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セキレイの進む道

作者: アキ

 人は矛盾を抱えて生きている。そんなことは分かっている。それでも私は矛盾は嫌い。矛盾を抱えて生きることなんてしたくない。しないようにして生きてきたはずなのに…


 ピコーン。携帯が鳴る。

 『やっほー。今何してる?』

「はあ…」

 こんなこと言えるわけない。送信する

 『何もしてなよー』

 『そっか。俺はゲーム』

 そう。もう少しつっこんでくれても良いのに。だって私は今リョウ,貴方のことを考えていたのだから。この感情,このやり取りはもう何度目だろうか。

 『明日で終わりかー』

  『そうですね。もう少し頑張らないとね』

  『マジで怠い』

 なんてことない日常会話。小さな箱の小さな画面の上の文字のやりとり。本当なら話したい。貴方の声がききたいな。でも私には「電話しよ?」と言うだけの勇気はない。リョウ,電話しようよ。私,待ってるよ。

  『電話するか?』

  『良いですよ』

 嬉しくて,嬉しくて,でもそれを知られたくなくてわざと素っ気ない調子で返す。

  愚痴や他愛のない話で盛り上がる。貴方になら何でも話せる。そんな気がする。でも貴方には隠したい,貴方にだけは知られたくないおもいもある。矛盾が嫌いな私も矛盾を抱えてしまっている。かつての私ではありえない。リョウ,貴方は知らない。貴方が私を変えてしまったことを。貴方は覚えているだろうか。いや,覚えていてほしくないような気もするのだがあの日のことを。

「フフッ」

 思わず笑い声が出る。

「どした?」

「何でもありませんわ。気にしないでください」

 本当は気にしてほしいけど。


 『おはよ。今日で最後やな。頑張ろ』

 『おはようございますリョウ先輩。ありがとう。お互い頑張りましょ』

 いつのまにか寝てしまっていたらしい。気が付けば電話は切れていて朝になっていた。

 いつもの時間,いつもの道を通り駅へ向かう。リョウ,貴方は自転車通学。学校も違えば家を出る時間も違う。一時間も私の方が早い。逆なら私はリョウに合わせるのに。駅までの道,あるはずのないリョウの影をついつい探してしまう。目の前を歩くセキレイにきいてみる。私とリョウ,二人の進む道は,恋はどこに進むのだ。どうするのが正解なのか,と。セキレイは私の方を全く見ずただただ進む。今はただ駅への道を何も考えずに歩けというように。以前にもこんなことがあったような。


 いるはずのないリョウを待とうとしている。ほんの三ヶ月ほど前まで毎日一緒に帰っていたリョウはもう卒業し私は中学二年生。別に約束していたわけではない。ただ同じ部活の先輩だから一緒に帰っていた。リョウを含む三年生が引退してからもリョウは私を見つけ,一緒に帰った。いつのまにか私達二人は少し待って一緒に帰るのが日常となっていた。

 たった一人で歩く道。貴方と何度も歩いた道なのに全く違って見える。この道でふざけ合っていた頃が遠い過去のような昨日のことだったような,何か変な感じがする。あんなに短かったこの別れ道までがとてつもなく長い。またいるはずのないリョウの影を探している。リョウとはいつもここで「また明日」と別れていた。リョウが左の道に進みかけたらそれまで少し離れたところを歩いていたトモキ先輩とハルト先輩が合流する。毎回「二人は仲良いな」とからかいながら。

 横にリョウではなくセキレイがいる。ねえセキレイ。この寂しさは何なの?今まで感じたことのないこの気持ち。これが恋なの」?教えてよ。

 そんな私の問いには答えずにセキレイは左の道へと歩いて行ってしまった。たった一人右の道へと進む。いるはずのないリョウの影を探しながら。


 そんなこともあったよな。不思議とリョウの影を探しているのにリョウの顔はおもい出せない。勉強しているリョウを斜め後ろから見た,リョウが一番かっこよく見えるあの姿しか。あの時も今でさえも。その姿を初めて見たのは,そのことに気が付いたのはいつだったかな。


