具体的な方針は割と速く決まってしまった
「陛下、僕たちは領地を交換すると言っても、極論してしまえば住む場所を変えるというだけのことです。
でも、領民にとってはそうではありません。 僕の店の魔道具が使えないとなれば、全て交換しなければならなくなりますし、それよりも今行っている仕事を維持できるのでしょうか。
肌水やボタン作りなどの事業は、全てカンプ魔道具店とエリス雑貨店が深く関与していますので、あの村が公爵の領地となった後で、そのまま事業が継続できるでしょうか?」
陛下は「新式の魔道具は一切残すな」と言い終えると、それで話は終わったと王宮に戻ろうとされた。 それを僕は少し押し留めて質問をした。
陛下が少し難しい顔をして言葉を途切らせてしまうと、それを見てウィークが発言した。
「カンプ様、それはきっと難しいと思います。
例えカンプ魔道具店でも公爵の領地だからと、旧式の魔道具を作って売ることにしても、公爵はカンプ魔道具店をその領内に置くことは嫌がるでしょう。 現在の西の町と同じことです。
同様にエリス雑貨店を領内に置くことも嫌がるでしょう。 今現在エリス雑貨店はこの王国においては大きな流通組織となっていて、以前に西の町の悪徳業者がエリス雑貨店が取引をしないと宣言した途端に潰れたことからも、その力は圧倒的と認識されています。 そんな組織が自分の領地でも店を持つことを公爵が許す訳がありません」
「しかしウィーク、それでは村の事業はみんな潰れるぞ。
肌水も、木材を使ったボタンや靴べらなどの木工品も、ガラスのボタンも、みんなカンプ魔道具店とエリス雑貨店がなければ、どうにもならないぞ。
ルルドの実の販売も今では全てエリス雑貨店を経由している。
アトラクションは当然閉鎖だから、そこに来る客を一番のターゲットにしている宿屋もダメだし、そもそもベークさんが今更旧式のパン焼き窯を使って商売を続けるだろうか」
アークがそういうと、リズが
「学校はどうなるの?
村の子供たちは、今はみんな文字や計算を覚えて、学校に通ってくるのを楽しみにしているのよ。 私たちがいなくなっても続けてもらわなければ」
「リズ、きっと学校は大丈夫よ。
公爵様だって、子供たちの学校のことは私はきちんと続けてくれると思うわ。
私とカンプが育った東の町だってちゃんと子供の学校はあったし、同様に西の町にもあるのだから、公爵様が学校をないがしろにするとは思えないわ」
陛下がそのエリスの言葉を聞いて、ちょっと苦い顔をした。 僕の領地になる前は、誰も領主になる者がいなくて、王室の直轄地になっていた土地なのだ。 代官を置いてはいたが村に学校もなかったのは陛下の手落ちであったからだ。
「そういうことになると、前に村人に話した時にちょっと出ていた、一緒に移住するという村人が増えるかもしれないな。
肌水や木工の仕事がなくなって、収入が前のように農作業だけになってしまうのは避けたい村人が多いかもしれない」
「ああそうだな。
サラさんは最初から俺たちというかエリスと一緒に移住する気だったけど、村長は迷っていた。 でもこういう状況になれば、村長も移住を考えるかもしれない。
村長が移住を考えたら、追随する者は多いんじゃないか」
僕の言葉にアークがもっと具体的に同意した。
「ちょっと待って、少し先走り過ぎなのかもしれないけど、もし村人が移住するとなったら、それに必要経費は誰が出すの?
移住を決めたのは村人なのだからと、村人自身がそれを負担するの?
もしそうならそれはおかしくない?
