ベルちゃんは村で
前話のターラントについての記述が、それ以前と辻褄が合わないことに、掲載してから気がついて、その部分だけ慌てて訂正しました。
申し訳ありませんでした。
うーん、誤字脱字の訂正は多いのだけど、辻褄が合わないのは、本当に情けない。
反省してます。
「カンプ様、あの場で急に私に振るなんて、いくらなんでも酷いではないですか」
朝、部屋から下に降りていくと、先に館の居間に来ていたペーターさんに、顔を合わして早々に文句を言われてしまった。
ペーターさんは、僕たちとの関係を少し微妙に思っているみたいで、ラーラと結婚しているからといって、ラーラが僕たちに対してする態度ではとても接することはできないと考えているようだ。
確かにペーターさんは、ラーラとは違って、僕たちと本当に昔から直接に接していた訳ではない。
でも、ラーラを奥さんにしているのだし、僕らと知り合ったのも、もう本当に随分以前のことなのだから、僕らより年上だしもっと砕けた物腰でも良いと思うのだが、どうも一線を引いて、自分を僕たちより下として振る舞う。
村の僕たちの家に、今ではペーターさんもほとんどいつでも夕方以降は来て、色々と一緒に話し合う、重要メンバーの1人になっているのだが、僕たちに対する口調はフランやリネよりも丁寧な調子だ。
「あなたは、おじさん、おばさんに対する口調が丁寧なのは当然だと思うけど、どうしてそうカンプたちにまで堅苦しいのよ」
と、ラーラはペーターさんの僕たちに対する口調を変えさせようとしたのだが、ペーターさんが変わることはなく、今では諦めている。
僕たちも、それに慣れてしまって、それが普通になってしまっているのだけど、本音を言えば、もっと普通に話して欲しいんだよね。
だって、ラーラは僕らに対して普段は学生時代と同じ口調だから、夫婦なのにその差が激しくて、どうも調子が狂うのだ。
ラーラが僕たちに対して丁寧になったら、それは気持ちが悪いので、ペーターさんの方で、少しラーラに近づいてほしいなと、本音では思っている。
そんな風なペーターさんだから、こんな風に僕に文句を言ってきたのは、初めてのことかも知れない。
ちょっとラーラが驚いているみたいだ。
「ペーターさん、悪いとは思ったのですけど、あの場に他に頼める人がいなかったんです」
「確かに父上様はあの場にいませんでしたが、一番最初に計画を立てたターラントさんは居たではありませんか、私なぞが陛下の前で話すことはなかったとおもうのです」
「いえ、ペーターさん、私はもう他のことが忙しくて、植林にはかなり以前より全く関わっていません。
例外的に、新しい村を作り始める前、最初の街路樹を植えるために、その苗木作りのためには動きましたけど、それも最初だけで、私は放り投げてしまっています。
今、現実に中心となって関わっているペーターさんが陛下にも説明するのは、私は当然だと思います。
もし私が指名されていたら、即座に私からペーターさんにお願いしますと、今の理由を言って、替わってもらいましたよ」
「いえいえ、私はそもそもラーラが陛下の杖を作った功績によって貴族になり、その夫だからという理由だけで、付け足しで貴族扱いされている、本来ならあの場に居ることがあり得ない庶民です。
その私の話を、陛下に直接聞いていただくなんて、身に余る光栄ではありますが、あまりに荷が重すぎます」
ペーターさんが珍しく少し大きな声でそう言って、ターラントに反論した時、いつもとは違って、何故か静かに王宮に繋がるドアが開いた。
「ん、いや、その、なんだ、ドアの向こうでここの話が聞こえてしまってな。
なんと言うか、ちょっといつもと違って、入り辛かったのじゃ」
陛下も珍しく、なんとなく照れ臭そうにそう言って、部屋に入って来ると、いつも座る席に向かって行った。
その後ろに今日はどういう訳か、王妃様は来ないで、王女様だけが一緒していた。
陛下たちがなんの前触れもなく、不意にやって来るのは、もう慣れてしまっていて、誰も驚かないのだが、「話が聞こえて」と言われたので、ペーターさんはちょっと困ったような顔をして、部屋の隅の方にさり気なく移動していた。
「陛下、おはようございます、今日は随分早いお越しですね」
僕はみんなを代表して、そう陛下に挨拶したのだが、陛下は隅に移動したペーターさんを目で追っていて、僕の挨拶に軽く
「ああ、おはよう」
と言うと、ペーターさんに向かって声を掛けた。
