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陞爵

 叙爵式の時期が来た。

 国の政治に疎く、関わりたくないと思っている僕であっても、今回の叙爵式は荒れるだろうなと分かっている。

 僕はもう伯爵に陞爵するということが分かっているので、その陞爵の儀式に出るためだけに、会場にギリギリに到着して、すぐに退場して面倒をなるべく避けられれば、と思ったりしたのだけど、それも無理だろうなあ。


 普段の叙爵式は、本当にその式だけで終わるのだが、本来は建前上、叙爵式には全ての貴族が集まるので、国の重要な政策に関しては、その時発表され、討議も受け付ける事になっているのだ。

 そういう事に決まってはいるが、実際のところ小さく変化の少ないこの国では、叙爵式の後にそのような場が設けられる事は滅多にない。 数年、いや10年単位で1度くらいの感じだという。 ちなみに前回設けられたのは、今の陛下が即位された、つまり代が変わった時との事で、今の陛下としては2度目のこととなる訳だ。


 「何も叙爵式と一緒にそんなことしなくても良いのになぁ」

 そんな場に心底出たくない僕がそうぼやくとアークが、

 「そうもいかないだろう。 それは貴族としての義務だ」

 と言う。

 「でもさ、ほとんどの貴族は普段から王都にいるのだろ。 それならわざわざ叙爵式と一緒にそんなことしないで、他の時に十分に時間をとって決めてしまえば良いじゃないか」

 「それはそうで、事実、叙爵式の後の場は、もう決められたことを発表するセレモニー的な意味合いが強い。 でも貴族は、今でこそ領地には代官を置くだけの者がほとんどだけど、本来は領地に滞在してその地の発展を努力するのが正しい姿なんだ。

  それに今回に関しては、一方の当事者の有力貴族がその場にいなくては、意味がないだろう」

 「うわぁ〜、嫌だな。 だってその一方の当事者っていうのは僕らのことだろ。 有力貴族であるかは別にして」

 「ま、そういうことだな。 有力貴族というのは、広く世間に知られていて、他の貴族との顔も広く、名門の家でもあるブレイズ家というのは、俺たちがどう思っているかは別にして、周りから見れば十分にそう見えるということさ。

