要するに引越しなんだけど
一日遅れです。
うーん、火曜と木曜に変更しようかな。
ターラントも最初から危惧していたのだけど、今回の領地交換で一番の問題は、苗木の確保だ。
領地交換という今まであったのだろうかという行為なのだが、要するに大掛かりな多人数の引越しだ。 荷物の運搬ということが一番最初の問題になる。
何もない所に、また一から村を作らねばならないのだが、建物、畑なんてのは、ここでの経験があるし、優秀な土の魔技師さんたちがどんどん対処してくれると思う。
ダイドールとターラントの計画によると、最初は家は住む人数を考慮しただけのいくつか同じタイプを、次々と建てるのだという。
畑は、この村よりも簡単だ。 この村では畑を塀で囲わねばならなくて、それが大変だったのだが、今度の場所では塀がいらなそうなので、それぞれの区画を決めてさえしまえば、後の作業はこの村の者はみんな精通している。
街路樹と風除けの森作りといった植林だけは、残念だけどそうは簡単にいかない。 木はこの村から運んで行ける訳ではないし、とりあえず生やすという訳にはいかない。 これだけは本当にまた最初からで時間がかかるのだ。
植林に必要な水の魔道具は、今の僕たちの領地にある水の魔道具は全て回収しなければならないことになっているから、今の村を作っている時のように、その数の確保に困ることはないだろう。 でも苗木の確保だけはどうにもならない。 もう地道にやるしかないのだ。
「うーん、困りました。
この村ではもう街路樹の整備は終わっていたので、街路樹の苗木はもう栽培していなかったのです。 そして今ある街路樹のいらなくなった枝、邪魔で切り取った枝なんかは、ボタンの材料として一番最初に使われてしまっているのです。
苗木を増やそうと思っても、その元になる枝がほとんど採取できないのです」
ターラントがほとほと困り果てたという感じで、僕たちに現状を報告してきたが、誰も名案が浮かぶ訳もない。 どうにもならないものはどうにもならない。 出来る範囲でやるしかない。
そうこうするうちに、公爵家の家臣との具体的な交換の手順の話し合いが大急ぎで決まった。 ダイドールは本当にご苦労様だ。
その中で、ターラントがまずは驚き、次に喜んだことがある。 公爵家では僕たちが新しく作った村は全て、公爵の領地としてふさわしい形に一から作り直して町にすることになり、村の中の街路樹は全ていらないというのだ。
せっかく街路樹としてとても役に立ち、村の空気さえ変える程に育ったのに、それをいらない物とされて、僕は正直腹立たしかったのだが、ターラントが
「それなら心おきなく、街路樹の枝を切って、苗木が作れます。
これで街路樹用の苗木の栽培の目処が立ちます」
と言ったので、少し腹立ちが収まった。
ダイドールによると、一番の理由は公爵がこの地の僕たちの痕跡を完全に無くそうと考えていることらしいが、もう一つ大きな理由として、植林に使っている膨大な数の水の魔道具の数を、公爵家でもその支配下の水の魔技師に、タイムリミットまでに揃えるのが困難なために、なるべく数を減らしたいという事情があるとのことだ。
言われれば、前者はともかく後者の理由は納得できる話ではある。
木といえば、今現在僕の領地には、主に3種類の木がある。 一つは今話題に出ていた街路樹である。 そしてもう一つが風除けとして風上に植えられた、主には今では森と言っても良い広さになった木だ。 それから村民たちが自分たちで植えた木がある。 各戸の庭に植わっているルルドの木と、村人が資金を出して植林した木だ。
この村民の木は、僕のというか伯爵領に所有権がある訳ではなくて、それぞれの村民の私有財産なので、移住に当たり、その木の補償を公爵家がすることになる。 その経費も特にルルドの木は馬鹿にならない。 ルルドの実の経済的価値が大きかったので、それが生み出す利益をある程度補償することを、公爵家に求めて、それを認めさせることができたからだ。
ここで僕たちは公爵家に少し話を持ち掛けた。 各戸に生えているルルドの木も、今の公爵家の町作りの計画では邪魔になるし、公爵家では一本一本に水の魔道具が必要になる。 そこで伐り倒すことになったのだが、その伐り倒した木は僕らで買い取ることにしたい、と。
公爵家ではルルドの木の補償額が大きいことで、ルルドの木の価値に改めて気がついたようで、ルルドの木を伐り倒すかどうかは議論されたようだ。 ただ実際問題として、ルルドの実の販売はエリス雑貨店が独占しているし、その実を利用した肌水も、その作り方のノウハウや機材なども全てカンプ魔道具店とエリス雑貨店で占められていて、その協力がなければ何も出来ないと判断された。
