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はじまる時

作者: 芥屋 葵


社会人1年目 親元を離れて半年、勤め先はいわゆるブラック企業


そこで身も心もボロボロになるのはそう難しいことでも、時間のかかることでもなかった。


体調が優れない日が多くなり、食事をとるよりも疲労で寝ることが優先になり、半年で18キロの減量に成功した、もとい致し方なしにこうなった。


少し体系にコンプレックスがあったので丁度いいとは思ったが、体調には如実に響いた。


フラフラしていてもお局様たちは終わることの無い課題を山積みにしていく、「私たちも通った道だから、慣れるまでの勉強」というわけだ。慣れていないので、やらねばならないのもわかるが、、時として理不尽な中での生活だった。


「どうしたの?」

そう声を掛けたのは私のあとからこの部署に異動になった上司の男性だった。


「まだ仕事終わらないの?」

「まだ山積みですもの、もう少しひと段落ついたら帰りますから」

「そう?ならいいんだけど、うちの部署の残業時間が君だけ長くてね、どうしたものかと呼び出されて…まいったな…」

「すみません、残業代はもらってないはずですが…あと、今日はやっぱりもう帰ります!失礼します。」

「待って、参ってるのは残業している君と…」

「はい…」

「それに気づけなかった僕の方」

「なんで部長が?」

「そういう役回りだよ?僕は。」

そういって上司の癖に無邪気に笑う姿に少し心がフワっとした感覚があった。

そのひと段落がつくまで上司も手伝ってくれた。


「これ気になったから言っちゃうけど、セクハラですって訴えないでね?入職式の時から思ってたけど、あの時から痩せたよね?というかやつれた…?」

「やつれたまでは言い過ぎでは?」

「いや、なんていうか心配になるよ…」


入職式か、そんなのよく覚えてるな、私どの上司がどこにいたかも覚えていないのに…。



-数日後-

やはりお局様は後輩指導というより、どこまでやれば根を上げるのかをみたいような感じで私に仕事を与えた。まだやったことのない情報処理も、やり方からわからない…。

ここで負けるわけにはいかない!と気を持って涙をこらえた。


17:00 さぁ、ぼちぼちとお局様たちが帰っていく、やっと一人になれる。いい空間になる。

帰った人が8割を超えると、一度屋上の一見気付かない場所にあるベンチに座り、自動販売機で買った紅茶を飲む。息抜きというやつだ。


「さぁ、戻ろう。」


気楽にはなるが、やはり憂鬱は足取りに出る。


部署に戻った時には私だけだった。


デスクに戻った時に声を掛けられた

「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!今から頑張ります!」 無理してるように見えないかな…と笑顔を作った。