「ペーター_グロウケイン、お前の正式な身分はなんであった?」
「はい、陛下、ここにいるラーラの女准男爵配です」
「なるほど、それでさっきの付け足しでの貴族扱いという話になるのだな」
そう言うと、陛下はちょっとだけ考える仕草をしたと思ったら言った。
「ペーター_グロウケイン、そなたの昨日の叙爵式における話は、余にとってだけでなく、多くの者にとって非常に有益なものであり、あの話はこの国に本当に良き影響をもたらすであろう。
この功績に対して、余はそなたに褒美をしなければならない。
そこでペーター_グロウケインよ、余はそなたを正式に准男爵に任じる」
ペーターさんは不意なことだったので、理解が追いつかず、なんの反応も示すことができないでいたのだが、リズが即座に言った。
「ラーラ、良かったわね。 これであなたも正式な場で、グロウケイン准男爵夫人を名乗れるわよ」
「えっ、リズ、どういうこと?」
「今まであなたは公的な場で正式に名乗る時には、女准男爵を名乗らなければならなかったでしょ。
これからはそういう場で、准男爵夫人を名乗って良くなるのよ。
私も同様で女子爵を名乗ることもできるけど、アークの妻だから子爵夫人の方を名乗っているのよ。
だってその方がやっぱり嬉しいじゃない。
だから、ペーターさんが正式に准男爵に任命されると、あなたも私と同じになるのよ」
「つまり、公式な場でも私は准男爵夫人と名乗れるし、准男爵夫人と呼ばれる訳ね。
嬉しい。 それってすごく嬉しい。
自分が准男爵をいただいた時よりももっと嬉しい。
陛下、本当にありがとうございます」
リズの言葉を理解したラーラは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「ほら、それより先にペーターさん、ちゃんと受任しなくちゃ」
アークがラーラをちょっと揶揄う感じで、ペーターさんに行動を促した。
ペーターさんはアークの言葉に、ハッと我に返った感じで、陛下の前に進んで行って、片膝を床につけて頭を下げて、正式な授爵の言を述べた。
「ありがたき幸せ。
ペーター_グロウケイン、より一層励み、努力することをここに誓います」
何故かラーラもペーターさんの後ろで、ラーラもそうする必要はないと思うのだが、同じ姿勢をとっていた。
「うむ、これからもよろしく頼むぞ」
「はい」
この決まった儀式の間、陛下は立っていたのだが、これで終わりと、陛下はいつもの椅子にゆったりと腰を下ろした。
逆にペーターさんは立ち上がったのだが、立ち上がった瞬間にラーラに飛びつかれていた。
こんなに喜びを爆発させたラーラを見るのは、ペーターさんとの結婚式以来だな。
陛下の来訪と准男爵を正式に拝任したことで、ペーターさんの僕への文句はなんとなくうやむやになってしまった。
叙爵式が終わった後、ペーターさんは多くの人に囲まれて困っていたから、そんなことも含めて、まだまだ僕に言いたいことはあったんじゃないかと思うけど、助かった。
「ところで陛下、王女様だけをお連れになってこちらに来られたのですが、どうされたのですか」
「そうであった、ここに来た本来の目的を忘れるところであった」
うん、ペーターさんの件は、その場の判断というか、よく言えば臨機応変な対応だったんだな。
ウィークも陛下が来たと聞いたのだろう、すぐに現れて、その成り行きを見ていたから、それに伴う書類仕事なんかは、裏でウィークが手を回すのだろう。
ペーターさんを准男爵配から正式な准男爵にすることは、ウィーク的にも問題ないと判断したのだろう。
そうでなければ、あの場で口を挟んでいたはずだ。
陛下は少し王女様を見つめてから、視線を僕の方に戻して言った。
「カランプル、お前たちはいつ領地に戻るのだ?」
「ここ一両日中、なるべく早く戻ろうと考えています」
「予定が決まったら、即座に教えて欲しい。
それで、帰る時には王女を同行して行って、少しそっちに滞在させてやってほしい」
僕はちょっとびっくりして、聞き直した。
「えーと、王女様1人で僕の領地の村に滞在するということですか」
「まあ、そういうことだ。
身の回りの世話と護衛のためにメイドを2-3人付けようとは思うが、私も王妃もそうそう王宮を空けてはいられないからな」
どうやら、もう決定事項のようだ。
僕は王女様に向かって、尋ねた。
「私の領地に来るのは了解しましたが、いったい何のために、来られるのですか?