 リョウ,貴方は三年生の中で一番真面目そうで一番近寄り難い雰囲気だった。でも頭は良さそうだからいつか勉強を教えてもらいたいな,志望高校はどこだろうな,と常に気にしていた。そんな思いはあったが夏休み頃まで私はトモキ先輩と仲良くしていた。いや,私はその時部内唯一の女子だからトモキ先輩が気を遣っていてくれただけかもしれない。

 リョウと仲良くなったのは貴方達の引退式の日がきっかけだったよね。忘れない。九月三十日。トモキ先輩は一番人気であまり話せなかった。ハルト先輩は号泣していたのであまり近づかずにそっとしておくべきだと思った。だから私はリョウに話しかけた。そこから二人で盛り上がりその日初めて二人だけで帰った。それまではトモキ先輩やハルト先輩も一緒に三人や四人で帰っていたから。

 それから私とリョウは二人で帰ることが多くなっていったよね。自然と少し待つようになっていてよね。この頃にはもうリョウに恋していたのかもね。

 時間というのは徒でせっかく仲良くなって,どんなに離れたくなくてもその時が来てしまった。そう,リョウの卒業。「悲しいけど悲しくない。最初から分かっていたことだし,リョウなんていなくても…いや,ちょっと寂しいかな。いやそんなこと…ない」こんなおもいが初めてで,こんなおもいを自分が抱えているなんて認めたくなくて,でも事実でこんな自分が許せなくて苦しかった。

 リョウが卒業し,二年生になっても変わらない。いや,リョウへのおもいはどんどん強くなっていた。「リョウは卒業した。偏差値は私の方が上だし,リョウと同じ高校に行くなんてありえない。リョウとはもう二度と人生が交わるはずがない」頭ではそう分かっていた。リョウとは二度と交わることはないとそれでも私は気が付けばいつもリョウのことを考えていた。卒業式の時に渡した私の携帯電話。リョウは覚えているかな,連絡してくれないかな。何故か期待していた。

 たった一人で帰っているとリョウと話していたことをいろいろと思い出す。トモキ先輩とハルト先輩がリョウにからかうように

「足立さんのこと好きなん」

 ときく。リョウは

「好きやで友達としてな」

 と答える。私はリョウの「好きやで」に少しドキドキしていた。嬉しかった。

「ユカからも何か言えよ」

 ―ユカ,私のことをそう呼ぶのはリョウだけ。それも嬉しかった。

「ユカ,笑ってないで何か言えよ」

「私も好きですよ。リョウ先輩のこと」

 先輩として,友達として。当たり前の日々,変わって気付く。あのドキドキの正体を。あの会話の大切さを。そして何より私のリョウに対する本当のおもい,恋心を。リョウ,好きだよ。また会いたいよ。でもそんなおもいは認められないな。

 認めたいけど認められない。私の嫌いな矛盾を抱えてしまっている。そんな自分が許さなくて苦しい。でもリョウへのおもいは日を経るごとに強くなっていく。

 ピコーン。滅多に鳴らない私の携帯が鳴った。

 『元気にしてる?谷口亮です。またいろいろ話そうな』

 リョウだ。なんで連絡してきたのかな。

 『足立結香です。先輩も元気そうで良かったです。いろいろと話聞かせてくださいね』

 嬉しくて,嬉しくて,でもその気持ちを認めたくなくて,わざとそっけない文,受信から二時間ほど空けて送信した。リョウの卒業後初めての会話。梅雨独特のどんよりとした空から少し明かりが差した。そこへセキレイが飛んだ。私達の長いリョウ片おもいが,このおもいがまた動き出した。セキレイ,やっぱりこれが恋なんだね。私はリョウに恋していたのだね。セキレイはそうだ,と言わんばかりに光の円の中を走っていた。リョウはどうおもっているのかな。知りたいような知りたくないような複雑な感情が混ざり合う。セキレイよ,教えてはくれまいか。


