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ブレイズ家の農地開発の仕方

 「なあカンプ、一つ相談があるのだけど」

 「何だよ、そんなにわざわざ改まって」


 共同のリビングで僕とアークは子供のお守りをしている。 エリスとリズは台所で夕食を作っている。

 もう子供たちが少し物を食べるようになったので、それに合わせた料理も作る必要があって、エリスとリズは何やら色々しているみたいだ。 最近は夕食前はこうして僕たちが子供の相手をして、その間に女性陣2人が夕食の準備をすることが多くなった。

 でも、僕たちだけのことは少ない。 多くの日はおじさんとおばさんだったり、フランとリネだったりなど人が来ていることが多いから。


 「俺のところの実家からなんだけど、家臣の研修を引き受けて欲しいって言って来たんだ」

 「研修って、アークの実家にこっちから研修をお願いするのなら解るけど、うちに来て何か研修するようなことってあるのか?

  きっと最も貴族らしくないのが僕たちのところじゃないか。 アークの実家の伯爵家で役に立つことがあるとは思えないんだけど」

 「いや、そんなことはないぞ。

  でもまあ、親父たちが求めているのが何なのかは、もちろん分かっている。 俺たちが行っている農地開発を、自分たちのところでも進めたいと考えているのさ。

  その為に、俺たちのところの開発の仕方を、家臣に学ばせたいということさ」


 僕たちの話を小耳に挟んだらしいリズが、台所から声をかけてきた。

 「カンプ、そういった話なら、私の実家からも来ているわ。

  やっぱり同じで家臣の研修をして欲しいって話よ」

 うん、きっと考えていることは同じだな。


 「別に僕たちのやっている農地開発は何か秘密がある訳じゃないから、見たければ見せて構わないのだけど、何も特別なことをしていないと思うけど。

  そもそも何でそんな風に、僕たちの農地開発が注目を集めたのかな」

 「ま、そんなのは俺たちの知ったことではないのだけど、カンプ、これって利用できると思わないか」

 「利用できるって、何が。 だって、研修に来るのだろ」

 「だからせっかく研修に来るのだから、実際の仕事をしてもらって、そうして実体験として覚えて貰えば良い訳だよ。

  今、家臣の数が足りなくて、実際問題として酷い人手不足なんだから、目一杯研修に来た者に働いてもらおうぜ」


 なるほど、庶民の僕には全く考えつかない発想だ。

 良いのかなそんなことして、と思わなくはなかったのだけど、アークは大乗り気だし、リズも反対しないから良いのかなと、話を進めることにした。


 ただ僕はこの案に一つだけ問題を感じていた。

 何かというと、ハイランド家とグロウヒル家からだけ研修する家臣を受け入れると、また後でブレディング伯爵から文句を言われるのではないかと思ったのだ。

 僕はブレディング家の娘である後輩魔技師イザベルに、こういう話があるのだがと、実家にちょっと知らせてみてと頼むと、思ったとおりすぐにブレディング家からも正式に要請が届いた。

 うん、配慮しといて良かった。


 三家からはそれぞれ5人づつ若手の家臣が研修に送られてきた。 若いといっても、僕らと同い年くらいの年齢である。 確かに普通は僕らより若い貴族は、まだ家臣とは認められない程度の駆け出しなのだろう。 たぶん僕らと同い年くらいで有望な若手を家中から探して寄越したのだろう。


