残された公爵邸を
ちょっと久しぶりになってしまいました。
まだまだ続きます。
もう一つ、早急にどうにかしなければならない問題が残っている。 そう僕も一度泊まったことのある、壮大な公爵邸とその大きな池のある庭園だ。
大きな邸をほったらかしておく訳にもいかないし、池に水の供給を怠れば、周りの緑も枯れてしまうので、それも怠ることが出来ない。
僕らにとっては正直に言って無用の長物で、負の遺産でしかない。
本当にどうしようかと思ったのだが、僕らが出来る大きな建物の使い方といったらば、それはもうアレしかない、そう、百貨店にしてしまうことだ。
東の町の百貨店は作った時には大き過ぎると思っていたのだが、たくさんの人が集まるようになった今では手狭になっている。 そこで元公爵邸の再利用として、内部をかなり改装しなければならなかったが、百貨店にすることにした。 広さは何と東の百貨店の3倍だ。
「百貨店にするのは良いとしても、場所は西の町に隣接しているとはいえ、町中からは離れている。
それに西の町自体が、夜の店の多くが公爵について引っ越して行くようで、人が少なくなっているぞ。 大丈夫か?」
「それに、東の町の百貨店だって、王都や、北の町、南の町からも人が来てくれて、あれだけの集客になっていたのでしょ。 それが東と西の二つに分かれてしまって、客を取りあったら共倒れにならないかしら?」
アークとリズがそう言って、懸念を表明してきた。
「確かに、百貨店としてだけ考えたら、売り場の面積が広くったって、東と西に2店になったからといって、売り上げが倍になる訳じゃないと思う。 それだけじゃ、今までよりほんの少し売り上げが増えるだけだろうと、僕も思うよ。 それに、あの建物を百貨店だけでは使い切れないんじゃないかな。
それで考えたのだけど、せっかく貴族には知られていたけど、庶民は知らない大きな池があるんだから、その池に人を呼べないかと思うんだよ。
海は南の町まで行けば見ることができるし、遊ぶこともできる。 でも、庶民は池なんて知らないと思うんだよ。 僕もあの池が貴族の間では有名だったなんて知らなかったし。
池やその周りの樹木なんかの土地を、庶民にも開放して、館の方は百貨店だけじゃなくて、食堂や、飲み物を売る店を多く入れたらどうだろうか?
これで人は呼べないかな?」
僕がそんな計画を語ると、アークとリズは
「うーん、どうだろうなぁ。 想像がつかないよ」
「貴族だと、池を見たいのか、公爵との伝手を持ちたいのか。 公爵邸を訪れたいという貴族は、その区別がつかなかったから。
でもまあ、あの邸や池を何もしないでダメにするよりは、何か利用した方が良いとは思うわ。 ただでさえ、西の町は寂れ始めているらしいから。 私は西の町が寂れるのは正直言えばどうでも良いのだけど」
西の町は歓楽街だったので、リズは良い印象を持ってはいなかったのか、そんな風に言った。
「西の町はともかく、あの邸と池はどうにかしなくちゃならないだろ。
でもカンプ、お前たちはここを離れる訳にはいかないよな、俺たちも同じようなものだけど。
今はまだ、新しく作り始めた村を、新たな領主として責任持って軌道に乗せなくてはいけない時期だからなぁ」
アークはそう言って、邸と池の改造というか改装というかの現場責任者などの担当の問題を指摘してきた。
「私、百貨店は東の百貨店の店長さんとサラさんに任せたいと思うの。
全体的なことは、東の店長さんに主に任せて、サラさんにはこの村との間の連絡などを主に担当してもらう。 全体としては2人が相談した案を、こっちで検討、承認していくという感じかな。
そしてあの場所全体の、担当というか代表は、やっぱりターラントさんかな」
エリスが人選の案を口にしたけど、妥当なところだと思う。
本来なら、僕とエリスが村にいるなら、アークとリズがそっちを担当するべきなのかもしれないけど、まだ子供も小さいし離れて別々に仕事をするのも問題がある。
それはブレイズ家の貴族としての席次的にはその次に当たるラーラにも言えている。
僕らはまだ子供が小さくて、離れて何かするには動き辛い。
「うん、そうなるかな。
あとはリネは水の魔道具の都合で村に居て貰わなければならないから、場合によっては悪いけど、フランにそっちに回ってもらうことにするかな」
「2人は今までずっと一緒にやってきたのだから、なるべくならそれはしない方が良いと思うわ。
それに、フランにそっちに回られてしまうと、学校の教える人数が足りなくなるわ」
僕の言葉はリズに反論されてしまった。 でもそれで、エリスの案にも問題があることに気がついた。
「エリス、サラさんが邸の方に行くことになると、村の店はどうするの。 エリスが一人でという訳にもいかないじゃないか」
「うん、それなんだけど、町の学校に進学させていた村の子たちの、一番年上の子たちが、ここで学校を卒業して村に戻って来たのよ。
その中で、普通学校の方に進学した子を、雑貨店で雇うことにしようと思うの。 というか、もうサラさんが先に色々教え始めているのだけどね」
「そうか、もうあの子たち学校卒業だったんだ」
「普通学校が女の子と男の子一人づつで、魔法学校が土の魔技師と水の魔技師の二人よ。 そっちはどちらも男の子ね」
村の学校を担当しているリズは、今年町の学校を卒業した子たちをきちんと把握していたみたいだ。
「そうか、それじゃあ、雑貨店の方はどうにかなるのかな。
魔技師の子も魔道具店の方で雇ってしまおう。 土の魔技師はターラントの助手にして実績を積ませて、水の魔技師はリネに頼もう」
「なんだよ。 土の魔技師なら、俺の助手でもいいだろ」