 嬉しかったよなあ。あの時は。あの日からなんてことない話を毎晩しているんだね。あの時私がリョウに携帯電話を渡さなかったら,リョウが連絡をくれなかったら…。いや,あの時渡したから,リョウが連絡をくれたから今があるんだ。今考えれば何のふしぎもない。だって私達は十二月には両片おもいだったのだから。そのことを知ったのは一年後,三年生の五月だが。


「次はK駅~K駅~お出口は右側です」

 K駅に着いた。またあるはずのないリョウの影を探しながら学校へ向かう。リョウもそろそろ家を出る時間。気を付けてね,リョウ。

 授業中もふとした瞬間にリョウが脳裏をかすめる。今はリョウのことを考えている場合じゃないと分かっている。でも考えたい。でも,でも…。分かっている。今は勉強。

 昼休み。弁当は五分ほどで食べ終え勉強をする。中学ではいつも昼休みは図書室に行っていた。しかし今ではほどんど教室で過ごす。図書室まで少し遠い,勉強が大変なども理由の一つではあるが一番はもう私にそうする必要がないからだ。


「…さん。足立さん。足立さん」

 名を呼ばれた気がして頭を上げる。

「わあ。びっくりした。どうも」

 気が付かなかったがすぐ横にリョウとトモキ先輩がいた。

「足立さん図書室来るねんな」

「ええ。まあ。本は好きなので」

 そんな話をトモキ先輩と少しした。私は本が好きなので週三日くらいは図書室に来ていた。夏を過ぎた頃からは毎日来るようになった。それは本を読むためだけでなく先輩方に会うために。リョウと話すために。

 これは後できいた話だがリョウはその時までほとんど図書室を利用したことがなかったらしい。偶然を装って私と会おうとしていただけらしい。

 リョウが卒業してからの二年間は毎日図書室へ行く必要はなくなったが一年間ほとんどいなかった教室に私の居場所はなく,ずっと図書室にいた。時々そこでリョウのことをおもっていたりもした。本の表紙に描かれたセキレイが物言いたげに私を見ていた。

 おかげで中学三年間でかなりたくさんの本を読んだよ。


 下校中,やはりあるはずのないリョウの影を探してしまう。鳴ってもいない形態をつい気にしてしまう。今でもリョウト私は両片おもいなのかもしれないな。リョウ,貴方はどうおもうかな。貴方ならなんと言うかな。

 前の席に座っている二人が手をつないでいる。リョウ,覚えているかな,あの時を。


「なあ,ユカ」

 いつも通り二人で帰っている。吐く息が白く緑と黒の手袋とマフラーをリョウがしていた一月の中旬だったと思う。周りにきこえないように少し低い小さな声でこう言った。

「腕組んでくれって言ったら嫌か?」

 と。

「これで良い…ですか」

 リョウと目線を合わせず腕を組む。

「ありがと」

 リョウは気にするなといったが気になって横目で後ろを見ると動揺した表情をしたトモキ先輩とハルト先輩がいた。

 いつも通り別れ道で「また明日」と別れる。この日ばかりはトモキ先輩とハルト先輩は無言で手を振っただけだった。私の目の前にはいつのまにかセキレイがいた。前に進んでは止まり,また進む。そうやって少しずつ進んでいる。この頃の私はそれが恋を表しているなんて知らなかったが。


 リョウ,覚えているかな。初めて手を繋いだ,いや,初めて貴方に触れたこの日を。今となっては貝殻繋ぎも普通にするようになったがやはりあの時のドキドキは特別なものだなあ。

 初めてと言えば覚えているかな。初めての口付け。それは貴方が直前に飲んでいたジュース,初恋の味だった。


 『夏休み遊ばないか。二人で』

 リョウが卒業して四ヶ月,七月になっていた。ある日いつも通りの何てことない日常会話の

 間に挟まったこの一言。リョウに会いたい。リョウがいなくなって寂しい。でもそんなこと言えるわけがない。そんなおもいを積もらせていた私にとってその一言はとても嬉しいものではあったが疑問も生まれた。どうしてリョウはこんなにも私のことを気にかけてくれるのかと。

