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広がる耕地と人材不足

 西の町が寂れている問題は、実際のところは何の対策をすることもなく、すぐに収まりを見せてしまい、わざわざ陛下がその梃入れとしてアークを代官にしたのだが、あまり意味はなかった。


 西の町は歓楽街としては、大きな店が軒並み公爵領へと移って行き、そこを利用して金を落とす貴族もいなくなったので、急速に寂れてしまった。

 それが一時的に西の町の衰退を招いたのだが、今は前とは違った町として復活をし始めたのだ。

 それは交通の要衝としての町だ。


 新たに僕たちが作っている村に向かうにも、元公爵邸の百貨店に向かうにも、西の町を一度経由しないとならないのだ。 王都からも、北の町からも、南の町からも、道は西の町に入り、西の町から僕らの村に、百貨店に道は続いているのだ。

 その人の流れは、必然的に西の町に活気をもたらした。



 アークが西の町の代官になったといっても、アーク自身が代官として西の町に居ることを強制はされなかった。

 そこは陛下にも確認したのだが、アークに村から離れられてしまっては、村の開発も魔道具店も、どちらも困ってしまうのだ。


 僕らは元々は4人でまずは魔道具店を、そして少ししたら魔道具店と雑貨店を経営することを考えていた。

 それが全く予期せぬことから、領地経営をすることになった訳だが、それだって領民が200人程度しかいなかった小さな村の経営だ。

 その時々に、人は増やしてきたのだが、今までの人員で、急に鶴の一声でもう一つの領地と西の町の代官職をこなせる訳が無い。 とても深刻な人材不足に陥ってしまった。


 仕方がないので、西の町の代官代行はターラントに頼み、グロウランド子爵領についてはダイドールに頼む。

 ターラントがいないと、村の建築や土木工事の進みが遅くなるし、ダイドールがいないと伯爵領全体の徴税などの事務仕事が全部僕らの負担になってくるので嫌でしょうがないのだけど、どうにも仕方ない。 徴税は村長のワイズさんに働いてもらうことにして、何とか凌ぐことにする。


 それでも凌げないこともある。

 グロウランド子爵領は前任のアクエス子爵が、領内の主な農家を新領地に引き抜いていってしまったので、耕作地はあれども放置されている状況だったのだ。


 新しい村を作る時に、元の村の元からいた村民、戻ってきた旧村民は当然新しい村の村民になったのだが、今度の村は前の村よりも気候的に耕作地を広げるのが楽だったので、それを見越して、前よりも耕作地を広げようと、もう少し村民の縁故の人で村に移住してくれる人がいないかと探した。

 予想よりも多くの応募者がいて、ちょっと慌てたのだが、今度の場所は壁を作らなくても畑を作れるので、問題なく受け入れることが出来た。

 新たに受け入れた人にも、今は肌水の製造は量が限られているけど、苗木作りや、元の村の街路樹やルルドの木を切ったので、木工の仕事はたくさんあり、工場の仕事も与えることが出来ている。


 それは良かったことなのだが、いざ今度は子爵領の方に耕作してくれる人を呼びたいと思った時、全くその伝手がなかった。

 仕方がないので、アークとリズの実家の方の伝手で、移住者を探してもらうことになった。 さすがに両家とも古くからずっと繋がる名門の家だからか、その領内には人も多く、すぐに必要とするだけの人数を集めてくれた。