そういった理由で、ルルドの木などの伐り倒された木の買い取り計画は意外にスムーズに進んだ。
僕たちにしてみれば、当座の木材加工の材料確保はもちろんだが、ルルドの実と肌水の独占を維持することが出来る結果となった。
「ルルドの木の栽培方法はちょっと独特ですから、私らが去った後のこの地で出来るとは思いません。 カンプ様たちが警戒することはなかったと思いますがな。 栽培方法をこの村だけの秘密にすることで、この村は今までずっとルルドの実を独占して来たのですから」
村長はそう言っていたけど、万が一ということもあるから、安心できただけでも価値があったとも思う。
移住に向けての動きはすぐに始められた。
当面、移住に関しての前線指揮をターラントとペーターさんに任せることになった。 ターラントはもちろん土の魔技師さんたちを総動員して、道の整備と建物の建設にあたる。ペーターさんは馬車による移動の計画だ。
最初に土の魔技師さんたちに、王都の館の空いている部屋を拠点にしてもらって、道の整備に当たってもらった。 その手伝いと街路樹を植えたりを魔技師さんたちの、旦那さんたちにはしてもらうことになる。 この村の土の魔技師さんたちは圧倒的に女性が多いからだ。 今までも植林と木の手入れは土の魔技師さんの旦那さんたちが主力だったから、慣れてもいるしね。
馬車はフル稼働で、人と物の運搬をすることになる。 ペーターさんたちは大忙しで、村にいることがないような状態にすぐになった。
ぶっちゃけ、細かいことはダイドール、ターラント、ペーターさんなどに丸投げである。 誰を先にどこに移住させるかとか、何を積んで持って行くかとか、そんなことは僕にはもう訳が解らない。
それから僕たちの村にもすぐに公爵のところの下級家臣と水の魔技師がやって来た。 森の木や伐採しない街路樹の水の魔道具を、僕たちの物から、普通の物に取り替える必要があるから、公爵家の方でも一番最初にそれに関する人たちがやって来たのだ。
水の魔道具を交換するために、リネは公爵家の水の魔技師にその技術を少し教えたようだ。 なぜかというと、植林した木に取り付けられている水の魔道具は、水の出方を調節出来るようにしてあって、木の大きさや、その状態によって出る水の量を変化出来るようになっているのだが、一般的な水の魔道具には、そういった機能は付いていないからである。
僕はそれならば、カンプ魔道具店方式の水の魔道具ではなくても、出る水の量を変化出来る水の魔道具は、新しい魔道具として登録できるのではと考えて、支部長さんに聞いてみたのだが、その形の水の魔道具はかなり昔にもう登録されていて、自由に使える技術となっていることが分かった。
やはり同じことを考えた人は当然いるよね。
それが一般的には使われていない理由も、すぐに理解した。
木の植林用にはその機能は必須だと思うのだが、その機能を付けた水の魔道具の魔石は、リネの作っていた水の魔道具の魔力を貯める魔石に貯められる魔力の1/3も魔力を貯められなかったのだ。 つまり、1個の魔石で使える水の量が1/3にもならないのだ。
それなら、そんな機能は付けずに、少しでも貯められる魔力を多くした方が良いと考えるのは理解出来る。
今の話で気がついた人もいるかと思うけど、使っている魔石はどちらもレベル1の魔石である。 光の魔道具にレベル2の魔石を使わなくなったので、レベル2の魔石も以前よりは手に入りやすくなったのだが、如何せん採れる絶対量が違っていて、植林した木一本一本に使える程、多くの量を手に入れるのは難しいからだ。
「きっと東の町の支部長が喜んでいるだろうなぁ」
「そうだな、俺たちが使う魔石の量が減ってしまって、魔石の在庫が増えて困ると言っていたのが解消できて、きっとご機嫌だろうな」
「僕たちのところにも、今のところは税が入ってきて、助かるしね」
公爵家の水の魔技師たちは、最初は魔石を用意して来たが、すぐに組合支部で魔石を調達するようになった。 やはり西の町からわざわざ買って持ってくるのは、割に合わないと判断したようだ。
そうこうするうちに、ルルドの実の収穫時期がやって来た。 今年は大豊作だった。 途中移住して来た人の家の木も今年は育って、たくさんの実を付けるようになったからだろう。
実の収穫はその量が多かっただけでなく、もう公爵領の方の工事のために出て行ってしまっている人もいるので、その分の収穫もあったりして、それまでより時間も手間もかかってしまった。 逆に生の実の販売量は、輸送の問題もあって、それまでより多くという訳にはいかなかった。