「今はターラントの方が、アークより色々なことをしそうじゃないか。 学校を卒業したばかりなのだから、色々なことを経験させた方が良いだろ。
その後で、魔道具作りをアークが教えれば良いよ」
「私は女の子の方は店での接客を主に覚えてもらって、男の子の方には仕入れを主に覚えてもらおうと思っているわ。
最初はどっちも、お店で接客と共に販売している物を覚えもらうことからだけど。
村の子供が大きくなって、学校を終えて店員になるなんて、何だか不思議な気分だわ」
ターラントとサラさんが元公爵の邸の方に向かい、東の百貨店の元店長が挨拶と打ち合わせに村に来たりして、そっちの方も、もちろん村の方も開発が進んでいく。
元店長さんによると、新しい百貨店に入ってもらうお店の招致がなかなか大変らしい。
東の百貨店の時には、それまで付き合いのあった東の町の様々なお店が協力してくれて、中のお店を集めるのに苦労はしなかったのだが、今回は近くの西の町は有力な店は公爵領に越して行ったし、歓楽街だったので百貨店に入ってもらうような業種の店は元々少なかったからだ。
東の店で上手くいっている店に支店を出してもらったり、王都や北の町、南の町にも声を掛けて、やっと百貨店の中の店が埋まった。
面白いことに、東の百貨店になんとか出店できないかと迫って来ていた店に、出店を先に打診したのだが、逆に今度は出店を渋り、東の町に出店していた店の方が支店として西の町にも入ってくれる例が多かった。
どうやら現状では西の町では大した集客が見込めないと踏んだみたいだが、東の町で出店してくれていた人は、僕たちなら何か考えてくれるのだろうと、期待してくれたようだ。
そんな中で驚いたのが、王都の服屋さんが支店を出してくれたことだ。
王都の服屋さんは貴族に対する高級な服を売る店で、僕たちが作っているような庶民の店で売るような服なんて作っていないからだ。
逆に庶民の服を大々的に売るようになったら、きっと貴族にはそっぽを向かれてしまうのではないかと思うのだが、大丈夫なのだろうか。
ま、あのやり手の店長さんである。 何か考えていることがあるのだと思う。
なんだかんだで2ヶ月があっという間に過ぎ、新しい村で畑に作った野菜が幾らかづつ収穫できるようになって来て、村人たちも前の村から持って来た畑の水やり器などの再設置もほぼ終わり、少し落ち着きを取り戻して来た。
それまでは畑優先で働いてきた村人たちも、やっと以前のように午前中だけの労働で畑の方は用が済むようになってきて、作業場での作業が再開出来るようになった。
「きっと、女性たちがみんな肌水を待ちわびているわ」
リズがそう言うとエリスが
「もう東の町の百貨店の在庫も切れているから、きっと作って納入すればすぐに売り切れるわ。
それで、ちょっとだけそれを利用しようと思うの。 元公爵邸の方の百貨店の開業を、その肌水の販売再開に合わせて、東の百貨店と同数の在庫にしようと思うの。
たぶん東の百貨店の方はすぐに売り切れると思うから、そこで買えなかった人にはお急ぎなら西の百貨店に行ってみてくださいって、誘導するの」
そこまで肌水を欲しがる人が急ぐだろうかと僕とアークは思ったのだが、そんなことはなかった。 多くの人が肌水を求めて新しい百貨店にやって来た。
「カンプ、東の百貨店で新しい百貨店には池があると宣伝したからか、意外に子供たちも一緒に来たみたいだな」
サラさんの報告を聞いて、アークがそう言った。
「はい、それで少し問題が出て来たんです。
子供たちにとって池はとても珍しいですから、水に入ってしまうんです。
今まで池は、水辺の植物の栽培を主目的にしていたようで、小さな子供が水遊びをするのには全く適していなくて、事故が起こりそうで問題だと思うのです。
また、水に入って汚れた子供が、そのまま体を乾かしただけで、その後動き回るのも問題になっています」
この地方は基本砂漠だし、残念ながら海が遠浅ではなくすぐに深くなってしまうので、子供が水遊びが出来る環境がない。 そこに池だけど、水の少ない環境で水遊びできる場所があったら、子供なら遊んでみたいと思って当然だよなぁ。
「えーと、池に植えてあった植物は確か今はもうないのよね」
「はい、エリス様、公爵の関係者だという人たちが、ちょっと前に全て移植すると言って、撤去して行きました」
「エリス、カンプ、それだったら何も今までの池の形に拘らなくでも良いんじゃない。 子供たちが安全に水遊びできる形に変えちゃっても良いんじゃないかしら。
水さえそこにあれば、周りの植物は今のままで維持出来るんじゃないかしら」
僕らが公爵邸だった時の庭を維持しようと考えた一番の理由は、池が珍しかったのもあるが、その周りの植物がもったいないと思ったからだ。 流石に池周りの大きくなった植物の移植は、公爵も考えなかったようで、そのほとんどが残っている。
結局、池は一度水を止めて乾かして、作り直すことになった。 以前は池の中にも植物を植えていたので、池の中に土が入れてあった。 中に入って遊ぶには土はいらないので、深さを調整したのと共に、池の底は硬く固めた。
それから池の近くに、シャワー付きの更衣室も作った。 さすがにそこは定額だが利用料を取ることにしたのだが。
最初はただ元からあった建物、池、植物を無くしてしまう、駄目にしてしまうのは勿体無いと思い、残すためにどう利用するかを考えただけなのだけど、気がついたら一つのアトラクション施設となってしまい、人を集めるようになった。
それに伴って、百貨店も東の町のとは少し違った形だけど、必要なだけのお客さんを集めることができるようになっていった。




