アトラクションとおじさんのおねだり
翌日の朝は少しゆっくり過ごしてもらって、午前中の遅い時間にアトラクションに向かった。
新アトラクションは、初公開は陛下たちと決まっていたので、実はまだ僕たちも観ていない。
それで今回は、陛下たちと共に学校の子供達に観てもらうことにした。
村の学校は、基本的には昼からなので、普段は午前中に何かすることはない。
村の子供たちは、農作業の重要な働き手で、午前中は家の農作業を手伝って、昼になると大急ぎで学校にやって来るのは、領地を替える前と同じで、僕たちの村では見慣れた風景だ。
今回は特別に、リズの方から父兄に通知を出して、この時間の前に一旦、学校に子供を集めて、それからアトラクションに来ることになっていた。
陛下をはじめとした僕たちがアトラクションに入り、予定した席に着いたのを確認してから、リズが号令をかけて子供たちを会場の中に誘導した。
「今日は特別で、このアトラクションのお披露目で、王都から殿様も来ているからね。
みんな行儀良く席に着くのよ」
「「「はーい、リズ先生。 わかった〜」」」
子供たちはまあ行儀良く着席していったのだけど、そこは子供で普段と違うことをしているので興奮しておしゃべりは止まらない。
「あ、カンプ様もエリス様も居る。
先生の旦那さんのアーク様もいるよ」
「前見たことのある、殿様のところのお姉ちゃんもいるよ」
「こらっ、静かに。
静かにしないとアトラクションを始めてもらえないよ」
「エリズベートは本当に先生をしているのだな。
なんだか別人のような雰囲気だな」
陛下がリズの教師姿を見て、ちょっと驚いた感想を述べた。
王女様は自分が話題に出たのでか、子供たちに手を振ったりしている。
ラーラとフランともう1人男性が、会場の真ん中にある機械に近寄っていった。
「あ、フラン先生とラーラさん、男の人は笛吹のおじさんだ」
子供との声にリズが応えた。
「そうよ、このアトラクションの魔道具は、ラーラさんとフラン先生が作ったんだよ。
そして今日は特別に笛吹のおじさんに来てもらって、その笛の音と共にアトラクションを観ることになっているのよ。
はい、それじゃあみんな静かにして」
リズの言葉が終わると、ラーラが宣言した。
「はい、それではこれから新しいアトラクションを披露します。
それでは窓を閉めてください」
明かりとりの窓をダイドール・ターラント・リネの3人が閉めて、円形の会場の中が暗くなると、静かに笛の音が会場内に響いた。
それとともに、以前と同じような光の点が会場を回り始めた。
うん、やっぱり綺麗だな、と僕は思ったのだが、今回はそれだけではなかった。
音楽に合わせて、少し間を置いて、それから二度光の点が増えたのだ。 しかも今度の光には色がついている。
その光が会場を回っていくのだが、3色の光がそれぞれに回る速度が違うので、音と共にとても幻想的だ。
そしてその光の色が三つとも次々と色を変えていくのだ。
僕たちもだが、陛下たちも完全にこのアトラクションに意識を吸い込まれたかのように、ただ眺めるだけになってしまった。
笛の音が終わり、アトラクションの光も消えて、単なる闇になり、
「ありがとうございました。 今回のアトラクションはここまでです。
窓を開けて明かりを入れてください」
と、ラーラが言っても窓がなかなか開かなかったのは、ダイドール・ターラント・リネも見惚れてしまって、反応が遅れてしまったからだろう。
リズが先に子供たちを退場させ、「また後で学校に来るのよ」なんて言っている。
「素晴らしかった、本当に素晴らしかったわ」
王妃様が感動を込めてそう言った。
「ラーラ、フラン、凄い。
昨日少しだけ話に聞いたけど、こんなに凄いとは思わなかった」
王女様が興奮してそう言った。
「随分とお待たせしてしまいましたが、陛下、王妃様、王女様、ご満足頂けましたでしょうか」
「満足どころか、本当に感動したわ」
ラーラの言葉に、王妃様が重ねて感動したことを告げた。
「ラーラ_グロウケイン、そしてフランソワーズ_ブレディだったな。
実に素晴らしかったぞ、朕も感動した」
あらあら陛下、感動のあまりか、一人称が公式の場の「朕」になっちゃってるよ。
「2人には何か褒美が必要だな」
そんなことを言い出した陛下にラーラが言った。
「とんでもありません。
すでに陛下から頂いた、爵位と領地で、私は満足と言いますか、満腹を超えた状態で今でも困っています」
僕は少しだけラーラに加勢してあげた。
「そうなんですよ、ラーラは頂いた領地経営に四苦八苦しまして、そちらのあまりの忙しさから、このアトラクションの完成が今に遅れたのですから」
陛下は自分がラーラを忙しくした指摘に、自覚するところがあるのかちょっと渋い顔をして、
「それではラーラは保留として、フランソワーズ、そちには何か褒美を考えよう」
「いえ、陛下。 ラーラさんが保留なのに、私が何かもらう訳にはいきません。
それに褒美というなら、アトラクションの魔道具を作った私たちよりも先に、今の開発を支えている水の魔道具を作ったリオネットの方が、褒美をもらうのにふさわしいと思います」
陛下はググッとちょっと詰まった感じで言った。
「フランソワーズ_ブレディ、そなたの言葉、もっともであると言えよう。
そなたは意識したかどうか分からないが、今のそなたの言葉は私に対する厳しい諫言であった。
とはいえ、そなたへの褒美も保留としよう」
陛下はフランの言葉にちょっと考え込んだ感じになったが、機嫌が悪くなった訳ではなかった。
「考えさせられる言葉であった。
