少女のお部屋事情
翌朝、大勢の生徒が普段と変わらず魔法学園〈マカナ〉に通学している。焼け焦げていた場所はすっかり元どおりになって鮮やかな緑色で覆われていた。
「おはよぉ……」
大きな欠伸をしながらルナは椅子に座り、うつ伏せになる。
「あ! ルナちゃんおはよー! 珍しく早いねー」
「目覚ましにどやされたぁ……」
「誰が目覚ましだ……」
ルナの横からひょこっとハンスが現れる。心なしか杖の形がしなっているようにに見える。
「な、なにかお疲れのようだけど、一体何を……」
ハンスは少し考え深いため息をついた。
「なあ、こいつの部屋に入ったこと、あるか?」
「……あっ……」
ナーシャはハンスの言葉の意味を察し、顔を手で覆う。
――時は昨夜に遡る。
「さあ、入って入ってー」
ルナがドアを開け、ハンスを促すがハンスはルナの手元にあるのでほぼ同時に部屋に入る形になった。
「お邪魔しま――」
ハンスは目の前に広がる光景に言葉を失った。
「まぁ、ちょっと汚いけど気にしなくていいよ」
「うん。少なくとも女学生が済んでるような部屋じゃないね。あと一応、お客様に対して気にしなくていいと思えるお前の感性もなかなか酷いな」
床中に服が飛び散らかり、服の上にも魔道書などが置かれてあり、足の踏み場は台所か玄関前ぐらいであろう。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと毎日洗ってるからむしろ綺麗な部屋だと言っても過言ではない――」
「いや、畳めや。こんなところにほったらかしてあったらしわとかできて洗った意味なくなるじゃねえか。――ともかくまずはこの部屋の掃除だ」
すると、ルナは露骨に嫌な顔をして、
「えー、どうせ着ていたらぐしゃぐしゃになるんだし」
「女子が吐く台詞ではないよね。ほら、少しは手伝ってやるからさっさとやる!」
と、言うと、ハンスは器用に身体? を上下に振る。すると先端の宝石から青白く光る小人が出てきた。
「わーっ! すごい! 何これ!?」
「フェアリー・フレンズ。魔力を完全に切り離すことで自律行動が可能になった俺の自信作だ。まぁ、この姿でも出来るのは今知ったけどな」
小人の数が十数人ほどになるとそれぞれ散らばった服を畳み始めた。
「わー、可愛いー!」
「ほら、観てないでお前も片付ける。とりあえずそこのタンスで入れれる場所はあるか?」
「んーっとねー」
ハンスに代わり、ルナがタンスの引き出しを開ける。
「まさかの空。タンスの存在意義を問う」
ハンスは今までどうやってルナが暮らしてきたのか少し気になった。――想像はしたくないが。
「とりあえずお前は部屋の片付けをしてろ。俺はちょっと何か作ってやるから。……フェアリーが」
ハンスはフェアリーに担がれて台所に向かう。しかしルナが慌てて食料庫の前に走ってきてハンスの前に立ちはだかる。
「いいよ、いいよ。私が作るから」
「いや、あの山の中には他人には見られたくないものかあるんじゃないのか?だからお前が片付けた方が――」
「いやいや、小人さん達を片付けに回した方が早く終わるし、私の口に合うものが作りたいから」
ルナの熱心な説得にハンスは諦めがつき、
「分かった。だけど俺のセンスで片付けるからな」
「りょーかい。そういえばハンスってご飯食べられるの?」
「よくわからないが空腹感も感じないし、多分大丈夫だろう」
ルナとハンスはそれぞれの持ち場に行き、ハンスはフェアリーを増やして瞬く間に掃除を進んでいき、ルナが料理を作り終わる頃には部屋は見違えるようになっていた。
「わー、すごーい」
「おい……なんか変な虫いたぞ。思いっきり顔の上通ったぞ」
ハンスは疲れているのか、杖が少ししなっているように見える。
「今日は少し魔力を使い過ぎた。俺はもう休んでるから、お前も遅くまで起きてんなよ」
「はーい」
ハンスはルナが夕食をとっているのを見て、そのまま少しずつ視界を遮断した。
「スー……スー……」
ハンスが眠り? について三時間が経っただろう。ハンスは顔に鼻息がかかるのを感じ、周りを見ようとする。
「なっ――」
ハンスの目の前にいたのはぐっすりと眠っているルナの姿があった。ルナはハンスをしっかり抱きしめていてハンスも逃げようにも逃げられない。
「おい! 起きろ! 俺ベッドの下にいたはずだろ、なんでお前が――」
よく見るとベッドはルナの後ろの方にあり、ハンスがいた場所にルナがいる形となっている。布団も下に流れ落ちているのを見るにどうやらベッドから転がり落ちたみたいだ。
「寝相悪っ」
床に落ちても起きないルナに逆に関心して、ハンスは仕方なくまた視界を閉じた。
ジリリリリリリ――
日の光がカーテンの隙間から漏れ出てそれに続くように目覚ましが鳴り響く。
「う、うーん……」
ルナは意識をもうろうとしながら起き上がり、目覚ましのアラームを止める。もう一度ならないことを確認してからルナはまた布団に潜り込んだ。
「って、寝るな!」
ルナと違い体力を取り戻したハンスはルナを叩き起こしに入る。
「朝は二度寝するためにあるものなのですよ……」
「なんか人間のダメな部分の集合体のような気がしてきたよお前。ほら、急がないと遅刻するぞ」
ルナがゆっくりと支度をしている中、ハンスはふと鏡を見る。鏡に映るのは杖の姿となった自分の姿が。
「――やっぱり元に戻ってないか」
そしてハンスは考え込む。一刻も早く元の姿に戻らなければと――。
「ハンスー、服どこー?」
「タンスの上から二段目の所だ! わかったらさっさと着替える!」
結局、ルナ達が寮から出たのは15分後のことであった。
「そして今に至る」
「ご、ご愁傷様……」
「なぁ、こいつを他の奴が起こしに来ないのか?」
「無理ですよ。部屋の持ち主の許可が下りないと入ることが出来ないんです」
「このやり取りをしばらくの間続けなければならないのか……」
ハンスは床に倒れため息を吐く。
しばらくして授業のチャイムの音と同時に教師が入ってくる。
「あれは?」
「ヤーロン先生四十三歳。頭のてっぺんが禿げてきたのを気にし始めて最近帽子を被り始めた」
ルナがムクッと起き、唐突に説明し始めた。何故そんな情報を知っているのかハンスは気になったが、ヤーロンの発した言葉に注目は寄せられた。
「えー、今日は待ちに待った交流会対ルフトラ学園選抜テストの日ですよー!」
その瞬間、生徒達は立ち上がり歓声を上げた。
「おい、なんだこの盛り上がりようは」
と、ハンスが聞くと、ルナは嬉々として答えた。
「三年生のビッグイベントだよ!」
ハンスには何のことかやはりわからなかった。