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領地替え後2度目の叙爵式

 会場は異様な雰囲気というか、今までの僕の経験にはない雰囲気に包まれていた。

 どういうことかというと、上位貴族と呼ばれる爵位持ちの貴族の席がほぼ半数空席だったのだ。


 それだけだと、今のような異様な雰囲気にはならない。

 爵位持ちの貴族の席が空席だらけなのに、今回の叙爵式では、騎士爵をもらう者と、家名を名乗ることを許される者たちは、会場に入りきれない数となり、2回に分けて式を執り行うことになったのだ。

 閑散とした上位貴族の席と、人も多く、興奮して熱気溢れるホールに溢れる下級貴族たちという、何とも対照的な状況になっているのだ。


 「参加する下位貴族の数の多さは、少し異様だが、こちらの方の席はこれくらい余裕があると、清々しい気分じゃな」


 式が始まる前に、イザベルの父親のブレディング伯爵がそう話かけてきた。

 僕は当たり障りのない返事を心がけて言った。

 「私などは、参加の回数が少ないので、このような経験は初めてですから、雰囲気の違いに戸惑うばかりです」


 「なあに、それはブレイズ伯には限らんよ。

  私だって、こんな変な叙爵式は初めてだ」

 僕の言葉にアークの父のハイランド伯がそう答えてくれた。



 おしゃべりをしている暇はそれほどなかった、すぐに典礼官による開会の言葉が発せられ、陛下と王妃様がお出ましになり叙爵式が始まった。

 この年は、王都周辺も公爵領の方も開発に忙しくて何か特別なことをする暇はなかったからだろうか、上位貴族の叙爵は数名の襲爵が語られたのみだった。

 これは毎年のことだし、数も少なく良かったのだが、ここからが長かった。

 騎士爵となった者は名前を呼ばれて、陛下の前に進み出て、そこで典礼官から騎士爵の証書を手渡される。

 新騎士爵は、前に出てきた時に、陛下に礼をして、証書を典礼官から受け取り、もう一度陛下に礼をして元の場所に戻るだけだが、同じことが延々と繰り返されることとなった。

 そしてそれがやっと終わったかと思ったら、次には長々と家名を名乗ることを許される者たちの名前の読み上げがあったのだ。


 その家名を名乗ることを許された者たちに、杖を振るって煌びやかな光を舞わせて、その許しを陛下は与える。

 初めてそれを見た者は、噂には聞いていたのだろうが、「おおっ」というどよめきが上がった。

 杖の煌めきを消し、どよめきが収まるのを待ってから、陛下はこの多くの新たな騎士爵・家名持ちに向かって言葉を発した。


 「そなたたちは、公爵領及び、その周りの領地から来た、新たに申請されて、その立場を得た者たちである。

  今回、そなたたちの直接の上司である、それぞれの領地の主たる上位貴族は、そなたたちがここ王都へ来ることを優先して、この場への参加を見送ったと、公爵をはじめとした皆から書状が来た。

  本来は、この叙爵式は年に一度の全ての貴族が揃う時である。

  現実的には全ての貴族が揃うということは、国の草創期以外無理なことではあったのだが、少なくとも上位の貴族が揃うという伝統は守られていた。

  しかし、今回に関して言えば、そなたたちほど多くの者を一度に任命することは今までになく、現実的な問題として、王都に滞在したり、王都への移動をできる人数には限りがあるということもあり、伯爵領とその周辺の貴族に関しては、距離等の問題も含めて、今回は叙爵式への参加を免除することとなった。」


 今回、騎士・家名持ちになった者たちは、王都に家を持っている訳ではない。

 元々は各領地に家を持っていたのだが、そこを放棄して新たな場所に行った訳だから、今回の叙爵式に参加するにあたっては、その宿泊はそれぞれの領主の王都の館が用いられる。