 「グロウランド子爵、ちょっと良いだろうか」

 「はい、ブレディング伯爵、何の御用でしょうか」

 アークとリズが王宮に納品に行った時、それを待ち構えていたような感じで、声を掛けられたという。

 「子爵の領地では、空いていた耕作地に新たな移住者を入れたと聞く。 それも、子爵夫妻の実家から募ったとも聞く。

  子爵、我が家にも声を掛けてくれないのは、ちょっと水臭いではないか。 我が娘もブレイズ家にはいるのだ。 移住希望者を募る程度の便宜は、私とてすぐにでも図るぞ。

  次の機会には、ぜひ声をかけてくれたまえ。 私もそなたたちとは、もっと昵懇の間柄を目指しているのでな」

 「はい、ありがとうございます。

  子爵領はともかく、伯爵領の方はこれから植林が進み、風上側に森が出来れば、もっと耕作地を広げることが出来ると思います。

  その時にはぜひ人手を集めるのにご協力をお願いします」

 「うん、必ずじゃぞ。

  それから、陛下より新方式の水の魔道具の使用の許可が、すでに降りているのに、まだ巷に出てはいないな。 そちらもよろしく頼むぞ」

 「はい、そちらの方はまだ伯爵領と子爵領で使用する分にも足りていない状況ですので、急いで増産を考えているのですが、いま少しの御猶予をお願いします」

 「うん、そちらも期待しているぞ」


 アークは嫌味という訳ではないが、かなりブレディング伯爵にプレッシャーをかけられて、汗をかいたようだ。



 水の魔道具は不足している。

 確かに植林用の水の魔道具はまだ元の村から持ってきた物が、かなりの数倉庫で眠っている。 しかし、耕作地を潤すための水の魔道具は完全に不足しているのだ。


 元の村にあった畑の水撒き用の魔道具は、当然のことながら元の村でそれを使っていた村人が、新しい村でも自分の畑で使っている。 もう彼らにとって、自動的に適度の水で畑を湿らしてくれる水の魔道具なしの農作業は考えられない。 それにそれなしでは、農作業の時間が多くかかり、工場での仕事に支障をきたしてしまう。

 まずは新しく村に移住してきてくれた農民の畑の分の、水撒きの魔道具を作らなければならなかった。

 その水の魔道具を作るのは、リネと後輩の水の魔技師、そして今年学校を卒業してきたまだ見習いの魔技師ということになる。 でも水の魔技師だけではない、箱の形の中身の水を貯める部分やサイホン部分、それから地中に埋めるパイプの部分などは土の魔技師さんだし、それら全体を運搬したりは主に土の魔技師さんの旦那さんの馬や馬車を使うグループだ。


 つまり今現在は、苗木の栽培が滞っていて、植林用の水の魔道具は倉庫に眠っていて、即座に使いたい畑で使う水の魔道具は製造も、運搬も足りていないということになる。

 仕方がないことだけど、なかなか上手くはいかない。



 子爵領は西の町に隣接した地域だから、新たに耕作地を開発する必要はない。

 以前はその地の利を活かして、西の町で必要とする食材を栽培することに特化していたようだ。

 実質的に子爵領を任されたダイドールは、募集している新たな移住者が来る前に、領地の区画整理をした。 建国してそんなにしない時から使われている土地なので、領民それぞれの畑などが変に入り組んでいて、道もグネグネと曲がったりしていて、とても非効率だからだ。

 かなり多くの元からいた領民が、公爵領近くの新たな地に引き抜かれて移住していった今が、絶好の区画整理の機会だったという訳だ。

 道が計画的に真っ直ぐに作られ、それに合わせるので農地もきれいに形が整えられた。 農地の形を整えることは、これからにとっても意味がある。 水撒き用の水の魔道具を設置するには、農地の形が整っている方がずっと効率が良いからだ。



 そして、道には僕たちにとっては当然のことなのだが、どこでも街路樹を植えていった。

 苗木の栽培は全体的にはまだ全く足りていないのだが、街路樹に使う木だけは例外である。 それは前の村の街路樹を公爵がいらないと言ったので、その全てを躊躇いなく苗木の栽培に回したことと、街路樹に選定した理由でもあるのだが、余った枝を切ってきて、畑に挿して水を遣りさえすれば苗木になるという、苗木栽培の手軽さがあるからだ。


 そうして新しくした道に次々と街路樹の苗木が植えられていくのを、元からいた領民たちは不思議そうに見ていた。

 「私たちは、前と同じ広さの畑をもらえているから文句はないのですけど、何故わざわざ一本一本に水の魔道具まで設置して、木を植えるのですか?

  木なんて、それがある分だけ畑にする面積が減るし、影も出来るじゃないですか」


 王都に近いこのあたりは、僕も自分の領地を持ってから本当の意味では知ったのだが、王国の中で例外的に風が弱い場所なのだ。

 だからこそ王都がおかれ、なんの風の対策をしないでも耕作地が作れている訳だけど。


 

 ダイドールはそんな領民たちに説明する。

 「確かにここでは木を植えなくても、風の為に畑を作れないということはない。

  木は、それだけではない。 育って葉や枝を落とすようになれば、それは重要な肥料ともなる。

  しかし、本当の狙いはそこではない。 解るだろうけど、木が大きくなれば風を遮る。 木がたくさんある場所は風が遮られて、風が弱くなるのだが、それは木がある場所だけでなく、その周辺も少し弱くなる。 そしたら、その少し風が弱くなった周辺にも木を植えれば、今までは風で砂が動いて畑に出来なかったところも、畑にすることが出来る。

