の顧客で8個の魔石があると言っていたが、光の魔石は火の魔石の様に、一ヶ月に一個くらいのペースで交換という訳ではなく、平均すると本当は一ヶ月に5個強くらいだったらしい。 それなら僕のほぼ一ヶ月に5個と変わらず、僕の場合は受け継いだ家があり、エリスの家で食事をするので、リズの方が生活は苦しかったようだ。 つまり前の配分の時には、アークのためとはいえ、リズはかなり自分を損な役回りにしていたようだ。
窯を設置した時期の問題でベークさんのところを除いた3軒がほぼ交換時期が一緒になってしまった。 そして交換の周期は今のところベークさんのところは28日で交換で、この町のもう一軒は30日だった。 まだベークさんのところで2回、もう一軒が1回交換しただけだから、これからも変動があるだろう。 隣町はさてどうなるか。
一応隣町の分をアークに頼むことにした。 何故かというと、僕とリズはそれまで自分が担当していた魔石の魔道具も全部改造して、魔力切れ警告ライト付きの魔石再利用型に交換することにしたからだ。
そのため、僕とリズは組合で新しい魔道具として、調理台とランプを登録し、魔石交換時に2人して行って、魔道具を改造した。 これに2人合わせて結局26個の魔石が必要になり、隣町の窯の予備分を含めると34個の魔石が必要になり、32個もあると思っていたのに、結局足りなくなってしまい。 火鼠狩りに行かなくてはならなくなってしまった。
そんなこんなですぐに一ヶ月と少しが過ぎたのだが、パン焼き窯の魔石の交換は、僕たちの予想に反して、ベークさんのところは次の交換は26日目、もう一軒は28日目と早まり、隣町は30日目に両方とも交換となった。 2軒になったのだから、交換の間合いは開くと思っていたのだが、縮まったので、窯に問題があったのかと思ったのだが、ベークさんによるとより多くパンを焼いた結果だというので安心した。
結局その時点で平均して僕は月に9個、リザとアークは10個の魔石に魔力を込めることになった。 その他に、僕とリザは回路を魔石に組み込むのにも魔力を使ってもいる。 そして月に5日、3人揃って火鼠狩に行った。 3人で行けば3匹ではなく、無理しなくとも4匹は確実に狩ることができるので効率がいいのだ。 それで月に22個くらいの魔石が得られて、やっと予備の魔力を溜め込む魔石と、新しいパン焼き窯の注文が入った時に慌てずに済むだけの魔石を持つことが出来た。
気がつけば、パン焼き窯をベークさんに納入してから4ヶ月以上経っていて、エリスは三日に一度は組合に交換した魔石の組合分のお金を納入しに行って、組合の職員さんも知らない人はいないまでになっていた。
僕はやっと店の経営が軌道に乗ったと思って、とりあえず火鼠狩は月に2度にしようと提案しようと思っていた。 そうすれば月にあと3日は暇が出来る訳で、その分の魔力と時間を新しい魔道具作りに使うことができる。 おじさんにも新たな商品を増やせと言われているが、パン焼き窯の後の調理器とランプは自分たちの都合で交換しただけで、商品になっているかというと、ちょっと疑問があるのだ。
「そこで、火鼠狩は月に2日にして、新商品の開発を頑張りたいと思うのだが、意見を聞かせてくれ。」
僕は当然賛成意見が返ってくると期待して、反応を待つ。
「カンプ、何を言っているの? そんなの無理に決まっているでしょ。」
えっ、と思うほど冷たい返事がリズから返ってきた。
「今現在だって、交換の魔石に魔力を込めたり、予備の魔石を用意するために狩に行ったりで、全然余裕がないじゃない。
これから新しく窯が一台売れたとしても、その窯用に誰が魔力を込めるの?
確かに一台なら、3人で割り振れば何とかなるかもしれないけど、二台になったらもう無理よ。
今は商品を増やすよりも、魔力を込めてくれる人を確保することが先決問題よ。」
「うん、確かにそれは言えてるな。
俺は魔技師が月に1人で受け持つ魔石が多くて12・3個という意味が良く分かっていなかったけど、自分で月に今10個受け持ってみて、良く分かったよ。
火鼠狩をやっているからというのはあるにしても、10個でもかなり忙しい。 12個になったら、もう火鼠狩までは手が回らなくなると思うな。」
「ほら、アークだって、難しいって言ってるじゃん。」
リズだけでなく、意外にもアークからも無理という言葉が返ってきた。
ま、確かに言われてみればその通りなのだけど。
でも、魔道具店として店を構えているのに、魔道具を売っていないっていうのもおかしい気がする。
僕はそんなの計算のうちだよという顔をして答える。
「うん、だから最初の計画通り、他の地や風の属性の魔技師に仲間になってもらおうよ。新たな魔道具が売れるまでは、僕らの分をいくつかづつ回してやって、互いに少し我慢し合っていれば、どうにかなるんじゃないかな。」
「そうだな、俺はそれで構わないよ。
俺も土属性で困っていたところをカンプに拾ってもらったのだから、誰か困っている奴を拾ってやることは大賛成さ。
俺は月7個、何なら6個分の交換魔石分があれば、割合で入る金を加えれば十分過ぎる生活が出来るし、何の問題もない。」
「私も7個あれば、以前よりずっと裕福な生活だわ。 十分よ。」
「僕は5個分でも以前よりずっと多いんだけど、割合分が多いから。」
「それじゃ、問題ないわね。」
ここでエリスが問題を指摘した。
「新しい人の割合分はどうするの?」
「とりあえずは割合分は要らないんじゃない。 私たちと同じように割合分もというのはおかしいよ。 慣れてきて、火鼠狩をしたり、新しい魔道具作りに参加するようになったら、その時に考えるということで良いんじゃないかな。
最初から、普通の魔技師以上に収入があってもいけないとも思うし。」
「俺たちの扱っている魔道具は、この店独自の物で、技術も秘密にされているから、きちんと色々教えるのは信用出来る人でないとダメだと思うんだ。
そう考えると、お試し期間みたいなのがあっても良いと思うんだ。」
「それではとりあえず新たな人は、普通に魔石一個の利益の分だけで、割合分は無しということで良いかな。」
僕の言葉でそう決まった。
「あと、それでもやっぱりみんな収入が最初減っちゃうよね。」
エリスが言葉を続けた。
「それで提案なんだけど、お昼と晩はここでご飯を食べない?
