新しい村の様子は
新しい村の開発はすぐに行き詰まりを見せた。
元の村での開発とは違い、豊富に水の魔道具があるから、大まかな村の開発は進んで行った。
耕作地も、また最初からになってはしまったが、各家で今まで使っていた水の魔道具を持ってきていたし、ここでは壁を作る必要がなかったから、もう確立している開墾の仕方で、すぐに広がっていった。 まだ時間が足りないから、取れる作物は限られているけど、すぐに元の村と同様なだけの耕作地に広がって行くと思われた。
すぐに行き詰まりを見せてしまったのは、風上側に作っている森の植林だ。
街路樹は元の村の街路樹を公爵家ではいらないとのことなので、後のことを考えずに枝を切って、それを挿木にして苗木の量産をした。 それだから、街路樹はまだまだこれからだが、最低限必要な場所には苗木を植えることが出来た。 これから少し大きくなっていけば、いらない枝とかの選定もしなければならないから、それによって苗木も作ることが出来て、これからの必要をも満たしてくれるのではないかとも思う。
ルルドの木も、当然のことながら、新しい村でも各戸に今までと同じように植えられている。 これは種から植えた物だが、すぐに大きくなっていくだろう。
1年を何とか凌げば、肌水も前ほどではないが、2年目からは最低限の量は確保できるのではないかと思う。
それらに比べて、森にするための植林用の木の苗木の生産は遅々としていて、風上の森の植林は進まない。
当然のことながら、元の村の風上にあった森の木の枝をどんどん切って、苗木にすることが許される訳もなく、せいぜい出来ていた種子を集めてきた程度のことである。
元の村から持ってきた苗木や、種子を撒いたり、他の場所から手に入れようとエリス雑貨店の仕入れ網を総動員しても、その数は圧倒的に足らなくて、どうにもならない。
「元の村で植林をしていた時は、得られる水の魔道具の数を考えて、計画的に苗木を作っていたのだけど、今は水の魔道具はたくさんあるのに、植えられる苗木がないのでどうしようもない。
ちょっとイライラしてしまう状況だけど、焦っても仕方ない。 地道にやっていくしかない。
植林した木が増えて、林になり、森になっていくに従って、木も大きくなれば、いらない枝も増えて、作れる苗木の量も増えていく。 少し我慢の時間だね」
おじさんがそう言って、ちょっと手持ち無沙汰にしている。
しかし、今度の森にする植林では、最初から建材用の木も植えていこうと、新たな計画が練られているらしい。
でもまあ、植林などの木の仕事をしてくれているのは、土の魔技師さんたちの旦那さんたちが主力で、新しい村作りでは、最初からとても忙しくしていたから、少し仕事が楽になっているのは、一息つけてよかったのではないかとも思う。
新しい村は、基本的には以前の村と同じに作られている。 でもその規模は少し大きくなった。
というのは、前の村は元からあった集落が3つあることが前提で、それ以外の場所にそれまでなかった施設や、新しい住人の家を作る形だったのだが、今度は村人の希望も入れて、今までの村人の全戸が、計画的に村の中に配置されている。 その分、大きくなってしまったのだ。
僕らの家も前とは少し違っている。 今度は領主の公式な館は別にして、少しだけ立派にして、それとは別に僕とエリスの家とアークとリズの家を作ったのだ。
僕たちの家とアークたちの家を分けたといっても、真ん中に共有の今までの家のような、みんなが集まれるリビングとキッチンなんかがある棟を作り、その左右にそれぞれの別棟を連結して建てただけで、棟と棟は連結しているから厳密には分けたことにはならないのかもしれない。
それとは別に、おじさんとおばさんの棟も奥側に作って、そっちも連結している。 これは前の村の時は完全に別に離して作ったら、子供が生まれてからは不便を感じたからだ。
迷ったのは御前様の家で、御前様の家も連結してしまった方が良いのではないかと思ったのだが、御前様の希望で別にした。
