水の魔道具の製作委託と王都周辺の問題
僕たちの領地での、農地開発法の研修は三伯爵家を始めとして、かなりの人数が研修を終えた。
それで、戻ったそれぞれの地でどんどん農地開発が始まったかというと、全くそんなことはなかった。
そんなことが出来るはずはないのだ。 何よりも水の魔道具の絶対数が全く足りていないからだ。 それだけではない、僕らの農地開発は道の整備もセットで行われるが、その時に植える街路樹も、苗木がないのだ。
僕らの領地での農地開発は、カンプ魔道具店方式の水の魔道具を使用することが前提になっている。
もちろん今までの方式の水の魔道具でも、同じ方法での開発は出来るのだが、それにかかる費用が時間が経つほど違ってくるのだ。
それは従来の魔道具が魔石の使い捨てだったものが、カンプ魔道具店方式だと繰り返し使えることにとどまらない。
一回魔石を交換してから、次に交換の時期が来るまでの時間がかなり違うことも、まず大きい。
これはカンプ魔道具店方式だと、交換する魔石は魔力を貯めておくことだけに、その使い方を特化させているので、貯められる魔力が多いからだ。
そして交換の周期が長くなるということは、魔石の費用だけでなく、交換の手間が減るという効果もある。
次にカンプ魔道具店方式の水の魔道具は、従来の水の魔道具に比べると、水の量の調節機能などが優れているのだ。
根本的にカンプ魔道具店の農地や街路樹用の水の魔道具は、設置したらば基本的にはたまに出る水の量を調整するくらいで、ほったらかしにしておく設計だ。
しかし従来の水の魔道具は、使う時に人の手によって使われることが前提なので、細かい水量の調整機能なんて付いていないし、根本的にほったらかしにして使えるようにはできていない。
それは水量の調節回路などを魔石に加えれば、加えただけ貯められる魔力が少なくなってしまうという問題点が出てくるからでもあるのだ。
とにかく現実的な話としては、カンプ魔道具店方式の水の魔道具を使わないと、僕たちの領地で行っている農地開発は出来ないのだ。
そして今現在、リネを中心に3人が目一杯頑張って水の魔道具を作っているが、そのほとんどは今のところ僕の領地の開発に使われてしまっていて、ほんの僅かしか市場には出ていないのだ。
これではいくら公爵領一帯を除く王国内で、陛下がカンプ魔道具店方式の水の魔道具を解禁してくれても、ほとんど普及しないし、農地開発が進まないという状況になってしまっている。
僕たちはカンプ魔道具店として、一つの決断を下した。
以前の領地と違い、今では王都にも最短なら一泊二日で、行って戻ってくることが出来る。
また、元公爵邸のデパートや、王都に近い場所の耕作地、西の町、アークの子爵領と足を運ぶ場所が増えて、何だか馬車での移動に慣れてきてしまった。
今回は少し重要な話を陛下としなければならないため、僕とエリスだけでなく、アークとリズも一緒に王都に行くことにした。 日程はちょっと余裕を見て、2泊3日の予定だ。
僕たちは王都に着くと、まずは表の行動である王宮に陛下のご機嫌伺いに行く。 他にも多くの貴族たちと一緒に、午前中に陛下に挨拶をするのだ。
そして王宮で、ま、なんていうか、貴族らしく、ちょっと他の貴族たちとお喋りをするというか、情報交換というか、噂と腹の探りあいというか、そんな感じの時間を過ごし、変に思われない可能な限り急いで王都の館に戻った。
王都の館に戻ると、ウィークが即座に僕たちに告げた。
「陛下たちは、こちらに来られるとのことですよ。
王宮はプライベートの場でも周りには女官やら何やらいるから、ここの方が落ち着いて話ができるらしいですよ。
王妃様と王女様もエリス様とリズ姉さんも来ていると聞いたら、陛下と共に来るそうです」
僕らは急いで着替えをした。
きっと陛下たちは庶民の服に着替えてやって来るから、僕らもそれに合わせて服装を変えるのだ。
今日は何もお忍びでどこかに出掛ける予定はないから、陛下たちが庶民の服装になる必要はないのだが、陛下たちは王宮での堅苦しい格好より庶民の服を好むようだ。