「大丈夫って2回繰り返すのって大体大丈夫じゃないんだよ、知ってた?」と優しい笑顔を向けられた。

ドキッとしたのがわかった。


この人は欲しい言葉を無駄なく言ってくれる人だ。すぐに理解した。

それと同時に積み重なった何かが上司の言葉で解錠され感情が浮き上がってきた、涙となって。


「頑張ってるよ、一番知ってるつもり。でも頑張りすぎ」

「すみません…」

背中をトントンとまるで子供をあやすように私の呼吸を整えてくれようとしたが相乗効果で涙はやはり止まらない。


呼吸が落ち着いて、涙も枯れてきたころにようやく口を開いたのは上司だった。

「この間のことがあったからね、ちょっと注意してみてたんだけど、酷いことされたね…」

「いえ、新人ですのでこれくらいできないと使い物になりませんし‥」

「新人でも誰でも仕事はゆっくり慣れていけばいいでしょう。この件は僕に任せてくれないかな?」

含みを持った発言と表情とに少し疑問を感じたが、念押しのように「上司命令ね!」と屈託ない笑顔を見せられたので、この件は任せようと思った。



-家-

久しぶりに早く帰れた夜で、明日は休みという最高の時間をどう使うかと考えた末、湯船に湯を張り、ゆっくりと入浴時間に費やすという選択をした。

ウトウトしたり、起きてマッサージをしたり、とにかくゆっくりと湯船で過ごせた。

入浴中もふと思い出すのは仕事のこと、あと上司のこと…。

甘えさせてくれる優しい上司に依存というか、ドキドキを覚えていたので、“好き”かもしれないけど、、と複雑な心境にいた。

のぼせた身体と頭はどうしても屈託のないとか、無邪気な上司の顔や真面目に話を聞いてくれるかっこいい上司のことばかりが廻った。



-休み明けの会社-

「おはよう」

爽やかな笑顔を向けてくる一回り以上離れた上司。

最近この挨拶がどうにも楽しい

「おはようございます。」

朝礼が始まる前の些細な挨拶。

「あー、朝礼終わる前に一件連絡が!もう聞いているかもしれないが、うちの部署から異動が二人出た、辞令表はまた掲示しておく。会社の拡大の為に、今後も数名部署異動があるのでそのつもりで!」

いっきに周りがざわざわしだした。

お局様たちが居なかったのが、もしかしたらと思った。名前の公表をしていなかったけど、あとで掲示されるものを見ておこう。


昼休みにいつものベンチのところへ行った。

「ふぅー…」

「なに?ため息?」ベンチから見えるところに上司がいた。「ここまで聞こえるため息かぁ。」

「違います!そうじゃないです。深呼吸でした。」

「本当に?」

「本当に!…でも、どうしてここに?」

「ここに来たら会えると思って」

フワッ…また心が軽くなるような一言と感じた。嬉しくなる一言だ。でもどう返せばいいのか…。


「部署異動だってねぇ…大変だー」

いつもの爽やかな笑顔の裏に見える黒さを感じた

「部長、なにかしたんですか?」

「なにかって?」

「異動になった人のことです」

「部長として新部署で輝けるような、と上からの命令に従っただけだよ?」といたずらな笑みをみせる。

この表情でわかった。

問題の無い範囲での職権を振りかざしたな…と。


「ありがとうございます」

「なにが?」

「異動の件、任せてといった言葉を思い出しました」

「だから僕は君の上司ですからね」


「勘違いしそう…」

漏れてしまった聞こえないはずの独り言は見事にキャッチされてしまい

「勘違い?どんな?」ニコっとニヤリの間の悪い笑顔で私に言ってきた。

「意地悪ですね」

「そんなことないよ、働きやすい仕事場って大事だよ、お互いにね」


此の頃から少しずつ上司とも打ち解けられて、毎日仕事が楽しかった。

居残りも楽しかった。

休憩をしているとベンチに上司が来る


「ここに来たらあえるかと思って」

そういって額に少し汗が見えるので、ここ以外も少し探したんだな、と考えると嬉しかった。


今度は頭ポンポンとされる形で

「最近はどう?」と聞かれた

「調子いいですよ、部長のおかげ!ありがとうございます!」

「よかった」

「え?」

「大丈夫って無理な笑顔を向けることも、大丈夫って2回繰り返すこともなくなったね。」

「そんなこと覚えていたんですか。」

「だから入職式の時から見てたって言ってたでしょう」

「そうでしたね。でもどうして?私なにかしましたか?」

「これからに向けていい表情をしていた子が君だけでね、目が離せなかった。次に君を見たときはまるで別人のように笑顔が出来ないやつれた子になって…」

「それでやつれたとか聞いたんですか?」

「そんなこともあったね」

会話中いつの間にか部長は私の肩に手を添えていた。


“初めての展開に予測はしたが、いざ緊張する。いやいや、何を考えているんだ私は!”と心の中で葛藤していたところで


「嫌だったらこの手を拒否して良いから。君を傷付けるつもりはないけど、君を放ってもおけない大人の戯言だ」


そういって少し悲しそうな笑顔を見せたときにまたドキっとした。


いつもの悪戯な笑顔じゃない、その悲しそうな笑顔は私だけに向けられた目で、その目にもっと見られたい、もっと知りたいと思ってしまった。


この手を拒否…できるわけない。


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