  そういう風に少しづつ道を伸ばして木を植えて、畑を増やして、ところどころには林を作ったりして、そんな風にしていけば、作れる作物の量も増えて、みんなが豊かになって少し幸せになれるじゃないか」


 子爵領に元からいた領民たちは、木を植えて風を遮って畑を増やすという意味があまりわからないようだった。

 僕らが元居た村では、まず風を遮らねば何も始まらなかったので、木を植えて風を遮るということは感覚的に理解していた。 元々からルルドの木で、風や強い日差しを遮っていたこともあるだろう。

 しかし、この土地ではそれをしなくても畑を作れたし、生活に困らなかったので、感覚的に風を遮らなければならないというのが理解できないのだろう。 かえって、限られている有効な土地を木を植えることで狭める必要はないという考え方が身に付いているのだろう。


 「木を植えると使える土地が増えるというなら、まあ、それは良いことなのでしょうが」

 懐疑的な感じだけど、ダイドールを頭にした今度のお上は、まあ自分たちに悪いことをしようとしている訳ではないようだと、ダイドールの領地の改革を邪魔はしないようだ。

 それに元からの領民にとっても、道の両脇に均等に街路樹が植えられたことで、道の位置がしっかりと確定していることは、畑の区画がきっちりしたことと共に有益なことだった。

 それまでの、曲がりくねったよく分からない道の時には、それぞれの個人の畑の土地と公共の道の境が曖昧で、時には道が細くなっていたりもしたのだ。 そんなだから、隣同士での領有権争いも絶えなかったのだが、道がはっきりとして、区画を自分の都合で変えることなどできなくなって、そういった問題は発生しなくなったのだ。


 きちっとした区画の恩恵を、領民たちがしっかり感じるようになったのは、もう少しして、畑に自動で水を撒く水の魔道具が少しづつ普及し始めてからだった。

 畑への水遣りは、前と同じで最初は今ままで使っていた散水用の水の魔道具と同じ形の新式の魔道具に変えることから始まった。

 今回も、旧式の水の魔道具を持って来たら、新式の同じ形の水の魔道具を安く販売することにしたのだが、最初ここでトラブルがあった。

 旧式の水の魔道具には、スイッチなどに使っている線が、以前のようにミスリルだけで出来ている物と、僕らの店で売り出した魔道具用の線で出来ているのと、2種類があったのだ。

 僕らの店で売り出した線が使われている物の数が意外に多くて、それは嬉しい感情もあったのだが、買い取れる金額は大きな差になるので、気がついた後では、新式に取り替える時の値段に差を付けざる得なかったのだ。 ちょっと混乱を起こしてしまった。


 そして以前と同じ形の散水用の魔道具が、新式のに代わって、それまでの魔道具よりも一回魔石を替えてから使える時間が伸びることに喜ばれて、カンプ魔道具店の水の魔道具の信用が上がると、幾らかづつ自動方式の水撒きの魔道具が売れるようになった。

 一度売れ出すと、それを使用した時の農作業の手間の軽減の大きさから、次々と先を争うように売れるようになった。 農民たちは、まず他のことはおいておいても、全ての自分の畑に、自動の水の魔道具を設置することを優先するようになった。

 そしてその時、しっかりとした区画になっている恩恵をはっきりと感じたのだった。


 この子爵領で行われた出来事は、実はもう1箇所でも行われていた。 なんのことはない伯爵領でも同じなのだ。

 伯爵領も新しく作っている村だけでなく、今まで公爵領となっていた時には、西の町近くの王都周辺部にあたる場所には、多くの領民がいて、耕作が行われていたのだ。

 その多くは、子爵領よりもっと徹底して、新たな公爵領に移住していったのだが、中にはやはり残っている家もある。 そして新たな移住者を迎えねばならなかった。


 こっちはもう任すことの出来る人材がいなくて、仕方なく僕とペーターさん、それに後輩魔技師の1人に手伝ってもらって担当することになった。

 結局僕も毎日動き回っているし、アークは西の町と子爵領もとなりもっと忙しそうだ。


 兎にも角にも、完全にブレイズ家は人材不足なのだ。


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