僕とエリスは元々が庶民だから、貴族の服装は肩が凝るので、領地ではもちろんだが王都の館の中でも、必要に迫られない限り貴族の服は着ない。 それはアークとリズも僕らに倣ってしまっている。
しかし、それはあくまで身内だけの時で、誰かしら外部の人が来る時は、現在の立場上僕らも貴族の服を着ているので、王都の館では僕らも貴族の服を着ていることの方が最近は多いくらいになっているのだ。
でも陛下は、庶民の服が気に入ったらしくて、この館に来る時はお忍びで出掛ける予定がなくとも、庶民の服で来るのだ。
館の中では、昼の時間になるので、昼食の準備に追われている。
僕たちの分だけでなく、どうやら陛下たちもここで一緒に昼食を取るということらしい。
昼食が終わった後、女性陣は場を移し、エリスとリズが持ってきたベイクさんの店のケーキを食べるらしい。
昼食を取ったすぐ後なのにと思うが、ケーキは別腹らしい。
「それで私に特別な話があるとのことだが、どういうことだ?」
女性陣が離れると、すぐに陛下は本題に入ってきた。
「公爵と交換した伯爵領と、新たに与えた子爵領が大きく発展していることは、私の耳にも届いている。
その上、その発展を真似しようと、元からの三伯爵家以外からも多くの研修生がお前たちのところに通っていることも、報告が来ている」
陛下は僕たちの現状をしっかりと把握しているようだ。
「はい、僕たちの領地の方は、新たに作っている森が、まだ苗木の生産が追い付かずにあまり計画が進んでいないことを除けば、以前の土地よりも自然状況が過酷ではないので、順調に開発が進んでいます」
「前の土地から移住して来た新しい村だけでなく、公爵領だった時の耕作地と子爵領の方も新たな入植者によって、以前より開発が進み始めたと思います」
僕の言葉にアークも付け加えた。
「報告としては順調に進んでいることを聞いているが、当事者であるお前たちから直接話を聞くと、上手くいっていることが実感できるな。
それは何よりだ。
そうそう、西の町も一時の寂れた状態から、息を吹き返したということも聞いているぞ。 アウクスティーラ自身はあまり西の町に寄り付かないみたいだがな」
陛下は、ちょっとアークを揶揄った。
「それで先ほど陛下も触れていらっしゃいましたが、多くの家より家臣の研修を頼まれ、受け入れました。
それは僕たちの農地開発方法を知りたいということだったのですが、僕たちにしても人手不足の解消に渡りに船でしたので、大いに利用させていただきました」
「双方にとって良き取引だったという訳だな」
「はい、その通りでした。
ただ、研修したそれぞれの家臣が、自分たちのところでも実践しようとしたところ、大きな問題点が出ました」
陛下は難しい顔をして言った。
「それも報告が上がっている。
開発しようにも水の魔道具がないのだな」
「はい、僕たちの農地開発は、僕たちの魔道具店で作る水の魔道具を利用することが前提条件になるのですが、その魔道具を作れる数には限りがあり、現状では全く足りていません」
「新しく作っている村は、以前の地から移動する時に、それまで使っていた水の魔道具を全部そのまま持って来ましたので、とりあえずは水の魔道具の数は足りていました。
ですから、公爵領だった時からの耕作地の分だけ賄えば良いはずだったんです。
でもその後、私も領地をいただいたので、そちらに使う分も考えねばならなくなり、研修生を受け入れたため、彼らが実際に体験してみるために必要とする分もかなり必要となりました。
結果として、僕たち以外の領地へ回すというか、一般的に売ることが出来る魔道具の数が圧倒的に足りていません」
アークがちょっと陛下に意趣返しをして、陛下が軽く笑った。
僕はいよいよ本題に入った。
「今、カンプ魔道具店では、水の魔技師が3人いて、それぞれが目一杯頑張って魔道
具の製作をしています。
1人は騎士爵に任じられた者、1人は家名を名乗ることを許された者、最後は今年学校を卒業した新人です。
この陣容での水の魔道具の製作は、これ以上の量は不可能です。
でも、今現在はカンプ魔道具店以外での新方式の水の魔道具の製作は認められていません。
