カンプ魔道具店の初仕事
カンプ魔道具店の店の印は、僕とアークとリズの家紋の一部づつを組み合わせたものにした。
普通、庶民は家紋なんて持たないのだが、何故か僕の家には家紋が伝わっていた。
もしかすると、先祖は貴族から追放された一人なのかも知れない。
4人の話し合いを終え、僕はエリスの家へ行く。
夕飯を食べながら、今日の経緯をおじさんに説明し、カンプ魔道具店として、これからおじさんの店で魔道具を売ってもらうことになった。
おじさんの店へ支払う仲介手数料などもきちんと決めた。
これはビジネスだから、しっかりやらないといけないからね。
とは言っても、とりあえずはパン焼き釜しか売り物はないから、おじさんの店に利益なんてほとんど出ないのだけど。
次の日の午前中、僕はエリスの家のパン焼き窯の魔石を外して家に持ってきて、魔石の表面に店の印と通し番号、魔石の裏に組合から貰った特殊な道具で見えない組合の印を入れた。
エリスはその魔石の番号と種類と使用されている場所などを記録して書類に残していく。
「自分の家の道具だけど、私たちの店の商品の第一号として、魔石の記録の書類を作るなんて、何だか感動しちゃう。」
エリスの言葉に僕も同感だ。
昼過ぎのベークさんのお店のちょっと暇になる時間に、エリスと二人でお邪魔する。
ベークさんに組合で正式に認められたことと、それによって店を持つことになったこと、そして魔石に印を付けなければならなくなったことを説明する。
「あの都合の良い時に一度全ての魔石を外して、印を付けてこないとならないのです。そんなに時間はかからないので、すみませんがよろしくお願いします。」
「はい、構いませんよ。 今晩にでもいらしてください。
それはそうと、正式に認められたということは、このパン焼き窯を売り出せるということですね。
もう、毎日の様に催促されているのですよ。」
「あ、はい、これで販売できる様になりました。
エリスの家の店の方で受け付けますので、そちらに来ていただく様に伝えていただければ。」
「わかりました。 きっと明日にでも行くと思いますよ。」
夜、夕食後の時間に僕の家にアークとリズにも来てもらっておく。
まず僕とエリスでベークさんの家に行き、全ての魔石を外して、それを持って家に一度戻る。
次に魔石に印を付けて、エリスが記録の書類を作っていく。
10個の魔石の内、光の魔石だけはリズでないと表の印を付けれない。
後は僕が店の印と通し番号の印を付け、裏の組合の見えない印はアークが付けた。
印を付けた魔石を持って、今度は四人でベークさんの店に向かう。
僕とリズとアークは魔石を取り付けたり、窯をちょっとだけ改造したりする。
組合で注意を受けたのだが、取り替える魔石が普段は見えない様にカバーというか、蓋の下に収まる形に改造したのだ。
その作業の間、エリスは魔石をいつ取り替えたかなどの記録をこれからは全て、きちんと記録していかなければならないことなどをベークさんと話していた。
作業は簡単に終わり、ベークさんの店を辞去する。
そして別れ際にアークとリズに明日の午後は僕の家に来てくれと言っておく。
その次の日、午前中の昼近くに、おじさんの店から使いが来た。
パン焼き窯を購入したい人がいるから来てくれという伝言だった。
本当にベークさんの言う通りに、すぐに注文に来てくれたらしい。
購入したいというのは、この町でベークさんのお店でない方のもう一方のパン屋さんだ。
ベークさんは僕のパン焼き窯のことを、もう一人の同業者にすぐに教えてあげたらしい。
僕がおじさんの店に行った時、商談はもう成立していて、後はいつ設置できるかだけのことになっていた。
僕は準備に少し時間が掛かることなどを説明し、一週間後に設置することとなった。
午後、家に来たアークとリズに話をする。
「え、もう、注文が来たの?」
アークもリズも驚いている。
