陛下たちの公式来訪
新領地の2年目は1年目の経験が生きて、順調に回っている。
人手不足というか、家臣領も含めた領地の広さ、民の数に比べて、行政側となる家臣の数の不足がもう慢性的なのだが、こちらもどうにかなっている。
どうにかなっている理由は、またしても研修生の大量受け入れだ。
叙爵式の後、またしても公爵領に移って行った貴族が出て、その返還された所領を新たに割り振らなければならなくなり、ラーラ・ダイドール・ターラントのように、多くの准男爵にまで領地が与えられることになった。
やっとそれまでの研修待ちが終わり、やれやれと思いながらも、その研修生がしていた仕事を、今度はどうしようと悩み始めていたのだが、悩む必要が無くなった。
准男爵なんて、当然もっと上の貴族の寄子な訳で、急に領地をもらっても、その領地のとりあえずの経営はともかく、領地開発なんてどうしたら良いか分からない。
多くは寄親である、自分の直属の上である伯爵や子爵たちに相談に行くというか、泣きついたのだが、そもそもその寄親自身が、僕らのところに研修生を送り込んで、開発ノウハウを教えてもらったばかりで、とてもではないが寄子の家臣の教育にまで手が回らない。
結局、そういった所から僕たちのところに、またしても大量の研修依頼が舞い込む事態になった。
ある准男爵などは、寄親から許可をもらって、自らが研修生になろうとしてきたが、流石にそれは勘弁してもらった。
でもまあ、その研修生のおかげで、ある程度の人手不足は賄うことが出来て、また僕たちの領地の開発も進み、領民の数も増えていった。
領民の数が増える理由はこうだ。
領地の開発を行なっていけば、その開発した場所に入植者が必要となるのだが、僕たちの領地に新たな場所に移れる領民はいない。
研修生は自分の研修のために、自分の伝手で入植者を募集して入植させるのだが、それは僕たちの領地以外から来る人なので、研修が終わっても入植者はその土地に残るので、僕たちの領地の領民の数は増えていくという訳だ。
滞っていた水の魔道具の作成は、陛下に頼んで来てもらった水の魔技師の人たちがリネによる研修を受けた後に本格的に作成に入り、完全な品不足状態は脱することが出来た。
とはいっても、完全に需要を満たせたとは到底言えない状況で、東西の百貨店に荷を降ろせば、すぐに無くなるという状態がまだ続いている。
その水の魔道具もまだ従来型の水の魔道具を魔力を貯めた魔石で動くようにした物で、僕たちの領地で使っている水の魔道具ではない。
とりあえず従来型の水の魔道具をまずはカンプ魔道具店流の魔石を交換して使える形のに置き換えて、その後で開発した場所から僕たちの領地で使っている形の方を使用していくことになったのだ。
これは今までの各地の畑などは規格化されてなくて、そのままではカンプ魔道具店の新方式の水の魔道具が上手く使えないからだ。
同様に、木を育てるための魔道具も、そもそもその木を植える場所が従来の土地では上手く確保できないのだ。
そこで、まずは魔石交換型の魔道具に、各地の領民にも慣れてもらって、それから新たに開発した場所には新式の魔道具を使って、きちんと規格化された開発をすれば、とても便利になることをアピールすることになったのだ。
従来の耕作地は、土地の区画整理をしなければ新方式の魔道具は使えない。
でも、なかなか領民たちは区画整理に応じないから、先に実績を見せて、区画整理をして新式の魔道具を使った方が、ずっと良い生活になることを理解させる必要があったのだ。
王女様が楽しみしているアトラクションは、ラーラが自分の領地の経営に手こずって、なかなかアトラクションの機材の製作まで手が回らなかったので、完成がかなり遅くなってしまった。
「遅くはなったけど、自信作よ。
きっと王女様も観たら満足してくれると思うわ。
ね、フラン」
「そうですね、ラーラさん。
王女様も王妃様も、そして陛下も必ず満足してくれると思います」
アトラクションの機材を作った2人は、相当自信があるようだ。