 そこに領主自身と、その取り巻きも一緒に滞在するとしたら、確かにそれだけの人数を滞在させる余裕のある館を王都に持つ貴族は少ないだろう。

 それだけじゃない、移動途中の宿泊を考えると、宿泊できる場所を探す、または宿泊できる準備をするだけでも大事になってしまうだろう。

 それで、領主自らは今回の叙爵式に不参加となったという訳か。


 陛下の彼らに対する言葉は続いた。

 「つまり、お前たちは、今ここで騎士爵になったり、家名を名乗ることを許されただけでなく、それぞれの地の領主の代わりとしてきているということでもあるのだ。

  そこで、朕はそなたたちに言おう。

  己が今日この場で叙された意味を全うせよ、と。

  昨年のこの場で公爵は、『新たな地では開発はまだ始まったばかりで、その成果をまだお見せすることはできないが、次からは成果を少しづつ見せることが出来るだろう』と。

  言葉の通り、そなたたちの領地は開発され始め、国庫にも幾らかづつ入ってくるようになってきた。

  その今、そなたたちが叙された意味は明確であろう。

  公爵をはじめとする、そなたたちの寄親は、そなたたちにより一層開発の仕事に励むことを期待して、朕にそなたたちを叙してくれるように頼んできたのだ。

  開発はもちろん自分たちを豊かにするが、それだけでなく、全ての民、国自体も豊かにすることを肝に銘じて、そなたたちの寄親だけでなく、朕の期待も背負っているのだと自覚して、これからの仕事に励んでもらいたい」


 陛下の言葉が終わると、典礼官は叙爵式を一時中断、休憩時間とすることを告げた。

 その言葉に陛下が一時退席すると、典礼官は、新たに叙された騎士爵と家名を名乗ることを許された者たちを会場から立ち去らせ解散し、また新たな者たちを会場に入れる作業を始めた。

 典礼官たちがそんなことをしているのを、まるで関心を持たず、見えてもいないような調子で、今度はリズの父であるグロウヒル伯が口火を切っておしゃべりを始めた。


 「しかし、なんともこれほど多数を申請してくるとは思わなかったな」


 グロウヒル伯爵は明らかに僕に返答を期待して言葉を掛けてきたので、僕も黙って聞いているだけにはいかず、ちょっと疑問に思ったことを口にしてみた。


 「王都周辺の、新たに領地をもらった貴族たちが、そのもらった土地を治めたり開発したりする人手に、その立場と責任を明らかにするために、このような申請をしてくるのは、私のところでも同じような事情がありますから分かるのですが、公爵や、その周辺の方々は、元々領地を持っていた方が移っていったのですから、そのような立場になる人は元からいたのではないでしょうか。

