元からの伯爵家
式典が終わったからといって、流石に即座に会場を後にして良い訳がないのは、僕にも分かっている。
先ずは僕の方から、アークの実家であるハイランド伯爵と、リズの実家であるグロウヒル伯爵に挨拶に行かなければならない。
他の貴族たちも、それぞれ挨拶を交わしたり、ちょっとした情報交換の会話をするために、指定されている席から離れ、フロアに降りている。
僕とエリスは一緒に挨拶に行くために、アークとリズが近づいてくるのを、ちょっと待っていると、アークとリズが近づく前に、会場の陛下のいらした場所から一番遠い場所に集合させられていた、ただ家名を名乗ることを許された人の中から、僕ら2人のところに大急ぎでやってきた人物がいた。 フランとリネの後輩の新人魔技師の1人だ。
「カンプ様、すみません。 私もカンプ様たちに同行させていただいても宜しいでしょうか。 私の父と母も、きっと一緒に居ると思いますので」
そう言われて、僕はやっと気がついた。 さっき家名を名乗ることを許されたのだけど、この新人3人のリーダーのような娘の家名は確か。
「えーと、今まで聞き流していたけど、もしかして君はブレディング家の者なの」
「はい、ブレディング伯は私の父です」
僕はちょっと驚いたのだけど、驚いたのは僕だけでなくて、ちょっと遅れてきたアークとリズも同じようだった。
「あなたブレディング家の娘だったの。 それに確かあなたはレベル2よね。
あらためて思うわ、なんでカンプ魔道具店で魔技師になっているのかしらって。
でもまあ、爵位だとか、家名だとかは、カンプ魔道具店やブレイズ家では、この王都にいるときしか関係ないけど」
なんとなくリズが釘を刺している。
「はい、もちろん分かっています。
ただ、今は、父も母もカンプ様たちと実際に対面したことがないので、世話になっている私としては、私から父と母に紹介しないと、一応問題があるかなと」
「まあ、それはそうね」
僕たちはちょっと時間を取られてしまったので、大急ぎで元からの伯爵家の人々の方に近づいた。 何故か三家が集まって話をしているので、僕たちもそこに近づいた。
「ブレイズ伯爵、待っていたぞ」
アークの父であるハイランド伯爵が僕たちに気づくと、すぐにそう言って声をかけてくれた。
「すみません、お待たせしてしまって」
「何、もう同じ爵位なのだ。 そんなに謙る必要はない」
「そうだな、これでやっと元からの四伯爵家がまた揃ったな」
リズの父のグロウヒル伯爵がそんなことを言って笑った。
「お父様、お母様、こちらが私がお世話になっている、カランプル_ブレイズ伯爵とエリス伯爵夫人です。 それからこちらが・・・」
「ああ、そちらの2人は面識があるから紹介の必要はないよ。
ブレイズ伯爵、そして伯爵夫人、私がこの子の父である現ブレディング家の当主だ。
娘が世話になっている」
「はじめまして。 ご紹介に預かり、光栄です。
私自身は先ほど伯爵を拝命しましたが、まだ貴族になりたてで、中身は全く庶民のままの新参者ですので、どうかよろしくお願いいたします」
僕たちは膝を折って、丁寧に挨拶した。
ブレディング伯爵はその僕の言葉にちょっと微笑んだかと思ったら、ハイランド伯爵とグロウヒル伯爵の方に向かって、
「確かに2人の言う通り、貴族らしからぬ謙虚な物言いの男だな、ブレイズ伯は」
と言うと、グロウヒル伯が
「そうだろう。 ブレイズ伯は、家柄もあり、財力もあり、影響力もある。 その上、陛下の覚えもとてもめでたい。 それなのに、普段から、可能なら貴族という立場を隠そうとするし、領地などでは庶民に普通に接する。 今までの貴族の基準で測れば、なんとも貴族らしからぬ男だろう」
「目の敵にされるのも、仕方ないだろう。 彼らから見れば、なんとも困った存在だろうよ」
ハイランド伯もそんな言葉を言った。
「じゃが、していることは誰よりも貴族らしい振る舞いじゃぞ。
お主らは、それが解っているのじゃろうな」
僕らの後ろから大きな声が響いてきた。
「父上、今回はお越しでしたか」
ハイランド伯が、ちょっとまいったなと言う感じの声を出した。
「おう。 普段なら叙爵式などというつまらないモノには顔を出したくないのじゃが、今回はちと面白そうじゃったからな。 一番隅の方で隠れて観ていたわい。
