領地交換
家名を名乗るのを許可する儀式が終わり、典礼官が叙爵式の終わりを告げる。 例年なら、いや多くの年はこれで集まった貴族たちは、立ち去るまでの短い間、互いに挨拶を交わしたりという儀礼だか、色々な駆け引きだか、僕にはよく解らない短くも濃密な時を過ごして王宮を離れていく。
だが、今回はそのまま誰もその場から離れようとはしなかった。 それは貴族に限らず陛下御自身もであった。 その陛下が口を開く。
「さて、今回は珍しくはあるが、叙爵式に続き重要な話がある。 皆の者、心して聴き、忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
陛下はここで一度言葉を切った。 集まった者は、息を潜めて陛下の続く言葉を待った。
「話を始めよう。 皆の者も既に聞き及んでいることであろう。 最近、新たなダンジョンが発見された。
新たなダンジョンが発見されるのは、ほぼ建国の時期まで遡る。 正確には196年ぶりの出来事だ。 発見されたのはブレイズ伯爵の領地であることまでは、皆承知のことであろう。 先の叙爵では、その褒美を朕はブレイズ家に与えた。
それだけの意味がダンジョンの発見にあることは、皆の論は待たないであろう」
先ほど終わった叙爵式では、僕を始めとしたブレイズ家の面々の陞爵や叙爵には理由が述べられなかった。 理由が述べられなかった者は皆、ガラスのボタンが煌びやかな衣装を着ていたので、誰もがそれだけでブレイズ家の者だと即座に判ったのだ。
「それでも朕は、敢えてブレイズ家の功績を皆に話そう。 さすれば一層のこと、今回の叙勲に値した意味に、そなたたちも思いが至ると思うからである。
今回ダンジョンが発見されたブレイズ伯爵の領地は、言えば建国以来ほとんど顧みられることのなかった土地である。 古の先人が、砂漠の中にほんの小さな段差を見つけ、それにより少し風が弱くなる土地を見つけ、開発できるかと思って本当に小さな村ができたのだが、王都との距離の遠さがどうにも克服できず、ずっと発展しないできた。
過去何人かの貴族がその広大な領地を受領し、開発を試みたが失敗し、領地を返上したので、その地は多くの時が王家の直轄地ということになり代官が置かれるだけの地となっていた。 そしてその地の代官は、左遷の地と言われている始末だった。
今回発見されたダンジョンが元から有ったモノなのか、それとも新たに発生したモノなのか、それは誰にも分からない。 しかし、分かっていることもある。 それはブレイズ伯爵が、今まで誰も開発に成功しなかった、見捨てられていたような地の開発に成功し、あの地の1番の問題であった、風による砂の移動を抑えたことが、今回の発見に繋がった事である。 そしてその開発は、ブレイズ伯爵はもちろんのことであるが、その家臣たちなどの多大な努力が実を結んだ結果である。 朕はブレイズ伯爵が代表して、その功績の褒美を受けるだけでは、今回の功績には到底報えないと考え、ブレイズ家の家臣にも褒美を与えることにしたのだ」
ブレイズ家というよりは、カランプルたちに反感を持っていた貴族たちは、その総意でもって、最も王都から遠ざけることが出来て、最も過酷で得られるもののない領地として、ブレイズ家の領地を今の場所にする画策を以前にしたのだ。 それが今となって、全く逆の結果を生むことになってしまったのだが、自分たちが画策した結果であるので、陛下の言葉に意を唱えることが出来ないでいるらしい、ウィークの解説によると。
「ダンジョンが発見されたことは広く公表され、その詳細もつい最近公表された。 ダンジョンに関して、それ以上の情報はないし、また十分であろう。
問題はそのダンジョンをこれからどうしていくかである」
陛下はここでまた間を取られた。
居並ぶ貴族たちは、これからがこの場の本題なのだと、少し緊張した面持ちで次の陛下の言葉を待っている。