御前様の家は、以前の村では一種の保育園のような機能を果たしていたので、御前様はそれを優先させることにしたのだ。
僕らの私的な家も、これからの子供のことを考えて、それぞれの棟で囲った庭を、子供が安心して遊べるような場所にしようと考えていたので、村の小さな子供たちには、そこを一緒に使って遊ばせれば良いと思った。 それなら御前様の家も同じ場所で連結した方が良いのではと考えたのだ。
しかし、やはりそれでは今までとは違ってしまうので、村の御前様のところに子供を連れて来ていた女たちが、僕らに気を使うことになるかもしれない、と御前様は危惧して別に作ることにしたのだ。
そして御前様の今度の家には、雨や風で外で子供を外で遊ばせることが出来ない時のために、子供たちが遊べる広い部屋まで作られた。
そして今度は御前様の家の近くに、御前様が唯一連れているアンダンさんの家も建てられた。 アンダンさんも今度は一家で村で暮らすことになったらしい。 といっても、アンダンさんの子供たちはもう成人して、アークの父である伯爵に仕えているということなので、奥さんが来ただけだけど。
他の学校や、雑貨店、作業場などの施設も、基本的には元の村と位置関係は変わらない場所に作られている。 少し違っているのは、馬のための牧場と厩舎が最初から作られていることくらいである。
あと違っているのは、以前は村人の多くが当然ながら元の部落の位置に家を持っていたのだが、今回はどうするのが良いかと尋ねると、多くの村人が村の中心に近い位置に家を持つことを希望したので、村人の家の区画がたくさん出来たことだ。
ダイドールは村を取り囲むように作った耕作地の中に、いくつかの集落を作っていくことを最初計画していたようだが、村人たちは中心地に近い方の生活の利便を優先して選択したようだ。
男たちは
「いえ、夜ね、みんなで騒いだ後に遠くまで帰るのは面倒ですから」
女たちは
「子供を学校にやったり、御前様のところに行くにも近いと楽ですから」
ということらしい。
自動水やり機が村人の間でもかなり普及して、今までと比べると畑の手間が減っていることもあり、畑の場所が離れていても、村の中心に近い方がやはり生活には便利なのだろう。
それに、畑仕事はだいたい日の出から午前が中心で、午後からは作業場に集まって仕事をする人が多いこともある。
元からの村人もほとんどが畑だけでなく、作業場の仕事や、魔石に魔力を込めたりといったことでも収入を得ているのだ。 後から来た、元村人の家ももちろんそうだ。
「それで、2人は今回も一緒の家で良かったの?
別々にするつもりでいたのだけど、そうすれば家族とかも呼びやすいと思って。
2人とも今ではちゃんとした騎士爵なのだし」
ターラントがフランとリネにそう尋ねた。
「私たちは2人一緒で良いんです。
家族だって、元々は私たちに何の期待もしていなかったのですから、今更私たちの所に来たいとは言わないでしょうし」
フランがちょっと自嘲気味にそう言うと、リネが場の空気が少し重くなるのを嫌ってか、すぐに言葉を続けた。
「それにですよ。 私たちが誰かと結婚すると、今の私たちの家は必要がなくなるじゃないですか。
私たちだって、乙女として、これから結婚するという希望は大いに持っているんです」
うん、確かに、今まで考えていなかったけど、もうフランもリネも当然のことながら年齢的には、すぐに誰かと結婚してもおかしくない年齢だな。
僕とアークがなんとなく納得したような顔をしたら、エリスとリズに睨まれたような気がした。
「そういえば、今度の新しい村ではダイドールさんと、ターラントさんもそれぞれに家を別に作られたじゃないですか」
ラーラがターラントにそう切り出した。
「はい、私たちも、まだ以前の意識に囚われているのかなとも思うのですけど、准男爵という地位をいただいて、それぞれに家も持たずにいるというのも外聞が悪いかと考えまして。
それに、私たちもまだ結婚の夢は捨てていませんから、その準備も兼ねてです」
「はい、それは当然だと思うのですが、ターラントさんに聞きたいのは、なんで私の家の方が大きいのですか?