 最初は新しい村での研修から始める。 講師はどういう訳か僕だ。

 アークが引き受けてくれるのかと思っていたら、

 「俺の方が今は忙しいし、伯爵であるカンプ自らが教えるという方が、集まった奴らにとっては有り難みがあるだろう」

 と、押し付けられてしまったのだ。


 「ブレイズ伯爵様、どうしてこの村の農地は全て同じ大きさの正方形に揃えられているのですか?」

 農地の見学に連れ出してすぐに質問を受けた。


 「えーと、僕のことは伯爵様とは呼ばないで、普通に名前というかカンプと呼んでくれれば良いですよ。 みなさんとは歳もほとんど違いませんし」

 研修中の三家の家臣たちは戸惑った顔をしている。 中の1人が言った。

 「そういえば先ほど領民がカンプ様と呼ばれていましたね」

 「ええ、僕は村人からはそう呼ばれています。 本当は『様』ではなく、『さん』で呼んで欲しいと言ったのですけど、そこまではいかなくて。

  でも家臣の中では公的な場以外は、互いに呼び捨てだったり、『さん』付けで僕を呼ぶ方が多いですよ。

  そもそもブレイズ家の中では、爵位は何の意味も持ちません。 そして意見は誰でも自由に言えるし平等に扱いますから。 それは家臣に限らず、領民たちの意見でも同じです。

  言いたいことがあれば、誰でも僕たちに話しかけて構いませんし、良い意見なら誰の意見でも、当然とりあげます」

 「伯爵様が、僕たちと言われたということは、例えばエリス夫人や、グロウランド子爵夫妻なども同じということですか」

 「もちろんです。 ブレイズ家の者は誰でも同じです。 実際のところ、エリスも雑貨店で店頭に立っていますし、リズも学校で教壇にも立っていますから、普通に村人たちと会話します。

  あ、僕のことは『カンプさん』で良いのですよ」

 「えーと、『さん』付けではさすがに私たちは呼べませんので、それでは領民の方たちに倣って『カンプ様』と呼ばせていただきます」


 「農地の形が揃っている理由でしたね。

  元々は前の僕の領地は、みなさん知っての通り、砂漠の真ん中でしたから、農地の周りを塀で囲まないと、一度風が吹くと砂が移動して埋まってしまうような土地でした。

  そこで開発を始めた時に、この広さが周りを囲む塀を作るのに、最も効率よく魔力が少なくて済む広さだったんですよ。 これ以上広くすると、塀の高さを高くする必要があってより多く魔力を必要とし、狭くすると今度は一つ一つが使いにくくなるという、両方のバランスがこの広さが一番良かった訳ですね。

  そして僕の領地では、僕の魔道具店で開発した魔道具を全て使っているのですが、農地で使う魔道具はこの広さを基準として、使い易いように設計してあります。

  この地に移って、農地の周りに塀を回らせる必要はないことが分かりましたが、前の領地から持ってきた魔道具は全てこの広さを前提とした物ですので、それを変更する訳にはいきません。 また農地で使う魔道具の設計を変えてしまうと、今までの経験で培った、僕の店で売っている農地用の魔道具の使い方のノウハウが全て意味をなさなくなってしまいます。

  それは大きな損失になりますし、魔道具自体や、魔石の制作の計画が全く立たないということになってしまいます。 そんなリスクは負えないので、以前の領地のままの規格で農地は区画されています。 形がみな同じなのも、魔道具の使い勝手を考えてのことですね」


