魔石と魔道具とダンジョンと
叙爵式の後、僕たちの領地以外の場所でも、順調に街路樹は植えられ、林も作られるようになった。
とはいえ、どこの領地も僕たちのところみたいに一気に開発が進められる筈はなく、徐々に手探りでという感じだ。
やはり一番の問題は開発資金がそんなにないところがほとんどだからからだ。
開発資金をたくさん持っていた上位貴族はほとんどが公爵領へと移っていってしまった。
元からの伯爵家のような、古くからの貴族で資金を持つ者で残った者は少ない。
古くからの貴族たちは、僕が陛下に優遇されるのが気に入らない者が多かった。
その感情が理解できない訳でもない。
家名だけは、元からの4伯爵家の家名を名乗ってはいるけれど、自分の家名さえ忘れていた庶民だったのだから。
その反感と、自分たちの今までの特権が覆されかねない危うさを僕たちの新式の魔道具に嗅ぎ付けて、公爵の下へと走って行った者が多かった。
しかし、それは若いが故に権力基盤の弱かった陛下にとっては、逆に都合の良い状況だったようだ。
自分が進めたい改革に邪魔な勢力が別の場所に移ってくれただけのことであったのだから。
公爵の下へと走った貴族たちが捨てていった領地を新たに得た貴族たちは、元の領主よりもその地位も下だったし、財力はそれ以上に低かった。
その上、元の領主がその領民をなるべくそのまま新たな土地へと移住させたから、領民の数も少なくて、人手の面でも苦労する羽目となってしまった。
ただ土地の広さの割に人が少ない状況は、再開発するためには縛りが少ない状況とも言えた。
それでも資金不足だけはどうにもならないので、開発の最初の歩みはとてもゆっくりで仕方ないと思われていた。
「それで水の魔道具なんですけど、私たちが考えていた以上に、畑の自動散水器の需要が早くに大きくなってきました。
今、植樹用の魔道具は王都からきた魔技師さんの方に任せて、散水器の方は私たち3人でやっているのですけど、目一杯作っているという状況です。
それに散水器は、私たちだけでなく、魔石を組み込む形体(筐体?)や畑に埋めるパイプ作りで土の魔技師さんも忙しい状況です」
リネが夕食時にそう僕に報告してきた。
「それでね、カンプ、リネたちが忙しいということは、私もお知らせライトの製作に忙しいのよ。
というより、私1人ではもう無理なのよ。
確か今度魔法学校を卒業して来る子に、光の魔技師がいたよね。
その子を雇って、私の下に付けてくれない、お知らせライト作りを仕込むわ。
お知らせライトは、秘匿技術という訳ではないから、全く構わないでしょ。
それにそうしないと、チェックの魔道具作りに支障が出るわよ」
ラーラもそう言って、忙しさを強調しただけでなく、人員の増員を要請してきた。
確かに、自動散水器にはお知らせライトが必需だから、散水器の需要が増すとラーラも忙しくなるのだが、もう1人では無理なのだろう。
ラーラの要請の通りに、人員を増やすことにする、それはまたラーラの言う通り、問題にはならない。
問題になるのは、完全に秘匿技術となっている、魔力を貯める魔石の量の確保だ。
こっちはもう、一般用の魔石も火の魔道具、光の魔道具、土の魔道具、風の魔道具用として常にある程度作り続ける必要があった。
それは10回以上再利用出来るとはいえ、常に壊れていく魔石はある訳だし、冒険者がダンジョンで使うライトなどは、それでもやはり破損も出て来るからで、それだけでも常に一定の需要がある。
しかし、一般用はある程度普及が終わってきていて、増える量も高が知れている。
本当に問題となるのは、水の魔道具用の魔力を貯める魔石の量の確保だ。
こちらは今現在、作る側から新たに製作された水の魔道具に付けて売られるという状況にあり、取り替えるための予備分の確保が間に合わなくなりそうな状況にあるのだ。
数を確保するために人員を増やすといっても、それは簡単にはいかない。
何しろこれは厳しい枷がはめられた秘匿技術で、今までは秘密保持が確実に出来る、家臣となった者と、貴族の子弟の魔道具店の店員となった者に、秘密保持の誓約をさせて技術を教えているだけなのだ。
そうそう簡単に作れる人数を増やせないのだ。
またこの技術の秘匿に関しては、組合がとても神経質にもなっているので、その意向を無視することも出来ない。