  それなのに、何故、これほどまでに多数の方が申請されてきたのでしょうか?」


 「ああ、私もはっきりとは言えないが、きっとこう考えたのだろう。

  今現在、上位貴族の数は、ここ王都の周辺と、公爵領周辺とで、ほぼ同数程度にまでなっている。

  そうなると、今現在はその上位貴族に連なる下位貴族の数も、大差ない訳だ。

  実際には行政官その他の法衣貴族が王都にはかなり存在するから、どうしても王都周辺の方が多いのだけどな。

  それが、ここにきて新たに領地をもらった者が、下位貴族を申請することとなった。

  それはブレイズ伯が言ったとおり当然の流れなのだが、王都周辺の新たに領地を得た者が申請すれば、それだけ王都周辺の下位貴族の数が増える。

  きっとそれが公爵たちには気に入らなかったのであろう。

  下位貴族の数も王都に負けてなるものか、という考えなのだろう」


 「ま、なんとも愚かしい、見栄張じゃな。

  下位でも貴族を増やせば、それなりの格式を整えねばならず、経費が嵩むであろうに。

  そんなところに金を使うなら、一つでも多くの魔石に回す方が良いであろうに。

  それにまあ、今年は出席しない良い口実になるなんて考えたのだろうよ」


 ハイランド伯が僕の疑問に答えてくれて、それに対して、ブレディング伯が感想を言った。 うん、なるほど。


 「その点、ブレイズ伯は徹底しているな。

  今回、申請した数も最低限だと聞くぞ」


 グロウヒル伯がまた僕に話を振ってきた。


 「いえ、私のところの場合、元々私も妻のエリスも庶民ですし、私の領内においては爵位を持っているかどうかなんて、関係ないですから。

  新たに仕官してくれた人にも、私たちのところでは身分は一切考慮されないと、最初に釘を刺しています。

  ですから、私のところでは、家臣の領地も含めてですが、貴族の立場を意味を持ちませんから、対外的にそれを必要とする立場の者だけに絞って、申請をしているから、結果として最低限になりました。

  最も、家宰のダイドールは、『もっと申請するつもりでしたのに、伯爵家としては貴族の身分を持つ家臣が少なすぎるので、良い機会だと思いましたのに』とブツブツ文句を言ってましたが」

 ダイドールのことを知っているグロウヒル伯はクスッと笑った。


 「ま、ブレイズ伯がそんな調子だから、他の者たちも、この王都周りの者は、ほとんどは最低限の人数しか申請してこなかったな。

  公爵は後になって、考え違いに気が付くこととなろうよ」


 ハイランド伯が、新たに会場に入って来た、新たに騎士爵に任命されたり、家名を名乗ることを許される人たちを見ながらそう言った。

 今度の王都周辺の彼らは、公爵領周りの者たちより、その数がずっと少なかった。

 そして予想していたことだけど、その多くが、僕たちのところに研修に来ていた若い貴族たちのようで、なんとなく見たことがある顔を多い気がした。


 再度の陛下と王妃様のお出ましがあり、先程と同じように儀式は進んでいった。

 先程の数に比べれば、今回は人数は半分に満たない程度で、気分的にはサクサクと素早く儀式が進んだ。


 そしてまた、陛下が彼らに言葉を掛けたのだが、今回の言葉は先程とは全く違ったものだった。


 「新しく騎士爵を得た者たち、そして家名を名乗ることとなった者たちよ、そなたたちはそれぞれの場で、領地の開発の先頭に立っている者たちがほとんどだと思う。

  そなたたちは、それぞれの場で同じような立場に立ちつつも、今のこの場のように一同に会することはないことであろう。

  それぞれの場でも困難、悩みなども、もしかすると共通する部分があるかも知れぬ。

  また、この場にはそなたたちの上司にあたる上位貴族も揃っている。

  そなたたちが担う開発は、今現在の我が国家の最も重要な事柄である。

  それぞれの立場を越えて、困っていることがあれば、朕も含めて皆でその解決策を考えてみようではないか。

  忌憚のない意見を述べてみよ」


 会場はこの陛下の言葉に驚き、一瞬で静まりかえったのだが、次の瞬間には新しい騎士爵たちの中で周りと小声で話し合う様子が見られた。

 それを陛下は辛抱強く待っていたが、やがて意を決するように1人の騎士爵が、手を挙げた。

 陛下はその騎士を指名するにあたり、ちょっと注意を与えた。


 「そなたの意見を述べてみよ。

  自分が誰の下だとかの名乗りを上げる必要はない、開発をその肩にになっている責任ある者の1人として述べればそれで良いのだ。

  朕も、今は単なる司会のようなものと思って話せば良い。

  今、この場は、立場は一緒だと思って話すのじゃ」


 「はい、了解しました。

  今、私は自分の周りの者と話をしたのですが、同じように困っている人が多いことが分かり、話を聞いてもらおうと考えました。

  困っている内容は、上司にあたる方々が、なかなか植林の重要性をわかってくれないということです。

  ぜひ、この場で植林の重要性を上位貴族の方々に理解していただきたいと思います」


 「具体的には上位貴族が植林の重要性を理解していないとは、どういうことが困っているのだ」


 「はい。 開発において、道を作ることが必要であることは簡単に理解していただけるのですが、そこに街路樹を植えること、また計画している開発地に多くの林が設けられていることには難色を示されてしまいます。