 研修生は真剣に僕の言うことを聞いて、覚えようとしている。

 僕は、街路樹を必ず植えている理由、林や森を作ろうとしている理由、使われている魔道具の使い方、その他諸々乞われるままに教えていった。


 「カンプ様、そんなに簡単に私たちに開発の方法を何でも教えてしまって構わないのですか。

  カンプ様たちは、今まで開発できなかった場所の開発方法を確立したと私は思いますが、そのノウハウを独占されていた方が、伯爵家としては有利ではないでしょうか」


 「開発方法を独占しようとは思っていません。

  僕の領地だけが豊かになるよりも、王国全体が豊かになる方が、幸せになる人は多くなるんじゃないですか。

  それに僕たちの考えた開発方法で農地を増やそうとすれば、僕の店の魔道具を使わなければ出来ません。 つまり僕の店の魔道具が売れることになるのです。

  魔道具が売れて出来た資金は、僕の領地のなお一層の開発の資金になりますので、決して僕たちが、開発方法を教えても損をするという訳ではないのですよ」


 「なるほど、開発方法を私たちに教えるということは、王国全体を豊かにすることにつながるだけでなく、伯爵領の開発を助けもするということなのですね」


 「えーと、あなたたちには研修期間中は、完全にブレイズ家の家臣になった気分になってもらって、働いてもらいます。

  説明を聞いて解った気になっても、実際に体験してみないと理解できないことはたくさんあります。 もちろんそれは苦労も多いということです。

  途中で諦めて挫折しないように頑張ってください」

 「はい、私たちも期間中はブレイズ家の家臣として、全力を尽くさせていただきます。 何でも厳しく申し付けください」


 「あと、あなたたちにお願いです。

  研修中、僕たちが慣れてしまっていることで気づいていない問題点、疑問点、改善点などもあるかと思います。 そういうところに気が付いた時などは、どんどん僕たちに教えてください。 少しでも良いものにしていきたいですから」

 「はい、それが自分たちの領地だけでなく、王国全体のため、全ての民の為にもなるのですね」

 

 三伯爵家からきた研修生は、本当にブレイズ家の家臣のように、研修の間一生懸命に頑張ってくれた。

 そのおかげで、アークがもらった領地も、公爵領だった時の人がいなくなった土地も、彼らの頑張りで、何とか形が整った。

 特に、もう新たな入植者の伝手が僕たちにはなかったのだが、自分たちの伝手で新たな入植者を見つけてきてくれたことは本当に助かった。


 僕らは彼らに何か礼をしたいと考えたのだが、他家の家臣だから直接何らかの礼をすることは憚れた。

 そこで仕方ないので、それぞれに研修生としてとても優秀で、僕たちの領地に貢献してくれたことを、それぞれの主である伯爵に証明する文章を渡した。


 もちろん直接にも礼を言ったのだが、彼らは

 「私たちに、自分たちが直接に関わっての経験を積ませていただいて、ありがとうございました。

  言われた通り、実際に自分でしてみないと分からないことが沢山あり、本当に良い勉強になりました。

  やりがいがある仕事で、出来ればこのまま続けたく感じる程でした」

 と逆にお礼の言葉をもらってしまった。


 こうして三伯爵家の研修生騒ぎは、双方にとってメリットのある形で終わったのだが、彼らが僕らの元から去ってしまうと、また人手不足に戻ってしまう訳で、さてどうしようかと思っていたのだが、またしても援軍が現れた。


 伯爵家から研修生を受け入れたという話を聞いた、公爵家にはついて行かなかった、どちらかといえば新興の子爵家や男爵家から、次々と自分のところからも研修生を受け入れて欲しいという要望が入って来たのだ。

 アークやリズの実家のような、昔から続いている有力貴族のところに研修を頼むことは、新興の家には敷居が高いのだが、僕らのところは、家名だけは有名だが、所詮はポッと出の同じ新興貴族、それに年齢も若いので頼みやすいのだろう。

 その上研修内容は、名門三伯爵家が目をつける内容ということだから、依頼が殺到したのだ。


 研修者に教えて、その後に仕事を手伝わせるのも、初回から比べれば2度目3度目ともなれば、前の経験が生きて、進め方も上手くなるし、こちらの負担は減る。

 僕たちは受け入れる人数を絞って、順番にすることによって、不足している人手をかなり長期間補うことが出来た。


 新興貴族の家臣を研修生として受け入れてみて分かったのだが、新興貴族は農地の開発に限らず、自分の領地の開発ノウハウを全く持っていない。

 僕らのように、最初から開発をしなければどうにもならない場所という訳ではなく、また、与えられた領地が狭い上に、もうすでに上の世代が開発した土地を何らかの形で受け継いでいることが多い為、それ以上開発するとか、開発できるか考えるという意識も持つことがなかったようなのだ。

 ところがそこに、一番開発が進みきって、もうやりようがないだろうと思えていた、一番古くからの貴族である三伯爵家が、僕たちのところに研修生を送り込み、新たな開発を始めようとしたので、それなら自分たちも可能性があるのではと気づいたらしい。


 つまり、研修に来たそれらの家臣たちを、僕たちがこき使うのは、全く経験のない家臣たちに経験を積ますことになり、どちらにとっても都合の良いwin-winの関係だったのだ。