そしてもう一つ、今現在、この王都周辺でも公爵領でも領地の開発が一斉に行われている現在は、魔技師の確保がとても難しくなっていて、特に貴族の子弟の魔技師は、ほぼ完全にそれぞれの家が囲い込んでしまっていて、以前のように人手が余っていて、すぐに新たな店員が確保できる状況にないのだ。
「元々ある程度需要があった水の魔技師、火の魔技師は分かる、それに今は耕作地の開発だから土の魔技師も人材不足になるのは理解できるよ。
でも、光の魔技師と風の魔技師は、求人に応じてくれそうな貴族の子弟の魔技師がいても良いと思うんだ」
「カンプ、光の魔技師だって、元々ある程度需要はあったわよ」
僕の言葉にリズがそう反論した。
「土の魔技師の人材確保が出来ないなんて、そんな時が来るとは思わなかったなぁ。
俺が学校を出る時には、これからどうやって生きて行こうかって、ちょっと途方に暮れる思いをしていたんだけどなぁ」
アークがなんだかとても感慨深そうな感じで言った。
「カンプさん、風の魔技師も開発では引く手数多なんですよ。
カンプさんは忘れているのでしょうけど、砂漠を耕作地にする最初の時や、土地に栄養が無くなった時には水を撒いて雑草を生やして、それを刈って、砂漠ミミズに処理させるじゃないですか。
その雑草の刈り取りは、昔は私も良く呼ばれていました。
今ではここでは草刈り器があるので、風の魔技師が草刈りに呼ばれることはあまりないのですけど、公爵領では草刈り器はないですからね。
同じ様な機材を作ったとしたら、それは昔の調理器と同じ様に、常に魔技師が新しい魔石を補充することになるから、同様に風の魔技師の需要になりますし。
そもそもその開発方法を確立したのは、元々のこの村ですし」
フランがそう指摘してきた。
「まあ、そうなんだけど、僕が聞きたいのは、魔法学校に求人に行ってもダメかなということなんだけどさ」
「無理じゃない」
「無理だろ」
「今は無駄だと思います」
うん、貴族の子弟の店員を新たに雇って、作る人数を増やすというのは無理だと結論するしかない。
新たに家臣になった者の中からというのも、フランの従兄弟のフランクはもう作らせているけど、フランやリネ、それにダイドールやターラントの親に教えて作れと命令するのも、ちょっと無理がある。
きっと今している仕事に支障をきたすだけだろう。
うーん、困った、完全に手詰まり状況になっている。
「やはり、ウチの村から、魔法学校に行って卒業した子たちを、他に事情がある子以外は全員、カンプ魔道具店で雇って、その子たちに作ってもらうしかないんじゃない。
村の子たちが秘密を守れないとは思えないわ」
「私もそれしかないと思います。
あの子たちだったら、私たちも気心は知れてますから」
リズとフランがそう提案してきた。
「うん、やっぱりそれしか無いよな。
そうは思っていたんだ。
明日にでも支部長さんに相談に行くよ。
組合は魔力を貯める魔石の技術に関しては、とても慎重だし厳しいから」
西の組合長さんとは、もう長い付き合いだし、話し合いは順調に進んだ。
「やはり、そうなりますか。
私としても、それ以外に方法はないと思っていました。
組合でも魔力を貯める魔石の不足が問題になり始めていて、話題にはなっていたのですよ」
ということで、村出身の魔法学校卒業生を雇って作るという案は簡単に通った。
良かった、これでなんとか魔力を貯める魔石の供給に目処が立った。
自動給水器の需要が僕らが考えていたよりも早く増えたのは、やはりそれの設置が収入の増加に繋がることがすぐに知られる様になったからだった。
従来型の散水器をカンプ魔道具店方式に取り替えさせるのは、魔石交換時に魔石の値段だけでの交換にしたから、これはとても速やかに進んだ。
新たな負担がなく、新しい物が得られるなら、そちらに換えないはずがない。
そして取り換えた農民たちは、新しい散水器の方が、従来の物よりも1回の魔石の交換で使用できる時間が長いことにすぐに気がついた。
それが知れると、余計にすぐに新型への交換が進んだ。
散水器が自動散水器に替わっていくきっかけは、僕たちの領地に来た研修生だったことは確かだ。
各領地で再開発を担当した彼らは、耕作地の再開発をする時に、当たり前なのだが、モデルとなる場所を作って、その地の農民に見せることにした。