陛下の口ぶりですと、数日は滞在していただくつもりのように感じられたのですが」
「伯爵、その王女様というのやめて。
私は伯爵の村に行ったら、王女としてではなくて、1人の職人というか、物作りをする人として扱ってほしいの。
具体的には、私は伯爵の村に行って、村の肌水の瓶なんかに模様を書き込んでいる工房に行って、そこの人に色々教わったり、一緒に色々してみたいの。
そんな風に思っているのに、伯爵が王女様って私のことを呼んだら、みんな畏ってしまって、私に普通に接してくれなくなってしまうと思うの。
前にお父様は、『殿様』とだけ呼ばれて、村人と普通に話していたわ。
だから、私のことは普通に名前で呼んで」
僕はちょっと困ってしまった。
王女様とばかり呼んでいたから、王女様の名前がとっさに思い出せなかったからだ。
隣にいたエリスが助けてくれた。
「それでは私たちはメリーベル様とお呼びすれば良いのですか」
「様もいらない。 子供の私がエリスや伯爵に様付けで呼ばれたら、王女様呼びとそんなに変わらないもの。
メリーベルちゃん、いいえ、ベルちゃんと呼んで。
これなら村人たちも普通に思うでしょ」
いや、いくら呼び名を「ベルちゃん」に変えても、護衛のメイドを従えている王女様を見たら誰も普通になんて思わないと思う。
でもまあ、そこは指摘しないで僕は言った。
「それでは王女様じゃなかった、ベルちゃんも、私のことは伯爵ではなく、カンプと呼んでください。
私も普通はそう呼ばれていますから」
「カンプ、ではなく、カンプさんと呼ぶのが良いかもしれないですよ。 えーと、ベルちゃん」
ラーラが王女様にそんなことを言った。
「私のような古くからの知り合いは、普段はカンプと呼び捨てにしてしまっているのですけど、ベルちゃんも知っているフランやリネは、『カンプさん』と呼んでいるわ。
ベルちゃんは2人よりも、もっとずっと若いから、呼び捨てにすると違和感を感じちゃうと思うのよ。
だからカンプさんかなって、あっ、カンプおじさんもありだと思うけど」
ラーラの最後の一言は絶対に僕をからかっているのだと思う。
「それじゃあ、カンプさんて言うことにする。 さすがにカンプおじさんというのは、ちょっと恥ずかしいから。
えーと、それじゃあ、エリスのこともエリスさんと言った方が、普通に聞こえるかな」
「そうですね。 村人たちと一緒の時はその方が良いかもしれないですね。
村人たちと一緒の時には、カンプとエリス、それにアークとリズは『さん』を付けて呼んだ方が良いかも知れないです」
「それじゃあ、ラーラもさん付けかな?」
「いえ、私はそのままラーラで村でも大丈夫です。
えーと、くれぐれもラーラおばさんは無しの方向で」
最後はラーラは自虐ネタにして、笑いを誘った。
僕らは吹き出してしまったのだが、それを調子に乗ってアークがいじった。
「王女様、ラーラおばさんはおばさんと呼ばれるのが嫌らしいので、呼ばないでやってください」
ラーラが即座に反撃した。
「ベルちゃん、物覚えの悪いアークは、おじさん呼びされたいようですから、そう呼んでやってください。
何しろ、同い年の私に向かっておばさんと呼ぶのですから、余程そう呼ばれたいのでしょう」
陛下が大笑いされた。