私もターラントさんたちも、同じ准男爵ということなら、同じ大きさの家であるべきだと思うのですけど、明らかに私の家の方が大きいじゃないですか。 元々貴族の家柄の2人より、庶民の私の方が大きいのはおかしいと思うのですよ」
「ラーラさん、それは違います。
まず第一に、同じ准男爵といっても、ブレイズ家の席次は私たちよりラーラさんの方が上です。
それ以上に、私たちはそれぞれ1人の家ですが、ラーラさんの家の場合、他にご家族がいることもありますが、それ以上にペーターさんが一緒ではないですか。 ペーターさんもラーラさんと一緒に叙爵式では前に出ましたから、単なる准男爵配ではなく、准男爵と同等の地位を持つ准男爵配です。 カンプ様とエリス様、アーク様とリズ様の関係と同様です。 つまり准男爵待遇の貴族が2人いるのと同じことなのです。
それらを考えれば、私たちの家より倍以上大きくてもおかしくないのに、そこまでの大きさにはなっていません」
なるほど、叙爵式の時に一緒に前に出るというのは、何かのパーティーなんかの席で配偶者が参加しなくても席次が変わらないだけではなくて、こういった配慮もされるのかと僕は思った。
ラーラは、
「うーん、元庶民の私があんな家に住んでいるのは気がひけるから、もっと小さい家で良いんだけど」
と、小声でまだ呟いていたけど、自分のことではなく、ペーターさんの立場への配慮だと言われて、それ以上は何も言わなかった。
それからほんの少しして、支部長さんじゃなかった、新しい西の組合長さんが村にやって来た。 今回も組合の土の魔技師さんを連れて来ている。
「随分と早く来られましたね。 僕は引き継ぎだとかにもう少し時間を取られて、もう少し後になるかと思っていました」
「引き継ぎと言うほどのことも大してなかったのですよ。 それに元西の組合長は私の言うことなどに耳を貸したりしませんから」
僕はなんとなく、組合の中でも色々あるのかなと思った。
「それで組合の場所というか位置は、前の村と同じに考えています。 それで構いませんか、敷地の面積は少し広くとっていますけど」
「はい、構いませんよ。 ダイドールさんにも事前に聞いていました」
「でも西の組合の本部を、この村に持って来てしまって構わないのですか?
今までと同様に西の町においておく必要があるのではないですか?」
「どうせ組合としての取引量は、ここが一番になるのですから、本部はここの方が都合が良いのですよ。
それに、西の町にある組合は、以前の影響力がいまだに強いですからね。 その雰囲気や慣習を刷新するためにも、本部の場所自体を移してしまう方が簡単なんですよ」
「なるほど、そういうことなら良かったのかな」
「はい、カランプル君、心配してくれてありがとう」
それから新しい西の組合長は付け足すように言った。
「そうそう、普通の魔力を溜める魔石の管理は今までとおり東の組合で行うのですが、水の魔道具に使う方は、ここ西の組合で行うことになりました。
その方がめんどくさくないし、これから大きな変更があった時にも、その方が良いでしょうから」
うーん、組合は水の魔道具が僕の領地以外でも使われるようになることを、どうやらもう察知しているようだ。 いや、陛下の方でもう根回ししているのかな。
とにかくあと今度の村に来ていないのは、冒険者のアラトさんはダンジョンがないから当然なのだが、ベークさんと、砂漠の中間点の簡易宿を任せていた元雑貨店の馬車のおじさんだな。
今度の村では西の山の観光を考えているので、ベークさんには前よりも大きくした宿屋をお願いしたいと考えている。 そして砂漠の中間点を任せていたおじさんには、西の山の間近に簡単な宿泊施設を作り、そこの管理を任せたいと思っている。