自分たちの言う様にすると、こんなに楽に仕事が出来て、収入面でも有利だからとアピールして、再開発するために伝来の土地の区画整理や、新たな土地に移動してもらうためだ。
それらのモデルとなる耕作地は、多くはそれぞれの土地の取りまとめ役などの人が渋々協力したのだが、実際に規格通りの耕作地で、自動散水器を使っての農作業をしてみると、日々の一番の手間である水撒きをしないで済むこと、使う魔石が、新しい散水器よりももっと少なくて済むことがすぐに理解することができた。
一度、一般の農民に自動散水器の有利さが理解されると、多くの農民が新型の散水器になって、今までより浮いたお金を、自動散水器の購入に当てようとした。
それが、思ったよりも早く自動散水器が売れ出した理由だった。
自動散水器が売れ出したことは、もう一つ大きな意味があった。
王都の周りで新たに領地を得た領主家では、共通して一つ大きな問題を抱えている。
それは何かというと、領民の不足である。
元の領主が、公爵領近くに移っていく時に、その時点での領民を開発のために連れて行ったからだ。
これはどこも同じで変わらない。
そして今残っている領民は、「より多くの土地を得ることが出来る」といった誘いに乗らなかった、言えば自分の土地に愛着を持っている人がほとんどだった訳だ。
彼らにとっては今現在耕している畑が大事で、それを少しでも変化させることなんて、全くもってもってのほかな事柄なのだ。
そしてそういう彼らの土地は、利権やなんかが入り組んでいて、小さな畑が点在したり、公共の道は曲がりくねって、幅も場所によって狭くなってしまっていたりと色々だ。
そんな状態では、効率の良い作業が出来る訳が無い。
再開発事業を陛下が推進しようとしているのは、こういった膠着した非効率な状態を打破したいという目的もあるのだ。
だがしかし、元の領主の意向に逆らってまで、その地に残ることを選んだ人たちだ。
「効率よく作業出来るように再開発します」と、ただ言ったって、協力してくれる訳が無い。
そういった頑固な農民たちばかりであったのだが、自動散水器の利点を知り、それが今までよりずっと多くの収入をもたらすことが判ると、一気に新たに作られた規格通りの耕作地への移動を受け入れるようになった。
いやもっと正確に言おう、新たな規格通りの耕作地への移動を望む、要求するようになった。
確実により多くの収入が得られるという事実の前には、父祖伝来の土地を守るという今までは最優先な事柄も、全く太刀打ちできないことだった。
こうして、王都周辺の土地では、半ば逆に領民に新たな領主がせっつかれるような状況で、急速に再開発が進んで行った。
王都周辺の人口は、公爵領への移住がかなり多かったので、以前の2/3程度まで減り、王都周辺の作物の収穫量は、その混乱もあって一時的にはそれ以上に減ったようだったが、僕と公爵の領地が交換されて、2年目には新型の散水器が普及して、収穫量は以前の2/3を超えて、3年目になり再開発が進み出し、自動散水器が売れだすと、一気に以前の収穫量を超えるようになった。
つまり、王都周辺の農民の数は以前の2/3以下になったのだが、個々の農家は以前と同じコストで、以前の農民の数の時に耕作していた耕作面積と同じくらいの広さを耕作できるようになったのだ。
一気に収穫量が以前と同じレベルになったことには、少しカラクリがある。
それは今のところは、まだ再開発レベルで新たな耕作地の開発ではないことである。
砂漠を開発したのでは、さすがに最初からそんなにたくさんの収穫量が見込める訳がない。
元々、耕作地だった場所を、使いやすいように規格通りに土地を再開発したにすぎないから、その土地で以前収穫出来た量と同じに収穫が出来たのだった。
収穫量が以前と同じになって来たからといって、全てが以前と同じではもちろんない。
再開発で区画整理がなされ、真っ直ぐな計画的な道が増えたり、一枚一枚の畑が同じ大きさで統一されたりの違いもすぐに判るのだが、今までと一番の違いがすぐに目につくのは、やはり街路樹や、林といった、木が多くなったことだ。
ペーターさんの叙爵式後の話によって、王都周辺の領主たちは、木を植えることに積極的になり、僕たちのところで研修を受けた開発担当者に協力的になったからだ。