王都に戻ったら、ゆっくりと考えよう」
一方フランの方はリネに怒られていた。
「あそこで私の名前を出す必要ないじゃない。
せっかく陛下がアトラクションに感動して、褒美をくれるというのだから、もらっておけば良いじゃない」
「だって、どう考えても、私とラーラさんの2人で作ったアトラクションの魔道具よりも、リネの作った水の魔道具の方が世の中の役に立っているよ。
リネの方がきちんと褒美を貰わなければ絶対におかしいじゃない」
「それはそれでいいじゃない。
私は別に、カンプさんの下で魔技師として働かせてもらえていれば、満足だもの」
「それは私だって同じよ」
軽い昼食終えた後は、陛下、王妃様、王女様はそれぞれに別れて、自分の好きなことをすることになった。
陛下は、開発の実際を見学に、耕作地や、植林地の方に、これには僕とアークが付き合った。
王妃様はもちろん肌水作りだ。 これから自分が使う分の肌水を自分で作ると張り切っている。
前の時にも喜んでやっていたので、今回もきっと楽しく作られるのだろう。
ここはエリスとリネが担当した。
王女様は、瓶に彫刻を施している部署に、女官2人に大きな荷物を持たせて向かって行った。
何を持って行ったのか気になるので、後で聞いてみよう。
王女様はリズとラーラが付いて行った。
フランはリズと交代で、午後は学校の方だ。
学校はイザベルたち後輩魔技師が受け持つことにしたのだが、後輩魔技師たちはあまり学校に関わる機会は多くないので、責任者としてフランが向かったのだ。
僕とアークは、陛下に開発が終わった耕作地や、植林地を案内して、そこで使われている水の魔道具を重点的に陛下に説明した。
しまった水の魔道具を説明するのだから、リネも一緒するべきだったと思ったけど、後の祭りだったし、説明出来ない訳じゃないから良いか。
陛下は、熱心に色々と見て回り、的確な質問を僕たちに投げかけて来た。
考えてみれば、交換前の領地に来て頂いた時には、ダンジョンの視察が主目的で、領地の開発に成功して、街路樹や林があり、耕作地が出来ていること、そしてそこら中塀に囲まれている風景を珍しがられていたが、開発したところを細かく案内する暇はなかった。
それと共に、開発の必需品であるリネが作ったカンプ魔道具店方式の水の魔道具もゆっくり見ている暇はなかった。
陛下はその図面などでは知っている魔道具が、実際にどの様に使われて、どれだけの効果を上げているかを熱心に観察し、また質問してきた。
僕たちが植林地の方に行くと、そこにはおじさんとペーターさんたちが、陛下がやって来るのを先回りして待っていた。
「おお、父御と、ラーラの夫君のペーターだったな。」
おじさんが代表して陛下に挨拶し、ここで待っていた理由を話した。
「カランプルから、この植林地の話もすることができるとは思いましたが、この植林地はまだ一年では到底林とは呼べない木の大きさと数です。
それは単純に一年では木が大きくなりきらないこともありますが、急なことでしたので、苗木の用意が一年ではあまり進まなかったことによります。
そこで今のここの風景を見ても、あまり面白いものではないと思うので、植林を担当している私とペーターとで、考えられている今後の植林計画と、私たちが夢見ている未来のこの土地の姿を説明させて頂こうと思って、お待ちしておりました」
おじさんとペーターさんによる話は、植林計画に関しては、2人に任せっぱなしにして、その具体的な計画を把握していなかった僕とアークも、とても興味深く聞いた。
陛下も、その雄大な計画と、それによって現れるであろう未来の姿の話には、途中で質問を挟んだり、相槌を入れたりして、とても引き込まれて聞かれていた。
「なんとも雄大かつ遠大な計画だな。
それが実現出来ると思っておるのか?」
「もちろんです。
私もペーターも必ずや実現しようと意気込んでいるのです」
「おおっ、なんだかそなたたちが夢見る広大な森が見えるような気分になって来たぞ。
そんな森が生まれたら、我が国土は大きく変わることであろう」
陛下は上機嫌だった。
おじさんとペーターさんの夢見る景色が、陛下をそういう気分にさせたのだろう。
「陛下、不躾ですが、一つ頼みがあります。
何卒叶えていただけるようお願い申し上げます」
おじさんが急に陛下に何かをねだろうとした。
僕とアークは一体どういうことなのだろうと驚いた。
「なんじゃ、言ってみるが良い」
陛下もちょっと意表を突かれたという感じで応えた。
「はい。
今日、こちらにお越しになられた記念に、ぜひ木を一本陛下に植樹していただきたいのです」
「なるほど、それは良い記念になるな。
次にこの地を訪れた時に、植えた木がどれほど大きくなったのかを見るのが楽しみじゃな。
喜んで応じよう」
陛下は差し出されたスコップで、おじさんに指定された場所に、自ら穴を掘り、植樹した。
おじさんは土の魔技師を呼び、その木のために付ける水の魔道具を取り付けさせたのだが、この地になっての簡単な方法ではなくて、以前の地でしていたように、植えた木の側に壁を作る形で取り付けた。
ただし、以前の地では木の全周に風除けのための壁を作ったのだが、今回は1/8周位の中途半端な壁だ。
それが出来るとおじさんは、もう1人を呼んだ。
なんだろうと思って見ていると、それは彫刻用の火の魔道具を持っていて、その壁に字を彫り付けていった。
今日の日付と、「陛下ご来訪記念」という字が壁には彫られていた。
「なるほど、これは本当に良い記念じゃ」
陛下はとても喜ばれた。