  公爵が目の敵にしたくなるくらいにはね」

 「アーク、何を人ごとのように言っているんだよ。 お前もその当事者の1人だろ」

 「まあ、そうだけど、お前ほどじゃないさ」


 僕とアークはそんな意味のないやりとりをしていたのだが、いざ王宮からの書状が届いた時には、ちょっとびっくりした。

 今回の叙爵式には、僕たちだけでなく、ダイドール以下のブレイズ家の家臣扱いとなっている者、それに加えてフランとリネの後輩の魔技師3人組まで召集されているのだ。


 「前にフランやリネも招集された時も驚いたけど、まさか今回も同じようなパターンなのかな。 でもいくらなんでもそれでは規模が大きすぎて、絶対に公爵から文句が出るぞ」

 アークがそういうと、リズが

 「いくら何でもそれはないわね。 何かしらの別の意図があるんでしょうね。

  私には見当が付かないけど」

 と、何だか怖いことを言った。


 ま、とはいえ、これだけの大人数で行く事は想定していなかったので、僕たちが王都に行っている間の村での諸々の手配、それと移動のための馬車の用意にちょっと焦った。

 エリスの店はサラさんが居れば回るのだけど、その他はどうにもならない。

 おじさん、おばさんも儀式などの間の子供の世話をするために同行する事になったし、御前様も今回は王都に向かうとのことだ。

 一番残念なのは学校だ。 学校は、流石にこれだけ抜けてしまうと、教える者の手配が出来ないので、僕らが王都に行っている間は休校という事になってしまった。




 王都は、何となくザワついた雰囲気が漂っていた。

 フランとリネの後輩魔技師3人は久々の王都ということで初日は実家に戻り、他の面々は当然、それぞれの部屋がある子爵邸だ。

 王都の館では待ち構えていたように、ウィークが現状の説明を僕たちに対してしてくれた。

 まあ、その説明に関しては追々色々なことがあるが、ウィークの説明によって、僕たちは大急ぎでしなければならないことができた。

 何と呼ばれた全員が叙爵式に参加する事になっていたのだ。

 僕とエリス、アークにリズ、それにウィークだけではなく、呼ばれた全員だ。

 つまり全員が陞爵、または叙爵される事になっているというのだ。


 急がねばならないのは、服を整える事だ。

 僕は伯爵に陞爵することが分かっていたので、例の服飾店に僕とエリスの新たな衣装は注文してある。

 アークとリズも新たな衣装を、特にリズは子供を産んで少し体型が変わったかもしれないと、最初から新たな衣装を作る事にしていた。 ただし、それも男爵としての服だ。

 他は、全く、今回は衣装に関しては考えていなかった。


 「フラン、リネ、あの3人の家にはすぐに伝言を届けられるか?

  それぞれの実家を知っているか?」

 「大丈夫です。 彼女たちが実家にいる時にも文のやりとりをしたことがありますから、分かっています」

 「それじゃあ、明日の朝早くに、悪いけどここに来るように大急ぎで伝えてくれ。

  あ、服屋の方に来てくれるのでも良いけど」

 「いえ、服屋にというのは戸惑うと思います。 ここに来るようにすぐに伝えます」

 「うん、それじゃあ、その手配を頼む」


 僕の言葉にフランがテキパキと答えてくれた。

 「私たち、こっちに来て良かったね。 私も実家の方に行こうかと、ちょっと思ったんだけど」

 「本当だね。 でもとにかく早くカンプさんに頼まれたことを済ましましょう」


 翌日、服飾店に行くと、すでに僕たち、以前にも服をこの店で作っている者の分の、今回の儀式のための服は、ほとんど出来上がっていた。 ウィークから連絡が入っていたからだろう。

 僕とアークは最近顔を見せたばかりだから、もう完全に出来上がっていた。 エリス、リズの服は大凡できているが、体型が変化している可能性があるので、それを考慮して本縫いがされていない状態だった。

 ダイドール、ターラント、それにフランとリネも僕らが王都に来れなかったから、王都に来る機会が増えていたので問題ない。

 ラーラとペーターさんは、ペーターさんはともかくラーラはエリスたちと同じ状況。

 1番の問題は新人魔技師の3人組で、この3人は採寸から始める訳で、本当に大急ぎの作業となってしまう。 まあ、最もシンプルな格好であるのが救いかもしれない。


 「それにしても、ブレイズ家の方々がこう揃って叙爵式に参加するというのは、壮観でございますね」

 店長さんに、そう言われてしまった。

 「本当にすみません、無理をさせてしまって」

 「いえいえ、私の店としては、物凄い宣伝効果ですから、お気になさらないでください。 きっと、服を見られただけで、『おっ、あの者もブレイズ家の者か』と他の貴族方に判るように仕上げてみせますから」

 うん、店長さんは店長さんなりに、今回の式典での野望を持っているようだ。


 僕は店長さんのそんな言葉を聞いて、一つ重要な事柄を忘れていた事に気がついた。

 僕は子爵邸に戻ると、新人3人を呼んで話をした。

 「今回の叙爵式で、君たち3人も家名を名乗れるようになることが決まった事は聞いているね」

 「はい、もちろんです。 そのために式典に出るための服を作っていただいたのですから」

 いつも僕と話す時に代表して話をする女性魔技師が、いつものように3人を代表して僕に答えた。

 「うん、それでなんだけど、正式に家名を名乗る事になると、このままだと3人とも僕の、というかブレイズ家の家臣として登録されてしまうんだ。

  君たちはブレイズ家の家臣としてあの村に来た訳ではなくて、カンプ魔道具店の店員として来た訳だから、もしブレイズ家の家臣となるのが嫌ならば、申請すれば実家の寄子としての登録もできるはずだ。

  どちらにするか大急ぎで考えてくれるかな、実家の寄子とするには大急ぎで書類を作らないといけないから」


 3人は少しお互いに顔を見合わせていたが、まず代表の1人が言った。

 「私は、このままブレイズ家の家臣にしていただければ嬉しいです」

 後の2人もそれに続いた。

 「「私もそれでお願いします」」

 「あ、そうだ言い忘れてたけど、ブレイズ家の家臣の待遇って、他の家と違って全然貴族らしくないよ。 そもそも魔道具店と雑貨屋の給与体系そのままが、家臣の待遇になっているから、庶民基準なんだよ。 それもあるから、もう一度良く考えてみて」