カンプはうちで食べているからともかくとして、リズとアークは自分1人で食事をするとかなり掛からない。
大人数分を一度に作れば、食費はかなり節約になるわ。」
「俺は、それはすごく助かるのだけど、良いのかな。」
「大丈夫よ。 私が調理を受け持つわ。
ただし、うちの親もたぶん一緒に食べることになるけど良いかしら。」
「うん、全然構わないよ。」
アークはかなり嬉しそうだ。 うん、確かに食事を作るのとかって男1人だと面倒だもんな。 かといって外で食べるとお金が掛かるし。
「エリス、私も食事作り手伝うわ。」
「リズの場合、手伝ってくれているのか、邪魔になっているのか分からないからなぁ。」
「酷い、そんなこと言わなくっても良いじゃない。」
「嘘よ。 前よりずっと色々出来るようになって、今では頼りになるわ。」
リズの場合、昔は貴族のお嬢様だったから、料理なんて自分でしたことはなかったから、当然全く出来なかっただろう。 それがエリスとの付き合いで、色々教わって出来る様になったのだろう。
それを考えると、今までアークがどんな食生活をしていたのかが急に心配になってきた。
「それよりもカンプ、あなた自分の家の調理台はまだ昔のままじゃない。
早く直しなさいよ。」
エリスに指摘されたが、確かに言われてみれば、自分の調理台を新しく直した記憶はない。 リズの家のは直したけど、アークの部屋のは見た覚えもない。
アークも目を逸らしている。
「え、この家で食べるの?」
「当たり前でしょ。 私の家でにしたら、やっぱりおかしいでしょ。」
リズもそれは当然だという顔をしている。
はい、逆らえません。
エリスはリズと一緒に新たに食器などを買い足しに行ったりして、我が家での食事が始まった。
すぐにおばさんも一緒に調理する様になってしまった。
どうやら2人の手つきを見ていられなくなったらしい。 半ばおばさんによるエリスとリズへの料理教室の様だが、美味しい物が食べられる僕とアークに文句があるはずもない。
おじさんも人数が増えた賑やかな食卓に機嫌が良い。
アークが気軽に請け負った新人探しなのだが、僕も簡単に見つかると思っていたのに、なかなか見つからなかった。
考えてみれば、アークの様に卒業後もプラプラしている土属性や風属性の魔技師がいる訳はなかったのだ。
土属性や風属性の魔技師は、庶民から魔法学校に入った者は、魔法学校を卒業することがステータスになるから卒業はするが、その属性が分かった時点で魔技師としての将来は諦めて、他の職につく準備を始め、卒業と共に職についたり、新たな修行を始めたりしているのだ。
元貴族の魔技師は数が少ないし、卒業後はあまり友達にも行く先を告げずに散って行ってしまうことが多い。
結局アークは、いや、僕も手伝ったから、男2人は新人さんを見つけることができずにいた。
僕の見通しは最初から、全く甘々で役に立たないものだった。
組合で、「土と風の魔技師をどうにかしたいんです。」なんて言った自分が恥ずかしい。
「新人さんはまだなの?」
リズの言葉に苦い顔をしてアークが答える。
「探したんだが、見つからないんだ。
土と風の属性ならすぐに見つかると思ったんだが、もうみんな他の仕事をしていたりして、暇しているのが誰もいないんだ。」
「そんなことだと思ったわ。 きっとそうなると思っていたのよ。
それなら私が声を掛けても良いかな。
ただし、私が声を掛けた人は、魔力を込めるだけで他のことはしない。
だから、魔石一個当たりの給料はちょっと減らす感じで私は考えている。
そんな風でも良いかな。」
僕とアークは言っていることが本当は良く分かっていなかったが、リズとどうやら一枚噛んでいるらしいエリスに全て任せることにした。
「分かった。 よろしくお願いするよ。」
リズはあっさりと3人も連れてきた。
「卒業後にすぐに結婚したり、家事手伝いをしている女性魔技師よ。
男みたいに仕事に焦る訳でもないし、家庭にいたりするから、集めればもっといるわ。
とりあえず私が知っている人ばかり、というより、カンプもアークも知っているでしょ。」
僕ら2人には女性魔技師を使うという頭が全くなかったことを白状せざる得ない。
「私たち、旦那がいたり、家庭で仕事があったりするから、呼ばれた時に即座に対応するということができないから、魔技師としては仕事ができなかったのよ、属性の問題もあるから最初から諦めていた子もいるけど。
ここでは魔石に魔力を込めるだけで、頼まれて出来る時だけで良いということだから、一個当たりが少し安くなっても、私たちにとっては良い小遣い稼ぎで嬉しいわ。」
なるほど埋もれていた女性魔技師を使うということなのですね。 それも何人か用意しておいて、こちらで必要な時に出来る人を頼むという形なら、融通も利くし、問題も少ない。
その上、彼女らはちょっと内職仕事の打ち合わせですと家には言って、ここに来てリズやエリスとお茶を飲むという息抜きの時間が出来るということで万々歳なのだ。
はい、参りました。