また、それに使われている水の魔道具用の魔力を貯める魔石も、他に使われる魔力を貯める魔石と同様に、組合によって完全に秘匿技術とされているので、カンプ魔道具店以外では作ることができません」
「その辺の事情は私も十分に認識している。
それでカランプルは何が言いたいのだ」
「はい、もう一点だけ指摘させていただくと、カンプ魔道具店にいるその3人を除くと、他の水の適性がある魔法が使える者は魔技師を含めて、全員陛下を頂点とする水の魔法師組合に所属しています。
そこでなのですが、水の魔法師組合の中から、信頼に足る魔技師にカンプ魔道具店方式の水の魔道具の製造を委託することはできないでしょうか」
「カランプル、この話、組合の了解は取れているのか?」
「はい、水の魔道具に使う魔力を貯める魔石を管理している西の組合長と、この件に関して話し合いを持ちまして、魔道具を作ることに関しては、カンプ魔道具店から製作を委託する形でなら了解が取れました。
ただし、魔力を貯める魔石に関することは、一切カンプ魔道具店以外にはその技術を出さないことを再度強く求められました」
陛下は深く考えこむ顔を少ししていたが、すぐに僕たちに言った。
「分かった。
すぐに信頼のおける者を5名ほど、お前の元に送ろう。 秘密保持のためにはその方が良いだろう。
住む場などの用意をしてやってくれ、詳しくは後で調整してくれ」
僕たちが考えていたよりも、あっさりと時間が掛からずほぼ即断で決まったので、ちょっと驚いた。
「実はお前たちが知らないことがある。
今、魔石がとても不足しているのだ。
今のところは以前に買い取って組合に溜まっていた魔石が、かなりの量あったからなんとかなっているが、もうそれも底を尽きそうだと、組合から報告が入っている。
今は元お前たちの領地である公爵領は、すごい勢いで開発が進められていて、公爵はもちろんだが、公爵に付いて行った貴族どもはそれぞれかなりの資金力があるから、それで魔石を買い漁り、開発にむけている訳だ。
それだから、魔石の絶対的必要量を大きく減らす、カンプ魔道具店方式の魔道具の数を、どんどん増やさねばならないという話が、王宮と組合の間でなされたのだ。
公爵領にはお前たちが見つけた新しいダンジョンがあるといっても、今の必要には全く足りないし、北や東のダンジョンが前より多くの魔物を生むようになったといっても、それでも必要量が増えた分を補えるほど増えた訳ではないからな」
なるほど、そういう背景があったから、意外にあっさりと水の魔道具の製作を委託する案が、組合の承認を得ることが出来たのだな、と僕は思った。 それにもしかしたら、僕ら以外もカンプ魔道具店方式の水の魔道具を作ることも、検討されていたのかもしれないな。
「それから、まだ問題がある。
公爵に付いていった貴族どもであるが、公爵より広大な公爵領をそれぞれの貴族に分け与えても良いかという話が来た。
ま、それは開発が促進されれば構わないから了解したら、その馬鹿貴族どもの多くが、元の領地の領民を連れて、そちらに行きおった。
それで元の領地が荒れたのだが、それは許せないと言うと、元の領地を返上してきた。
そのために王都の近郊においても、領主のない土地が増えてしまった」
陛下はやれやれという顔をしたかと思うと、憤懣に堪えないという顔をした。
「そこで今後、返上された土地には決して戻れないように、それらの土地に新しい領主を決めることにした。
今まではアウクスティーラのように、子爵にならねば、寄子の貴族には領地を与えなかったが、それでは領主を増やせないからな。
これからは各家の男爵、それにある程度の准男爵にも領地を与えることになる。
それらは寄親のなるべく近くに配置することにして、寄親共々、開発をさせることにする。
その為にも、水の魔道具は重要だな。
カランプル、アウクスティーラ、お前たちのところは開発のノウハウが一番整っているから、ブレイズ家の寄子には一番最初に領地が与えられるだろう。
ブレイズ家の関連する領地がまた増えるな」
陛下は最後は笑顔でそう言ったけど、僕とアークは嫌な顔をしてしまった。
それを見て陛下は大笑いされてた。