「皆も知ってのとおり、我が王国は、国としての重要拠点は国王の直轄地となっている。
ダンジョンのある北の町に東の町。 港のある南の町。 重要拠点と言って良いのか迷うところではあるが、西の町も直轄地となっている。
しかし、今回ダンジョンが発見されたのは、ブレイズ伯爵家の領地内である。 王国の慣例に従うなら、今回発見されたダンジョンのある場所も、国王の直轄地としなければならない」
貴族たちは「当然のことである」という顔をしている。 慣例だから、というのもあるが、きっとブレイズ伯爵家だけにダンジョンがあるという恩恵を渡してなるものかという気持ちもあるのだろう。
「発見されたダンジョンの場所が、ブレイズ伯爵が開発した土地から離れた場所であるならば、問題ではなかった。 ブレイズ伯爵家の領地で発見されたといっても、皆の知るとおりブレイズ伯爵家の領地は砂漠ばかりで何もないが広大な土地であるからな。
だが残念なことに、ダンジョンが発見された場所はブレイズ伯爵家で開発した土地の中である。 これではダンジョンの周りだけをブレイズ伯爵家から直轄地とすることが出来ない。
そこで朕は、ダンジョンの所有のみ王家として、その周りの運営はそのままブレイズ伯爵家に任せようかと考えた。 ブレイズ伯爵家の王家に対する忠誠は疑う必要もないし、今現在上手くいっている領地の経営を乱す必要もないからな。 これが最も現実的な対応であろうと思われる」
集まった貴族の中から、ヒソヒソと不満の声が聞こえてくる。
「ダンジョンが王家の所有となっても、その周りがブレイズ伯爵家の領地となれば、その恩恵のほとんどはブレイズ伯爵家のモノとなるのではないか」
「今までの慣例を陛下はどのように考えられているのか。 故あっての慣例ではないのか」
「朕が、慣例とは異なる対応を取ろうかと考えたのには、もちろん理由がある。
先ほどの叙爵に関して話した時にも言及したが、今回のダンジョンの発見は、ブレイズ伯爵家の領地開発に寄るところが大きい。
もし、王家が慣例に従いダンジョンの周りを単純に王家の直轄地としてしまった場合、王家はダンジョンを得るだけでなく、建国以来誰も成功することがなかった、あの地の開発に成功したブレイズ伯爵家の功績を横取りすることになるからだ。
皆の者は、ダンジョンの発見ばかりに目が行っているが、あの地で領地開発に成功したことは、とても大きな功績なのは少し考えてみれば理解できるであろう。 それが開発に成功したら、その成果を王家が即座に『それを寄越せ』と取り上げたとしたら、その悪しき記録はどれ程の意味を持つであろうか。
そなたたちは、何か大きな成功をしたら、それを即座に王家に取り上げられるかもしれないと思いながら、王家に忠誠を尽くし、領地の経営に励むことが出来るか? 口で『国の貴族として当然のことでございます』と答えることは簡単であろう。 しかし、それを朕が簡単に信じられるかどうかは別問題である」
場は静まりかえってしまった。
陛下の安易な追従は許さないという気迫に、先ほど不満を口にしていた貴族たちも、何も言葉を発せられなかったのだ。
陛下は貴族たちを視線で睨め回すようにした後で、最後に公爵を見て、少し頷いた。
公爵は沈黙を破るのに一つ咳をしてから話し始めた。
「私には陛下の苦境がすぐに理解出来た。
国にとって重要な場所は王家の直轄地とするという伝統にそのまま従えば、それは臣下の功績を横取りすることになる。 また、逆にダンジョンを臣下の領地にあることを許せば、それは今までのこの国の慣例を破ることになる。
それにまあ、諸君らがブレイズ伯爵に対する優遇であると不平をこぼす気持ちも、解らない訳ではない」
公爵がそう言って、ニヤリと笑うと、貴族たちの中からも苦笑の音が聞こえた。
「そこで私は陛下に一つ提案をした。