本来なら、村人たちは私たちの領民として、これからもそういった仕事を続けて行けて、移住なんて考える必要はなかったのだもの。
貴族の都合で行われることのツケを村人たちが払わなければならないのはおかしいわ」
エリスが、僕たちが気づいていなかった、村人側にたった具体的な問題点を指摘した。
ウィークがちょっと悪い顔をして、エリスの言葉に同意して言った。
「エリス様、全くその通りです。 村人にその経費を負担させるのは間違っています。
かといって、その経費をブレイズ家で負担するのも筋が通りません。
今回の事態を引き起こしたのは公爵ですから、その負担は公爵に負担していただくのが当然のことでしょう」
ここでダイドールが口を出した。
ダイドールをはじめとした、館に居た家臣一同は、陛下がやって来て、話題がブレイズ家全体に関わることになり掛けた時に、ウィークが陛下に断って、部屋に同室していた。
僕たちが置かれている政治的な状況と、現状何をしなければならないかを家臣全員が認識している必要があると考えたからだろう。
「何にしても、公爵様があの地の領主になられた時に、カンプ魔道具店とエリス雑貨店をそのままにしておいて良いかどうかを、どう判断なされるかをお伺いすることを先にしなけけばなりません。 カンプ魔道具店とエリス雑貨店が今のまま存在するならば、今と同じとはならないでしょうが、肌水や木工などの仕事は継続できるかもしれませんから。
それを公爵様が拒むなら、村人が移住を決断する理由を作ったのは公爵様ですから、その経費の負担を公爵様が負うのは当然という話になることでしょう。
それから私とターラントは、公爵様の下級家臣たちとコンタクトをとってみたいと思います」
僕はダイドールがウィークみたいに、貴族としての腹芸みたいな感じのことを言っているのにちょっと驚いた。 そうだった、ダイドールも元はリズの家で、王都での貴族のそういった表面には出ない争いの中で生きていたのだった。
「ダイドール、公爵様の下級家臣たちとコンタクトをとるって、何のために?」
「はい、これから公爵領と領地の交換をするとなると、その具体的な作業は下級家臣たちの仕事になるでしょうから、彼らとの交渉はこれからどんどん増えていくことになります。 まずはその顔つなぎをしておきたいというのが表の理由です」
「ということは裏の理由もあるんだよね?」
「はい、下級家臣たちの方から、公爵様に今までの村人は出来るならコストが掛かっても移住させてしまった方が良いと、進言するように仕向けます。
カンプ魔道具店とエリス雑貨店を領内に置けば、経済的には領地を抑えられているのと同じだし、村人たち元の領民はみんなカンプ様たちに心酔しているので、そのままにしておけば、領内のことは全てカンプ様たちに筒抜けになるのでは、と軽く嘯けば、すぐにその様に行動することでしょう」
ウィークが手を叩いて、そのダイドールの策を称賛した。
「うん、公爵のところにカンプ魔道具店とエリス雑貨店をそのまま置いて良いかどうかを伺いに行くのは、僕とダイドールで向かおう。
なるべく人目を引くようにして向かえば、他の貴族にも知れて、まあ元からの伯爵家には人目をわざわざ引かなくとも知れるのだけど、公爵としては引くに引けなくなる。
それに下級家臣からそういう話を出させるのも良い。 公爵はあれでなかなかケチだからな。 そんな本当は何もないことでも、噂を聞けば、コストを考えて迷うかもしれないことも、逆に積極的に進めることだろう」
うーん、なんていうのかな、二人して何だか策を練るのを楽しんでいる感じになっている。 貴族のそういう暗闘を全く知らない僕は、もう完全に蚊帳の外という感じだ。
アークとリズは、伯爵家の子供だからもちろん解っているみたいだが、僕が関わりたくないという気持ちを強く持っているのを理解しているし、自分たちもそういったことから離れたいという気持ちを持っているので、苦い顔をしている。
「おい、ウィーク、ダイドール。
今回のことは仕方ないけど、あまりカンプを巻き込むなよ。
俺たちはそういった貴族の柵からは距離を置いて、自分たちはただ平穏にのんびりと魔道具を作って、子供育ててという生活をしたいんだ。
せいぜい、俺たちの領民となった者たちに少しは楽な生活をさせてやれたら良いな、と思っているだけで、それ以上じゃないんだ」
ちょっと張り切った感じになっていたウィークとダイドールが、アークの言葉にはっとして、まずダイドールが謝ってきた。
「すみません。
私はカンプ様たちが、他の貴族たちのように栄達や権力を持つことを欲している訳ではないということを理解した上で仕えさせていただいているのですが、今回このような話に巻き込まれることになり、つい以前リズ様のご実家にお世話になっていた時の気持ちに戻ってしまっていました」
「僕は立場的に、陛下と公爵の対立に対しても関わらざる得ないのだけど、カンプ様やアーク兄さんたちをなるべく巻き込まないように気をつけるよ。
と言いたいけど、そうはいかないよなぁ。
何しろ、ブレイズ家はもうすでに公爵一派に対抗する旗頭になっちゃってるからなぁ。
確かに陛下がそういう方向に少し誘導した部分もあるけど、カンプ様やアーク兄さんたちが行ってきたことがみんな、公爵たちにとっては面白くない、いやもっとだな、認め難いことばかりだから、彼らの一番の槍玉になるのは仕方ない」
うーん、ウィークの言葉は謝ろうとしてくれたんだと思うのだけど、そんなこと言われても、僕らには公爵と敵対する意図は何も無かったのだから、何ともしようがない。
「とにかく、私の方からも公爵に、領民に迷惑を掛けたり、領民の不利益になるようなことは厳重に慎む様にという注意は与えておこう。
叔父上も、そこに関しては文句のつけようがない筈だし、ブレイズ家を除いた元からの3伯爵家の目も光っていると思えば、守らない訳にはいかないだろう」
僕たちは、ウィークと共に公爵家との折衝のにあたるために、ダイドールとターラントを王都に残して、領地の村へと戻って行った。
村ではブレイズ家の家臣全員、それに付き添っておじさん夫婦、加えてカンプ魔道具店の新人魔技師、そして御前様までが王都に行ってしまい、村に領主であるブレイズ家に直接関係する人が全く居なくなり、ちょっと不安な感じが漂っていた様だ。
僕たちが村に戻ると早々に王都でのことを聞きに、村長のワイズさんがやって来た。
「カンプ様たち、お変わりはないでしょうか?