 さすがにもう、大々的に新たな入植者を入れる必要は伯爵領も子爵領もなかったのだが、受け入れた研修生の為には、それぞれが実際に経験する必要があるので、彼らの裁量で農地を増やし、入植者を幾らかづつ増やすことになった。

 そして気がつけば、元々の村の人数、つまり領民の数は、子爵領とは名ばかりで、本当に少なかったのに、領地を交換して、この地に移ってからは、アークが領地を得たこともあるけど、あれよあれよと増えていって、三伯爵家ほどではないが、十分な領民の数を有する貴族家とブレイズ家はなってしまった。


 そうなるとやはり家臣の数がどうしても足りなくなり、困っていると、フランとリネが、ものすごく申し訳なさそうな顔をして相談に来た。

 「カンプさん、いえ、ブレイズ伯爵様、即座に断っていただいても全く構わない、というか、それが当然なのですけど、一つお願いがあってやって来ました」

 「おいおい、フラン、わざわざ言い直して伯爵様なんて言うなんて、一体どうしたんだよ」

 「私たちは、本当に自分たちでも『何を馬鹿なことを』と思うことを、ブレイズ伯爵様にお願いに来ました。

  ですから、話を聞いたら、即座に断っていただいても全く構いませんし、むしろそれが当たり前のことだと思っています」


 リネまでが、そんな風に言う、何事だこれは。

 一日の仕事が終わり、公的な時間から私的な時間になろうとしている夕方の時間に2人は僕たちの暮らす家にやって来た。

 「あら、2人は今日はここで夕食を一緒に食べてく?」

 と、エリスがいつものように軽く尋ねると、2人は

 「今日は話があって来ました」

 と言って、この調子だから、アークもエリスもリズも僕と一緒に2人の話を聞いている。


 「うーん、何だか2人がとても言いにくい話をしようとしているのは、何となく分かるのだけど、とにかく言ってみて。 どんな話でも、別に怒ったりはしないから」


 僕は内心では、2人が僕の寄子をやめて、この地から出て行くという話だと本当に困るなと、ちょっと冷や汗をかいていた。 後で、「そんなこと出来る訳ないでしょ」とリズに一蹴されて馬鹿にされたけど。


 「あの、私たちの実家が、自分たちもブレイズ家の寄子になりたいのでお願いしてみてくれ、としつこく私たちに言ってきて。 申し訳ありません、もうどうにも抑えられなくて、一度聞いてもらうことになってしまいました」

 2人は小さくなっている。


 「あ、なんだ、そんなことか。 カンプ、良いんじゃないか。

  2人の実家は確か法服貴族だったから、書類仕事を任せるのに都合が良いし」

 「そうね。 どうにも人手が足りないから、仕方がないから、私とアークの実家の方から人を回してもらおうかと思っていたけど、2人の実家なら、それより面倒がなくて良かったわ」

 アークとリズがそう言って、簡単に賛成した。 僕としても人員確保が出来て、何の問題もないというか嬉しい。


 「ということだから、親御さんたちに連絡しておいて、喜んで受け入れるから。

  でも良いのかな。 うちの給与なんて、法服貴族が王宮より支給される金額より、ずっと少ないんじゃないかな」

 「あの、本当に良いのですか。

  私たち、実家なんて元々は私たちをほとんど見捨てていて、それがカンプさんたちが力を持ったら、その私たちを頼ってカンプさんに仕官してくるなんて、なんてあつかましいんだろうと思っていたのですが。

  だから断られて当然だと思っていたのですが」

 「それは、あなたたちの親御さんが、あなたたちに冷たくしたんじゃなくて、今までの貴族のあり様から、そうせざる得なかったのよ。

  私とアークだって、あなたたちと同じでしょ。

  だから、そんなに親御さんたちのことを嫌ったり、申し訳なく思ったりする必要はないわ。

  それにブレイズ家では、あなたたちも知っての通り、爵位だとか、貴族かどうかなんてほとんど関係ないわ。 実力で評価されるから、それだけは伝えておいてね」


 冷たい調子でリズはこう言い放ったが、言葉の調子とは違って、その内容は結構暖かいと僕は思った。


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