今回作ったアトラクション施設は、以前の物よりも規模が大きくなっている。
僕としては残念なのだが、今現在はまだ木材の調達が難しくて、アトラクションを観るための座席が、土の魔道具で作った椅子となっている。
それではやはり座り心地がクッションを敷いてもあまり良くないので、陛下たちが座って観る席だけは木製の椅子を用意した。
将来的に、植樹した木が大きくなって、もっと木材を使用できるようになってきたら、全ての席を木製の椅子にして、豪華な気分でアトラクションを見てもらいたいと、僕は思っている。
新アトラクションの完成を王宮に連絡すると、すぐにウィークから陛下たちがこの村を訪れる予定が送られてきた。
びっくりしたことに、1週間後という素早さだった。
僕は村の主だった人たち、つまり領地替え前からの家臣たち、村長さん、おじさんとおばさん、そして御前様に集まってもらって、陛下たちの来訪予定を告げた。
「前の領地にやって来ていただいた時とは違い、今回はお忍びではなく、公式訪問ということです。
今回の訪問の主目的はアトラクションの鑑賞なんですけど、公式な理由は、伯爵領の開発状況の視察ということになっています。
ですから、アトラクションを観ていただくだけでなく、耕作地や植林地の視察などもしていただくことになります。
陛下は、家臣領も含めてこの地の開発を、今の王都周辺の再開発事業の模範にする考えですので、色々な質問なんかもしてくるかも知れません。
アトラクションを楽しんでもらうことが最重要ですけど、領地の開発についても、どんな質問にもしっかり答えられるように、準備しておいてください」
公式に陛下を迎えるには様々なことを大急ぎで決めなければならない。
伯爵家として陛下をどの様に迎えたら良いか、なんて公式なことは僕には分からないので、御前様にその辺りは手取り足取り教わった。
ただし、そういった貴族的な決まり事は最低限にする方が良いだろう、というのが御前様の意見で、公的におかしくないというか、問題にならないギリギリに抑えて、なるべく陛下たちが自由に振る舞える様に考えることになった。
その辺の微妙なところは、僕やエリスには全く分からないし、アークとリズでも難しいというか経験のないことなので、本当に御前様がいてくれて良かった。
それから御前様に唯一以前からずっと付き添っているアンダンさんも、流石に貴族の公式な振る舞いには詳しくて、アンダンさん夫婦には色々とみんな指導してもらった。
陛下たちがやって来た当日、僕たちは御前様に教えられた通りに屋敷の前に並んで出迎えた。
大体の到着時間は分かっていたが、それが確実とは限らないので、陛下一行がやって来るのを見張っている役目を作ったり、その連絡方法を徹底したり、ただ屋敷の前に並んで居るということだけでも、結構な手間が掛かるのだと僕はなんと言うか驚きの気持ちを持って出迎えに並んでいた。
陛下たちは今回の訪問も、ウィークの他、ほんの数名の供回りを連れて来ただけだったのだが、それとは別に10名ほどのグループを連れて来ていた。
馬車から降りて来た陛下は、挨拶の口上を口にしようとした僕の機先を制して言った。
「カランプル、随分としっかりした伯爵らしい出迎えだな。
そちらに顔が見える、前伯爵の指導の賜物かな?」
僕はその陛下の言葉で、言わなければならない口上なんて頭から飛んでいってしまって、普通に苦笑しながら応えてしまった。
「はい、その通りです。
庶民の僕にそういった知識はないですし、アークやリズも伯爵家でまだそういった経験を積むことなく、学生からすぐに僕たちと一緒でしたから、本当に御前様がいなければ困ってしまうところでした」
「うん、ま、確かに、今回は一応公式な訪問だから、伯爵の体面を保つ必要もあるかも知れないな。
しかし、そういった古くからの貴族の慣例は、出迎え儀式のここまでで良いぞ。
これからは、前の領地の時に極秘で訪問した時と同じ様に接してくれれば良いぞ。
我らもまた、村人たちとも自由に接したいしな」