王都では何かございましたでしょうか?
みなさん全員が王都に行くなんて、みなさまがこちらにみえてから、今までに無かったことですから、村民一同心配しておりました」
「村長さん、何だがご心配をお掛けしたようで、すみませんでした。
僕たちは全員元気ですから、ご安心ください。
村の人たちも大丈夫でしたか?」
「はい、村人も、これから村がどうなるかを不安には思っていましたが、表面上は変わりなくやっておりました。
それで、王都ではどのような話がなされたのでしょうか?」
「まず僕たちが全員王都に呼ばれたのは、全員が陞爵したり、襲爵したり、家名を名乗ることを許されたりで、襲爵式に参加する必要があったからで、何も心配なことはありませんでした」
僕たちはそこから話を始め、王都でのこと、これからのことを村長さんに全て話した。
村長さんは僕たちの陞爵などに関しては喜んでくれていたが、それから後の、領地を公爵と交換することになったことや、その後に考えられることの話になると、本当にとても深刻な顔つきに変わってしまわれた。
「つまり長くとも一年後には、カンプ様たちはこの地を去らねばならなくなり、公爵様が新たな領主としてこちらに来られるということですね。
そして、その時には、カンプ魔道具店もエリス雑貨店もこの地からなくなると」
「いえ、それはまだ確定はしていません。
ただ、今使っているカンプ魔道具店で扱っている魔道具は全て使えなくなり、以前使っていた魔道具に戻ることになる、ということです」
「どちらにしろ、今と同じという訳にはいきますまい。
今している仕事がどうなるのかが、村長としては気になります。
そこがはっきりして今後のことが決まれば、今まで色々と考えてはいましたが、私は村長を辞して、サラと共にカンプ様たちに付いて、新たな領地にお供させていただきたいと思います。
これはここだけの話として村の者たちには内緒にして置いてください。
村長である私が最初からそう決心していることを知れば、村人がそれぞれにどうするかを判断する時に影響を与えてしまうかも知れないので。
ただ私はそう決心していることを、みなさんにはお伝えしておきます」
村長から村人にこの話を伝えてもらうと、村人の中ではこのままこの地に住み続けるかどうかが話題になった。
この話題が村人の間に出てすぐに、サラさんは移住することを村人に表明すると、村人は当然のようにそれを受け止めた。
また、ベークさんたちも
「当然私たちはカンプくんたちと一緒に移住しますよ。
私たちはカンプくんたちの領地だから、ここに来たのであって、そうでなければ居る必要はないのですから」
と言って、宿屋を閉店して移住すると表明した。
変わったところでは、組合の支部長さんも移住することを表明した。 何でも、ここは新都魔技師冒険者組合となり、西の町の組合長がその組合長になり、支部長さんは西の町の組合長になるのだという。
「カンプくんと同じで交換ですね。
西の町の組合長といっても、組合の建物はとりあえずで、カンプくんたちが今の公爵領に来た時には別に移すつもりですからね。
どうせカンプくんたちは、今、公爵の館がある場所を伯爵邸とする気はなくて、領地の別の場所に町を作って開発をする気でいるのでしょうから、私もそこに本部の建物を移すつもりでいます。 また組合の土地を用意してくださいね」
あと、僕たちが招聘した火の魔技師さんたちも即座に移住の決断を表明したし、早々に移住することを表明する人たちを見て、村民は心が揺れているようだった。
それでも厳しい土地を守ってきた先祖のことなどを考えて、ほとんどの村人が態度を決められないでいるようだった。