『陛下がブレイズ伯爵の領地を取り上げることに問題を感じるのは、その今まで不可能と思われていた領地の開発に成功した功績に値するような、他の領地を用意出来ないからでしょう。 つまり、ブレイズ伯に対して、取り上げる領地よりもより価値の高い領地を用意出来れば、そこにブレイズ伯に移ってもらうことに問題はなくなる訳です。』と。
その私の言葉に対して陛下は
『確かにその通りである。 しかし公爵よ、ブレイズ伯爵に今与えている領地は開発が始まったばかりとはいえ広大で、その土地は現在の成功をみれば、全て開発を待っている有望な土地であろう。 それに比して、なお価値の高い土地を我が国の他のどこに用意することが出来るだろうか?』と答えられた。
確かに普通に考えるならば、陛下のおっしゃる通りだ。 どこにそのような土地を求めることが出来ようか」
公爵は次に自分が語る言葉に劇的な雰囲気を纏わらそうというのだろうか、話の間というには少し長すぎる間をとって次の言葉を語った。
「しかし私は、そのことに対して、どうすれば良いかの秘策があった。
『陛下、私はそのような土地に心当たりがございます。
我が公爵領と、ブレイズ伯爵領とを交換すれば良いのです。
私は公爵へと降りましたが、元王族。 ダンジョンを王家のモノとしてもその管理をしなければなりません。 王家が直接管理するには今回のダンジョンの地は、ちょっと距離が離れ過ぎていて、有力な者を陛下の名代、代官として置いてその地の支配をしなければなりません。 それならば、その周りの地は公爵領として、元王族の私の領地とすれば、間接的ではありますが、今までの慣例を破ることにはなりますまい。
それにブレイズ伯爵としても、確かに広さでは元の領地の方が勝りますが、西の町を過ぎたところからほぼ全ての我が国の土地である公爵領で、まだ不足だと言うことはないでしょう』と。
陛下は、この私の提案を御熟考の後、
『公爵の提案は、妙案であると認めよう。 そのように計らおう』
との言葉を私に下さった」
貴族たちの中からは歓声が上がった。
「なんという素晴らしい提案でしょうか」
「御自分の開発されてきた領地を国の為に、躊躇いもなく差し出されるとは、流石に公爵でございます」
たぶん公爵の取り巻きの貴族であろうか、そんな声も聞こえる。
だが、僕とエリスが座る新たな席の最上位の場所に座る、古くからの家柄の貴族たちは静まり返っている。 公爵や公爵を称える振る舞いをする貴族たちを冷ややかに見ているようだ。
公爵は、さらに続けた。
「もう一つ、私はここに宣言しようと思う。
今後一年を掛けて、我が領地と伯爵の領地は交換されることになる。
そうして私がかのダンジョンの地に行った時にはその地を大きく発展させ、王都と並ぶ地として、そう公都とでも名付けよう。 我が国の新たな発展の地とすることを誓おう。
この王都周辺は、建国以来200年あまり、あまり変わらずに時を過ごしてきた。 これからは公都が我が国の発展を担うのだ。
その発展に尽くしたい者は、私についてきて欲しい。 陛下より託されたわが領地は広大だ。 より多くの勇気ある人手が必要なことであろう。
私は勇気ある者を望むのだ」
さっきよりも大きな歓声が貴族の中から起こった。
その歓声の中を、公爵はもうこの場は終わったと、ゆっくりと会場の中を歩いて、立ち去って行った。
その公爵の後に、その取り巻きであろうか、多くの中堅貴族たちが続いて会場を出て行った。 その数は貴族の半分とまではいかないが、優に1/3を超えていた。
公爵たちが立ち去って、会場はまた静寂が戻った。
まだ公式にこの場の終了が告げられていないのに、勝手に立ち去って良いのだろうかと僕は思ったのだが、陛下は苦笑しているし、伯爵席の最上位に座る人たちをチラッと見ると怒りの表情や、苦々しい表情をされていた。 やはり、まだ勝手に立ち去って良い時ではなかったのであろう。
典礼官が慌てたように宣言した。
「今回の式典は以上を持って終了といたします」