 そんな複雑な感情を抱えたまま遊ぶ予定を一緒に立てた。リョウに会いたいけど会いたくない。リョウにこのおもい,好きだと伝えたいけど伝えたくない。リョウがどうおもっているのか知りたいけど知るのが怖い。こんな矛盾したおもいを抱えている自分のことが大嫌い。でもこのおもいは捨てられない。捨てたくない。窓からセキレイが見えた。ねえ,セキレイ,私の進むべき道はどこなの。教えてよ。

 『楽しみだね』

 そんな私の苦しみは知らないリョウは無邪気にその話題を出してくる。そのたびに

 『そうですね。私も楽しみです』

 とだけ返信する。その文字の会話を繰り返すたびにおもいは強まり,苦しみは大きくなっていく。セキレイはまっすぐ進んでいるのに。

 なんだかんだ八月二十三日,約束の日。この日に何をやったのか正直なところほとんど覚えていない。リョウに久々に会えた嬉しさとリョウが,あの時一緒にふざけていたリョウが大人に見えて,置いていかれたような気がして,そのかなしさと寂しさ。そんな感情が一度に押し寄せてきたのは覚えている。

 その日,リョウと私の両片おもいは終わった。リョウと私は恋人として付き合い始めた。

 初めての口付けはリョウが飲んでいたジュースの味,初恋の味だったよ。

 岐路についた私達の前に伸びる影。その陰の繋いだ手のあたりをセキレイが歩いていた。まるで私達の恋を祝福するかのように。


 リョウはこの日のことをどれくらい覚えているのかな。この日から一つの物語を二人で描き始めたね。いつのまにかもう三年近く続いているよ。本当にいろんなことがあったよね。いろんな所に行ったよね。

 リョウが私にだけ見せてくれた表情,内面,そして弱さと強さ。私がリョウにだけに見せる表情,弱さ。いろんなおもい。いろんなおもいでが二人の記憶として残っている。記憶なんて儚いものを信じて大切にするなんてかつての私ならありえない。でも今は,リョウへのおもいもリョウとのおもいでもすべてが大切で,記憶であっても信じていたい。リョウはどうおもっていてくれているのかな。同じだと嬉しいかな。

 これからもずっとずっと物語を二人で描き続けることができるかな。

 ピコーン。携帯が鳴る。

『お疲れ。今日はどうやった?』

『お疲れ様です。まあまあかな。リョウ先輩はどうでした?』

 なんてことない画面を通した日常会話。でもこの当たり前の日々が一番大切なのかもしれないね。リョウはどうおもうかな。

 リョウはいつまで私の側にいてくれるかな。いっそのこと縛って私しか見えないようにしてしまいたい。でもリョウには自由に光っていてほしい。ああセキレイよ。リョウと私のこの恋をハッピーエンドへ導いてはくれまいか。二人の進むべき道を教えてはくれないか。セキレイは何も見ずに気ままに歩いているだけのように私には見えた。そっか,時と流れに身をまかせていけば良いんだね。ありがとうセキレイ。リョウと私なら永遠にどんな物語でも描いていける気がするな。リョウがいない物語なんて想像したくない。だから…


 人は矛盾を抱えて生きている。私も矛盾を抱えて生きている。矛盾なんて大嫌いなはずだった。でも矛盾したおもいを抱えているこんな自分も嫌いじゃない。こうしてまた一つ,矛盾したおもいが増えていく。それでも別に構わない。だからもう少しだけこの恋に,このおもいに酔っていても良いですか。


文中に出てきた「セキレイ」ってご存知ですか?尾羽をピョコピョコ動かしながら歩き回っている可愛らしいあの鳥です。セキレイは「道教え鳥」や「恋知り鳥」,「恋教え鳥」などとも呼ばれています。あなたの恋も教えてくれるかもしれませんよ。

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