ああ
少女が喜びに浸っている間、男はじっと待っていた。
今の少女の状態ならば逃げ出すことは容易だろう。しかし、あの喜び様を目の前で見せられたら逃げ出した後の様子が容易に想像でき、気が引ける。
少女が落ち着きを取り戻し、男と面と向かい合うまでに二十分かかった。
「ああ、ごめんね。つい嬉しくって。えっと、そうだね……うん、まずは自己紹介! 私はイルミナ。天才黒魔術師よ」
イルミナと名乗る少女は手短に自己紹介をした。
男はイルミナの自己紹介を聞いて、小さくため息を吐いた。
男の経験上、天才と自ら名乗る者にロクな者はいなかった。そして、黒魔術師という一般的には敬遠される職業を堂々と名乗る者にもロクな者はいなかった。
つまり、ロクでもない人種のハイブリッドである少女に起こされたという事実に、男は嫌な予感しかしなかった。
「それで、貴方の名前は?」
逃げなかったことを少し後悔していた時、少女は話しかけて来た。
「俺は……」
男は回答に少し躊躇する。
男にとってこの名前は与えられただけのものであり、あまり口にしたくないものであった。
しかし、別の名を考えることも今まで出来たこともなく、少し間を置いて名前を口にした。
「グレン。俺の名だ」
「そっか、よろしくねグレン!」
名前を聞けて満足しているのか、イルミナはニコニコとグレンの顔を見つめて笑っている。
「あっ、そうだ。グレン、今の貴方の現状を話したいのだけど……落ち着いて聞いてね。貴方はもう死んでいるの」
「まぁ、そうだろうな」
重い口調で切り出した事実に、グレンはあたかも知っていたかのように淡々と返す。これにはイルミナも目を丸くしていた。
「えっ!? なんで知っているの!?」
本来ならグレンが驚くはずだったが、逆にイルミナが驚かされる羽目になった。
そんなイルミナにグレンは説明するように答える。
「お前が感傷に浸っている間にこっちで色々と調べたからな」
イルミナを待っていた二十分の間、グレンは暇潰しとして自分の体の変化を調べていた。
すぐに分かったことは肌の色が青色に変色していたことだった。腕や脚、おそらく顔も青くなっているだろうと考え、全身が青くなっていることが分かった。
次に体温。何気なく顔に手を当ててみたら、熱を感じることが出来なかった。まるで石を触っているかのような感覚で、自分の体とは思えない程だった。
そして、グレンに流れる魔力を全く感じることが出来なかった。生命活動が停止するとき、魔力は自然に帰ると言われており、脈がないことも含め、自分は既に死んでいるて思うことが出来た。
「後は……ここか」
グレンはそっと瞳の上に手を置いた。
「どうしたの?」
イルミナは不思議そうに訊ねる。
「いや……つまり、どうやら色々と失って生き返ったということでいいのか?」
グレンの問いにイルミナは慌てて首を勢いよく横に振った。
「い、いや違うよ! えっとね、メリットはあるんだよ。ほ、ほらその体なら病気にならなくて済む!」
確かに体が死んでいる以上、少なくとも風邪になることはないだろう。しかし、ウイルスとなればこちらに害がなくとも、周りの生きている人間に影響が出てくるだろう。
「……俺にはあまりいいメリットには聞こえないな」
「えっと……あっ! じゃあ、不老! 全盛期の状態ならそれを維持できるよ!」
イルミナは急いで別のメリットを提示し始めた。
しかし、これもグレンには響かなかったようで首を横に振る。
「確かに体が死んでいる以上、これ以上の変化はあって骨になることくらいだ。しかし、魔力がなくなった時点で全盛期とは程遠くなる」
考えに考えたメリットを次々と批判され、少し頬を膨らますイルミナ。
「うー……まさかここまで否定されるとは。感想を言ってもらえるのはありがたいけど、やっぱりへこむなぁ」
期待していた感想と違っていたようで、目に見えて落ち込むイルミナ。少し可哀想に見えてきたのでグレンは素直に称賛したいところも含めてフォローを入れることにした。
「しかし、この蘇生術は見事だ。蘇生の成功例は今まで聞いたことがなかったからな。実際に体験できたのは運が良かった」
事実、人格まで復活している蘇生は世界的にも例がなかった。
蘇生術、及び黒魔術は生命を冒涜するものとして研究することを公には認められていなかった。しかし、それを差し引いても従来の蘇生術はせいぜいゾンビなどの自我のない不死種にするのが精一杯であり、とても蘇生とはいえるものではなかった。
それをイルミナは、少女と呼べる若さでありながら自我を持つ不死種を作り上げたのだから天才と自称することには納得がいく。
「でっしょー!」
グレンから初めて賞賛の声が聞けたからか、明らかに声のトーンが高くなり、顔がニヤけているのが分かる。
「死体を動かすだけなら死霊使いとしては簡単なの。そこらにいる霊を使って無理やり憑依させればいいからね。でもそれだとこっちが指示しないとロクに動かない。だからね、死んだ魂が昇華して霊になる前になんとかして形に残るようにさせて死体と混ぜるように組み込むの。そしたらこれが大成功で――」
まるで子供が親に楽しかったことを伝えようとするかのように、イルミナは早口で事細やかに自分の成し遂げたことを口にしていく。
「――それなのに」
すると今度は、苦虫をすり潰したかのような顔に変わる。短い間に転々と変わっていく表情に、グレンは少し面白いと思っていた。
「教会の奴らめ! 神の教えに反してるとかなんとか抜かして私の考えを全否定してきて! 研究データもめちゃくちゃにされて、おまけに貧困層に追いやってきて! 何が命を奪わないだけありがたいと思えだ! 絶対に許さない!」
今まで溜め込んでいたのだろうか。グレンを目の敵として扱うかのように暴言を吐く。
グレンはそれをただ聞くしかなく、それと同時に今までの流れから嫌な予感が的中すると確信した。
「それでね、復活してすぐになんだけど、グレンにね私の復讐に協力して欲しいの!」
グレンはまたため息を吐く。
どうして嫌な予感というのはこうも当たるのか、と。