それから、もう一つの理由としては、ターラントが始めて、おじさんとペーターさんが引き継いだ苗木の生産が、3年目となりその事業が軌道に乗り、規模をどんどん拡大していったことがある。
当初自分たちの領内に植える木の苗木の確保も、街路樹用の苗木以外は苦労して、事業自体の停滞まで起こしていたのだが、ある程度の数が確保出来て、木が成長し始めれば、それを元に増やすことが出来るので、サイクルが回り出したのだ。
実は苗木の生産は、いつの間にか僕の領内の一つの大きな産業になっていた。
最初は一番に僕たちの領内での需要が一通り終わって、余り出した街路樹の苗木を西のデパートで売りに出したのだが、それが瞬く間に売れたということに驚いた。
街路樹にしている木は、成長も速く、増やしやすいことから以前に選んだ木だから、僕たちは何処でも自分たちで増やして街路樹を植えていくだろうと思っていた。
この木を増やすのに特別なノウハウなんて何もないのだ。
ところが実際には、予約が殺到する西のデパートの人気商品となってしまった。
僕らの所以外では、買えるなら買ってしまった方が、速やかに開発を進められるし、苗木の栽培にまで割く人員、機材がなかなか確保できないからだという。
一つには少しは周りの元研修生を助けてあげたい気持ちもあって、デパートで売る苗木の価格を採算が取れるギリギリまで安くしたこともあるだろう。
「カランプル、私は実はお前たちがなんで領地の開発にこうも熱心なのかと思っていた。
前の村の時も、お前たちは貴族としての生活を捨ててまで、開発に尽くしていたのはなぜなのだろうかと。
あの地で開発に成功したことも驚きだったが、最初の成功だけで十分に賞賛に値する成果で、堂々と貴族としての体面が立ったはずなのに、それに止まらずに他のことに見向きもせず開発を進めようとしていた。
お前たちの経済力からすれば、領地の開発なんてする必要はないのだから、新たな貴族として定められた期間を過ごすだけを考えれば良かったのだからな」
ベルちゃんこと王女様の滞在に便乗して村にやって来た陛下がそんなことを言った。
まあ、普通に考えるとそうなのかも知れないなぁと僕も思った。
でも僕たちは王都の貴族としての生活はしたいとは思っていなかったし、そこから離れて暮らしたいと思っていたのだ。
貴族社会に巻き込まれると、少しも良いことはないと思っていて、極力避けようと考えていたのだ。
結局巻き込まれてしまって、今に至っているのだけど。
「しかし、この光景を見ると、お前たちが領地の開発に熱心になる気持ちが解った気がする。
何もなかった砂漠が、こうして木々に覆われて緑になるのは、なんて壮大で胸躍る光景であろうか。
私は国力の増強、いや今現在はもっと短絡的に言えば、公爵に対抗するために開発を推進しようとして来たが、この光景を見れば、そんなことは関係なく、砂漠を緑にしていく開発を進めて行こうという気持ちになる。
それに、お前のこの村、いやもう町だな、とにかくここは来る度に大きくなっているのも分かるが、それ以上に緑が増えたことで気持ちの良い土地になっているな。
確かにこうした変化を目の当たりにし、それが自分たちが行ったことの結果なのだと思えば、熱心になるだろう」
陛下は記念樹の森の、大きく広がった姿を見て、そう言った。
「そうそう、北と東のダンジョンなのだが、公爵たちがお前の元領地に去ってから、少しの間魔石の産出量が少し減って、公爵が必要とする量の確保に間に合わず、公爵から文句を付けられていたのだ。
『約束通り、産出量の半分を速やかにお渡し願いたい』とな。
こちらはしっかりと産出量の半分をキチッと公爵に渡していたので、組合の者に
それを説明に行かせた。
公爵領の組合長も、組合の帳簿を確認して、公爵も渋々納得したなんて騒ぎになる程だったのだ。
しかし、最近はまた魔石の産出量が増えて来て、以前よりも多くなっている。
今度は逆に公爵は、多くなった分の魔石の代金の捻出に困っているようだ。
ま、そんなことは公爵自身は全く見せることはないがな。
という訳で、カランプル、魔石の量は足りているから、どんどん魔道具を作ったり、魔力を貯める魔石のストックを増やしてくれ」
「陛下、カンプ魔道具店では、もうすでに目一杯働いています」