 代表の娘でない娘が答えた。

 「それでも、フランさんもリネさんも、あ、最近は私たちも周りの人たちと同じ様に2人のことをそう呼ぶ様になったんです、2人とも待遇のことなんて全く話に出ません。

  私も今現在のカンプ魔道具店の待遇で何も問題を感じていませんから、このままで十分です。 それに服までこうやって作っていただけているのですから。 作っていただいた服飾店が私でも知っている王都最高級店で、そこの店長さんが直々に出て来てくれたのには驚いてしまいました」

 「あ、そうだ、服に関しては、家臣となることにしたら、家臣としての仕事もしてもらうから、もう何着か作る事になるからね。 式典の後で、またここに来て、自分の好きなデザインとかを選んでね。 少なくともエリスかリズのどっちかは一緒に来る様にするから大丈夫だよ」

 僕がもっと服を作ると言ったら、「どうしよう」という顔をまだ話してない1人がしていたから、僕は安心させるためにエリスかリズが一緒するから、と言った。

 「はい、ありがとうございます。

  えーと、それだけで、すごい高待遇だと私は思います。 少なくとも私の家では、あのお店の服を何着も見せたら、きっと家族は目を回しちゃいます」


 いや、だって、この王都の屋敷に出入りすると、不意に陛下や王妃様、王女様なんかも現れたりしちゃうから、家臣にはある程度きちんとした服を着せる必要があるんだよ。

 それに、今更王都の他の服飾店で服を作る訳にはいかないし、実は原価で作ってくれているから、そんなに高価になっている訳でもないんだよな。 ま、服飾店とは持ちつ持たれつの関係になっている。



 叙爵式、僕は考えてみたら叙爵される対象として式に参加するのは初めてだ。 自分が子爵に叙爵されたのは突発的で、少人数で行われたからだ。 あとは子爵の決められた席に座って式典を見ているだけだった。

 今回僕は、エリスと共に陛下の前に膝まづいた。

 「カランプル_ブレイズ、そなたを伯爵に陞爵する」

 「はっ、ありがたき幸せ」

 僕とエリスが恭しく頭を下げると頭の上で杖が振られたのが分かった。 これで僕は伯爵で、エリスは伯爵夫人だ。 

 2人揃って陛下の前に出るという事は意味があるのだという。 揃って出たという事は、エリス1人であっても伯爵待遇を受けるという事、つまり、エリスも伯爵の位を持っていると解釈されるのだという。 僕にはあまり違いが解らないのだけど。

 同様に、アークとリズは2人で陛下の前に出て、子爵に陞爵し、ウィークは男爵になった。

 ラーラ、ダイドール、ターラントもそれぞれ陞爵し騎士爵から准男爵になった。 今回ラーラの陞爵には、ペーターさんもラーラと共に陛下の前に出た。 これでペーターさんも准男爵の位を持っている准男爵配ということになり、完全に貴族の仲間入りだ。 ペーターさんは見ていて心配になる程、緊張でギクシャクしていたが、何とか失敗をせずに儀式を終えた。 何だかこっちまで、手に汗かいちゃったよ。

 そして、フランとリネは騎士爵になり、後輩3人は家名を名乗れる様になった。


 僕たちが式に臨んだ服は、今回は男性の服にも一番目立つ位置のボタンはガラスの煌びやかなボタンが使われていた。 そして女性の衣装はもちろんボタンは全てガラスのボタンで、飾りボタンもふんだんに使われている。

 そして今回のために、服飾店ではガラスのボタンは自分の店だけで使う事にして、他には流さなかったらしい。

 それだから、僕たちとアークたちはともかくとして、他の家臣たちも名前を知られていなくとも、その場にいるだけでブレイズ家の者だと周りの注目を浴びていた。

 店長さんが話していたのは、なる程こういう事だったんだ。 確かに宣伝にはなるかもしれない。

 まあ、単純に家名を名乗ることを許される中に居た3人なのだが、そのために注目を集めていて、訳が解らずにあたふたしていて、ちょっと可哀想だったけどね。


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