思った通り、なかなか面白い光景が繰り広げられたな」
3人の伯爵はちょっと苦笑していた。
「時に、なんとも情けないことよ。
3人揃っても、そなたたちだけではまとめ上げることができず、結局盟主は久々に現れたブレイズ伯か」
御前様の言葉に、3人の伯爵は嫌な顔をした。
「そこは父上、話題になっている者が旗頭になった方が、特に下の位の者はまとまり易いですから。
ブレイズ伯は我らと同じ名門の家柄なのに、庶民から実力で元の伯爵に返り咲いたという立身の身という二重性を備えている稀有な人材ですから」
「確かに、ブレイズ伯が稀有な人材であることは儂も認めよう。 身近に接して、ブレイズ伯と、ブレイズ家に集う者には驚かされるばかりじゃった。
しかし、お前たち自身が不甲斐ないことは、それとはまた別問題じゃろう」
うん、世代的にも御前様に3伯爵が頭が上がらないのもわかるけど、この調子だと御前様が煙たがれるのも分かる気がする。
御前様がアークに
「領地に戻る時は一緒に戻るから」
と言い捨てて、なんとなく意気揚々と会場を去ってから、僕はあらためてブレディング伯に声をかけた。
「あの娘さんが今回家名を名乗ることを許されるにあたり・・・」
「ああ、ブレイズ伯、解っている。 そなたの家臣として登録された件であろう。
私としては、娘自身の希望なのだから、一向に構わない。
それに我が家としても、ブレイズ伯家と正式な繋がりが持てるのは、悪いことではないからな。 ブレイズ家はハイランド家とグロウヒル家とは太いパイプを持っているからな。 我がブレディング家もそれに劣らぬパイプを持ちたいものじゃ」
うーん、色々とあって、なんて評して良いのか。 家臣として遇するので構わないということで良かったと思おう。
3伯爵たちと離れて、やれやれこれで館に戻れると思ったのだが甘かった。
僕たちが離れた途端、それを待ち構えるように、領地のアトラクションを観に来てくれて、僕たちと面識のある貴族たちや、それに連れられて面識のない貴族たちが次々と僕らに挨拶にやってきた。
僕たちはそれから途中で逃げ出すことも出来ず、長い時間を挨拶を受けることに費やすことになってしまった。
僕は式が終わったら挨拶をしなければいけないという意識はあったのだが、挨拶を受けるという事態は予想していなくて、どうして良いのかとても困った。
アークとリズは、こういう事態も考えられたか、という顔をしていたし、ウィークに至っては当然という顔をしていた。
ウィーク、当然と考えられる事態だったのなら、先に警告しておいてくれよ。
その日は疲れたので、夕食を早めにとり寝てしまった。
しかし、その夕食を王都の館で取ったのだが、今回新しく正式に家臣になった新人魔技師3人にも王都の館に個人の部屋を与えたので、ブレイズ家の家臣となっている者全員が揃って、食事をするという珍しいことになった。
うん、何だか人数がたくさんになったなあ、と思ったのだけど、伯爵としてはとても少ないらしい。
式の後で挨拶に来た人の最後の方は、騎士爵を得た者や、家名を名乗ることを許された者たちで、ほとんどは家臣に取り立てて欲しいという売り込みだった。 みんな丁寧に断らせてもらったけどね。
翌日の朝は、流石にそれぞれに食事は取ることになったようだ。
僕とエリスは食堂ではなく、居間の方に朝食を持ってきてもらった。
僕らが居間に入って、腰を下ろすと、すぐにアークとリズも自分たちの部屋から降りて来て、居間に入って来た。 僕たちが、居間に朝食を運んでもらうことを知ると、2人も「それじゃあ、私たちも」と一緒に朝食を取ることになった。
子供たちは2人とも、僕たちはみな昨日忙しかったから、おじさんとおばさんに預けていて、まだそのまま、おじさんとおばさんの部屋で寝かされていた。
エリスは朝一で、子供を見に行ったのだが、どうやらリズも同様だったらしい。
「昨晩のように、ブレイズ家勢揃いというのも珍しいけど、俺たち4人だけというのも、何だか久しぶりな感じだな」
とアークが言った時に、王都の館のメイドが朝食を持って入って来たのだが、その後ろにウィークが居た。
「なんだかすみませんね、僕も部屋に入って構いませんか?