「うん、ベークさんが口利きしてくれて、もう片方のパン屋さんにも、僕たちの窯を設置してもらえることになったんだ。」
「ベークさんて、良い人ね。
自分のところだけで儲けようとは思わなかったのかしら。」
僕もちょっと思ったことを、リズがはっきり口にした。
「ベークさんは元々そんなことを考える人ではないし、現実的にはベークさんのお店だけではお客さんを捌ききれないのよ。
たくさん買いに来てくれて、目一杯パンを焼いているのだけど、それでも足りない状況だってベークさん言ってたから。」
「今流行っているのは知ってたけど、そんなに凄いのか。」
アークが驚いているが、僕も同じだ。 ただ僕は魔力が切れた時の朝の騒ぎを見ているので、やっぱりそうなんだと思ったのだけど。
「それで予備のも入れて14個の魔石が必要になるのだけど、ベークさんのところで取り替えた魔石が4個あるから、とりあえず大急ぎで手に入れないとならない魔石は6個なんだ。
今から3人で魔石を取りに行かないか?」
「どうせ払ってもらえるんだから、魔石を買えば良いじゃない。」
エリスがそう言った。 リズもその意見に賛成のようだ。
「ま、確かにそうなんだけど、店として経営が軌道に乗るまでは、僕はなるべく節約したいと思っているんだ。
軌道に乗ったら、冒険者の生活を保障する意味で、魔石を買うのも良いとは思うけど、僕は節約したいんだよな。」
「俺もその意見に賛成だ。
庶民的な考え方だと思うけど、俺も卒業以来今まで金に苦労したから、少なくとも軌道に乗るまでは節約することに賛成だ。」
アークが率直に自分の体験を元にした意見を言う。
「男二人がそう言うなら、私もそれに付き合うわ。
でも私、魔物退治して魔石取ったことなんてないわよ。」
「大丈夫、そんな難しいことではないから、すぐ慣れるよ。」
僕たちはその日と次の日の2日間火鼠狩をして計7個の魔石を手に入れた。
僕はその後2日かけて最初の6個と後からアークが一人で取ってきた1個の魔石に回路を組み込む。
残り1個はリズが回路を組み込む。
その後僕はミスリルを買って回路やスイッチも作った。
そして魔石1個を自分で取ってきて、魔力を貯めたが、期日までに少し貯め切れなかった。
その不足分はリズが補ってくれた。
リズは自分でも1個に魔力を貯めた。
アークも1個に魔力を貯めて、もう1個取ってきて貯め始めたところで期日が来た。
アークは窯作りに使う土や白い砂も用意している。
結局期日までには9個の魔石が出来上がり、足りない1個をベークさんのところで交換してすでに魔力を貯めてあるので補った。
魔石やミスリル、土砂など必要なものを積んだ荷車を引いて、僕らはもう一軒のパン屋さんに向かった。
作業は二度目なので、あっさりと進んでいく、エリスが諸々の説明をしたり、すでに用意されていた代金を受け取ったりしているうちに終わってしまった。
ベークさんのところでと同様に、お試しのパンを焼いてもらい、作動確認が終わり、納品を終えることが出来た。
カンプ魔道具店としては最初の仕事だったので、四人ともちょっと感動して、帰ってから僕の家で、お祝いの食事会をした。
おばさんも料理を作ってくれて、おじさんも参加してくれた。
おじさんからは
「幸先の良いスタートが切れて良かった。
だけどこれが始まりだから、気を抜かずにしばらくは頑張るように。」
と釘を刺され、
「パン焼き窯だけでなく、違う商品も開発しないといけない。」
と課題も指摘された。
うーん、やっぱりおじさんは仕事となると厳しい。
でも本当に言われた通りだと思った。
もう一つのパン屋さんにパン焼き窯を設置した次の日、僕はエリスを連れて組合に向かう。
組合に設置したパン焼き窯に使った魔力を込めた4個の魔石の組合分の利益+αを支払うためだ。
「おやカランプル君、もう支払いに来たのかね。」
「はい、もう一つのパン屋さんにも窯を設置したんです。
それに付いている魔石の分です。」