それだから逆にドライフルーツにする作業も増えて、量もたくさんになった。 移住をして来年の収穫量がほとんど見込めないので、ドライフルーツと種は大事に扱われた。
そうしてルルドの実の収穫とその後の作業が終わると、村人の移住は急に本格化した。
まず村長のワイズさんが移住先で出るであろう初期の問題に対処するため、真っ先に移住する。 同様に流通を確保するために、サラさんも一緒に移住して、すぐに雑貨店を開業する。
何もない土地に村の建設を始めたので、最初のうちは自給自足が全くできないので、食物の販売がなければ干上がってしまうのだ。 今回村を作っている場所は、西の町から1日の距離なので、生鮮食料も完全とは言わないが、ある程度の鮮度で輸送し販売することができる。 まあ、エリス雑貨店の強力な仕入れ販売網が使えるからというのが多分にあるが。
そういった訳で、公爵領に新しく作っている村に雑貨店を先行して作ったのだが、反対にこっちの村にも、公爵家御用達の店が開業した。 こちらは仮営業ということで、元々僕たちが作業場にしていた建物を使って、営業を始めた。
サラさんが切り盛りしている公爵領の店と、公爵家御用達のこっちの村の店は、今のところ本来なら、それぞれサラさんの店の売り上げに係る税は公爵家に、村の店の方は僕の方に納めなければならない。 しかし、公爵家の家臣から提案があり、それはとても面倒なので、この移行時期だけは元からの領主に納めることとなった。
エリス雑貨店は東の町でも北の町でも商売をしているし、卸したり仕入れたりは、西の町以外のそこら中でしているので、税もそれぞれの場所に納め慣れている。 だからサラさんに頼んだ新たな店も、公爵家に納めるのでも構わないのだが、どうやら公爵家の家臣は新たなことをほんの少しの時間するのは面倒だと考えたのか、公爵家御用達の店の取引額の方が大きくなると踏んだようで、こういう提案をして来たようだった。
ルルドの実の収穫と乾燥の作業が終わったのは、領地交換の期日となる次の叙爵式の半年前を切っていたのだが、それからの村人の移住はすごいペースで進んでいった。
村人の移住の割と初期の方で、フラン、リネは先に新しい土地に向かった。 新しい土地で、学校を開設するためだ。 新規の開拓となるため、普通だと子供たちも畑作りなどに駆り出されてしまうのだが、僕たちは子供たちが学校に通うという習慣を崩したくなかったのだ。
それに合わせて、2人の後輩の新人家臣の3人も移住して行かせた。 新たな村作り、開拓を最初から見させたいと思ったからだ。
移住していく村人たちは、みな新天地に希望を持っているという風なことを、僕たちの前では言ってくれている。 それでもその心の中は複雑だろうと僕は思っている。
そんな村人は、移住していく間際に、家のルルドの木を伐り倒して行く。
自分の家のルルドの木を伐り倒す時、どの家の村人たちも泣いていた。
僕たちはそれを見て、この村の人たちにとって、やはりどれだけそれぞれの家に植わっていたルルドの木が、大事な物で、心の中でも大きな存在であったことかと、今更ながらに感じた。
そして村人たちはルルドの木を伐ってしまうと、それでこの村に対する未練も断ち切ったかのように、サバサバとした感じで、移住していった。
こうした移住の繁忙が村を覆う中、実は僕たちは割と暇だった。
日に日に公爵家の者が村に増えてきているので、貴族らしい振る舞いというモノをしなければならなくなり、色々と動き回ることがしにくくなったのだ。
例外的にエリスは割と動いている。 何故なら、サラさんが移住してしまったので、エリスが雑貨店をしないと、まだ残っている村人や冒険者、そして僕たちが困るからである。
エリスが雑貨店の用事をしていることは、エリスがエリス雑貨店全体の代表であることが有名なため、あまり不思議に思われたり、奇異な目で見られることはなかった。
それで僕たちが何をしていたかというと、村から一番近い村長の畑を借りて、自分たちが食べる野菜を作ったりしていた。
村人たちがどんどん移住して行くと、農作物がなくなっていった。 当然ながら畑の給水設備などは持って行ってしまっている。
公爵家の農民はまだ移住して来ていないので、そこに時間差が出来て、自分たちで栽培しないと新鮮な野菜が食べられない事態になったのだ。
でも僕たちは割とその畑仕事を楽しんでいた。 まともにそれを生業にしている訳ではないし、ほんの数ヶ月のことだから、楽しみという感じなのである。
一番楽しんでいる感じなのは、おじさんとおばさんなんだけどね。