御前様がその言葉を聞いていて、笑顔で言った。
「ほれ、儂の言った通りであったじゃろ。
陛下は古臭い貴族らしい対応など求めていないと。
しかしまあ、まさか出迎えの口上を述べる間もないとは思わなかったわ。
それでも一応これで対外的な伯爵家の体面は立っただろうから、予定通り後は陛下たちに、くつろいでなるべく自由に過ごしてもらおうではないか」
御前様の歯に衣を着せない言葉に、アークはちょっとハラハラしている様子を見せ、リズは笑っている。
ウィークは仕方ないなぁ、という顔をしている。
僕も笑いながら言った。
「本当に御前様の予想の通りですね。
それではこれからは予定通り、前の時と同じ様に、陛下御一行ではなくて、殿様一行として過ごしていただきましょう」
王妃様が口を開いた。
「あら、それは嬉しいわ。
また私も村のみんなと一緒に色々楽しみたいわ」
それを聞いてエリスが王妃様に尋ねた
「王妃様、村のみんなと楽しむって、何をされるつもりですか?」
「それはもちろんこの村に来たからには、自分が使う肌水を自分で作りたいし、また村人たちと一緒に食事したり、ケーキを食べたりは絶対にしたいわ」
「私も早くケーキが食べたい」
王妃様の言葉を聞いて、王女様が反応した。
王女様にとってベイクさんが直接作るケーキは、やはりとても魅力的な物なのだろう。
リズが少しだけ申し訳なさそうに王女様に言った。
「今日は少し時間が遅いので、もう食事は私たちの邸の方に用意してあるのですよ。
明日は歓迎の宴を村人たちとも一緒に、前の時の様に行う予定になっていますから、
期待していてください」
「それじゃあ、明日はアトラクションを見て、夕方からはみんなでお食事会なのね。
とっても楽しみ」
王女様はそう言って喜んだ。
僕はちょっと気になっていたことを陛下に訊ねた。
「陛下、あちらに見えるグループは、一体どういった方々なのですか?」
「ああ、あれは私の政策を考える、若手の官僚たちなのだ。
あの者たちは、今進めようとしている新方式の水の魔道具による開発のイメージが、今一つ掴みきれていないのだ。
政策を考える者がそれでは役に立たないからな、実際にどういう物かを見せるために、一緒に連れて来たのだ。
私たちがここに居る間、私たちとは行動を別にして、研修生と同じ様な扱いで、駆け足でどこまで理解できるかは分からないが、ブレイズ伯爵家流の開発を見せてやってくれ」
この後、一日掛けて村までやって来た陛下たち一行を歓迎しての、軽い宴が僕たちの邸で催された。
この日は移動の疲れがあるだろうことを配慮してのことなのだが、陛下たちはほとんど疲れた様子など見せずに、楽しんでくれた様だ。
特に王女様は、ラーラとフランと、アトラクションについての話で盛大に盛り上がって、大きな声で騒いだので、それに誘われて王妃様やエリス、リズもその話の輪に加わったりしていた。
それでも早めにこの日は切り上げて明日に備えてもらうことにする。
陛下たちが宿泊してもらう施設は、ゲストハウスとして作られた物だが、今回はそんなに大きな建物ではなく、ちょっとだけ広めのコテージ風の、裕福な庶民でも使うかもしれないという規模の建物だ。
以前の村の時には貴族の別宅風の建物で、陛下は良い顔をしなかったのだが、今回の建物は気に入ってもらえた様だ。
今回は公式訪問なので、陛下の女官たちも数人来ているが、そちらはもちろん陛下たちについてゲストハウスだ。
護衛たちは、今回はウィークが自分の邸に連れて行く。
今度の村には、有力家臣であるウィークの邸は当然作られているのだ。
官僚グループは、研修生扱いをして欲しいという陛下の希望があったので、研修生の施設にターラントが案内して、明日以降の世話もすることとなった。
公式訪問となると、前の時より、これでも最低限ではあるのだろうけど、随員の人数も多くなり、宿の手配だけでも気を使う。
ベークさんの宿屋に任せてしまうという選択肢は、やはり取る訳にはちょっといかないようだ。