  街路樹を植えるために水の魔道具を購入するなら、その分でより多くの畑が潤せるのではないか、林を作るのにも水の魔道具がいるだけでなく、そこは耕作地にもならないのだぞ、と。

  開発資金を捻出しなければならない上位貴族の方々にとって、一見何も生み出さないかのような街路樹や林は、確かに不要の物に見え、いたずらに開発資金を増やすだけに思えるのかも知れません」


 「カランプル_ブレイズ、その辺りはどうなんだ?

  今の王都周辺の開発は、ブレイズ家の開発手法が用いられている。

  ここに集まる騎士たちが説明するよりも、大本であるお前が説明した方が、上位貴族どもは納得するのではないか」


 急にそんなの振られたって、僕が上手く説明できる訳が無い。

 僕は領主と言っても基本的には火の魔技師であって、植林は完全に人任せだ。

 本来なら、ターラントに説明を任せるのが一番正しい気がするし、植林の一番の責任者はおじさんである。

 でも、おじさんはここには来ていないし、ターラントにこれ以上面倒を増やすのは可哀想だ。

 アークは僕と同じようなものだし、ちょっと考えて僕は応えた。


 「陛下、私は植林の専門家ではありません。

  私の代わりに、私の家で植林を担当している、ペーター_グロウケイン准男爵に説明してもらいましょう。

  おっと、失礼しました。

  ペーター_グロウケインなら、詳しく説明してくれると思います」


 最初、陛下が立場は越えてと言ったのに、准男爵と言って、言い直したのはわざとだ。

 ペーターさんはラーラに比べると一部の人にしか知られていないからね、良い機会だからちょっと名前を売り込んでおこうと、とっさに閃いたのだ。


 ペーターさんは当然ながら、僕よりも急に話を自分に振られて驚いている。

 目を大きく見開いて、顔色を青くして、固まっている。


 「そうか、それではペーター_グロウケイン。

  ブレイズ家方式の開発で、植林はどういう意味を持つのか説明してくれ」


 陛下の言葉にもとっさに反応できないペーターさんだが、ラーラに脇を突かれて、逃れることはできないのだと、必死の顔をして返答した。


 「はい、陛下、それでは説明させていただきます」


 震え声で最初は返答したペーターさんだが、いざ話始めると僕も驚くほど、理路整然とブレイズ家方式の開発にとっての、植林の意味を詳しく説明した。

 ペーターさんの話を、集められた下位貴族は勿論だが、上位貴族も、陛下までもが、静かにその言葉に聞き入っていた。


 「以上のような理由を持ちまして、我がブレイズ家では植林をとても重要視しているのですが、それは我々にかぎらず、領民も深く理解しています。

  前からの領民たちは金銭的余裕が出来た時には、自ら植林用の水の魔道具と苗木を買って、一本でも多くの木を植えようとするほど、その重要性は領民たちにも認識が行き渡っています。

  このようなところでしょうか。

  ここに居る新たな騎士たちには、我がブレイズ伯爵領で研修を受けた者も多く見受けられるようです。

  私が説明し忘れていることがありましたら、ぜひ補足してください」


 「いえ、グロウケイン准男爵の話を聞いて、植林の重要性をあらためてますます良く理解することが出来ました。

  素晴らしいお話をありがとうございました」


 この話題を持ち出してきた騎士が、ペーターさんの話に感動したという感じで答えた。


 「うむ、ペーター_グロウケイン、ご苦労であった。

  朕も、そなたの話を聞いて、良い勉強になったぞ。

  領地を持つ者たちよ、今の話を聞けば、もう誰も植林の重要性を理解しない者はいないだろう。

  新たに集まった者たちよ、自信を持って、己の正しいと思う開発を進めるように」


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