「それはそれは、カランプル君の魔道具店は幸先良い船出になったね。」
「はい、ありがとうございます。
それでこれが魔石4個分の金額なのですが、ついでに僕の店の会計係りを紹介しておこうと思いまして。」
「カンプ魔道具店の会計とか帳簿全てを担当するエリスです。
よろしくお願いします。」
「ああ、君は。 お父さんのお店には私も世話になっているよ。」
「ありがとうございます。」
「そうか、カランプル君はエリス君の家と懇意にしているのだね。」
「懇意にしているというか、家が隣同士なので、僕の生まれた時からの付き合いなんです。」
「なるほど、そういうことか。」
「はい、ですから、僕の店で作ったものはエリスの家の店で売ってもらえることになっているんです。」
「それはとても有利なことだね。」
「でも今はまだパン焼き窯しかありませんから、仕方ないんですけど。
とにかく、これからはこのエリスが組合分を持ってきたり、帳簿を見せにくることもあると思うので、よろしくお願いします。」
「はい、それは了解したよ。 エリス君もこれからよろしく頼むよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
これで一通り、カンプ魔道具店としての日々の仕事の経験をしたと思うのだが、一つ大きな問題が残っていた。
利益の配分を4人の中でどうするかだ。
これに付いてはとりあえずは、魔力を貯める魔石の利益は僕とアークで折半とした。
ただしリズが魔力を込めた分はその分はリズとする。
窯を作って得た利益は、ベークさんの時に最後にもらった分は同様に魔石の分だけ引いてリズに、その他は僕とアークで折半だ。
この配分だと、リズが損なのだが、なぜこんな配分にしたのかというと、とりあえずアークが一番今現在金銭的に厳しいのだ。
リズは今までにすでに自活できるギリギリだけは顧客を確保していたし、僕もどうにかなる。
アークはこれまでには、土属性のため顧客がなかったのだ。
そこでこういった配分にして、僕の魔石の分の半分をエリスの取り分とした。
あと魔石を買わないで出た差額などは、とりあえず店のこれからの運営資金としてキープしておくことにした。
しかしこの配分はあくまで暫定的なもので、店が軌道に乗り、アークが普通に自活できるだけの金銭的余裕ができるようになったら見直すことにした。
「俺だけ優遇されていて、良いのかな。」
「ま、とりあえず今のうちだけだ。 もう少し軌道に乗るまでだけだから、そんなに恐縮しなくても構わないと思うぞ。」
「私もそれで構わないわ。」
リズもそう言ってくれている。
「私は、もっと顧客が増えなければ、帳簿だとかの作業は暇なものだから、十分よ。 何も気にすることないわ。」
エリスも言葉を添える。
「本当にみんな、ありがとう。 カンプ、俺が魔力を主に込めるから、魔石を取ることと、回路の組み込みをやってくれ。」
「ああ、分かった。」
魔力を貯める魔石には、実は組合で言われて秘密のキーを隠している。
そのキーが合わなければ、魔道具が使えなくしてあるのだ。
僕は魔力を貯める回路とキーをリズとアークにも開示しようとしたのだが、二人に断られてしまった。
こういう秘密キーは知る人が少ない方が安全だから、と。
そこでこの秘密キーの情報は、僕に何かしらのトラブルがあった時に備え、組合にだけ保管しておくことになった。
こういうのは、ちょっと痛し痒しなんだよなぁ。
魔道具の秘密保持には良いことだと思うけど、僕しかできない作業になってしまう。
あと、カンプ魔道具店が扱う魔石は全部、カンプ魔道具店の所有ということにしている。
これも組合との話し合いで決まったことの一つだ。
かなり徹底しているなあ。
でもそのおかげで、アークやリズが取った魔石に僕が回路を組み込んでも、決まりに抵触しないことになったから、これは利点の方が大きかったかもしれない。