4人だけが良いなら、少しの時間遠慮しますが」
メイドが押して来たワゴンには、ウィークの食後のコーヒーも用意されていた。
「それにしても、私はブレディング家がこちら側に躊躇いなくついたのが、一体どうしてなのだろうと思っていましたが、その疑問が解けましたよ。
私はまさか以前からブレディング家の娘が、カンプ魔道具店で働いていたとは知りませんでした。 今回の叙爵式で、それを知って、ブレディング家はもうずっと前からこちら側につくことを決めていたのだと知りました」
ウィークはそう言っているが、僕はそれはどうなんだろう、と思った。
彼女は単純にレベル2という貴族としては微妙なところで、冒険者の勉強をする気にはならなくて、どっちかというと最近新しい魔道具が出てきた、魔技師という職業の方が面白いと思ったのではないだろうか。
それで伝手を頼って、その新しい魔道具を出している僕らの店に入って来た。
それに王都から離れるから都合が良いと。
そんな感じだったんじゃないかなと思う。
ダンジョンが発見されたのは、彼女が領地の村で働き出した後だからね。 そんなことは予想できていたはずはないのだから。
それよりも僕はウィークに、
「僕のところに挨拶に来る人がいるなら、先に教えておいてよ」と文句を言った。
「いえ、伯爵ともなれば、そのようなことは普通のことですから、当然予想されているだろうと」
「そんな貴族の常識、カンプが知る訳ないだろ」
「そう思われたのなら、アーク兄さんが注意しておいてくれれば」
「俺だって、そんな貴族の常識、もう半分忘れていたよ。
それに、ブレイズ家の者が全員一つづつ位が上がるということになっていたのに驚いて、そんなことにまで気が回らなかったよ」
こんな話をしていたら、また何の前触れもなく、陛下がやって来た。
「昨日はブレイズ伯爵はあの後も大変だったようだな」
「陛下、わざわざ伯爵呼びで、からかわないでください」
僕が式が終わった後の大変さを思い出して、渋い顔をしてそう言うと、陛下は大笑いをされた。
「それにしても、昨日のことで、敵味方が完全にはっきりとしたな。
カランプル、アウクスティーラ、私は新たなダンジョンについて、方針を転換した。
あえて、公爵がやりたいと思っていることをさせることにした。
公爵は新しいダンジョンを基にして、あの地でこの王都に対抗する町を作り、私に対抗しようという腹づもりだ。
中堅貴族の多くは公爵に従っているので、町が形作られていくと、どんどん自分の勢力が大きくなっていくと踏んでいるのだろう」
陛下はとても真剣だけど、ちょっと悪い顔をして現状の説明を僕たちにしてくれた。
「公爵は自分の思い通りにいっていると思っているだろうが、私からしてみれば、ああして公爵の味方となる、私とは考え方の違う、古い価値観に引きずられている者を集めて、私から遠ざけてくれることは大歓迎だ。
公爵は今までと同じやり方を良しとして、新しいことを認めない。
カンプ魔道具店で売っている商品は、公爵には認められないモノなのだ。
逆に私にしてみれば、うるさい反対派の公爵があの地に、その考えに同調する者と共に去ってくれれば、自分の思い通りに改革を進められる。
確かに、現状の資金力は中堅貴族の多くを引き入れた公爵の方が上だろう。
しかし、旧来の方式の魔道具しか使えない公爵とそのシンパたちが進める開発と、新式の魔道具を使って開発を進める我らとでは、開発の速度は大きく違って、すぐに我らの方が裕福になっていくだろう。
という訳でカランプル、一年後にお前たちと公爵の領地の交換が終わり、公爵たちがこの地を立ち去ったら、水の魔道具も新式の魔道具を解禁して、農地の開発などを進めるぞ。
そのように心得ておくように。 それから今の領地に新式の魔道具は一切残すな。
公爵の方でも、新式の魔道具は残されたくないだろうしな」




